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五導の賢者   作者: アイクルーク
六章
90/91

何がために人は戦うか

 

 太陽がもうそろそろ頭上を越えようとする頃だろうか。

 人っ子一人いなくなった街の中、一人で黙々とパンをかじる俺は真っ青になった空を見上げる。

 俺が王城に戻ってから五日、住民の避難が終わってからもうすでに三日が経っていた。

 目の前に広がる直径十メートル程の魔法陣は一切起動する気配がなく、ただ一人捨てられた街に残り最後の時を待っていた。

 パンを食べ終え、近くに置いてあった水の入った革袋に手を伸ばした時、その時はきた。


 魔方陣は赤く不気味な光を発しており、それは次第に強さを増していった。

 そしてそれに呼応するかのように地面が静かに揺れ始め、数秒後には自信と大差ないほどまで強まっていた。


「ようやく、か」


 別に待ち望んでいたとかいうわけではなかったが、ただ待つだけの辛い時間が終わったという意味では嬉しかった。

 正直何度も決意は揺らいだ。

 だが結果として最後までここに入れたことに素直に安堵している。


 俺は揺れる地面の上で立ち上がると左手に持っていた鞘からゆっくりとクインテットを引き抜く。

 火、水、雷、風、土、光の融合した魔力が流れる刀身は銀色に輝いており、その模様は静かに揺らめいていた。

 次に手に取るのは皇の使っていたエクスカリバー。

 その重量は並ではなく強化されていない肉体、しかも片手で持つなんてことはかなり厳しかった。


 あとは来るのを……


 そう思った矢先、目の前の魔方陣の光が視界を覆いつくす。

 視力が戻った時には魔方陣の中心に三、四メートルくらいの人型の悪魔が立っていた。


「俺はアンドロマリウス、お前の策略に罰を与えてやろう」


 紫色の服のようなものを着ており体系はスマート、そしてその手には紫焔を灯した鞭が握られていた。

 感覚でわかる。

 あれは人間に仇なす存在だ。


「面白い、やってみろ。白銀の翼ソウルブレイブ


 俺は全身に白銀の光まとい、勢いよく地面を蹴り上げる。


 飛蓮・旋


 一気に後ろに回り込んだ俺はクインテットから白銀の刃を飛ばす。

 人に憑依していたバエルですら見えなかった動き。

 だが……


「いい動きじゃないか」


 アンドロマリウスは高速で迫っていた刃を紫焔の鞭で打ち消すと、その返しで俺へと振るってきた。


 速いっ!!


