五導の賢者・初陣
本日2話目です。
まだ読んでない方は1つ前の話から読んでください。
かつてこの世界に何があったのか、
危機に直面した賢者達はどんな選択をしたか、
どういう経緯で召喚の儀が生まれたのか、
歴代の賢者達は何を思って戦い、何を思って死んだのか、
どうして賢者達が死ななければならなかったのか‥‥
全てを、理解した。
「どうかしたのか、レン?」
胸の内に新たなる魔力が感じられる。
それは誰の魔力でもない、俺自身の魔力。
「アーツ、アドネスにこのまま避難を続けるように言っておいてくれ」
その魔力は俺が今まで扱ってきたどの魔力とも違う、透き通った魔力。
ゆえに強大、ゆえに無能。
単体では役に立たない無属性。
だが、今の俺が使えば‥‥
「変換」
無色に紅い色が付く。
俺の体から溢れる出す膨大な炎の魔力にアーツは言葉を失っていた。
まずはあれを止めなきゃな。
魔王‥‥いや、バエルが作り出す黒球はもはや最上級魔法ですら太刀打ちできそうにない。
生半可な攻撃じゃ駄目そうだ。
身体強化・炎風
俺は全身からほとばしる炎をまとう。
本来の身体強化・火から放たれる炎に風を加えることでその出力を高める。
二属性の同時、身体強化。
かつてはできなかったことも、今ならゆうにこなすことができる。
周囲にいた市民や兵士達の視線を一心に受けていることに気がつく。
必死に逃げようとしていた市民達はその足を止め、希望の眼差しを俺へと向けている。
「レン‥‥何をするつもり?」
再び黒球を作り出すバエルへと視線を戻すと、その近くにあったの物見やぐらのような建物を見た。
高さは十〜二十メートルくらいか。
「少し魔王の相手をしてくるだけだ」
飛蓮
大砲音のような踏み切り。
炎による爆発的加速、それに風を加えることで数倍の力を生み出す。
矢のように飛び出した俺は僅かな滞空時間の後に木でできた物見やぐらの上に着地する。
ブレーキをかけた時の衝撃で物見やぐらがかなり揺れるが、かなり丈夫なようで倒れる様子はない。
普段は使っていなかったのか屋根は付いておらず、バエルをしっかりと視界に捉えることができた。
「ここでなら遠慮なくやれそうだ」
脳内に刻み込まれた数々の魔法、それはかつて賢者達が得た知識や技術の集大成。
この状況なら‥‥あれか。
俺はクインテットを床に突き刺すと右手に風の魔力を一気に集中させる。
「天を駆け巡りし暴龍よ、今その力を解き放て」
右手から魔力を一気に解放すると長く伸びる龍を模した風を生み出す。
それは俺の周囲をぐるぐると回りながら着実に強大に、そして高圧になっていく。
どうやらバエルも俺の存在に気がついたようで軽く殺気を飛ばしてきたかと思うと、上空に滞空させていた家数十軒サイズの黒球を飛ばしてくる。
「かなりでかいな‥‥だが」
俺を中心に円運動を続けていた風の龍は黒球にも対抗できるほどまで強化されていた。
まるで指揮棒を振るうかのように天へと右手を上げると、それに従い風の龍が真っ直ぐ黒球に向かっていく。
「天照嵐空龍」
かつて賢者達が作り出したという古代魔法。
これはその中でも上位に位置する魔法。
風龍と黒球が衝突するとその余波により、辺りに凄まじい突風が生じる。
やはり‥‥強いな。
風龍を操る俺の右手がカタカタと震えている。
今はどうにか拮抗を保ち抑え込むことができているが、おそらくそれも長くは持たないだろう。
「その炎、決して消えず、絶えず広がり続ける」
即座に左手に火の魔力を込めた俺は最速で放てる古代魔法の詠唱を始める。
想像以上の圧力だ。
少しでも右手から力を抜けば、一瞬で黒球に押しつぶされる。
視線を向けるほどの余裕はないのでわからないが俺が黒球を止めたと思っているのだろう、下からは何やら歓声のようなものが聞こえてくる。
「無限の紅炎」
左手から放たれる紅色の炎は進むにつれてどんどんその範囲が広がっていき、黒球を押しとどめていた風龍を瞬く間に飲み込もうとする。
「爆ぜろ」
紅の炎は一瞬で風龍に引火し、爆弾を彷彿とさせるほどの爆発を起こす。
体を飛ばされかねない風圧に堪えながら、バエルが放った黒球の消失を確認する。
いくらバエルといえども古代魔法の混合に打ち勝つのは無理だったよう──っ!?
