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紅い薬:さて、お世話になろう

 彼が飲み込んだものは彼が飲み込んではいけないものだった。処方箋は適切に使用しなければ意味がないのである。副作用だって、ある。

 彼が助けた人は彼が助けるべき人ではなかった。なぜなら、その分だけ彼は厄介ごとを背負い込むからである。一言言うが厄介ごとがこの世には多い。

 彼が向かった場所は正しかった。彼の母親が向かえといった場所である。誰かに従って言うことを聞いたほうが人生は楽である。何より、考えなくていい。


五、

 目をまわしている人を背負っているところは誰にも見られなかった。よかった。この状態を見られたらなんて言われるだろうか?

 母から言われたアパートについて部屋の鍵をまわすと、以前・・・といっても僕が約一ヶ月ぐらい住んでいただけのアパートだが、その場所よりちょっと広い。

「よいしょっと・・・」

 背中に背負っていた人を既に用意されていた僕のベッドに載せて、僕も一緒に・・・・・ではなく、彼女が掴んでいた薄汚れた猫のぬいぐるみを引っ張ってお湯につけて放っておく。こちらの処理はこれでいいだろう、後ほど、なくなった尻尾をつけるとしよう。

「さて、次は夕食・・・外食にはいけないだろうからね」

 備え付けの冷蔵庫の中身を見るとどうやら母が一応夕飯を用意してくれていたらしい。それはとんかつだった。

「これは温めるだけでいいかな?」

 簡単な調理を済ますべく、僕はそれを持って立ち上がったのだった。


 あっさりと僕に用意されたとんかつは彼女の体内に消え、残されたものは皿だった。近くにあるコンビニからも弁当を買ってきてテーブルの上においていたのだが、それもなくなった。残ったのはこちらも容器だけである。

