龍と書いてドラゴンと呼ぶ?:固き決意(前編)
五、
「はぁ〜」
大型連休の初日、俺はお空を見上げながら一人でため息製造機になっていた。
「どうしたの、輝?」
俺の隣に加奈がやってきた。
「いや、雨だからさ………」
「何よ?別に雨ぐらいでしょげなくてもいいじゃない?」
「そうっすよ、輝君?」
反対側には南海がいる。
「ああ、二人には何も言ってなかったな………今日、俺の師匠が家にくるんだ」
「師匠?ああ、体術を教えてくれる師匠ね?けど、それって美琴さんじゃないの?」
「普段は美琴さんが教えてくれてるようっすけど?」
二人が疑問に思うのもそうだろう。基本的には美琴さんが俺に体術を教えてくれてはいるのだが………
「雨の日にだけ、雨宿りしにこの家にくるんだ」
ぴんぽーん!
「………いいか、絶対に二人とも失礼がないようにしろよ?………できれば、師匠の目の前に連れて行きたくないんだが………まぁ、二人を信じることにしよう」
「それってどっちかというとあきらめの表れよね?」
「ひどいっすねぇ〜」
俺は文句たらたらの二人を残してその場を後にしたのだった。
「はーい、今あけます!」
玄関を開けた先にいるのは俺の師匠であるアマヤドリ師匠である。銀髪に蒼い目………
「え、わ、私と同じ背丈じゃない!」
「うわ、加奈!さっき言ったばかりだろ!」
「………ほう、龍か…………」
師匠は指をぱちんと鳴らすと俺を天上に貼り付けにした。なにやら目に見えない力が俺を縛り付けているようだ…………
「あの〜?」
「輝よ………お前が元凶のようだな?」
「いえ、まったく持って誤解です」
「………師匠にそのような口を………この小娘の責任、どうとってくれよう?」
物凄い睨み付け(一般的にはほっぺたを膨らませてこっちを見ているだけだ)だが………いや、既に何も考え付かん………さて、これからどうしましょうか、いや、俺はどうなるのでしょうか?………この前はプリンを勝手に食べただけで池に沈められたっけな………
「へぇ、なんだか物凄く強そうな師匠っすね?いろんな意味で意味不明っすね」
南海は俺を見ながら呟く。うん、その考えは非常に正しい。
俺をおろすことなく、師匠は加奈を見る。加奈もその視線を感じているのか………睨みつける。おお、なんともまぁ………勇気ある人物だ………
「何よ?」
「………まぁ、ちょっと口が悪いな?輝、どういった教育をしているんだ?ひねくれた性格しているじゃないか?どういう生活させているんだ?」
「まぁその、ええっと、早寝早起き、家事は今のところ料理を任せてます。厳しく育てて………おおっと!」
いきなり俺を縛り付けていた力が俺を解放した。いやぁ、もうちょっとで間抜けな体制になるところだった。
「………ちょっと優しくしてやればいいだろう?」
「え、ええっと……おっしゃるとおりです」
「本人はなぁ、こういうことがしたいと思っているんだぞ?」
師匠はきょとんとしていた加奈を指差すと俺のほうに持ってきた。
「え?な、何で?」
加奈はぴったりと俺に張り付いてはなれない。
「輝、頭を撫でてやれ」
「りょ、了解しました………」
俺はきょとんとしている加奈の頭を撫でてやった。
「いいこいいこ………」
「や、やめなさいよ!」
加奈は顔を真っ赤にして嫌がっている。
「ほら、次は抱きしめてやれ」
「ええっ!?それは無理っすってうわぁぁ!!」
俺は加奈を抱きしめていた。師匠の目は金色に輝いている………
「うわ、すごいっすね………加奈さん、もう顔がトマト並みに真っ赤っすよ………けど、うれしそうっすね?」
「…………う、うるさいわね!」
「嬉しいってことは否定しないんっすね?」
「………」
「とほほ………なんで俺が………」
「輝、以後、きちんと何かあったら抱きしめてやるように」
「………了解しました」
加奈は何故か俺の足の上に乗っており………師匠は目の前でお茶を飲んでいる。南海は俺のとなりに引っ付いている。
「………あの、今日はどういったことを教えてくれるんでしょうか?」
「美琴はいないのかい?」
「ええ、今日は仕事だそうで………」
「ふぅん、そうかい………」
そういってお茶をずずっとすするとこっちを見てくる。
「龍を大切にしろよ?」
「ええ、わかってます」
「わかってるなら、その二人を抱きしめることが出来るよな?」
「………」
俺は黙ってしまった。
「大丈夫よな?」
「ひっ!」
気がつけば目の前に師匠の顔があった。
「は、はひ!」
「じゃ、やれ」
「ええと、そんなことより………今日は何を教えてくれるんですか?」
「ああ?そりゃ、抱きしめ方だ」
「………」
あれ?師匠って体術の師匠のはずだったような………
