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第十話 ちぐはぐ

阿冶、クロ、爛と初めての買い物に来た夏樹。

店内で三人をエスコートしようと思うもうまくいかず、結局夏樹は疲れ果てベンチで座る。

そんなベンチに座る夏樹に話しかけてきたのは爛だった。

爛が語る余りにも女の子らしからぬ言葉の数々。それが爛らしさだとは思いつつも夏樹は呆れる。

そんな時、本当に何の脈絡もなく何かを思いついた爛は立ち上がると無理やりに夏樹をどこかに連れて行く。掴まれた腕はどんなに抵抗しようとビクともしない。そして辿り着いた場所は、ランジェリーショップだった。

「なぁ、なぁ、どっちがいいと思う?」

「どっちでもいいですよ!」

 目の前で嬉しそうに二着の下着を持って聞いてくる爛さんに、俺は顔を背けつつそう答えた。

 強制的に連れてこられたランジェリーショップ。薄ピンクの壁には、ずらっと一面の下着が掛けられ、甘い香りが漂う店内。当たり前だが、店内には女性しかおらず、男の俺がいるのは場違いでしかなかった。

 それに何より、店がショッピングモールの端っこで出入口から遠いためか、過激な下着が多く置いているのも俺が居づらいと思う要因となった。

「どっちでも良くねぇよ。しっかり見ろって」

 ほれほれと、爛さんが押し付けてくる二つの下着を俺は横目でチラッと見る。

 片方は上下ともに真っ黒いシンプルな下着。もう片方は上下ともに、レースが装飾された紫色の下着。どちらも、かなり布面積が少ない。

 そんなものを押し付けながら、どちらがいいかと爛さんは聞いてくるのだ。こちらとしても堪ったものではない。

 一応、真面目に考えてさっさと出ようとも思ったのだが、どちらがいいかと考えようと思うと、必然的にその過激な下着を着た爛さんを想像することになる。

 もちろん、想像をしかけた瞬間に俺は考えるのを辞めた。なまじ風呂場で何度か爛さんの裸体を見ているだけに、よりリアルに想像してしまいそうだからだ。

 よって、目を反らしながら断ることしか出来なかった。これはこれで周囲の目を引いて嫌なのだが、爛さんが折れるのを待つしかない。

「無理ですって」

「選んでくれなきゃ、終わんねえぞ」

「……じゃぁ、右で」

「適当じゃねえか」

 そんなやりとりを繰り返している、少し遠くから店員さんが近寄ってきているのに気がついた。

 やばい。騒ぎ過ぎたか

 なんて思っていたが、店員さんは笑顔で俺の横を通りすぎた。

「お客様。もしかして彼氏さんのために下着をお求めですか」

「はい?」

 爛さんの傍で止まった店員さんからの思いもよらぬ言葉に、ついつい素っ頓狂な声を上げてしまう。

 誰が? 俺が? 爛さんの? 彼氏?

 今までそう言う風に見られたことがなかったし、見られるとも思っていなかった。だから、すぐには店員さんが何を言っているのか、理解が追いつかなかった。

「そうなんですよ。彼氏が照れちゃって」

「あぁ、やっぱり。多いんですよ。そう言うお客様」

「こう、彼氏を悩殺して虜にするようなのないですかね?」

 俺の思考が追い付くまでに勝手に爛さんは、俺を彼氏にして話しを進める。

 もう、後には引けない。否定するのも時間の無駄のような気がする。

 どうせ選ばされるのなら、店員さんが進めたやつをそのまま推そう

 もうどうにでもなれと言った感じで、俺は黙って流されることに決めた。

「お客様、スタイルいいですから似合うものは沢山ありますよ。他にご要望とかありますか」

「そうだな。動きやすくて――」

 買い物に興味ないと言っていた割に楽しそうに店員さんと選ぶ爛さん。あれは違うこれは違う。最こういうの。店員さんが進める下着を見ては具体的な要望を添えていき真剣に選んでいる。その姿は、少なくとも年相応の女の子に見えた。

 本当に分からない人だ。店員さんが積極的に話しかけてくれているからか、あんなに渋っていた爛さんが今までに見たことないぐらい女の子らしいことをしている。

 でも、何だか――

「お客様。お連れ様がお呼びです」

 爛さんの姿を無意識に追っていると、不意に店員さんに話しかけられた。

 試着室の中へと入っていた爛さん。店員さんが勧めたものはよく見ていなかったけど、どうしたんだろう? サイズが合わなかったとか?

