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紅い薬:さて、どうしよう?

彼が目にするもの、すべてが紅・・・・

 彼が見ているもの、すべてが紅・・・・

 彼が目にするもの・・・・・


六、

 微笑みながら若干白髪が混じっている男性がこちらを見ている。どうやら、この学校の保健の先生のようだ。

「あの・・・・」

「突然、倒れたんだ。覚えているかね?」

「倒れた?」

 ああ、成る程・・・・僕は倒れたから保健室にいるのか。

「もう大丈夫かね?」

「ええ、大丈夫です・・・・すいません、ご心配をかけて・・・」

「いや、何・・・」

 相手はそういって立ち上がる。

「どうだい?今から学校内を案内してあげようか?」

「いえ、今日は帰ります・・・また倒れるかもしれないですからね」

「そうかね?まぁ、そうしたほうがいいだろうね・・・・」

 気をつけてといって僕を送り出してくれた保健室の先生に頭を下げ、保健室を出る。

「ああ、時雨君だったかな?」

「何でしょう?」

「今日は実にいい月が見れると思うよ。世界がきっと、変わるだろうね」

 そういって僕の目の前で保健室の扉は音を立ててしまったのだった。


 目が覚めたのは既に夕方で、携帯に電話がかかってきた。急いで校内から出て町を歩きながら電話をする。

「はい?ああ、美奈さんですか?ええ、まぁ・・・・」

 なぜだか番号を知っていた美奈さんからの連絡で、夕食を用意して待っているとのこと。これは急いで帰ったほうがいいだろう。しかし、なんだかおやつが欲しくなってしまったのでちょっと寄り道をして帰ることを彼女に伝えたのだった。

「さて、どこがいいかな?」

 近所にあるコンビにではお菓子が少々高いので安い店を求めてほっつき歩くことにした。目に止まった店の中に入り、めぼしいものはないか探していくのだが・・・なかなか発見できなかった。

 結局、チョコレート菓子を少しだけ買ってから帰ることにした。

「あちゃ〜既に夜だよ・・・」

 夜空には保健室の先生が言っていた通り、綺麗なお月様がその姿を惜しげもなく僕に見せつけてくれている。

 昨日のことを思い出したのだが、一向に紅い月など見えてこないのであれは気のせいだったのだろう。おかげで学校内で倒れてしまうという事態に陥ってしまったことをひどく後悔してしまう。

「まぁ、いいか・・・・」

 過ぎ去ってしまった事をいつまでも後悔していてはこれから始まらない。僕は一人帰りを待っていると思われるお手伝いさんの下へと急いで帰ることにした。


 長年すんでいた場所での近道などはお手の物で、今も人があまりとおらないどちらかというと、猫が通っている場所を僕は歩いている。

「ここって結構いい場所なんだよね・・・」

 寂しくないように僕は一人で呟きながら月を眺めつつ、帰路を急ぐ。静かな場所なのだが、今日はなんとなく騒がしい。

「・・・きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 ものすごい声が辺りの静寂を蹴散らす。

「ん!?」

 猫が普段は良く集まっている空き地に人影が見える。そこには三人ほどの人影が・・・・・どうやら、一人の女の子に対して二人の男が詰め寄っているらしい。以前から思っていたことなのだが、この町は治安が悪すぎる。