 すぐさまエクスプローラーを盾にその攻撃を受けると、鞭が引くと同時に距離を詰める。


 奴の間合いは約十メートル。

 近距離での斬り合いに持ち込めれば隙が生まれるはず。


「それくらい想定済みだって」


 アンドロマリウスが体の近くで鞭を数回しならせるとそこから放たれた紫焔が俺の行く先を埋め尽くす。


 飛蓮


 迫ってきていた紫焔を貫いてエクスカリバーを投げ捨てると、横に跳びすぐさま相手の攻撃範囲の外へと逃げる。


 紫の壁が途切れアンドロマリウスを視界に納める、


 奴は投剣に気を取られ俺に気が付いていない。


 地面を踏みしめるとクインテットを両手で握りしめ一気にアンドロマリウスとの距離を詰めていく。


「惜しい、ばれてる」


 突如アンドロマリウスがこちらに顔を向けてかと思うとほとんどノーモーションで鞭を俺へと振るってきた。


「だろうな」


 飛蓮


 走っている状態からさらに加速した俺は鞭の中間部、紫焔の灯っていない部分を斬る。


「なっ!?」


 一瞬の動揺、それが許されるレベルの戦いではなかった。


 飛蓮


 そのまま通り過ぎざまにアンドロマリウスを両断する。

 アンドロマリウスは力なく崩れ倒れると、傷口から闇が広がっていき消滅した。


「これで一体、か」


 俺は右手の甲で額に伝っていた冷や汗を拭うと近くにあったエクスカリバーを拾う。

 魔方陣を確認するために振り返るとそこにはアンドロマリウスが出現した時と同等の光量を放っていた。


「まだまだ始まったばかりだな」













 これで六体目くらいだろうか。

 両翼を切り落とされた孔雀の頭にエクスカリバーを叩きこんだ俺は再び輝きを放ち始めた魔方陣を見る。


 悪魔が召喚される間隔は五分くらいか。

 仮にそれを過ぎても倒せていなければ一気に俺に不利な状況になる。


 激しい赤光の中から出てきたのは二メートル強の灰色の豹だった。

 もちろんただの豹ではなく二足歩行をしており、その手には髑髏をモチーフにしたような大杖が握られていた。


 魔法を多用するタイプか?

 なら!!