 そう思っていると、カーテンの隙間から手が伸び、燗さんの顔だけがひょっこり出てきた。

「よっと、……何やってんだ?」

 カーテンの端を抑える俺に燗さんは聞いてくる。

「いやっ、なんとなく嫌な予感がして」

 カーテンを開けるのかと思った。さすがにそこまで無茶苦茶じゃないか

 俺がホッと息を吐き出していると、爛さんは勝手に話し始めた。

「それよりさ。なかなかいいのを勧められてさ。これなら夏樹もイチコロだぞ。見たいだろ?」

「俺を殺したいんですか!? 見たくないですし、決まったならさっさと買って出ましょうよ」

「なんだよせっかくだし見ろって」

 そう言って、やっぱり燗さんはカーテンを開けようと留め具をはずし始め、俺はそれを慌てて止めた。

「他のお客さんもいるんですからやめてください」

「なんだよ。じゃぁ、他の客がいないならいいのか? それなら家では絶対見てくれよ」

「……わかりました。家で見ますから、ここではおとなしく着替えてください」

 もちろん見る気なんてこれぽっちもない。家なら阿冶さんが止めてくれるだろう。そう打算しての答えだ。唯、いつにもまして潔かったからか、燗さんは疑いの目を向け渋々と言った様子でカーテンの奥へと消えていった。

 何はともあれ一安心。それから、なるべく急いで会計を済ませ、やっとあの場違いの空間から俺は解き放たれた。

「やぁー、満足満足。いい買い物ができた」

 横で歩く爛さんは、紙袋を振り回すように荒々しく持ってそう言った。

「そうですか。こっちは大分メンタル削られましたよ」

 俺に皮肉を高笑いで済ませる爛さん。

 ただ、俺はその表情から不思議と先ほどの違和感を覚えた。

 無理やり連れてきたと思えば、俺へのいじりを終えても色々と考えて商品を選ぶ爛さん。

 爛さんの行動は、とにかく『強引』で変に真面目で『一生懸命』。しかし、その姿からは何かに『焦り』、『必死』でいるようにも見えた。

 だからだろうか、彼女の満足という言葉とは裏腹に、彼女の表情がさえないように見えた気がした。



 ショッピングセンターの一角はフードコートになっている。中央を取り囲むように壁びっしりに料理店が並び、中央に数十の席が用意されている。今はお昼時で、家族に恋人に友人と、それぞれ和気あいあいと昼食を食べているグループで一杯だ。そんなフードコートの一組の席に俺たちはいた。

 あの後、爛さんと雑貨店に戻るとまだ阿冶さんもクロも買い物をしていて無事合流が出来た。そして、買い物を一通り終えた俺たちはお昼を食べにここに来たのだが、

「……あれ、クロと爛さんは」

 爛さんの一件ですっかり疲れ切っていた俺は、クロと爛さんがテーブルから離れていることにさえも気づかなかった。

「デザートを買いに行きましたよ」

「……そうですか」

「どうかしましたか? 体調が悪いとか」

 阿冶さんは、心配したように聞いてくる。

「いえ、ただみんな楽しめたのかなって思って。俺みんなの事まだあまり知らないから」

 そう、爛さんとのことは別として、俺が案内したのはあくまで『みんなが好きそう』な場所で、俺の勝手なイメージで決めた場所だ。考えてみれば、皆が好きなものを明確には知らない。まだ、共同生活を初めて間もないと言えばそれまでなのだが、それでも、皆の好きなものを見て楽しんでもらいたかったという気持ちが、なんとなく心に引っ掛かっていた。。

「楽しめたと思いますよ。夏樹さんが一生懸命考えてくれていたのは、皆分かってますから。それに、これが最後じゃないんです。これから私たちの事を知っていって、次は自信をもって私たちを案内してくれたらいいんです」