「ほら、そこの龍も抱きしめろよ?」
「あ、は、はい………二人とも、すまん!」
目をつぶってそのまま二人を抱きしめる………
「あ、輝………」
「ま、まだ知って間もない二人が………あわわっす!」
「こ、これでいいでしょうか?」
「ああ、結構だ………さて、余興はその程度にして今日はお前たちにちょっとした旅行にいってもらおうと思ってここにきた」
それならそうと早めに言ってもらいたい。余興なんていいからさ………
「へぇ、旅行ねぇ?」
「すごいっすね!」
加奈と南海は喜んでいるようだが………この師匠のことだ。どうせよからぬことを考えていることに違いない。
「じゃ、準備してくるわ」
「ええと、山っすか?それとも海………」
「山だ」
「山っすか!じゃ、虫取り網が必要っす!!」
「はぁ………やれやれ」
あっという間にこの場からいなくなってしまった二人を尻目に俺はお茶を静かに飲んでいる師匠のほうを見た。
「どうせ、何か裏があるんでしょう?」
「ああ、この前はお前一人じゃ手に負えなかったからな」
「あの時は正直、死ぬかと思いましたよ?」
「そうだろうな、鬼の相手は一人じゃ無理だ」
この前はマジで死ぬかと思った………俺は妖怪などいないと信じているのだが………鬼の存在は信じた。金棒が目前にまで迫ったときは小さいときにいじめていた子猫にあやまってったっけな?
「で、今回は誰が相手なんですか?」
「さあな。とりあえず言えることは今回は龍が二匹もいるんだ。どうにかなるだろ?」
「………信じていいんでしょうか?」
「ああ、大丈夫だ。あの二人の実力ならばな………ああ、今日中に行けよ?」
師匠は立ち上がって俺に地図を渡すと消えてしまった。
「やれやれ、師匠は一体全体………何者なんだろ?」
いや、考えるのは無駄なことだろう。あの人は一応、人間ってことにしておくしかないだろうな。
俺はそうすることにして準備をするために部屋へと引っ込んだのだった。無論、置手紙をおくことも忘れてはいない。
「ここが辰乙史村ね!」
「田舎っすねぇ〜」
俺たちの目の前に現れたのは今回の旅の目的地である辰乙史村である。下調べなどまったくしてきていないのでわからないのだが………いけばわかるといわれてやってきた。
「お、あんたたちがアマヤドリ様の使者かね?」
村に足を踏み入れると一人の老人がやってきた。その老人は杖を手にしてまるで千人のような姿をしている。腰は見事に曲がっているのだが………まだまだ死にそうにはない。
「ええ、そうです」
「そうか、やはりアマヤドリ様の使者か………さ、こちらに来てくだされ」
俺たちは村長を先頭にして歩き始めた。
村の中は本当に静かで、村人がいるのかどうかさえ、わからない。生活の跡は残っているような気がするのだが………長らく、この村には人がいないような気がしない。
「………あのアマヤドリって一体全体、何者なのかしら?」
「そうっすね、おかしい人だとは思いましたが………」
二人して悩んでいるようなのだが………
「二人とも、気にするな。あの人物について考えたって時間の無駄だ」
「そんなもんなの?」
「ああ、一度正体を確かめてやろうとしたら………気がついたら全裸で池に浮かんでいたよ」
「………そりゃ、すごいっすね………」
「さ、つきましたぞ」
師匠について話していたら時間が経ってしまった………おかげで、村を見るチャンスを失ってしまった………ああ、やっぱり師匠のことを考えるなんて時間の無駄だったな。
「で、この社は何ですか?」
「ここにお通しするように言われておりますのじゃ」
目の前に広がるのはぼろい建物だ。
「とりあえず、中は綺麗ですので………どうぞ、お入り下さい……この村をお願いしますじゃ!」
「え?」
既に二人は社の中に入っていて、この場には俺しかいなかった。なんだかおじいさんが変なことを言ったので聞き返そうとしておじいさんのほうを見ると………
おじいさんは曲がっていたはずの腰を綺麗に伸ばして
「とうっ!」といって姿を消した。
「………な、なんだ?」
「輝〜早く来なさいよ〜」
「本当に中は綺麗っすよ!」
「…………」
う〜ん、この世界にはまだまだ謎の現象が多いのだな…………まぁ、さっきのは幻覚ということにしてさっさと中に入るとするか………
社の中は本当に綺麗だった。
「で、何かあったか?」
「え?ああ、これね?」
加奈が俺に手渡してくれたものは手紙で、俺はそれをさっさと開く。
「やれやれ………また、このパターンか………」
「どういう意味?」
俺は手紙を開けて加奈に見せる。
そこには
「勝負は明日の晩 生贄に扮し 主を倒せ!」と書かれていた。




