アレーナ
師匠との戦いから二週間。
道中なんの問題もなく進むことができたおかげで、ついに最終目的地であるベルーガの中枢都市アレーナに到着する。
さすが王国を軍事力で警戒させるだけのことはあり、街全体を覆う外壁は俺の知る限り王都に次ぐものだった。
街壁の上には見張り台やバリスタが設置できるようなスペースもある。
「うわ〜、大っきいね。なんだかこんなに立派な街壁を眺めてると王都のこと思い出すなぁ」
例のごとく新たな街を見つけたリアの足取りが軽くなる。
「ようやく着きましたか」
任務の終わりが見えたからかアドネスの声もどこか嬉々としたものだった。
それにしても規模の大きい街だな。
俺は感心しながら眺めていると、横から視線を感じる。
「アレーナは王都の次に大規模な都市なんですよ。特にここにしかないコロシアムを求めて来る人も多いとか」
そう解説するラノンに嬉しそうに説明をする。
あの大岩での一件以降、俺とラノンの仲はかなり親密なものになった。
ここに来るまでの道中は俺がラノンに元の世界のことを話したり、逆にラノンがこの世界のことを話したり‥‥とにかく一緒にいる時間が格段に増えた。
リアとアドネスもやんわりと理解してくれたみたいで俺とラノンのことについて、特に口にすることはなかった。
「コロシアムって何と何が戦うんだ?」
元の世界なら人と人が普通で、せいぜい人と猛獣が限界だ。
だが、この世界ならばコロシアムで扱えそうなものはたくさんいる。
「聞いた限りですと‥‥人と人が一般的らしいのですが、捕縛した魔物なども使うことがあるそうです」
わざわざ捕まえた魔物と戦わされるのか‥‥無意味だな。
日頃から魔物と戦っている身としては理解に苦しむ。
「戦わされる人はどういう人がやるんだ?」
「コロシアムで戦う人の大半は奴隷で、残りは志願した人らしいですよ。僕の知り合いにもコロシアムで戦っていた人はいますから」
俺とラノンとの会話を聞いていたアドネスが横から口を挟んでくる。
いわゆる剣奴か。
世界は変わってもそこいら辺は一緒なんだな。
「わざわざ志願する理由は‥‥名誉か?」
「そう聞いてます。戦いに勝ち続けた人はベルーガの高い地位の兵士になることができるらしいですよ」
地位のために命を賭けるか‥‥馬鹿らしい。
それにしてもラノンの博識は他国にまで及んでいるとはな。
そうこう話していると、アレーナ正門前に到着した俺たちは門番の前で足を止める。
現在は門の前に槍を持った二人の兵士が立っているが、詰所にいるのも合わせると全部で十人はいそうだった。
正門は今は開けられており、ここからでも賑わっている街並みを一見することができる。
「身分証を開示しろ」
身分証はそこまで厳しいものではないが、この国の者でないと手に入れることは難しく、他国からの侵入者を阻むために使われているらしい。
もちろん俺がそんなものを持っているわけはないのだが‥‥
ラノンがリアの横をすり抜けて前に出ると、荷物から手の平サイズのエンブレムを取り出す。
「王国から要件があり参りました」
「こ、これは‥‥失礼しましたっ!!」
兵士達は慌てて頭を下げると素早く道を開ける。
ベルーガに入ってから何度か見た光景。
ラノンが持っているエンブレムは王家のものらしく、正五角形の各頂点に五色の宝石が散りばめられており、その中心にはダイヤモンドがはめられている。
ここまでは勇者と賢者を表しているだろうと想像がつくのだが、なぜだか中心のダイヤモンドから八本の線のようなものが外側へと伸びているのだ。
これはについてラノンに聞いてもわからないと言った以上深く考えることに意味はないのだろうが、どうにも気になる。
「レンさん? どうかしましたか?」
俺が頭を悩ませていると心配したラノンが足を止めて声をかけてくる。
「あぁ、悪い。少し考えごとしてた」
門番の兵士にも変な目で見られていたので、すぐに思考を切り替えるとラノン達の後を追った。
アレーナに入ると、石造りの大きな道が広がっており、そこには多くの人が行き交っていた。
王都に比べると植物などが圧倒的に少なく、建造物も同じ石造りではあるものの、こちらはレンガを使っていない石のそのままの色の家が並んでいる。
活気は十分にあるが、どうにも街全体が暗いな。
人を一人一人見ていると明らかに善人ではなさそうな強面や、歴戦の戦士といった顔ぶれが多く見られた。
「アドネス、この後はどうするんだ? いつも通り軽く街を回ったりするのか?」
見える限りでも俺の知らないような物を扱っている店があり、行ってみたい衝動に駆られる。
こんな世界でもこういうファンタジーを感じられる時は楽しいものがあるよな。
「いいえ、このまま真っ直ぐと城へ向かいます」
アレーナの中心にそびえ立つ大きな城。