「……阿冶さん」

 俺は、阿冶さんの目を見つめる。見つめるというより、見惚れる。

 その優しい表情と言葉が心の靄を薄めていくのを感じた。鬱々としていた気分も軽くなったような気もする。

「……二人とも楽しそう」

「うわっ」

 気づいたらテーブルの横から可愛らしい猫耳が覗いていた。

 もちろん、クロである。

 クロは、四つのケーキを乗せたトレーをテーブルに乗せて席に着いた。

「……良かった。夏樹疲れた顔してたから」

 グロッキーなうえに考え事までしてたから遂顔に出てしまっていたみたいだ。クロちゃんは安心したようにニコッとした。

 反省どころだ。気負い過ぎた。聞きたいことは聞く。嫌なことは嫌という。言葉にすれば簡単に済むはずだったのに、変な意地で空回りしていたのかもしれない。

「あれ、爛さんは?」

「……爛ならすぐそこまで来てたけど、お手洗いに行っちゃった」

「そっか」

「……それより、夏樹どれが好き」

 トレーのケーキは、チョコ、イチゴショート、ベリーチーズ、フルーツの四種類だった。

「クロの方こそ何が好き」

 皆の好みを知るチャンスと、俺は聞き返す。

「……クロは、ベリーチーズ。……夏樹の好きなの分からなかったから。色々買ってきた」

 そっか、俺だけじゃないんだ。そう思っていたのは

 特にクロは、今まで俺と距離があった分強く思っていたのかもしれない。でも、俺みたいに一人悩むんじゃくて、直接相手に聞いて知ろうとする姿はまさに見習うべきものがあった。

「俺はね。イチゴショートが好きだよ」

「……わかった」

 クロは、満足したように再びニコッと笑う。

「ちなみに私はチョコが好きですよ」

「……爛は、何でも好き」

「フフッ、そうですね」

 らしいと言えばらしい。

 その後も、互いに好きなもの嫌いなものを語り合いながら、デザートを食べた。

 しばらくして、会話が途切れたタイミングで阿冶さんがフォークを置いた。

「爛さん遅いですね」

「そうですね」

 ケーキももう食べ終わってしまう。

 迷子かな。広いうえに初めて来た場所だから

「俺、ちょっと探してきます。二人はここで待ってて」

 俺は、すれ違いにならないように二人を残して、一人で探しに向かった。

 クロがお手洗いって言ってたから、そっち方面なんだろうけど

 トイレは、要所要所の細い通路の奥にある。

 ここの近くだったら三か所だ。

 一か所目はハズレ。二か所目も。そして、三か所目に爛さんはいた。

 しかし――

「お姉さん。ちょっと付き合ってよ」

「一緒に遊ぼうよ」

 複数人の男達に囲まれていた。それも、金髪にピアス、ごつい指輪と言った如何にもガラの悪い連中だ。

 男達は、ナンパのテンプレートのようなことをさんざん吐きつつ、爛さんの逃げ場を無くすように囲っている。

 助けないと

 この時、俺は爛さんの強さも忘れて急いで間に入ろうとした。

 その瞬間――

「……け……」

 爛さんがボソッと何か言った。

 しっかり聞き取れたわけではなかった。しかし、そのわずかに聞こえた声を聞いて俺は歩みを止めた。

 いや、止められたと言った方が正しい。

「えっ、何?」

 男も聞こえなかったようだ。

 爛さんに聞き返す。

()()()()()()

 ドスを聞かせた低い声。それなのにはっきりと聞こえたと思ったら、同時に全身に悪寒が駆け巡った。

 全身から冷や汗が流れ、金縛りにあったように体が動かなくなる。呼吸することすらも忘れるほどだ。

 たった数秒が数十分にも感じるほどだった。

 しかし、それは突然終わりを迎えた。

 治まったのか

 額を拭うとびっしり汗を掻いていた。

 すさまじい殺気だった。離れた場所にいた俺でさえこれなのだからアイツらは

 恐ろしい感覚を想像していると、

「……な、つき」

 その声で、俺はやっと目の前の現実に意識が戻った。

「……爛さん」

 爛さんは、酷く驚いたような困惑したような顔をしている。

 どうやら、この時初めて俺がいることに気づいたようだ。

「……先、行ってるから」

 爛さんは、気まずそうに顔をしかめて背けると、すれ違いざまにそう告げて逃げるように去っていった。

 後を見れば、さっきまでの男たちが殺気にあてられ倒れている。

 俺は、何も言えず。唯立ち尽くすことしか出来なかった。

こんばんは、五月憂です。

今回は、修正して話数が増えたので初の差し込み投稿となっております。ですので、このあとがきは改稿後のものです。

爛と夏樹をちゃんとピックアップしようと思い、加筆エピソードとしてランジェリーショップの話を書きました。爛らしく且つ夏樹いじりに適した場所ということで今回は書きました。

爛の行動の強引さ。それはキャラではあるが、それにしては脈絡がない。そんな、違和感のようなものをうまく表すことが非常に難しくかなり苦戦しました。皆さんに、そう言ったことが伝わればうれしいです。

最後になりましたが、「突如始まる異種人同居」を読んでいただきありがとうございました。

今後とも、「突如始まる異種人同居」をよろしくお願いします。

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