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五導の賢者   作者: アイクルーク
第四章
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追想・八百十分の一


 三ヶ月間通い続け慣れ親しんだ森に足を踏み入れる。

 目印など何もない森だがそう広くもないため、もはや感覚だけで現在地がわかるほど熟知している。

 結局、師匠が帰ってくることはなく今日の修行は俺一人で行うことになった。

 前に師匠からは一人でできる修行に関しては聞いていたので何の問題もないのだが、やはり師匠がいた方が学ぶことは多い。


「さてと、始めるか」


 森の中に忽然とある開けた空間。

 ここがいつもの修行場所だ。

 俺は手にしていた二本の刀の内の片方を木に立てかけるようにして置くともう一方の刀を抜刀し、正眼の構えをとる。

 最初は‥‥ひたすら素振り。

 呼吸を整えた俺はあらゆる方向から無駄のない動きで刀を振るい始めた。






遠雷スナイプ・オブ・ショック!!」


 俺の手から収束された雷が勢いよく放出された。

 本来の威力にはまだ満たないが、それでもまともに放つことすらできなかった時よりはマシだろう。

 雷の魔力を使い切った俺は魔力切れの症状からか疲労感に襲われる。

 少し休んでから、他の属性の修行をするか。

 俺が一息つこうと刀を拾った瞬間、背後から何かが近づいてくるのを感じた。

 俺はすぐに反転して鞘に納まっていた刀を抜刀する。

 構えている刀の刃は潰されており、何かを切ることなどできない。


「誰かいるのか?」


 確かに何かが蠢くような音が聞こえた。

 俺はすぐ近くにあったもう一本の刀も手に取るといつでも対応できるようにゆっくりと近づいていく。

 この森に魔物はいないはず。

 だとすると、外から来た魔物か‥‥もしくは、人。

 不意に、ガサッと音を立てて木の陰から一人の男が姿を現わす。

 それは昨日、ミィウに絡んでいたハンターだった。

 こいつ‥‥まさか?


