二対一の攻防
魔力とは何なのだろうか。
ある人は神から与えられた奇跡の力と言うし、ある人は人が進化により生み出した必然の力だと言う。
だが本質はまるで違う。
それは全ての生物が持つ命、魂と呼ばれるものの残余だ。
魔導士と呼ばれる者達はその僅かな力を行使しているに過ぎず、ましてやその本当の力を使うこともない。
そう、魔力とは不完全のもの。
そして人はその色に属性という名を与え、それぞれを別のものとして扱った。
それが‥‥間違いだった。
薄暗く、天井に空いた穴々から差す僅かな光だけが幾千もの戦いの歴史が刻まれた部屋を照らしている。
石畳には無数のひびが入っており、かつては龍を模していたであろう石像は跡形もなく砕かれ、部屋を支えるはずの柱の多くはその機能を失っていた。
そんな部屋の中央にある一際目立つ王座、そこには悠々とした様子のバエルが座している。
「やはり来たか」
扉を壊した俺達は臨戦態勢を崩すことなく部屋の中へと足を踏み入れる。
部屋の中にいるのはバエルだけ。
やはり城の前で倒した魔人で全部だったか。
バエルはゆっくりと立ち上がると王座の脇に立てかけられていたバスタードソードを手に取る。
全身を魔力で覆い強化していた皇だったが、不意に体の前に構えていた剣を下ろす。
「一気に行く、援護しろ」
皇はバエルから視線を外さずに俺にだけ聞こえる程度の声量でそう告げる。
身体強化を使っている間は何もしなくても魔力を消耗する。
普通に考えて話しているような余裕はない。
そんなことを考えている間に皇が勢いよく地面を蹴り、瞬く間にバエルとの距離を詰める。
「四脚」
即座に黒脚を展開したバエルは赤い光を纏った皇へと数発の黒弾を放つ。
高速で飛んでくるバスケットボールほどの黒弾は本来ならば避けるのは容易ではない。
「遅い」
だが皇はそれを横跳びで躱すと次の一歩でバエルの間合いへと踏み込み紅に染まるエクスカリバーを一気に振り下ろす。
だがそれは四本の黒脚によって完全に受け止められる。
速いな。
皇もそうだが瞬時にガードしたバエルも相当だ。
近距離戦は皇に託した俺はバエルから距離を取ったまま横へと回り込む。
「六脚」
数秒の膠着状態を崩したのはバエルの方だった。
エクスカリバーを受け止めていた黒脚に加えてさらに二本の黒脚を作り出すと、そのままがら空きになっていた皇の腰元を突く。
即座にバックステップで距離を取ろうとした皇だったがバエルはそんな皇を逃がすことなく追ってくる。
皇は一瞬だけ俺に視線を向けた後、エクスカリバーに魔力を注ぎ込む。
「紅光一閃」
力強く振るわれたエクスカリバーから赤い斬撃が放たれる。
それに反応したバエルは六本の黒脚を体の正面に構えて斬撃を受け止めた。
その瞬間、バエルの斜め後ろを取っていた俺が魔力を込めた左手をバエルへと突き出す。
「氷斬崩流」
鋭く尖らせた数十の雹剣をバエルの背中めがけて一気に飛ばす。
せっかくの二対一の状況だ。
これを生かさない手はない。
視覚の外からの攻撃に僅かに反応の遅れたバエルは身をよじらせて回避しようとするが、躱しきれず肩を深く切り裂かれた。
「煩わしい奴め」
殺気をむき出しにしたバエルは俺の方に右手を突き出すと無詠唱で最上級魔法レベルの黒い光線を放ってきた。
「っ!!」
とっさに飛蓮を使い光線を避けたものの、着地をする余裕などなく地面に転がり込む。
俺が視線を上げたころにはバエルと皇が激しい斬り合いを繰り広げていた。
「灼閃──」
斬り合いの中一瞬の隙を突いた皇が剣に光を集約させる。
「遅いな」
だがその剣が振るわれるよりも速く、バエルがその刀身を黒脚で抑え込む。
「くっ」
皇がその黒脚を弾き飛ばそうと考える刹那の間、バエルは手に握っていたバスタードソードで皇の右肩を切り裂く。
「皇っ!!」
即座に詠唱を終えた俺は左手から雷撃を放つ。
だがバエルはそれをノールックで弾くと、残る黒脚で皇に追撃を仕掛けようとする。
まずいっ!!
最悪のイメージが頭を過る。
だが皇はとっさにエクスカリバーに溜めていた魔力を無造作に解放することで、自らをも巻き込む衝撃波を生み出す。
さすがのバエルもそれを黒脚防ぎきることはできず、勢いのままに壁まで吹き飛ばされた。
バエルの動きが止まっている!?
今がチャンス!!
そう考え攻撃を仕掛けようとしたところで、地面に膝をついていた皇が声を荒げる。
「風もよこせ!!」
その怒声とともに向けられた剣幕に押された俺は僅かに躊躇いながらも身体強化を解く。
「絆の軌跡」
指輪を通して俺の中の風の魔力が光る球体として放たれる。
淡い碧の球体は高速で皇の元まで行くと突き出されていた右手に吸い込まれるように吸収された。
すると皇の持つエクスカリバーは緑光と赤光の交じり合った黄金の光となる。
魔力を譲渡している間はその属性を使うことができない。
つまり今、俺は水、地、雷の三属性しか使えない。
風がなくなった今‥‥
俺が次の手を考える暇もなく動きを止めていたバエルが間合いを一気に詰めてくる。
「くっそぉぉぉ!!」
身体強化・雷地、魔刀術・地割れ
バエルの移動の勢いも利用した本気の一撃だった。
だがそれは四本の黒脚によって難なく受け止められてしまう。
っ!?