「・・・・ふぅ、とりあえずは急場をしのぐことが出来ました」

「はぁ・・・それは何より・・」

 相手は座ってこちらを見てきている。その目は

「私の話を聞いてください」というものに変わっていた。僕は空気を読めないような男ではない。

「・・・・家はどこですか・・・・」

「家、ですか?・・・実に懐かしい響きですね・・・」

 ものすごく悲しい顔をしてこっちを見てくる。どうやら、タブーだったようだ。

「あの、職業は?」

「職業ですか?・・・・お手伝いさんです・・・」

「ああ、お手伝いさんですか・・・・」

 なるほど、見た目がそれっぽいと思っていたのだが、正しかったんだなぁ・・・

「お手伝いさんなんて今では珍しいですね?絶滅したと思ってましたよ」

「ええ、まぁ・・・ところで、あなたの名前は?」

 さて、ここで正直に名前を言うべきだろうか?ま、まぁ・・・名前を教えるぐらいなら大丈夫だろう。

「天道時時雨です」

「なるほど、時雨様ですね?」

 彼女は立ち上がると・・・・頭を下げた。

「では、今日から家事全般を受け持つことになった・・・ああ、申し送れました、私の名前は美奈です。これから、よろしくお願いしますね?ではさっそく・・・・」

「ちょっと待ってください、ストップ!」

「はい?何でしょう?」

「残念ながら、僕は自分で自分のことは出来ますから・・・・その、結構なんですけど・・・」

 僕がそういうと彼女はとたんにその場に泣き崩れた。

「わ、わかってます・・」

 よよよといいながら僕の膝を掴む。そして、足に抱きついてくる。

「うわっ!」

「お願いします!お願いします!給料なんて要りません!寝る場所と食べ物さえくれるのならどんなことでも文句言いませんから!お願いします!」

 足をつかまれていたのであっさりと僕も崩れ、倒れてしまった僕の上に美奈さんは乗ってくる。

「うわっ!!鼻水!鼻水がつきますって!」

「ぶょねぐぁいします!」

 そんなことをされても、僕の心は変わらない。

「・・・・わかりました」

 変わらないんだが・・・・ま、まぁ・・・・いいか。

「ぶぁ、ぶぁりがとうごじゃいます・・・」

 嗚咽と共に鼻水をエプロンでふき取り、美奈さんはその大きな目から涙をこぼしながら僕に礼を述べたのだった。これでこの問題が終わったということを僕は信じたい。


「では、時雨様・・・お休みなさいませ」

「うん、お休み・・・・」

 その後、必要以上のお世話を僕にかけようとした美奈さんであったのだが・・・さすがにお風呂はやばかった。何があったかは伏せるが、相当危険なことがあってそのおかげで心身ともに疲労してしまった僕はふらふらながらもベッドに倒れこんで・・・・

「あ、美奈さんの寝るところがないや・・・・」

 今気がつけば彼女がやってきたのは突然のことで、寝る場所などこのベッド以外にない。重い体を引っ張って僕は美奈さんがいる部屋に戻った。

「・・・・ぐぅ〜・・・」

 美奈さんはテーブルに突っ伏して寝ており、とても安らかな寝顔をしている。よほど安心しているようでよだれまでたらして寝ている・・・・

「あの、美奈さん?」

「・・・・ぐぅ・・・」

「・・・・」

 ほっぺたを叩いてみたのだが・・・・動かなかった。後ろから肩をゆすってみたのだが・・・・一向に起きる気配は無い・・・既にお風呂には入っていたためか、彼女からよいにおいがしてきて・・・・

「ごくり・・・」

 何故か、僕は硬いつばを飲み込んだのだった。そして・・・・彼女の肩に手をかけたところで・・・・

「あ・・・」

 自分の姿が目の前にある鏡に写った。その姿はなんともまぁ、恐ろしいもので・・・無抵抗な羊に襲い掛かるような狼の姿をしている。鏡に写っているカーテンはちょっと開いていてたので、僕は誰かに呟いた。

「か、カーテンを閉めなきゃ・・・」

 僕はカーテンを閉めるために美奈さんからはなれ、カーテンを閉めようとして・・・


紅い月を見た。


「・・・・あ」

 目の前が一瞬にして真っ赤に染まっていく。そして、その真っ赤な視界の中に入り込んでくるものは人影・・・

『・・・・へぇ、おもしろいじゃねぇか?』

 その人影が話しかけてくる。

「誰?」

『おっと、失礼・・・俺の名前はシグマだ。まぁ、助けてもらいたくなったら俺を呼べよ・・しっかしまぁ、綺麗な月だね〜今日は挨拶に来ただけさ♪だが、襲うのはよくないなぁ♪』

 相手はそういうと消えた。僕の手にはいやな汗が流れており、心を覆い尽くしているのは恐怖だ。そして、気がつけば、紅い月などどこにも存在しておらず、空に輝く月は蒼い・・・そして、黄色くぼやけている。

「・・・・どうかしたのですか、時雨様・・・・」

 いつの間に起きたのだろうか?目がとろんとしている美奈さんがこちらを見ている。

「い、いや・・・・それより、寝ましょう?美奈さんの分のベッドがないんですが、そこで寝ていると風邪引きますよ・・・・とりあえず、僕の部屋に行っててください」

「そうですか・・・・でも、まぁ・・・・」

 ぶつぶつ言いながら彼女は僕の部屋へと向かっていった。

「・・・・なんだったんだろ?」

 僕はもう一度夜空を見上げて月が蒼いことを確かめてから自分の部屋に入ったのだった。既にそこでは美奈さんがものすごく幸せそうにベッドに寝ている。一人用のベッドなので僕は床に寝るべきだろうが・・・・

「・・・・・」

 先ほどのこと・・・・紅い月のことを考えると無性に怖くなって僕は無理してでも美奈さんの隣に寝て枕を抱きしめながら眠ったのだった。


「・・・・時雨様、とてもお疲れのようですが?」

「・・・ん・・・・ああぁ・・・」

 生返事しか出来ないし、小鳥のさえずりなんて聞こえてこない。

あれから怖くて一睡も出来なかった・・・・・というわけではなく、美奈さんが隣にいてくれたおかげでとりあえず落ち着けたのだが、それからが大変だった。

順を追って説明しよう。

まず、隣を見れば美奈さんが静かに呼吸をしていて、僕はやましい気持ちに襲われ、手を出そうとして紅い月のことを思い出し、恐怖がやってきてまた、美奈さんの顔を見て落ち着く。その繰り返しで気がつけば時計が鳴り出してしまったのである。だが、なにやらそれだけが原因ではない気がしているのはなぜだろう?

