表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
五導の賢者   作者: アイクルーク
第四章
58/91

full name


 師匠と戦う。



 そう決意した俺達はすぐさま行動に移した。

 村人に事情を説明して一時的に避難させたり、破壊される前提で使う武器を多めに用意したり、逃げ道の確保をしたり、できることは全てしたつもりだ。

 気づけば日が沈んでおり、辺りは真っ暗。

 村を発つ最後の村人も、つい先ほど出発した。

 俺は今は無いクインテットの代わりに村の武器屋にあったヒヒイロカネの刀を手に持っている。

 ただでさえ刀という希少品な上、ヒヒイロカネを使っていたのでかなり高額ではあったが今の手持ちでどうにか払うことができた。

 宿屋を出た俺はどこに向かうわけでもなく茫然と歩き出す。

 あとは師匠が来るのを待つだけとなった今、俺にできることは戦いへの気概を高めることだけ。

 暗く続く土道を俺は歩き続けた。

 ただひたすら頭を空っぽにしたくて、歩いた。

 今、俺の中にあるこの感情を言葉にするのならなんだろうか?

 悲しみ?

 恐怖?

 使命感?

 多分‥‥全てがそうであり、また全てが異なっている。




 気がつくと俺は村の外れにある大きな一枚岩の前にいた。

 岩の周りには何もなく、平野の真ん中にポツンと半径十メートル程の大岩があるだけ。

 岩は背の高さくらいまであり、中心に平らなスペースが広がっている。

 俺は特に考えることもなく岩の上へと登ると、岩の中心で腰を下ろす。


 戦いたくないないな‥‥


 俺が結局思ったのはそれだった。

 死にたくない、殺したくない、死なせたくない。

 矛盾だってことは自分でもわかってる。

 誰も死なない方法なんて現実には存在しない。

 けど‥‥どれかを選び、どれかを捨てることなんて、俺にはできない。


「はぁ‥‥」


 何気なく見上げた空は果てしなく広がり、闇の中に無数の星々が散りばめられていた。

 その景色は見事しか言いようがなく、見ているだけで安らぐことができた。


「レンさん」


 不意に岩の下の方から俺の名前が呼ばれる。

 慣れ親しみ、心待ちにしていた声。

 いつも俺が悩んだら、隣に座り安心させてくれる。

 だから、今回も‥‥

 俺は声のした方へと顔を向ける。


「ラノン‥‥どうした?」


「少し、レンさんとお話がしたくて‥‥」


「そうか」


 俺は腰を上げるとラノンの近くまで歩き、そっと手を差し伸べた。

 この岩は傾斜が急なためそう簡単に登ることはできない。

 ラノンは俺の差し伸べた手を見て嬉しそうに笑うと、両手で強く掴む。


「引くぞ」


「はい」


 首を縦に振ったのを確認した俺はラノンが掴まる手をゆっくりと引き上げた。


「‥‥っしよっと」


 さすがに旅を続けているだけあってラノンの身体能力がそこまで低いことはなく、難なく岩の上に登ることができた。


「ありがとうございます、レンさん」


 ラノンの向ける笑顔になぜが気恥ずかしさを感じた俺は繋いでいた手を離して、先ほど座っていた岩の中心に立て膝で座った。


「隣、いいですか?」


「‥‥あぁ」


 ラノンは俺と肩が接するほど近くづくと、ゆっくりと足を伸ばして座る。

 ぶつかっている肩からは温もりが感じられた。


「俺を‥‥追って来たのか?」


 考え事をしていたとはいえ、さすがに警戒が弱すぎたな。


「えぇ。アドネスには話したので、私がいないことで探しに来たりはしないと思います」


「アドネスが護衛を外すことを許容したのか?」


 アドネスはいつだってラノンを守ることを優先にしてきた。

 ラノンを一人にするとは考えられない。

 俺がそう言うとラノンはクスリと笑う。


「そうですよ。だって、レンさんといるのが一番安全じゃないですか」


 それも‥‥そうだな。

 ラノンはそう言って俺の顔を覗き込み、俺と視線が交わる。


「レンさんは、何を悩んでいるのですか?」


 ラノンの蒼目が俺の心の中まで見通しているような、そんな感覚に囚われた。

 ‥‥何に悩んでいるか、か。


「わかんない」


 それが嘘偽りなき俺の答えだった。

 ラノンはどう返せばいいのか困ったのか俺から目を逸らして何かを考えている。


「自分でもわからないんだ。どれが俺の本当の想いなのか。どうすれば迷いを断ち切れるか‥‥何一つ、わからない」


 空に浮かんでいる星を見ていた俺の口からは自然とそんな言葉が出てきた。


「なら、話してください。そうすれば少しは楽になるかもしれませんよ」


 俺が横目でラノンの方を見ると、真っ直ぐとした目でこちらを見ていた。

 ‥‥こいつラノンになら、話してもいいか。

 俺はこれまで誰にも過去を話したことはない。

 ゆえに誰一人、俺を理解してくれる人はいなかった。

 一度深呼吸するとラノンと顔を合わせる。


「‥‥少し長くなるけど、いいか?」


「はい。レンさんのこと、私に教えてください」


 俺は再び顔を前に向けると満天の星空に視線を泳がせながら記憶を呼び起こす。


「今から三年くらい前────」






 俺はこれまでの全てをラノンに打ち明けた。

 貴族に見捨てられ死にかけたこと。