「よぉ‥‥随分と鍛えてるじゃねえか。感心したぜ」


 そう言いながら下衆な笑みを浮かべている。

 俺は警戒を強めながら男との距離を保つ。


「何の用だ? わざわざ俺に会いに来るなんて‥‥よっぽど暇みたいだな」


「都合よく朝、村から出て行くお前を見つけたんでな、せっかくだから仕返しでもしてやろうと思ったんだ」


 ‥‥マズイな。

 俺は脅しのように刀を男に向けながら、状況を分析する。

 修行で体には疲労が溜まっている上、雷の魔力はゼロ。

 他の属性が使えない以上、刀だけで戦うしかない。


「そしたら狩りやすいように修行なんて始めちゃってさ〜。ここで死ぬのにお疲れ様だ」


 男はそう言って大笑いする。


「あれだけのことで俺を殺す気か?」


 俺が昨日やったことといえば少し喧嘩を売った程度。

 命をかけるようなことではない。


「あん? まぁ、朝お前を見かけなかったらそんな気も起きなかっただろうよ。要するにお前は運がなかったってだけだ」


 男は腰に差してあった剣を抜く。

 疲れ切ったこの体で逃げるのは無理。

 だとすると、戦うしかないな。

 俺は手に持っていた二本の刀に目を向ける。

 どちらを使うべきか。

 そんなの迷うはずもなく切れる刀だ。

 だが一度勝った相手という自信と、人殺しを恐れる心が俺に切れる刀を捨てさせた。


「おっ? やる気か。存分に苦しんでから死ぬんだな」


 相手は真剣。

 だが、師匠より強いことはない。

 集中さえすれば、難なく勝てるはずだ。

 男は構えることすらせず、剣を片手に無防備に走ってくる。

 俺はタイミングを合わせて地面を蹴ると向かってきていた男に切りかかった。

 男は反射で剣を体の前に構えるが体に全く力が入っておらず、力負けして大きく後ろに仰け反る。


「ぬおっ!!」


 俺は間髪入れずに男の頭に刀を叩きつける。

 全力、とまではいかないがかなりの力で振られた刀は男の頭を捉え、弾き飛ばす。

 意識を失ったのかそのまま力なく倒れた男を尻目に、気の抜けた俺はその場にへたれこんでしまう。


「ふぅ‥‥」


 少し、無理をしすぎたか。

 額の汗を拭いながらもゆっくりと状態を起こす。

 村に戻るか‥‥


「痛えじゃねえかよ‥‥」


 背後から聞こえてくる怒気のこもった声に反応して振り向くと、倒れていた男は剣を支えに立ち上がっていた。

 確かに、頭を打ったはずなんだが‥‥

 全力ではなかったといえ、そう簡単に立てるほどのダメージではないはず。

 疑問を感じながらも刀を構え直す。

 すると、それを見ていた男が不気味な笑みを浮かべる。


「もうその刀が切れねえことはわかってんだぜ?」


 狂気に満ちた男はふらつく足で俺との距離を詰めると、両手で持った剣を大きく振り上げた。


「隙だらけだ」


 男の脇腹に刀を叩きつけるが動きを止めず、掲げていた剣を振り下ろした。

 予想外の展開に反応できず、俺は右肩に剣が深々と刺さる。


「っぐ‥‥」


「おらぁっ!!」


 痛みで怯んだ俺をたたみかけるようにして男は俺の腹を蹴り飛ばす。

 一瞬意識の遠のいた俺は後ろに飛ばされながらも、つい手から刀を滑り落としてしまう。


「へへへっ」


 腹を抱えてうずくまる俺に、剣をブラブラとさせながら一歩ずつ迫ってくる男。

 このままじゃ‥‥殺られる。

 久々に感じる死の恐怖が俺の思考を支配する。

 俺の前で立ち止まった男は空高く剣を振り上げた。


「まずは‥‥足からだ!!」


 死んで‥‥たまるかっ!!

 俺は左手を前に掲げて魔力を込める。


氷晶盾アイスバックラー


 即座に形成された氷の盾が振り下ろされた剣を受け止める。


「なっ!? 氷の‥‥魔術だと? お前、さっき‥‥」


 俺は男が話を続けるより早くその腹を蹴り上げる。

 完全に硬直していた男の腹に俺の足がめり込み、その体を大きく飛ばす。

 ‥‥くそっ、やっちまった。

 悲鳴をあげる体に鞭打って立ち上がると、呼吸を荒くして俺を睨みつけていた男の方を見る。


「まさか、二属性の使えるとはな。だが、お陰でお前の正体はわかったぜ。お前‥‥四ヶ月前に死んだっていう賢者だろ? 王国に突き出せば金貨が何枚貰えるんだろうなぁ?」


 男はよほど嬉しいのか痛みに苦しみながらも口角が上がっている。

 俺の平穏な生活もこれで終わりか‥‥

 全身から力が抜けるような感覚に襲われる。

 いや、ここであいつを殺せば‥‥?

 俺は最初に投げ捨てた刀の方を見てから、目の前にいる男の方を見る。


「‥‥っくそ」


 足を刀の方に向けようとするが、思うように体が動かない。

 やっぱり、殺しなんて無理だ。

 そう思った矢先、背後から声が聞こえてくる。


「は〜ん、なるほどな。お前はそこの雑魚ハンターに殺されかけた挙句に魔法まで使っちまったと、そういうわけか」


 その声は怒っているわけでもなく、喜んでいるわけでもなく、悲しんでいるわけでもない、なんとも言えない声色だった。

 俺が恐る恐る振り向くとそこにはクインテットを肩に乗せた師匠が立っていた。


「し、師匠‥‥」


 来てくれたのか‥‥

 妙な安心感に包まれた俺はすぐに歩み寄ろうとするが師匠は手で静止をかける。


「あぁ、いいから休んでろ。こいつの始末は俺がつけとっから」


 師匠はゆっくりとクインテットを鞘から抜き取る。

 水晶のように美しい刀身が日光を反射しながら輝く。


「てめぇ、なにもんだ!!」


 剣を片手に威勢良く吠える男。

 だが本能で勝てないことを悟っているのか、かなり引け腰になっている。


「あ? 俺か? 人殺しを恐れて自分が死にかけているそこの馬鹿弟子の師匠、ってとこか」


 おそらく師匠は俺が使っていた刀が刃引きされたものだと気づいているのだろう。

 ‥‥俺を庇って殺しを?

 ふと、そんな考えが頭によぎる。


「く、くたばりやがれぇ!!」


 男は叫びなから師匠に切りかかるが、師匠は俺の方に顔を向け手元を見ることすらせずに受ける。


「お前が殺しにビビってることくらいわかってたぜ」


 男は何度も剣を振るうが師匠は無駄のない動きでそれらを受け流す。


「なんでそうなっちまったのかはわからないが‥‥」


 師匠は向かってきた剣をタイミングに合わせて弾き飛ばす。


「いつか殺さなきゃならない時がくるだろうよ。そん時は、迷わずに殺れ。俺に言えんのは、そんだけだ」


 師匠は武器の失った男に最後の一撃を入れる。

 極限まで洗練されたその斬撃は一撃で男の命を断ち切った。

 師匠は血の一滴も付いていないクインテットを鞘に納めると、俺の方に振り返りいつものように笑う。


「んじゃ、帰るとしますか」




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