表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/62

第九話 重なる思いで

クロの世界。それは、彼女を中心とした狭い範囲だけで完結した世界だった。

それ以外は、未知であり、恐怖の対象。そんな夢の中でクロは自問自答を繰り返す。

「私は、どうすればいいのだろう」

それは、夏樹と同じ悩み。夏樹と同じくクロもまた、悩み苦しんでいた。

そんな夢から覚めると、すぐ傍には夏樹がいた。温かい手がクロの頭を撫でる。

驚きが先行したクロを夏樹は引き留め、遂にクロへと思いを伝えた。

零れる涙。二人の間にあった壁は、涙と一緒に溶けて消えたのだった。

 クロちゃんとの一件が無事解決した翌日。俺は、昨日を再現するかのように、居間の前に腰かけて中庭を眺めている。

 違うと言えば、クロちゃんが隣で寝ているのではなく、俺の膝の上に座ってポカポカと気持ちよさそうに日光を浴びているぐらいだ。

 反動なのかこちらが素なのか分からないけど、心を許してくれているのには違いないわけで、俺は素直にうれしかった。

「クロちゃん。お買い物に行きましょう」

 後ろで洗い物を終えた阿冶さんが声を掛ける。

 クロちゃんは、気持ちよさそうに瞑っていた目を、スッと開けて答える。

「……うん。……夏樹も行く」

「えっ、俺も?」

 急な誘い。というよりも、決定事項を述べられ俺は思わず聞き返してしまう。

「……ダメ?」

 クロちゃんは、器用に俺の膝の上で体制を変え、俺に向き直る。そして、潤んだ瞳の上目遣いで俺に聞き返した。

「……いや、いいよ」

 予定もないし、この間も阿冶さんが荷物を抱えていて大変そうだったし

 先に言っておくが、決して下から覗き込んでくるクロちゃんの愛くるしさに、心が動かされたわけではないという事だけは理解してほしい。

「~~♪♪♪」

 クロちゃんは、満足したように喉を鳴らして俺の胸に頭をこすりつけてくる。

 こんな風にしてくれているクロちゃんも朝食の後までは普段と一緒だったのだから驚きだ。

 今朝の朝食は、焼き魚とご飯、ジャガイモが入った味噌汁だった。さすがは阿冶さん。バランスが取れている上に味も絶品だった。特にクロちゃんは、好物の魚でどこか目が輝いていた。

 クロちゃんとは和解したものの特別俺から話しかけるということはなかった。改めて面と向かって会話をするという意識が、何でもないはずの会話という行為のハードルを上げてしまい、挨拶を交わす程度で終わってしまったのが現状だ。一方クロちゃんの方もそうなのか、挨拶を返してくれただけで俺に何か話しかけることもなかった。

 ……魚に夢中で俺のことなど眼中になかっただけかもしれないけど。まぁ、良くも悪くもそれまではいつも通りの光景が広がっていたわけだ

 でも、朝食を終えてからのクロちゃんはいつもとは違った。

 朝食を終えると、阿冶さんは後片付けを爛さんは机に頬杖をついてテレビを見始めた。

 もちろん俺は、自ら買って出た食器拭きという唯一の役割をしようと、朝食の満足感を味わいつつ席を立とうとした。

 そんな時だった。

 クロちゃんは、四つん這いで俺の元に這ってきた。

 そして――

「……んしょ」

 クロちゃんは、可愛らしくそう言って胡坐をかいた俺の膝の上に座ってきた。

 えっと……どゆこと

 突然の出来事で軽くパニックを起こす俺をよそに、さらにクロちゃんは体重を俺の胸に乗せて、頭や背中をこすりつけてくる。

「えっと、クロちゃん。何してるの?」

「……マーキング」

 マーキングて

 どうしていいのか分からず阿冶さんに視線を向けると――

(甘えさせてあげてください。こっちは大丈夫ですから)

 そうアイコンタクトを送り、ニコッと笑ってキッチンに向かってしまった。

 甘えさせてって……どうしたら

 爛さんはどこ吹く風と平然としている。

「……クロちゃん――」

「……クロ」

「えっ?」

 クロちゃんは、クイッと顔だけ俺の方に向けると、

「……クロちゃんじゃなくて、クロ」

 そう呼べってこと?

 ……それはちょっと、急には

「えっと、クロちゃ――」

「クロ!」

 ジトっとにらんでクロちゃんは、言葉を遮る。

 有無を言わす気はないようだ。

 ……なんか、俺だんだん立場が弱くなってきてないか?

