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五導の賢者   作者: アイクルーク
六章
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哀しき選択

遅れてすみませんでした(−_−;)

 

 俺は空蓮を駆使してバエルの魔力を辿っていると、穴だらけになった王城にたどり着く。


 バエルの魔力は‥‥


 闇の魔力が感じられたのは俺のよく知っている場所だった。


「っ!? ラノン!!」


 すぐさま空を蹴った俺はラノンの部屋へと飛び込む。

 着地と同時に俺の目に飛び込んできたのはバエルの黒脚に貫かれたグレイスの姿だった。


「グレイス?」


 バエルは素早くグレイスから黒脚を引き抜くと、いつでも戦えるよう俺の方に体を向けてくる。

 倒れるグレイスを受け止めたラノンは今にも泣きそうな表情で傷口を見ていた。


「またお前か、しつこい奴だ」


 バエルが攻撃する素振りを見せた瞬間、俺はラノンとグレイスの前に立っていた。

 迫り来る二本の黒脚、それをクインテットで捌きながら声を張り上げる。


「ラノン!! グレイスを連れて逃げろ!!」


 俺の叱咤を聞いて正気に戻ったラノンはグレイスを引きずりながらゆっくりと出口へと向かっていた。


 よし、後は隙をみてバエルを外に叩き出せれば‥‥


「愚かな」


 黒脚を使い悠々と攻撃してくるバエルはそう呟く。


「貴様らはあの傷で助かるとでも思っているのか?」


 黒脚の一本で左肩を強打され、俺は大きく後ずさる。


「ちっ‥‥」


 室内だと動きが制限される分不利か。

 上手く外に──


「聞こえていない振りをするな」


 突如倍に増えた黒脚がクインテットごと俺を吹き飛ばす。


爆烈波バーンブラスト


 床に倒れた俺は即座に風の最上級魔法をバエルに向けて放った。


 ラノン達はこの部屋から出たか。


 横目で部屋の出口を見た後、四本の黒脚で風を受けるバエルに視線を戻す。


「何をそんなに気にする必要がある? 仲間を捨て駒にするのは貴様らの得意技だろ?」


「っ!!」


 風が止むと同時にバエルは黒脚を消して一気に肉薄してくる。

 振り下ろされたバスタードソードをクインテットで受けると鍔迫り合いになった。


「グレイスは捨て駒なんかじゃねえ」


 身体強化・炎雷風トリプルブレイブ


 俺は身体能力を一気に上げるとバスタードソードを払いのける。


 飛蓮・旋


 瞬時にバエルの背後をとった俺はクインテットに魔力を流し込む。


五導の斬撃カオスブレイクっ!!」


 威力も速度も申し分ない一撃。

 だがそれは、虚しくも空を切るだけだった。


「それはもう見た」


 バエルが二本の黒脚を展開する。

 俺は完全に態勢を崩しており、とても黒脚を回避できるような状態じゃなかった。


 やばっ


聖闘士の盾ディバィンオブセイント


 俺の前に現れた光の盾が目の前まで迫っていた黒脚を受け止める。


「‥‥きたか」


 そこに立っていたのは武器すら構えずに立っている皇だった。


「バエル、久しぶりだな」


「やれやれ、時間を無駄に使いすぎたようだ」


 バエルは俺に向けていた黒脚を引くと、皇から逃げるように後ろに跳ぶ。

 いつ攻撃されてもいいように俺はクインテットを体の前に構え、呼吸を整える。

 状況はバエルが一人に対してこちらは勇者と賢者が揃っている、最高と言ってもいい状態だ。


 だが‥‥


 俺は部屋の出口に視線を向ける。


四脚フィーア


 バエルは黒脚を四本へと増やすと、それで背にしていた壁を壊す。

 次の瞬間、全身に光をまとった皇がバエルと剣を交えていた。


「さすが」


 バエルはその一撃を仰け反ることで威力を殺すと、そのまま空けた穴から外へと飛び出す。


「‥‥逃げるか」


 皇は追撃することなく剣を下ろすと、俺の方を向いてくる。


「やるべきことをやってから来い」


 見透かしたようにそう言うと、バエルと同じように穴から外へと跳んでいった。





 誰もいなくなった部屋の中、身体強化ブレイブを解いた俺はすぐさま部屋の出口へと走り出す。


 そう遠くには行ってないはず。


 その読みは当たっており、部屋を出てすぐの柱の陰でラノンが必死にグレイスを治療していた。


「ラノン、グレイスの様子は!?」


 グレイスの腹部に置かれた手に込められている魔力が弱々しい。


「血が‥‥血が止まりません」


 ラノンの向かいにしゃがみ込んだ俺はすぐに患部の状態を見る。


 出血が酷い‥‥

 それに、内臓も‥‥


「とりあえずは止血だ。俺が治療する」