 師匠に救われ力を得たこと。

 俺のせいで多くの人が死んでしまったこと。

 ラノンはその全てを親身になって聞いてくれた。


「──そして俺は‥‥ラノンと出会った」


 俺の話はこれで終わり。

 ここからはラノンも知っているだろう。

 話を終えた俺は横目でラノンを見ると、深刻な顔つきでうつむいてる。


「‥‥どうかしたか?」


 その表情があまりに悲しげで、ついこちらまで不安になってしまう。

 ラノンは体を俺へと向けると、そのまま深く頭を下げる。


「申し訳ありませんでした」


 ここで俺はようやく気づく。

 ラノンは俺が貴族から受けた仕打ちについて気に病んでいるのだと。


「気にすんな‥‥って言いたいところだけど、そう簡単に割り切れないんだよ。悪いな」


 俺は貴族が嫌いだ。

 その要因となっているのが王都での記憶だろう。

 そして、ラノンもまた貴族。

 興味本位で同行したが、最初の方こそ忌避感を感じる自分も確かにいた。


「レンさんがそのような目にあっていたのに私は‥‥」


 ラノンは完全に自分を責めている。

 所詮、一貴族の娘のラノンに俺の待遇を変えることはできなかっただろうに。


「ラノンのせいじゃないのは確かだ。気に病む必要ない」


 俺は視線を再び星空へと戻す。


「‥‥やはり、レンさんには話さなければいけませんね」


 ラノンは体を俺に向けたまま正座をすると、胸に手を当てて呼吸を整えている。

 どうしたんだ?

 ついつい俺の視線がラノンへと向いてしまう。


「レンさん‥‥あなたに、話さなければならないことがあります」


 時折見せるラノンの最も真剣な表情。

 その気迫に俺は言葉を発することができなかった。


「あの時‥‥レンさんが魔人達から私を守ってくれた時、初めてフルネームを名乗ってくれましたよね」


 それは俺が賢者として再び姿を現した時のこと。

 それまで俺は正体が気づかれないように苗字を言わずにいた。


「だから‥‥私のフルネームもレンさんに知って欲しいんです」


 この世界ではフルネームで名乗るような機会はそうそうない。

 それこそ、貴族同士の挨拶くらいだろう。

 だから、これまでラノンのフルネームを知らなかったことにも深く気にしていなかった。

 ラノンは両の手を交差させて胸に当てる。

 それはこの世界で代表的な‥‥愛情表現。


「私の名前はラノン=カルトクラティア。この国の‥‥第二王女です」


 カルトクラティア。

 それは代々王国を担ってきた王家の家名だった。

 想像を遥かに上回るラノンの真実に俺の口から言葉が出てこない。

 それと同時に、その真実をどこかで理解していたような自分もいた。


「‥‥そうか」


 そう弱々しく返した俺はラノンから目を背ける。

 そんな俺の様子を見たラノンは目に見えて肩を落とした。

 ラノンが‥‥王女か。

 ただその真実が俺の頭の中を回り続ける。

 今まで感じた違和感。

 旅の間も隠され続けていた魔人に狙われる理由。

 その全てが、今になって納得できる。


「‥‥すいませんでした。色々と隠してしまっていて」


 すると、よほどバツが悪かったのかラノンはまるで子供のようにその場でうずくまった。

 その様子を横目で見ていた俺はつい笑い出してしまう。


「えっ、レンさん? どうして笑うんですか?」


 困った様子で俺を見てくるラノン。

 首を傾げる王女は長く伸びた美しい銀髪を風でなびかせている。


「いや、気にするな」


「そう言われると余計に気になるのですが‥‥」


 ちょっとだけしかめ面になるラノンだが、そんな表情ですら美しい。

 この時、実感する。


 俺はラノンが好きだ。


 そして、ラノンの想いには応えなければならない。


「よかったよ」


「はい?」


 俺の唐突な肯定の言葉にラノンは戸惑っている。


「ラノンが王女で」


「えっ‥‥?」


 ラノンに顔を向けた俺は優しく笑いかける。


「だって賢者と釣り合うのは、王女くらいだろ?」


 俺がそう言うとラノンはカッと目を見開いてその瞳を潤ませる。

 濡れたような艶やかな唇が固く結ばれているのがわかった。


「ラノン‥‥好きだ」


 告白の言葉を口にした俺は気恥ずかしさからか、ついつい顔を背けてしまう。

 まるで意識を逸らすかのように星の一つ一つに目を向ける。


「レンさん」


 隣で名前が呼ばれ振り向くと、直後に唇に柔らかい感触を感じた。

 俺の眼前には目を瞑ったラノンの顔がある。


「っ‥‥!!」


 俺の首後ろへと手を回したラノンが寄りかかるように体重を預けてくる。

 ‥‥ラノン

 優しい感触に身を任せるように、俺からもラノン求めていった。




 ラノンは俺からそっと唇を離すと、その息が首元に届くほどの距離で優しく笑う。


「初めてのキスは私からって‥‥決めていたんです」


 誇らしげというのか、なんとも幸せそうなラノンの顔。

 これが‥‥初めてなのか。

 口角のつり上がった俺がラノンの肩に両手を乗せると互いに視線を交わせる。


「なら‥‥二度目は俺から、か?」


 満月が照らす星空の下、二人の影が再び‥‥重なった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