「かといって、僕が助けに行っても病院に僕が連れて行かれるだろうからなぁ・・・」

 さて、どうしたものだろうかと悩んでいると声が聞こえてきた。

『じゃあさぁ、変わってくれよ。手加減するからさぁ?どうだ?あの子を助けたいんだろ?』

「ま、まぁ・・・」

『そうだろうなぁ、あいつら、むかつくからなぁ・・・・』

 その声の主は笑っている。いや、嗤っている。

「じゃあ・・・大暴れとは行かないが、初陣は綺麗に済ませたいものだぜ!」


 僕の目に映る月は紅かった。



「おとなしくしろよ!」

「んん〜」

 月を背に二人の男が一人の少女を押さえつける。少女は相手を睨みつけながらも口につっこまれた布のせいで声を出すことが出来ない。

「おいおい、一人の女の子に対して二人でせめるのかよ?そりゃ、邪道だぜ〜♪」

「ああん?」

「邪魔すんじゃねぇぞ!ぼこぼこにされたいのか?」

「おお、怖っ・・・ってそれはどっちの台詞だろうかねぇ〜」



 月を背に、二人の男が倒れていた。

「ははっ!所詮はこんなもんだろうなぁ・・・・うまく使いこなせよ、この力をな!今日は気分がいいからなぁ・・・・」

 最後に

「あばよ!」と告げて彼は去っていった。

「ふぅ・・・・一方的だったなぁ・・・ところで、君・・・・」

 僕は倒れている相手に視線を落とす。そして、言葉を失った。

「美羽!?」

「あ・・・・に、兄さん!?」

 そこにいたのは僕の妹だった。こりゃ、見過ごしていたら大変なことになっていただろう。

「大丈夫?何もされなかった?」

「う、うん・・・・兄さん・・・ところで、今日こっちに帰ってきたの?」

「いいや・・・・昨日帰ってきたけど?それがどうかしたの?」

 久しぶり・・・・というわけではないのだが、彼女は僕を見てぎょっとしているようだった。

「とりあえず、今日は家にすぐに帰りなよ。送っていってあげるから・・・」

「兄さんは家に来ないの?」

「まぁね、もうアパート母さんが借りてるみたいだから・・・・」

「え?」

 どうやら、美羽は聞いていないようだ。

 久しぶりの兄妹での帰路。こんな風に一緒に並んで帰るのはいつが最後だっただろうか?確か・・・・小学校六年ぐらいだったと思う。

「・・・・・兄さん、何故、家に帰ってこないの?」

「え?そりゃ、まぁ・・・さっきも言ったけどアパートがあるから・・・」

「けど、今日はまだ夕食食べてないんだよね?」

「まぁね」

 僕がそう告げると彼女は身を乗り出してきて告げる。

「家で食べていきなよ!私、がんばって夕食作ったんだ!」

「そうなんだ・・・・」

 しかし、今頃美奈さんが僕の帰りを待ってくれているだろう。

「だけど、ちょっと・・・・」

 美奈さんのことをどうやって説明しようか?これはちょっとしづらいぞ・・・・というより、美奈さんの話をしても信じてくれないだろうな。

「ちょっと・・・・どうしたの?」

「ちょっと・・・・ええっと、今日はアパートにちょうど友達が来てて・・・もう、部屋にいる頃だろうからさ・・・」

「じゃ、駄目?」

「うん・・・・」

「そう・・・なんだ・・・」

 しゅんとした表情にドキッとしてしまう僕・・・・・ちょっと、待とう。冷静に考えてみればまったく持って馬鹿らしいことである。これでは青春の一ページではないか・・・何を自分の妹と甘酸っぱい一ページを刻んでいるのだろうか?

 僕は急に笑い出して美羽の頭の上に手を載せる。

「ま、いずれ美羽のご飯を食べに戻ってくるよ」

「本当?」

「ああ、それまでに腕を上げてなよ?まぁ、すぐに戻ってこれるだろうけどさ!」

「うん!私・・・がんばるよ!」

 自宅の目の前にやってきて美羽はもう一度僕のほうを見る。

「・・・・・本当に来ないの?」

「いかないよ・・・友達が待ってるからね。じゃ、何してたか知らないけど、夜道は怖いお兄さん方が多いんだよ。今度から気をつけなよ」

「けど、いいお兄さんもいたよ?」

「そんなのはいないいない」

「私の兄さんは大丈夫!」

 そういって玄関の扉を開ける美羽。

「じゃあね、美羽」

「うん・・・助けてくれてありがと、兄さん」

「当然のことをしたまでさ」

 僕はそういって美羽と別れたのだった。


 家に帰りついた僕を待っていたのは勿論、美奈さんだった。

「お帰りなさいませ・・・」

「い、いやぁ・・・なんだか照れるなぁ・・・・」

「いえ、当然のことをしているだけですよ。お手伝いというものはこういうことをするべきだと私は思っていますからね・・・・ささ、夕食を作っておきましたので、こちらへ来てください。先ほど出来たばかりですのでまだ暖かいはずですから!」

 美奈さんに案内されてやってきたところには昨日のリビングとはまったく違って綺麗になっていた。

「す、すごい!?これ、美奈さんがやったの?」

「当然ですよ!このくらいは平均です」

 光り輝くフローリングに塵一つ見えないテーブル。テーブルの上には花瓶が置かれており、見たこともない花が咲いていた。

「この花は?」

「この花ですか?時雨様の部屋に飾ってあったものです。いやぁ、なんて名前の花でしょうか?ちょっと私には理解しかねます」

「ふぅん・・・」

 花のことは置いといて、美奈さんがテーブルの上に料理を持ってくる。今日の献立は野菜スープにオムライスだった。

「ささ、どうぞ召し上がってください」

「うん・・・・あれ?美奈さんは食べないの?」

「ええ、こういうときは傍に控えておくのが常道ですから・・・・・いつでも時雨様の言うことを聞けるようにしないといけませんからね・・・」

「じゃ、悪いけど目の前の席に座って一緒に食べてくれないかな?話し相手も欲しいから・・・・」

 そういうとちょっと迷っているようだった。

「でも・・・」

「お願い」

「・・・・わかりました」

 そういって美奈さんは自分の分を持ってきて僕の目の前に座って僕のほうを見る。

「ど、どうしたんですか?」

「いえ、作った側としては早く意見を聞きたいなぁと思いまして・・・」

「あ、わかりました・・・」

 僕はオムライスの山を少しだけ削って口の中に運ぶ。

「・・・おいしいですよ?」

「そうですか、よかった・・・・初めてだったので緊張したんですよ」

 最後のほうは聞かなかったことにしよう。

「時雨様、学校はどうでしたか?」

「別に今日は授業を受けたわけじゃないんだけど学校で倒れちゃった・・・・」

「ほ、本当ですか?」

 そういうが早いが、僕のおでこに手を載せる。

「だ、大丈夫だって!」

 そういっても彼女は信じてくれそうにないほどの真剣さだった。


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