 そうは言ったものの傷は想像以上に酷い。


 これはこのままじゃ‥‥


 俺の中で激しい焦りが生まれたとき、横たわっていたグレイスがゆっくりと目を開く。


「ラノン‥‥」


 初めて聞くグレイスの弱々しい声はとても儚く悲痛なものだった。


「グレイス? 大丈夫? すぐに治しますから、少し我慢しててください」


 そんな動転しているラノンの声を聴くとグレイスはなぜだか嬉しそうに笑う。


「もう‥‥十分だ。これまで、すまなかった」


 どことなく満足した様子のグレイス。

 それはまるで、死に逝く人の言葉だった。


「グレイス!? 何を謝っているのですか?」


 必死の叫びだったが、グレイスはまるで聞こえていないかのようにラノンの顔へとゆっくりと手を伸ばす。

 ラノンの白い肌に真っ赤なグレイスの指先が触れる。


「グレイス‥‥?」


 グレイスの手の平がラノンに触れる時、その手の中から一つの希望が零れ落ちる。

 それは黒く澱んだ魔石で、その中には強い闇の魔力が籠っていた。

 その時、俺の中で一つの考えが生まれる。


 人を捨てれば助かるかもしれない


 もちろん確証があるわけじゃない。

 それでも、やる価値はある。


 治療の手を止めた俺はラノンの肩に手を当てるとその体をグレイスから引き離す。


「レン‥‥さん?」


 不安そうな顔でこちらを見つめてくるラノン。

 俺はそれを少しでも安心させるために瞳をじっと見つめ返す。


「大丈夫だ、グレイスは助かる」


 できるだけ力強く、堂々とした口調で続ける。


「これを見ろ」


 俺は地面に落ちていた魔石を拾うとそれをラノンの目の前に差し出す。

 ラノンは俺の手の中にあるものが何なのかわかったのか、その表情が固まる。


「これを使って、グレイスを魔人にする」


 やはりためらいがあるのかラノンはぐっと手を握りしめ、俺から顔を背ける。


 受け入れられなくても無理はない。

 魔人とは言わば恐怖の代名詞。

 普通の人はその名だけでさえ恐怖を抱く。


「それで‥‥グレイスは助かるのですか?」


 だがラノンは、その手を震わせながらもそう訊いてきた。


「あぁ、おそらくな。魔人の生命力は人とは段違い、助かる見込みは十分にある。ただ‥‥」


 言葉尻が言いよどむ。


「魔人になればグレイスの意識はなくなるだろう」


 魔人になるということはそう都合のいいものじゃない。

 魔王の配下になるということだ。


「それじゃあ‥‥グレイスとはもう、会えないのですか?」


「いや、グレイスが完全に魔人となる前に魔王を倒せば可能性はある」


 それはつまり、誰かが魔王を倒さなければならないということ。


 ラノンの唇が強く結ばれるのがわかった。


「止めろ‥‥」


 俺の服の袖が引っ張られると共に聞こえてくる消え入りそうな声。


「魔人になっちまったら、俺は‥‥ラノンの敵になる。それは‥‥死んでもごめんだ」


 グレイスはそう言って力強い瞳を俺に向けてくる。


 どうするべきか‥‥それを決めるのは俺じゃない。


「どうする、ラノン?」


 俺がそう訊くとラノンは僅かに表情を固くする。


 ラノンはグレイスを見殺しにするか、俺を魔王のところに送るか、その二つを天秤にかけているのだろう。

 けどまぁ、答えはわかりきっている。


「グレイスを‥‥グレイスを助けてください、レンさん」


 迷いが晴れたのか、覚悟を決めたラノンは落ち着いた口調でそう言う。


「わかった」


「やめろ‥‥」


 必死に抵抗しようとするグレイスを抑え込むと魔石を患部に当てる。


「ラノン、少し下がっていてくれ」


「わかりました」


 俺はラノンが後ずさるのを横目で確認すると魔石の魔力を少しずつ解放していく。

 黒い魔力はゆっくりとグレイスの体の中を広がりだす。


 よし‥‥このままいけば──っ!?


 魔石を抑えていた俺の左腕に突如、強い痛みが走る。


「やめろって言ってんだろ!!」


 本来ならば意識を保つことでさえぎりぎりの状況。

 そんな状態でもグレイスは俺を止めようとしている。


「グレイス、やめてください。私たちはただ助けようと──」


「うるせぇ!!」


 どこから出ているのか、通路に響き渡る怒声。


「ラノンを守って死ねるんだ、魔人なんぞになるより何億倍もマシだ!!」


「お前‥‥」


 迷いを感じさせないグレイスの目。


 きっと今、グレイスが口にしたことに嘘はない。

 こいつは、ここで死ぬことを望んでいる。

 本当に魔人にするのが正解なのか?


「レンさん‥‥?」


「レン、やめろ‥‥」


 俺の中で生じる躊躇い、それは一気に決断力を奪う。


「くっ」


 迷うな。

 自分を、信じろ!!