その隣には大きな円状建物が見える。
あれがコロシアムか。
かなり大きいな。
「え〜、少しくらい遊んでこうよ」
「ここはあまり治安が良くないので問題が起きる可能性があります。早めにベルーガの王に会いに行ったほうがいいでしょう」
建物と建物の間の薄暗い場所から出てくる人がちらほら見られる。
確かに少し道を外れるだけで面倒ごとに巻き込まれそうだ。
「そういうことなら、さっさと城まで行くか」
街を回るのは後からでもできる。
今は用事をこなすのが優先だろう。
「えっ‥‥?」
そんな何気ない俺の言葉にラノンは不思議そうな声を上げる。
目を向けてみるとラノンは困ったような表情をしていた。
「レンさんも‥‥一緒に来るのですか?」
「そのつもりだが‥‥何か問題あるか?」
護衛という名目でなら城に入るのにも問題ないと思うのだが。
ラノンは俺から目を逸らすと、何を考えているのか少しの間悩んでいる。
「その‥‥こういう時、いつもレンさんは街を回っているじゃないですか? だから今回も、と‥‥」
語尾に明らかに覇気がこもっていない。
ラノンの態度からして俺が城に入るのを嫌がっているのはわかるが‥‥
アドネスとリアに視線を移してみるが無言でそっぽ向かれる。
「それは情報収集が目的だったが、今はそれも必要ないだろ?」
今まで行っていた情報収集はあくまで安全なルートを選別するためのものだった。
もう次の移動はない以上、情報収集にあまり意味はない。
「それは‥‥そう、ですね」
ラノンは必死に何か反論しようとするが何も思いつかなかったのか結局は肯定する。
黙り込んでしまったラノンを見ていると俺も言葉が出てこなくなり、その場に妙な沈黙が続く。
「あまり遅くなると城に入れなくなってしまいますので、そろそろ行くとしましょうか」
アドネスはそんな沈黙を破り、後をついて行かざるを得ないように一人でそそくさと歩き出す。
不服そうなラノンはチラッと俺の方を見てくるが、目があったことに気がつくと慌てて視線を逸らしている。
城の門前にてラノンがエンブレムを見せるとすぐに城の中へと招き入れられ、だだっ広い応接間へと案内された。
白を基調にデザインされた部屋からは市民とは住む世界が違うということがよくわかった。
部屋に案内された後、ラノンは部屋の真ん中に並んでいた豪華なイスに座ったがグレイスら護衛達は無言で壁に沿って立ち並び始める。
俺たちを案内した兵士も見張りのためだろうか部屋の入り口の横に整列して待機を始めた。
「レンも並んでください」
直立不動のアドネスは小声で俺に注意してくる。
本来なら俺もラノンと座るくらいの地位はあるが、今は賢者として来ているわけではない。
しょうがないか。
身じろぎ一つしないリアの横に並ぶとできる限り姿勢を整える。
まだ誰も来てないのにここまでするのか?
王都にいた頃、何度か貴族と会ったことはあるがここまで厳しいの初めてだ。
一人で配膳された紅茶を口にするラノンの様子はどこか落ち着きがなく、チラチラとこちらを見ているのがわかった。
「‥‥レン」
隣から聞こえるささやき声。
俺は顔の向きを固定したまま視線だけをリアに向ける。
リアも同じように目だけがこちらを向いていた。
「‥‥これから何があっても、冷静でいてね」
その俺にだけ向けられたリアの言葉は小さいながらもはっきりと耳に残った。
俺が意味を尋ねようとした時、兵士達が並んでいた部屋の扉が勢いよく開かれる。
それにいち早く反応したラノンが手に持っていたティーカップをテーブルの上に置くと素早くイスから立ち上がった。
「やぁやぁ。よくぞ、ここまで来てくれた」
扉から堂々とした態度で出てきたのは、腹がたるんだ背の小さな男だった。
その丸い体型に加え七三分けされた金髪がどことなく豚を彷彿とさせる。
「初めまして。私は王国の第二王女、ラノン=カルトクラティアです」
ラノンは礼儀正しくそう言うと深々と頭を下げる。
男はラノンを舐め回すような目つきで眺めると下衆な笑みを浮かべた。
「うむ。僕はベルーガの第一王子、ゼド=ベルーガだ」
高そうな服を着た王子は胸を張り自分の強さを誇示しようとしている。
見るからにまともに動くこともできない典型的な王族か。
腰に差さっている立派な剣もただの飾りだろうな。
「それにしても噂に違えぬ美しさですな。僕はラノン姫のような美しい女性を見たことがない」
明らかに上から目線でおべっかを並べる王子。
王子は一瞬だけ俺たちの方を見るがすぐにラノンへと視線を戻すと、手が届く距離まで歩み寄る。
「さて、いつまでもこんな所で話さず、僕の部屋にでも行きましょう」
王子はそう言ってラノンの手を取ると、そのままその醜い顔をラノンの手へと近づける。
なっ‥‥!?