飛蓮
闇の魔力を感じ取った俺は咄嗟にクインテットを引き抜くとその場から飛蓮を使い空へと逃げる。
直後に物見やぐらを襲う闇の矢、それは一撃で数十メートルある物見やぐらを貫き、崩壊を引き起こす。
「あっぶねぇ‥‥っ、またか」
落下を始めていた俺に再び闇の矢が落ちてくる。
一瞬跳ね返すことも考えるが後続に続くいくつもの闇の矢を見た瞬間、回避に徹することを決めた。
空蓮、空蓮
今までは一度しか使えなかった空蓮。
だが、炎によるブースターを得たことによって軽々と空中を駆け回ることを可能とする。
速い‥‥空を駆ける感覚に近いな。
飛蓮の速度は空蓮になっても変わることはなく、あっという間に俺とバエルとの距離が詰まっていく。
「お前が今代の賢者か? なかなか面白い力だ」
バエルのまるで染めたような黒混じりの金髪と黒目はどこか日本人を想像させる。
そして、何よりも気になるのがその背中から生やす闇の魔力で模った翼。
それをせわしなく動かすことで宙で静止することを可能にしている。
「そりゃ、どうも。あんたも今回はなかなかいい体みたいだな」
俺は空中で常にステップを踏みながらバエルの隙を待つ。
バエルは全身に黒の鎧を身につけており、その手には黒のバスタードソードが握られている。
さすがに隙がないな‥‥
だが、まずは市民の避難が終わるまで時間を稼ぐ。
「ずいぶんと余裕だな。空中での戦闘に勝つ自信があるのか?」
バエルはニヤッと笑うと、不意に黒い弾丸を作り出した飛ばしてきた。
「チッ」
適当に作ったのがまるわかりだが本物の銃さながらの速度で俺の眉間に向かってくる。
空蓮
バエルの右側に飛ぶとクインテットに魔力を込める。
空蓮・旋
俺の方に顔を向けようとしたバエルにフェイントを混ぜ、一気にその背後を取る。
もらった!!
「五導の斬撃っ」
黒く染まった刀身をバエルへと躊躇いなく振り下ろす。
「ここまで速い賢者は初めてだ」
バエルの持つバスタードソードが一瞬で闇の魔力に覆い包まれたかと思うと、それは大剣のような形を作る。
次の瞬間、ぶつかり合う二振りの黒い剣。
俺はクインテットの魔力を一気に解放するも、同様にバエルも魔力を放出させ力を相殺させる。
上空での衝突、ゆえに俺は踏ん張りが効かず後ろへと大きく飛ばされた。
「っ‥‥チィ」
両足から炎と風を放ち続けることで勢いを殺しどうにか地面への落下を防ぐと、すぐにバエルの方へと視線を向ける。
‥‥あっちには少しも効いてない、ってか。
天を舞うバエルは俺との衝突の場から微動だにしておらず、剣先を俺に向けてきた。
五導の斬撃で駄目か。
あれより威力の高いのってなると古代魔法になるが、とてもじゃないがバエル相手に詠唱する余裕があるとは思えない。
「さて、俺も暇じゃない。次で終わりだ」
バエルは体を大きく後ろに下げたかと思うと、高速で俺に向かって飛んできた。
その速さは今の俺をも上回っている。
空蓮
身の危険を感じた俺は反射的にその場から飛び退こうとするが、一歩を下がった時にはすでに眼前にバエルがいた。
速い‥‥躱すのは、無理だ。
即座にクインテットに土の魔力を流すと衝撃に備え体の前で刀身を構える。
「双脚」
バエルがそう唱えると、背中で翼の役割を果たしていた闇の魔力が硬く細長い、二本の蜘蛛の脚のような形へと変化する。
まずっ‥‥
俺が再び回避へと切り替えるより速く、バエルは新たに作り出した二本の黒脚を交差させ、俺を地面へと叩き落とす。