 そう思いつつも、ついつい押しに弱く――

「はい」

 そう答えてしまうのだった。

 そして、あれよあれよと言う間に今の状態になっている。

「夏樹さん。大丈夫ですか? 予定などは」

「あぁ、大丈夫です。本当に暇でしたし」

「そうですか? それじゃあ」

「夏樹も買い物行くのか?」

 阿冶さんのさらに後ろでテレビを見ていた爛さんが急に話しに入ってきた。

「皆行くなら、あたしも行こっかな」

「爛さんも?」

「なんだよ夏樹。あたしが行くのが不満か」

「いや、ちょっと意外で」

 買い物が好きそうには見えないから

 爛さんは思っていることを見透かしたように、ジトッと目を細めて見てくる。

「それじゃぁ、十五分後に玄関に集合で」

 阿冶さんが場を納めるようにパンパンと手を叩き、それを聞いたみんなは一斉に動き始めた。



「考えてみれば、皆でお出かけって初めてですよね」

 行きの道中、隣で歩いていた阿冶さんは俺に向かって言った。

 俺は、阿冶さんとクロに挟まれる立ち位置で、クロのさらに横に爛さんがいる。

 ちなみに爛さんは珍しく洋服である。

 出かける間際、爛さんはいつもの格好で出かけようとしているところを阿冶さんに捕まり、無理やり着替えさせられていた。

 まったく、あの準備時間は爛さんが着替えるための時間と言っても過言ではなかったのに

 そんなちょっとしたやり取りがあった結果、今の爛さんがいる。

 爛さんのファッションは、黒いシャツと青の上着、下はジーンズとボーイッシュなファッションになっている。

 いつもはさらけ出している胸元が隠れるのはいいけど、前を開けられているため服越しに胸が強調されてしまい、それはそれで目線に困る。元々スタイルが良い分、きちんと服を着こなせば一層魅力的に見えるのは当たり前なのだった。

「そうですね。俺も爛さんも外にはあまり出ませんでしたし」

「そうだな。別に大して目的もなかったから」

 俺も爛さんも買い物欲求などさらさらない性格だったため、新居に越してきてからはめったに外に出ることはなかった。あったとしても、俺は散歩程度だし、爛さんは毎朝トレーニングで走りに行っているみたいだったけど、どちらにしても誰かと伴ってということはなかった。

「今日はちょっと遠いショッピングモールに行くので、色々見てみるのも楽しいと思いますよ」

 今日は全員一緒に行くということで、最寄りのスーパーではなく少し遠めのショッピングモールで買い物を楽しむことになった。

 女の子が楽しめるというのもあったが、阿冶さん、クロ、爛さんが行ったことがないということで道案内も兼ねている。

「そんなもんかー?」

「……クロは、楽しみ」

 猫耳をピコピコさせてクロがアピールする。

 ちなみに、クロの猫耳や尻尾は普通の人間には見えないらしく、特別隠す必要はないようだ。一体どういった原理なのかと聞いてみたら、幼狐に渡されている呪符によるものなのだとか。三人はそれぞれ肌身離さずそれを持っている。

「クロは、何か買いたいものがあるの?」

「……ない。……けど、みんな一緒」

 クロの言葉を聞いて皆一様に顔を見合わせて笑った。

「そうだな。折角だから楽しもうな」

 爛さんがグシグシと力強くクロの頭を撫で、それを嫌そうに首を振るクロ。意外に仲良さげな二人を見ておかしそうに俺と阿冶さんは笑う。

 そんな実にほのぼのとしたやり取りをしていると、ショッピングモールが遠目に見え始めていた。

 清潔感のある白が基調とされる建物は、この町でも1、2を争う大規模なショッピングモールである。

「久しぶりに来たな」

「そうなんですか?」

「前は学校を挟んで向こう側に住んでたから、わざわざこっちに来ることはめったになかったんです」

 そう言って、俺たちはショッピングモールの中に入った。

 内装は大理石の床や白い壁、白や黄色の照明で清潔感と少しの豪華さをコンセプトにしたようなつくりになっている。

「うわー、いっぱいお店がありますね」

「……キラキラしてる」

「皆がいたところにはこういったところはなかったんですか」

「ん~、冥界にはないかな」

「怪物界には近しいものがあるにはあるんですが、ここまでの規模のものはみたことないです」

「……クロも見たことない」

「そうなんだ」

 意外だな。家にほどこされた技術からしてもっと発達している世界だと思ってた。まぁ、確かに冥界や怪物界と聞くと、こんな建物があるイメージではないか

「どこか見たいところとかありますか?」

「いえ、特には。元々夕食の食材を買いに来ただけでしたし」

「あたしも特には」

 クロちゃんは、言わずもがなと言った様子だ。

 かく言う俺も、クロちゃんに誘われてきたようなものだし、特に買いたいものがあるわけでは……

 結果、ショッピングモールに着いたはいいものの誰一人として目的がなかった。

「……どうしよっか」

「夏樹さんが行き先を決めて貰って構いませんよ」

「そうだな。あたしらはまだこっちの世界でどんなものが売ってるか分かってねぇし」

 確かに、こういう場合は男がエスコートするものか。まして、彼女たちは異世界人だし

 とは言ってもな。女子をエスコートしたことなんてないぞ

 色々考えて考えぬいた結果。

「とりあえず、いろいろ周ってみましょうか」

 そんな情けない答えしか出なかった。

 それから、阿冶さんが興味がありそうな食器や調理道具を見たり、クロが好きそうな小物屋、爛さんが好きそうな和装専門店に行ってみたのだが、結局、最終的な流れとしてはウィンドショッピングのような形になった。目的がなかったとは言いつつ、やはり女の子だ。自分の気になるものを見つけて、吟味したり会話したり、自発的に楽しんでいる。