 飛蓮


 召喚の光が止むと同時に俺はその背後から一気に近づく。


「無粋な」


 ハスキーボイスが聞こえたかと思った次の瞬間、俺の体は業火に包まれていた。

 その熱さは明らかにただの炎のレベルを超えており、悪魔まであと数メートルというところで足が止まる。


 熱さが、痛みが俺の思考を奪っていく。


 もがき苦しうとする本能を押し殺すと、その場に膝を折り冷静さを取り戻す。


 全身の魔力を体の中心へと集中させるとそれを一気に、


「解き放つ」


 全身から放たれた強大な白銀の魔力が体に纏わりついていた業火を打ち払う。

 息を荒げながらも顔と上げると悪魔は悠々とこちらを眺めていた。


「攻撃はもう終わりか?」


 悪魔は俺の挑発の言葉を鼻で笑うと前に構えていた大杖を下ろした。


「このまま放っておけば貴様は力尽きるのだろう?」


 そんな見え透いた誘いに俺は答えない。

 実際に言っていることに間違いはない。

 俺の魔力はもうじき尽きる。

 今感じているこの怠さも魔力切れの症状だ。


「悪魔のくせに随分とせこい戦い方だな」


「なんとでも言うがいい。それにこのまま時間が経てば我が同胞もこの場に来る」


 堅実だ。

 悪魔っていうからもっと粗暴なの想像していたんだが、まるで兵を引きる将みたいな冷静さだ。


 苦笑いを浮かべる俺は二本の剣を杖にふらふらな体で立ち上がる。


「使わずにすむとは思ってなかったけど、いざ使うとなると……辛いな」


 俺は左手を剣から手を離すと一度大きく深呼吸をする。

 脳裏に浮かぶのはたった一人の愛する人。

 俺の目からは涙が溢れていた。




 ありがとう。




 そして、さようなら。




魂の終焉ラストソウル


 俺の中にある七つの魂に最後の火が灯る。







 全身を強く覆う白銀の魔力。

 それは儚くも力強く、人一人が扱うにはあまりに強大な力だった。


「貴様っ!!   どこからそんな魔力を!!」


 業火で周囲を守りながらも灰豹の悪魔は焦りを見せている。

 俺は問いかけを無視するとエクスカリバーに宿した白銀の魔力ですべての業火を吹き飛ばす。


 時間を使いすぎた。

 ここは一気に決める。


 エクスカリバーを手放すと両の手でクインテットを握り、刀の間合いへと迫る。

 クインテットに限界ぎりぎりの魔力を込めるとその刃は光の刃と化す。


「死ね」


 一閃、それは悪魔の守りを難なく突き抜け、その命を奪う。


 足を止めた俺は自身の魔力を確認するように手を覆う白銀の光を見る。

 それは七人の命の光。

 俺の中で魂が刻々と削られていくのがわかる。

 だが幸いなことに苦しさは感じない。


 魔方陣から強い光が放たれ新たな悪魔が呼び出される。






 終わりの一切見えない戦い、すでに太陽は西へと傾いていた。

 俺の目の前に立ちはだかるのは無数の骸骨の軍勢。

 それらはぼろぼろの武器を持ち、ただひたすら俺に向かってくる。

 これらを呼び出したのは肩に二つの竜頭を持つ黒い骨の悪魔。


 数千、いや……下手したら万を超えるかもな。


 一体一体の戦力は微弱だがそれでもこれだけの数いれば脅威となる。

 もう俺は完全に囲まれており、近くに悪魔の姿は見えない。


 カタカタカタカタ


 そんなリズムのいい音共に周囲の骸骨たちが襲ってくる。


「おらっ!」


 俺は左手のエクスカリバーで近づいてくる骸骨を薙ぎ払いながらも必死に相手の魔力を探る。


 骸骨共も微弱な魔力を持っていて周囲を探りにくい。

 やはり一度倒すべ──


 背筋に走る寒気。

 次の瞬間、俺はすぐ真後ろに強力な魔力を感じる。