「‥‥ここまでかよ」
全力で落下速度を打ち消そうとはしているが、予想を上回るバエルの一撃はその俺の望みを見事に打ち破る。
直後、背中に瓦の硬い感触を感じると荒々しい音と共に全身に衝撃が走った。
「ぐっ‥‥」
背筋に感じる激痛。
見知らぬ家屋の中、俺は瓦礫の中で体を起こす。
まずい、骨が数本折れた。
やっぱり身体強化を重ねてもあいつは倒せねえか。
上から少しずつ魔力が近づいてくるのを感じ取った俺はクインテットを手に立ち上がると、天井を見上げる。
「しかし、あれだな‥‥」
俺は深く息を吐くと自然と乾いた笑みを浮かべていた。
「どうあっても俺は苦戦し続ける運命にあるようだ」
天井から突如として生える二本の黒脚、次の瞬間には天井に大きな穴が開けられており、そこからバエルが姿を現わす。
飛蓮
俺は壁を突き破り建物の外に出ると即座に反転し、火の魔力を込めた左手を突き出す。
「黙示録の業火」
溢れ出す炎が一瞬で建物を覆い尽くす。
この程度でダメージがあるとは思えないが‥‥
俺は周りの建物に目を走らせると、俺が落ちた所から数軒離れた家で目を止める。
飛蓮
一飛びでその屋根のまで登った俺は身体強化を解除すると、近くにあった大きめの煙突に姿を隠す。
「目くらましくらいにはなってるといいが」
煙突に背中を預けながら半身を出してバエルの様子を伺う。
燃え盛る家屋を少しの間眺めていると、火のついた屋根から勢いよくバエルが飛び出してくる。
魔力を絶っている今、そう簡単に場所が見つかることはないと思うが‥‥
バエルを前に身体強化を解除しているというのはどうにも落ち着かないもので、自然と額から汗が噴き出しているのがわかった。
バエルは辺りを見渡し俺がいないことを悟ると、隠れている俺に聞こえるような大声を出す。
「どうした!? もう終わりか!!」
俺の目的は市民からバエルを離すこと。
あいつが修練場にでも戻ろうとしない限り、一対一で戦うリスクを冒す必要はない。
バエルは少しの間、その場で俺が出てくるのを待っていたが、何かを呟いたかと思うと背中から出していた黒脚を再び闇の翼へと変化させる。
どうやらそこまで俺に拘ってるわけではなさそうだ。
緊張の解けた俺は小さく息を吐く。
あいつを倒すなら最低限、皇がいなきゃ話にならない。
わざわざここで戦わなきゃいけない理由は‥‥っ!?
バエルは翼をはためかせ宙に浮かび上がると真っ直ぐ王城のある方角へ進み始める。
‥‥っくそ、あいつ、何をするつもりだ?
王城には‥‥ラノンがいるっ!!
「身体強化・炎雷っ!!」
ここでバエルを止めなければラノンが危険に晒される。
たったそれだけの事実が、俺の体を突き動かした。
高速で屋根から屋根と駆け抜けると俺に背中を向けていたバエルに狙いを定める。
勝機とか、戦略とかそんなんは抜きだ。
今は全力をもってあいつの相手をするっ!!
バエルも俺の放つ荒々しい魔力に気がついたのか体をこちらに向けてくる。
だが、その瞳に俺が写った頃にはすでに踏み込みを終えており土色に染まったクインテットを振り上げていた。
「今頃来るか」
「魔刀術、大地断裂」
極限まで重さの増したクインテットがバエルへと振り下ろされ、黒のバスタードソードと交わる。
「ぬっ!?」
さすがのバエルも普段の十倍近くある一撃を浮いたまま受け止めることは難しかったようで、斬撃の勢いのまま地面へと叩きつけられる。
よし、このまま間髪入れず‥‥っ!?