 逆に俺の方が疲れてしまい、小物店で楽しそうにしている阿冶さんとクロを、店外のソファでジュースを飲みながら見ていることになった。

「こういうの久しぶりだな。養母さんたちが居た頃も良く俺と養父さんが待たされていたっけ」

 二人を見ていると、自然と養母さんと義妹が重なる。

 何処の世界も女の子は皆買い物好きなんだなと、そのパワフルさに感心しする。すると、横に養父さんの変わりが座ってきた。

「いやー、疲れた。あれだな、女の買い物に付き合うのは精神修練にいいかもな」

 爛さんだ。やはり洋服というのに着慣れていないのか、窮屈そうに肩を回しながらそう言った。

「あんたもその女でしょうが」

「あっはっは、生憎買い物には興味ないんでな。刀とか武具が置いてあるならまだしも、身の回りのものや小物にはてんでやる気が起きねぇ」

「勿体ない。それだけ容姿が整っているのに」

 遂思っていることを口にしたが、それを聞いた爛さんはニマニマといやらしい笑みを浮かべて俺の顔を覗き込んできた。

「なんだぁ、もしかして口説いてんのか。誘ってんのか?」

「ち、違いますよ。見た目『は』って言ったでしょ。見た目『は』って。人を茶化すのもいい加減にしてくださいよ」

「でも、見た目が良いのは事実なんだろ。ほら、人は見た目が9割って言うし、それで十分だろ」

「どんな理論ですか」

 良く口の回る人だと、俺はジュースを一気に飲み干して立ち上がる。

 微妙に頭が回って、微妙にずれている発言。たまにこういったすれ違いのような勘違いのようなことを爛さんは言う。これは、天然なのか狙ってなのかどっちなんだろう

 俺は、ゴミ箱に缶を捨てながらふと爛さんを横目に見た。その表情が今まで見たことがない真面目な表情をしているように一瞬見えて驚いた。

 しかし、

「そうだ。いい事思いついた」

 急に爛さんはそう言って立ち上がった。

 その表情は、いつも爛さんが見せる意地の悪い悪戯っ子の表情をしている。

「夏樹ちょっと付き合えよ」

「はい?」

 爛さんは、俺の返事など聞かずに手を握ると問答無用でグイグイと引っ張っていく。

 逃がさないようにそれなりの力で握られた手は、俺の抵抗何て感じてないかのようにびくともしない。

「あっ、これは拒否できない奴だ」と、あの道場に連れていかれるまでの道のりを思い出して抵抗を辞めた。

 思っている以上にあの出来事は俺の中でのトラウマになっているみたいだ。実際、生きていた中であれほどじわじわと死の淵に追い立てられたことはない。

 渇いた笑みで苦い思い出を思い出していると、爛さんが急に止まった。

 俺は、正常に戻って目の前にあるものを見ると、急に活力が湧いた。そして、今度は必死に握られた手を解こうとする。

「どうした急に?」

「放してください」

「えーせっかく買いたいものが思いついたんだから付き合えよ」

「付き合いますよ。俺が必要とされている場所だったら」

 というのも、目の前にあるのはランジェリーショップ。男が入るには難易度高すぎる上に、なんとなくこの後爛さんが言いそうなことが予想できた。

「必要だろ。夏樹に選んでもらうんだから」

 いやらしい笑みを浮かべた爛さんは、そう言いながら再び歩みを進め始める。

「鬼めー!」

「あたしは、幽霊だよ」

 俺は、店内へと引きずり込まれた。

皆さんお久しぶりです。五月憂です。

まず、大変お待たせしたことをお詫びします。

無事大学も終わり、再開することが出来ました。

休んでいる間は、さまざまな事がありました。テストにレポートはもちろん。実家に帰ったりなどです。

特に、印象が強いのはコラボ外伝を書かせていただいた作品を、その作家さんの電子書籍に収録させて頂いたことです。実は、夏ごろから色々やり取りさせてもらい、今年の1月31日に電子書籍が出ました。私メインではありませんが貴重な体験でした。詳しくは、twitterに書いているのでそちらから。

っと宣伝はここまでとして、今回は結構時間がギリギリでした。今これを書いているのも、投稿一時間前です。

もともと書いていた作品を後に回して新しく書き直し始めたのが昨日。まったく、気分でこんなことするもんじゃないなとつくづく思います。誤字脱字あったら教えてください(切実)

今回は、なるべくメインキャラ全員が出るようにしたのですが、キャラが多いと少し難しく感じます。今後レベルアップ出来るように頑張ります。

最後になりましたが、「突如始まる異種人同居」を読んでいただきありがとうございました。今後とも、「突如始まる異種人同居」をよろしくお願いします。



【改稿後】

第九話からは誤字脱字などの細かいところだけでなく、本格的に加筆修正が入ります。また、それに伴っって話数も何話か増えることになりました。

大きくどこかを削ったというよりは新たに話を盛り込んだ感じなので、一応修正前の知識でもこの先不自由なく読めますが、新たなキャラの一面も是非見て頂きたいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