 反射的振るったクインテットからは確かに斬った感触はする。

 だが、それが視界に映ることはない。

 おそらくこれはもう一体の悪魔の力によって透明化されている。


 目に見えないのは脅威だが魔力の流れに気を配れば対応できないことはない。

 それより問題なのは……


 俺は足元に転がっている龍を模した骨のアンデットを見た。


 透明化を使っているのはかなり強いアンデット、おいそれと攻撃を喰らうのはまずそうだ。


 次の悪魔が召喚されるまであと二分といったところか。

 もう温存とか言ってる余裕もないな。


 さすがに三体の悪魔を同時に相手にするのはかなり厳しい。

 ここで決められなければじわじわとなぶり殺しにされるのがオチだろう。

 覚悟を決めた俺は全身にまとう光の出力を最大まで高める。


 このまま感知を続けても時間がかかる。

 なら……


 エクスカリバーに膨大な魔力を集中させると、それを逆手持ちにする。


「滅しろ」


 そのまま剣先を地面へと突き刺すと銀の魔力は地を伝い、俺を中心に銀光で包み込む。


 その範囲、おおよそ半径五百メートル。


「ふぅ……さすがにきついな」


 骸骨たちの消えた瓦礫の中、一人立つ俺は疲労しつくしている頭に手を当てる。

 魔力があろうともそれを使う脳が回復するわけではない。


「だがこれで」


 南の方から僅かな魔力が感じられる。


 飛蓮


 白銀の光を一気に強めた俺は砲弾のごとくその場から飛び立つ。


 上空から一瞬で流れていく城下町の景色に目を向ける。


 大体の場所はあっているはず。

 それでも姿が見えないってことは十中八九透明化を使っているな。

 あくまで時間を稼ぎにくるか。


 ちらっと後ろに向けた視線には輝きの増し始めた魔方陣が映る。


 くそっ、思ったより早え。


 エクスカリバーを数回回して魔力を蓄積させるとそれを一気に開放することで細かく分かれた魔力が銀の雨となり地上に降り注ぐ。

 家屋、石畳などを容赦なく破壊する中、不自然に破壊されない石畳がある。


 飛蓮


 もはや一刻の猶予もない。


 地面にぶつかると同時に思いっきりエクスカリバーを叩きつける。

 感触はない。

 だがそれを躱し、何かが左右に飛び退いたがわかる。


「逃がすか!」


 着地した左足をそのまま使い大きく右に跳ぶも、その僅かな間に数体の骸骨が俺の眼前を塞いでいた。


「ちっ」


 エクスカリバーで薙ぎ払うと、そのまま斬りかかろうと思ったもののその姿が見えないため一瞬だけ足が止まってしまう。

 次の瞬間、逆に飛び退いていた片割れが俺を後ろから叩き飛ばす。


 くそ、こいつらうまく連携とってやがる。


 崩れていた態勢を立て直しすぐに反撃し返そうとしたところで俺の両腕に何かが噛み付くのがわかった。

 透明化していて見ることはできないがこれはおそらく骸骨の悪魔の肩から生えていた二頭の竜頭。


「ぐっ!?」


 突如として俺の胸に現れる巨大な穴。


 こいつ、爪で心臓を……


 力の抜けた俺の手から武器が滑り落ちる。


「強くても所詮は人、これが限界だよ」


 勝利を確信したのか透明化を解いた悪魔がその姿を現す。

 全身が真っ黒な狼に真っ白な巨大な翼が生えている。


「へえ、そんな姿だったのか」


 俺は震える手で自分に刺さっていた爪を掴む。


「けど、姿を見せたのは失敗だったな」


 俺は一気に爪を引き抜くと左手で落ちていたエクスカリバーの柄を握る。


「まだ動けるのか!?」


 すぐさま逃げようとする悪魔。

 だが俺はそれをあざ笑いながら握っていた爪を引いた。


「くたばれ」


 俺は狼の悪魔の脳天を叩き割った。



 もう一体は?