 俺はグレイスの手を振り払うと、手の中にあった魔石をグレイスの口に叩き込む。


「悪いなグレイス」


「んぐっ」


 そのまま魔力を口の中で一気に解放させる。


「お前はラノンのために生きろ」


 黒き魔力は瞬く間にグレイスを覆いつくし、その体を作り変えていく。

 橙色の肌は黒く染まり、目は燃えるように紅く灯る。


「ぐぐっぁ、早く‥‥殺せ、くっ!!」


 グレイスは必死に悶えながらも懸命に訴え続ける。

 その表情は激しく歪んでおり、どうにか魔人化をこらえようとしているのがわかった。


 さすがに傷口が治ることはなさそうだが、確実に状態は良くなってる。

 だが、この分だと‥‥


「くそがっ!! くそがぁ!!」


 理性を失いつつあるグレイスは体から黒い靄を出しながらうずくまり始める。

 そんな苦しむグレイスの様子を見るラノンの顔は青ざめていた。


「ラノン、辛いならここにいなくてもいいぞ」


 一応言ってみるが、ラノンは少しの間も置かずに答えた。


「いいえ、私はここでグレイスと共にいます」


 迷いなし‥‥か。

 ラノンらしい。


「なら、しっかり見てろよ」


 完全に魔人と化したグレイスが立ち上がるのを見て俺はクインテットを構える。


「コ‥‥ロ‥‥‥‥」


 グレイスからはもう完全に理性を感じない。

 言ってしまえば魔物に近いものを感じるほどだ。


「グレイス‥‥?」


 不安そうな声を漏らすラノン。


「安心しろ、魔人になった直後は大抵がああなる。時期に意識が戻る」


 だが辛いのは意識が戻ってからだろう。

 そこからは自我と闇のせめぎあい。

 負ければ戻ってこれないだろう。


「ハ‥‥ヤ‥‥‥‥ク‥‥」


 グレイスの右手に闇の魔力が集中する。


「炎刃」


 俺は即座にクインテットで斬り、闇の魔力を打ち消す。


「安心しろ。お前にラノンは傷つけさせねえよ」


 身体強化・風ウインドブレイブ


 飛蓮


 一気に接近した俺はグレイスの顔を掴み壁に叩きつける。


「グ‥‥」


 俺は痛みを感じているのか動きを止めるグレイスに顔を近づける。


「いいか、絶対に負けるなよ。魔王は、俺が倒す」


 一瞬だけ、グレイスがうなずいたような気がした。


極天零峰レドバーグ


 刹那にグレイスの体が凍り付く。

 全身を厚い氷が覆い、完全にその活動を阻害する。


 これでしばらくは動きを封じれるはず。

 氷が溶ける前にバエルを‥‥


 俺がグレイスに背を向けると、代わりに視界にラノンの姿が映る。

 その表情からは切なさが感じられた。


「レンさ──」


「俺は皇の援護に回る。ラノンは隠れてろ」


 何かを言おうとしたラノンの声を遮り、俺は無機質にそう言った。

 きっと、俺は怖かったのだろう。

 ラノンからかけられる言葉が。


 即座に身体強化ブレイブをかけた俺はラノンを置いてきた道を走り出す。










 大聖堂。

 かつて俺と皇が召喚された場所だ。

 皇の魔力を辿った俺はここに行き着いた。


「ここでバエルと戦っているのか?」


 大聖堂の中からは争っているような気配は感じられず、不気味さが立ち込めていた。


 ‥‥入るか。


 俺がそう覚悟を決めた直後、大聖堂の入り口の扉が開いた。


「っ!?」


 とっさにクインテットを構えたが、中から出てきたのはエクスカリバーを背負った皇だった。

 特に目立った外傷はないがその表情は暗い。


「‥‥蓮、か」


「バエルは? 倒したのか?」


 皇は俺から視線外すと大聖堂上部を見上げる。


「逃げた。あそこからな」


「逃げた‥‥?」


 よく見てみると大聖堂の屋根に大きな穴が開いており、空へと逃げる道となっていた。

 暗雲が立ち込める空にはバエルの姿などどこにも見当たらない。


 だが、早くバエルを倒さなければグレイスが‥‥


「おそらくあいつは残りの魔人と共に自分の城に戻っているはずだ。ある程度準備を整えて後を追う」


 準備を整える‥‥?


 グレイスはそう長くはもたない。

 それが具体的にどのくらいなのかはわからない。

 だが、そう悠長に準備をしている暇がないのは確か。


「それじゃ‥‥駄目だ」


 皇が俺の言葉に動きを止める。


「それじゃあ、グレイスは助からない。すぐにここを発とう」


 僅かに自分の手が震えているのが分かった。


「‥‥それで、いいのか?」


 すぐに発つということは今すぐにでもラノンの別れを告げるということ。


「覚悟は‥‥できているんだな?」


 皇が鋭い視線を俺に向けてくる。


「あぁ、最悪のときは迷わない」


「そうか。なら早く行け。日没とともにここを出る。別れを済ませてこい」


「‥‥わかった」


 俺はそれだけ言うと来た道を戻っていった。






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