突如として俺の両足から力が抜ける。
身体強化の負荷か‥‥
思ったよりも早い。
俺は全身に張り巡らせていた魔力を増加させると、大きく深呼吸をする。
けど、ここで倒れるわけにはいかない。
「師匠、力を借りるぞ」
受身を取っていたバエルが翼を黒脚へと変形させながらこちらを見上げてくる。
正直、まだ調整も制御も完全じゃない。
クインテットに雷の魔力を込めるとそれを剣先へと集中、そして凝縮させる。
「だが、威力だけは本物だ」
バエルは俺の攻撃に備え二本の脚を体の前に構えている。
俺はクインテットの刀身を大きく引き、突きの構えを取ると重力による落下に体を任せた。
タイミングは一瞬、それを逃せば殺られる。
空気抵抗による風を感じながらも俺は突きを放つ一瞬を待つ。
今だ。
「雷龍牙」
突きを繰り出すと同時に剣先に留めていた魔力を解き放つ。
膨大な魔力は一瞬で刀全体を覆い尽くし、クインテットを一本の牙とする。
それは目の前に立ち塞がった二本の黒脚を貫き、バエルの体まで届く。
「ぬっ‥‥」
眉間を狙った一撃だったのだが、当たるすんでのところでバスタードソードに軌道を逸らされ、肩口へと突き刺さる。
「チッ」
バエルの皮膚も魔人同様にかなりの硬度を誇っており、そこまで深くは刺さらなかった。
バエルが痺れている間にクインテットを引き抜いて飛び退うとするが、バエルの体に乗せた足に力を入れようとした瞬間にバスタードソードが振るわれる。
「ぐっ‥‥がっ?」
後退に失敗した俺は腹を真一文字に切り裂かれ、そのまま後ろへと倒れる。
ちきしょうが‥‥あれ喰らって動けるのかよ。
どうにか体を転がすことでバエルから距離を取るとクインテットを突きつけて牽制する。
傷は想像以上に深いようで傷口からは止めどなく血が流れ出す。
「しかし賢者であるお前がその刀を持っているとは‥‥因果なものだ」
バエルはそんな軽口を叩きながらも俺に破壊された脚の再生を行っている。
治療するほどの隙は‥‥なさそうだ。
ならせめて‥‥
俺は左手に炎を灯すとそれを傷口に触れさせ、血で真っ赤に染まった腹を焼く。
「ぐっ‥‥がっ‥‥」
身体強化・雷の麻痺でさえ抑えきれない痛みに苦悶の声をあげる。
そんな痛みの中でさえバエルへの警戒を怠ることは許されず、痛みに堪えながらも必死に睨み続けた。
「双脚」
完全に元通りになった二本の黒脚はすぐさま俺を狙ってきた。
止血を終えた俺は左手の炎を消すと両脚に力を入れる。
飛蓮
俺がバックステップでその場から逃れると、心臓を貫こうとしていた二本の黒脚は音を立てて空を切る。
やっぱり瞬間的速度なら火と雷の身体強化が群を抜いてるな。
飛蓮、飛蓮、飛蓮
全速力で撹乱しながらも俺はバエルに隙が生まれるのを待つ。
空蓮みたいな特殊技こそ使えないが、単純な地上戦ならこの二つがベスト。
二本の黒脚を巧みに操りながら周囲を動き回る俺を警戒していたバエルだったが、不意に双脚が作り出す鉄壁の守りに穴が生じる。
飛蓮
俺がその隙を見逃すはずもなく、一気にバエルの懐まで接近すると、翠に染まったクインテットで切りかかる。
バエルも一瞬だけ顔をしかめたが自身に迫る刀に難なく対応し、バスタードソードで軽く弾いた。
「まだまだっ!!」
後ろに引いて俺から距離を取ろうとするバエルに対し、俺は迷うことなく前へと踏み出す。
黒脚が真価を発揮するのは中距離、ここまで接近すれば俺を攻撃するのは難しいはずだ。
「斬空」
「ふんっ」