 俺が振り向いたときにはすでに何体ものが骸骨を喚んでおり距離を取ろうとしているのか背を向けて逃げていた。

 流石に傷が深すぎるのか足が動かない。

 即座にそれを理解した俺はエクスカリバーを逆手に持ち替えると大きく振りかぶる。


「おらっ!!」


 俺の手を離れた大剣は周りにいた骸骨達をまるで紙のように貫くと最後に骸骨の悪魔に突き刺さりそのまま遥か彼方と飛んでいった。


「やったか……」


 胸にできた傷口を抑えながらも崩れ落ちるようにその場に倒れ込む。

 俺は目を瞑ると傷口へと魔力を集中させて一気に元通りまで回復させる。

 正確には見た目だけ、だが。

 流石に内蔵などを短時間で再生するのは容易ではなく、今は最低限の形を保っているだけである。

 息を荒くしながらも硬い地面の感触を味わいながら力を抜いて体を休めようとした矢先、上空から羽ばたく音が聞こえてきた。


「もう少しくらい、休ませて欲しかったんだが」


 俺はクインテットを杖代わりにして立ち上がる。

 体は度重なる高速回復の影響でボロボロ。


「ラストスパート、頑張りますか」









 戦い始めてからどれほどの時が経っただろうか、高かった日はすでに城壁にかかっており、多くの人が暮らしていた城下町、王城はほとんどが瓦礫の山となっていた。

 そんな寂しい風景の中、白銀の刀と華美な装飾の施された杖が衝突する。

 俺と対峙するのは悪魔とは言い難い大柄な年寄り。

 もちろんただの爺さんではなく、強大な魔力を持っておりそれを力へと変換して戦っていた。


「人ながらにして人外の道を歩むか。なにゆえそのような選択をした」


 俺が周りを飛び回り隙を探ると一気に飛びかかり両手で握りしめたクインテットで斬りかかる。

 悪魔はそれを杖で受け止めるとぶつかりあった力が周囲へと発散され衝撃波が生じた。


「お前らを殺すためだよ!!」


 何度もぶつかりあう刀と杖。

 だが全力で仕掛けている俺に対して悪魔はまだ余裕があるように見えた。


「ふむ、確かに我らを全て倒すにはそれくらいせねばなるまい。だがそれは目的であって理由ではあるまい」


 完全に攻撃を捌かれている。

 それができているのはこいつが強いからだけじゃない、俺が弱っているからだ。


「もう、わかんねえよ」


 果てしもなく続く戦いの時間が俺のあらゆる感覚を奪っていた。

 俺が一歩引いてクインテットに魔力をため出すと悪魔が杖を振り下ろしてきた。


「理由を忘れてもなお戦うか。その意気はよし」


 超高密度の魔力が込められた杖、触れるだけで危険なのが肌で感じられる。

 けれども俺はそれを素手で受け止めた。

 体に流れ込んでくる魔力が指先から腕にかけての骨を砕いていく。


「もう……わかんねえ」


 だがそれでも俺は杖を握りしめ、相手が逃げられないようにするとクインテットを大きく振りかぶる。


 一閃


 杖を引き悪魔の態勢を一気に崩すと、一歩を踏み込んでその体を両断する。


「そのような姿になってまで戦うとは、人とは不幸なものだな」


 そんな言葉を残し、悪魔はゆっくりとその瞼を閉じていった。

 反射的に魔法陣の方を見やる。

 どうやら今回はそれなりに早く倒せたのか、まだ召喚の気配すら見せない。

 次の瞬間に倒れるように地面に転がると、クインテットから手を離しぐにゃぐにゃになった左手を擦る。


「痛い、な」


 その言葉の通り俺の左手には激痛が走っており、そのせいか強く発熱している。

 だが問題なのはそこじゃない。

 俺はこの戦いの中で何度もこれくらいの怪我はしてきた。

 それが今回は治らない。


「ついに魔力が底を尽いたか」


 俺の中の魂の灯が今にも消えそうなほどまで小さくなっている。

 夕焼けがやけに眩しく、右腕で視界を覆う。


「ちくしょう、結構……頑張ったんだけどな」


 目尻から何かが垂れるのがわかる。


 残された魔力は残り僅か、そしてこれが尽きた時俺は……


 急激に体から生気というのだろうか、そういったたぐいのものが抜けていくのがわかった。


 これが死ぬってことなのか。


 魔法陣から新たに何かが喚び出されているのを感じる。

 すぐに立ち上がろうとするも体はその場から動こうとしない。


 これは……もう、駄目だな。


 手が、足が、あらゆる感覚が失われていく。


 俺はここで一人、朽ちていくのか。

 何一つ、守れないまま。


「ちくしょう」


 枯れた喉から発せられた唸るような言葉。


 ここで死んだら何の意味もない、ただの無駄死にだっ!!


「立てよ」


 俺は叫ぶように声を出すと、全身に薄く魔力をまとう。

 右手でクインテットを握り、その拳を地面に付けてゆっくりと立ち上がる。


「まだ生きていたか、大したものだ」


 視線を上げた先には巨大蜘蛛の体をもち、その背中から若い黒髪の男の上半身が生えている悪魔がいた。

 そのサイズはこれまでの悪魔とは桁違いで、その全長は数十メートルにも及んでいた。


 そして俺はそれが何なのか見ただけでわかった。


「バエルっ」


 バエルは序列が一番目。

 つまり、こいつで最後だ。


「宣言通り、貴様をこの手で殺してやろう」


 街全体に響き渡る轟音。

 その言葉を放った次の瞬間には脚の一本が俺のいるところに振り下ろされる。

 それはまるでビルのように強大で俺の周囲が影に覆い尽くされた。


 飛蓮


 瞬時にそれを躱した俺は二の足で地を蹴り飛ばし空へと翔ける。


 飛蓮、飛蓮、飛蓮


 俺は空中を縦横無尽に飛び回り、一気にバエルの背後へと回り込む。


 こんだけの巨体だ。

 取り回しはそう効かないはず。


 飛蓮


 脚の一本にとりつくと黒く鋼のように硬いその皮膚にクインテットを突き立てる。

 確かにクインテットは深々と突き刺さった、だがきっとそれはバエルにとっては蚊に刺されたようなものなのだろう。

 上半身がこちらを向いたかと思うと俺が足場としていた脚が振り払われる。


「くそっ」


 宙に投げ出された俺はすぐに態勢を立て直すと落下しながら一度深呼吸をする。


 まともにやり合ってもダメージはほとんど与えられない。

 なら……


 飛蓮


 俺は一気に加速してバエルの本体であろう人間部分へと特攻を仕掛ける。


 残る魔力を、クインテットに乗せて!!


 バエルも俺の考えに気付いたのか両手を体の前に出して構えている。


 一閃


 クインテットの刃はバエルを腕ごと切り裂き、胸より上の部分が巨大蜘蛛の背中を転がる。


「やったっ!!」


 蜘蛛の上に着地した俺の口からは自然と歓喜の声が漏れる。

 そして勝利を確認するように転がっているバエルの上半身の方を見るとそこには俺に向けられた不気味な笑みがあった。

 直後、俺の背後から何かが迫ってくる。


 何が……っ!?


 振り返った先に見えたのは真っ直ぐと俺に向かってくる蜘蛛の脚。


「本体じゃなかったってことかよっ」


 飛蓮


 俺はすぐさまその場から飛び立つ。




 ────いや、飛び立とうとした─────



 普段なら流れるように変わる景色が変わらない



 頬を撫でるような心地の良い風が吹かない



 そして何より、俺の足が動いていない







 あぁ、死ぬのか













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