やばっ!!
今の俺の身体能力は力に寄っている。
残る二本の黒脚を避ける速さはない。
俺が痛みに備え歯を食いしばった瞬間、バエルは二本の黒脚を体の側面に構えた。
「爆閃刃」
激しく発光するエクスカリバーが黒脚に触れたと思った次の瞬間には凄まじい爆音を残し、バエルが壁を突き破っていた。
目の前に立っていた皇は苦しそうに肩で呼吸をしており、鋭い眼差しをバエルに向けている。
「お前、大丈夫か?」
絆の軌跡は使用者に絶大な負担を強いる。
それは付与する属性の数に比例して大きくなるらしく、初代勇者でも三属性が限界だった。
この様子を見る限りだと、よくて三つが限界か。
「八脚」
いつの間にか戻ってきていたバエルがさらに黒脚の数を増やす。
「まじ‥‥か」
バエルは使用する器によって強さにむらがあり、それは魔力量などに影響してくる。
その際にその時のバエルの強さを一番明確に表すのが黒脚の数だ。
これまでの戦いでバエルが使用した脚の数は五~七本。
だが今回は‥‥
「八本脚か。やはりな」
予想通りとでも言わんばかりの口調の皇。
だがその目は笑っていない。
「常闇彗淵」
八本の黒脚を器用に動かしその先端を皇に向けたかと思うと、八本それぞれから古代魔法級の闇の光線を放つ。
これは‥‥
飛蓮、飛蓮、飛蓮
身の危険を感じ取った俺は即座にその場から飛蓮を駆使して離れる。
闇の光線は石壁をまるで紙のように貫き、城を瞬く間に破壊していく。
皇は?
そう思い視線を走らせると光線の中を必死に飛び回り、その追撃から逃れている皇の姿があった。
だがその表情は険しく、とてもじゃないが攻守が交代するような兆しは見えない。
まずいな。
今回のバエルは今までとレベルが違う。
八本脚もそうだが今見せている光線もこれまでに見たことがない。
このままで勝てるのか‥‥?
頭に過るのは最悪のイメージ。
「くそがっ!!」
俺はそれを打ち消すように横からバエルへの距離を詰める。
皇が守りに転じるしかないなら俺が代わりに攻めればいい!!
そんな俺の動きを横目で捉えたバエルは二本の脚をこちらに向けてくる。
当たればチリになるレベルの光線。
細かく軌道を変えてくるそれを俺は紙一重のところで躱しながらも着実に距離を詰めていく。
だが俺の足はある一定の距離までくると前へと進めなくなる。
弾幕が激しくて、前に進めねぇ。
だが、たとえ二本でも脚を減らせれば……
次の瞬間、皇の放った斬撃がバエルに直撃し、黒脚から放たれていた光線が止む。
ここっ!!
バエルが立ち退いた一瞬、その間に俺と皇はバエルの目の前まで跳ぶ。
「いくぞ」
「言われなくても」
同時に振るわれる黄金と琥珀の刃。
それに反応したバエルは黒脚を瞬時にガードへと回す。
皇が強打を叩きこみ、その隙を俺が潜り抜け攻撃する。
おそらく数秒の間に何十もの斬撃が飛び交っただろう。
その攻防の中で俺は悟った。
この攻めじゃ、バエルは破れない。
俺は歯を食いしばるとクインテットに流す魔力を雷へと変える。
飛蓮・旋
バエルの後ろを取った俺は雷によって脳のリミッドを外した。
「雷閃・極」
限界を超えた速度で無数の斬撃を叩きこむ。
雷の刃をもろに受けたバエルは一瞬動きを止めると、そのまま宙に体を浮かせる。
追撃のチャンス、そう思い足を一歩踏み込む。
っ!?
すぐに体の違和感に気付いた。
いつかはわからない。
だが……
腹を貫かれた……?
俺はその場に膝を折り、動きを止める。
俺の腹には直径一センチほどの円状の穴が空いていた。
傷の形状を見る限り光線によるものだと思われるが、そんな素振りは一切見えなかった。
この傷はやばい。
咄嗟に氷で傷口を塞ぐがその痛みまでは消えることはない。
顔を上げると皇がどうにかバエルと斬り合いをしていた。
くそ、このままじゃ皇が……
だが、この傷でさっきまでのように動けるか?
ベストコンディションですら駄目だった相手に怪我をした状態で挑むのはバカのすることだ。
いつだったか師匠の言っていたセリフだ。
それを聞いたときは確かにそうだと思った。
だが今は……
「引けねえんだっ!!」
俺は身体強化を解除すると残る魔力を三つの指輪に集約させる。
「受けきれよ、皇」
魔力の宿った宝玉は美しく光り輝く。
「絆の軌跡!!」
俺の魔力が指輪から放たれた瞬間、バエルと目が合うのがわかった。
そして俺に向けられた黒脚には闇の魔力が灯っている。
「あっ……」
動かない体。
迫る光線。
俺は、自分の死を悟った。
「おい、起きろ」
強い衝撃により倒れこんだ俺が目を開くとそこには、片足を失い這いつくばっている皇がいた。