俺が無意識の内に体が動いていたが、隣にいたリアが俺の腕を掴んで静止させる。
「えっ‥‥?」
その行動に驚いたラノンは、おそらく反射的に王子の手を振り払う。
その反応を見た王子がおもむろに嫌そうな顔をすると、ラノンは慌てて頭を下げる。
「その‥‥すみません、でした」
「ふん。今、ラノン姫は僕のことを拒絶したな? 僕は将来、姫の夫になる男だ。何をされても嫌がることはあるまい」
っう‥‥!!
一歩を踏み出そうとした俺の右腕をリアが力一杯握りしめてくる。
リアの方を見ると悔しそうに顔を歪めながらも小さく首を横に振っていた。
ラノンが、あんな男と‥‥?
「さて‥‥今度は自分からやってもらおうかな?」
視線をラノンの方へ戻すと、王子は下衆な笑みを浮かべながらラノンに手を差し出していた。
ラノンは少し悩みながらも小刻みに震える左手で王子の手を掴んだ。
「ふん。わかればいいんだ、わかればな」
次の瞬間、ラノンの視線が一瞬だけ俺に向けられる。
その瞳はとても潤んでおり、悲しみに満ち溢れていた。
「‥‥ごめん」
気づけば俺はリアの手を振り払い、王子の腕を掴んでいた。
「なっ‥‥なんだ、お前? 離せ、この無礼者が!!」
首を動かしラノンの顔を見ると明らかに驚いた顔をしていた。
だが、気のせいだろうか。
その驚きの中にどこか嬉しそうな、そんな雰囲気が感じられるのは。
「やっぱり‥‥納得いかない。ラノン、お前はこんなクズと一緒にいて楽しいのか?」
王子の腕を握っていた手の力が自然と強まる。
大した力ではないのだが、ひ弱な王子は痛みに悶え逃れようと必死に暴れ出す。
「お、お前ら!! こいつを引き離せっ!!」
扉横で待機していた兵士が慌てて俺に向かってくる。
‥‥四人、武装する気はなし、か。
俺は王子から手を離すと、掴みかかってこようとした兵士の脚をクインテットの鞘で殴りつけて動きを止める。
他の兵士が僅かに怯んだ隙に一人を蹴り飛ばすと、残り二人には足払いをかけて盛大に転ばせた。
「レンさん‥‥」
泣き出しそうな顔のラノンが小さな声で俺の名を呼ぶ。
振り返った俺はゆっくりとラノンの下へと歩いていく。
「ラノン、お前が──」
「レン!!」
目を横に向けると小杖を俺の頭に突きつけたリアの姿があった。
そして、さりげなく回り込んでいたアドネスは王子の前に庇うようにして立つ。
武器を向けられた俺は反射的にクインテットに手をかけており、リアと俺との間に殺伐とした空気が生じる。
「レン‥‥お願い、武器から手を離して。全部レンに話すから、今だけは‥‥引き下がって」
そう嘆願するリアの顔はこれまでにないもので、それは不思議と俺の手をクインテットから離させた。
瞬く間に兵士達が俺に飛びかかり自由を奪おうとする。
「まったく、物騒な奴め。さぁ、ラノン姫。僕の部屋に行きましょうか」
そう言って部屋を出て行く王子の後を追うラノン。
ふと立ち止まると、曇った顔で俺の方を見てくる。
「さようなら」
静かなその声は兵士達に取り押さえられながらも、鮮明に俺の耳に残った。