僅かにバエルの剣先が下がったのを視認した俺は即座に首を刈り取りにいったが、バスタードソードで軽く軌道を逸らされる。
くっそ、さすがだな。
手を止めることのできない俺は細かく動き回り撹乱しながらも一撃一撃を繰り出す。
「炎刃」
飛蓮
「加重剣、冷斬」
やはり根本的身体能力に圧倒的差があるのか、俺の攻撃をさばくバエルに苦しそうな表情は一切見られない。
身体強化・炎雷でさえ駄目か‥‥
「ちきしょうが‥‥斬空っ!!」
バエルは俺がやけくそで放った斬空を頭を下げることで回避すると、ガラ空きになった俺の腹をおもいっきり蹴り飛ばす。
「ガッ‥‥!?」
バエルの蹴りは想像以上に重く、俺の口からは大量の血が吐き出される。
まずいっ‥‥
近くの家の壁に叩きつけられた俺は力なくそのまま地面へとへたり込む。
「四脚」
バエルの魔力が急激に高まったかと思うと、背中からその魔力を一気に放出し新たに二本の黒脚を作り出す。
あれはやばい。
早く逃げ‥‥っ?
足に全く力が入らず立ち上がることができない。
飛蓮を連発しすぎたか。
「正真正銘、これで終わりだ」
四本の黒脚を携えたバエルが俺に向かって走ってくる。
っ‥‥もう避けるのは無理、なら受けるしかない。
身体強化・土雷、部分強化・腕
全ての力を右腕へと集約させた俺は座ったまま赤く燃え上がるクインテットを振り被る。
俺は死ぬわけにはいかないんだ。
全て同時に俺へと襲いかかってくる四本の黒脚。
「無限炎刃」
俺は右腕の力を完全に解放し、俺を殺そうとしてくる全ての黒脚を弾き返す。
だが所詮は炎刃、低威力の魔刀術なので黒脚を破壊することはできないまま、次から次へと攻撃が押し寄せてくる。
「負けるかよ‥‥」
バエルの繰り出す圧倒的手数に俺はどうにか反応し続けていた。
一瞬でも気を抜けば殺される、そんな状況。
コンマ一秒の世界での戦い。
メキッ、メキメキメキッ
限界を超えて動き続ける右腕からは骨が軋み、今にもへし折れそうなほど悲鳴をあげている。
「くそっ‥‥くそ、くそっ!!」
次第に押され始める状況に俺は焦りを覚え始めていた。
だが意外なことにも、先に引いたのはバエルだった。
急に攻撃を止めたかと思うと、後ろに大きく飛び四本の黒脚の維持を解く。
同じように身体強化を解いた俺は小刻みに震えるクインテットの先を地面に突き刺し、腕を休める。
何をするつもりだ‥‥?
「残念だが俺はいつまでもお前の相手をしているわけにはいかない。この場は見逃してやる」
余裕があるように語るバエルだがその呼吸は確かに荒くなっており、体力が消耗しているのは一目瞭然。
ボソッと何かを呟いたかと思うと背中に闇の翼を作り出すバエル。
まずい、ここで逃したらラノンが!!
そう思いすぐに立ち上がろうとするも、俺の足が思うように動くことはない。
っく!!
「動けよ、俺の足‥‥」
気力を振り絞って力を入れるも、体は正直で俺の両足はほとんど動かない。
そうこうしている間にバエルは俺に背を向けて飛び立とうとしている。
バエルが向かう方角はラノンのいる王城がある方角。
「待てよ‥‥」
俺は全力の殺気を込めて呼び止めるが完全に無視されており、バエルは無言で飛び上がり始める。
「待てっつてんだろ!!」
腹の底から出した声は人のいなくなった街に虚しく響き渡り、黒の翼がはためく音だけがその場に残る。
やがてその後ろ姿も小さくなり、家々の影に隠れてしまう。
「くそっ!!」
独り残された俺は地面を殴りつけながらそう叫んだ。