「・・・・ああ・・・今日は・・・学校に書類を・・・・提出しなきゃ・・・・」

 そういえば母から渡された書類があった。その書類を今日、学校に提出しなくてはいけないのである。しかし、それさえ終われば今日は自由だ。明日から学校だから、今日はずっと寝ることが出来るだろう・・・・

「・・・あの、美奈さん・・・」

「何でしょう?」

「僕の・・・お手伝いさんなら・・・・この小さいですが、この家の財政をお願いします・・・・大丈夫ですか?」

「ええ、任せてください!」

 目をきらきらしているところを見ると

「ああ!とうとう私もこういうことが出来る日がやってきたんだ!」という顔をしている。もしかしてだが・・・こういうことに関しては初心者?

「美奈・・・さん、あなたを信じてお財布を渡しておきます」

 しかし、こうなった以上彼女はがんばってくれるだろう・・・・彼女がお財布を持ってどこかに逃亡するかもしれないという不安はあるのだが、ここは彼女を信用してみたいと思う。そういうことで僕は彼女にお財布を渡すとふらふらとした足取りで学校へと向かったのだった。

「行ってらっしゃい!」

 美奈さんのうれしそうな声を聞いて・・・・


 まるで町を徘徊しているようなゾンビの足取りで僕が転校することになった高校へと向かうこととなった。きっと、知り合いたちが何人かはいるだろう。出来れば、会いたくない。夢の中の人物たちもなかなか魅力的な人が多かったのだが・・・・現実は現実である。

 それ以降は特に考えずにふらふらとした足取りで他の高校生と混じって登校し、職員室へとやってきた。

「・・・すいません・・・」

「・・・・?」

「明日からこの学校の生徒となる・・・・・天道時時雨です。校長先生に書類を私に来たのですが・・・・」

「ああ、聞いています・・・・顔色が非常に悪いようですが?」

「・・・大丈夫です・・・・書類を提出したらすぐに帰りますから・・・・」

 目の前にいる教師の顔が三重にもぶれながら・・・まるで

「フォフォフォ・・・」といっている宇宙人みたいだ・・・・僕は書類を相手に渡して方向転換した。

「保健室で休んだほうがいいのでは?」

「その心配は・・・・」

 いりません・・・・そういおうとした僕の視界に何故か、廊下が入ってくる。いや、今まで入っていたのだが・・・廊下の位置が右隣にやってきた。なぜだ?世界が四十五度傾いたのだろうか?

「だ、大丈夫ですか!?」

 そういう声が聞こえてくるのだが・・・・僕の視界はだんだんと暗くなっていく。今となって気がついたのだが、これは僕が倒れたということなのだ。

「・・・・誰か!保健室に運ぶのを手伝ってくれ!」

 ああ、この世にはいい人がいるもんだなぁ・・・・そう思っていると視界が真っ暗になる。そして、次は耳が聞こえなくなり・・・・

 意識が消えた。


 目に当たる強烈な光に僕は目を覚ました。目がぼやけていて、灰色の何かが目の前にある・・・・としかわからない。何度か瞬きをすると黒と灰色が入り混じり、その結果・・・元は白かっただろう、天井がその姿を僕の目の前に現したのだった。

「お、起きたのかね?」

 どこからか声がしてきて、僕は辺りを見渡した。何故か、体を動かすと非常に痛い。右隣から声がしていることに気がつき、僕はそちらのほうを見たのだった。


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