悲しき再会
辺りは兵士達の死体が山積み。
さらには、それと同数ほどの魔物の死骸もあった。
目の前には人など軽く踏み潰せるベヒモスが。
俺は震える手で必死に杖を構えたが、死の恐怖には耐え切れずベヒモスに背を向けて駆け出す。
人間の一歩とベヒモスの一歩じゃまるで違う。
たった一歩で追いつかれた俺の頭上にベヒモスの足が見える。
あぁ死んだな、と思った俺は反射的に目を瞑った。
「まだ死ぬには早すぎるんじゃねえか?」
直後、俺は何かに抱きかかえられ、気づけばベヒモスの踏みつけを回避していた。
俺を抱えていた男は俺を地面に下ろすと手に持っていた剣を抜く。
その剣の刀身は水晶のように透き通っており非常に美しかった。
「さぁ、て、と。ちょっくら、遊んであげるとしますか」
男がそう言うと透明だった剣の刀身が黄色く染まっていく。
次の瞬間、男はベヒモスに向かって突っ込んでいた。
不意に俺の意識が覚醒し、ベッドの上から一瞬で体を起こしてクインテットを手にする。
ラノンの隣の部屋で男三人寝ていたのだが、二人も同時に起きたようで体を起こしていた。
俺は活性化し出した頭で今の状況を分析する。
「今のは‥‥魔法ですか?」
アドネスが質問しながらも素早く装備を整える。
そう、こんな真夜中に俺たち三人が起きたのは魔力の気配を感じたから。
それもちょっとやそっとの魔力ではない。
狙いはラノンだろうか。
「いや‥‥今のは殺気に魔力を乗せたようなものだ」
言ってしまえばただの脅し。
だが非常に難易度が高く、使える者は滅多にいない。
「要するに、僕たちを‥‥いえ、ラノンを誘っているのですね」
宿の外から放たれただけなので狙いは他の客の可能性もあるが、僅かに感じ取れた闇の魔力から正体は一目瞭然。
「けっ、俺たちも舐められたもんだ」
悪態を吐きながらもグレイスは壁に立てかけてあったシルフィードを手に取る。
「で、どうする? あれができるってことは相当強いぞ」
「そうですね‥‥レンには悪いのですが相手をしてきてくれますか? その間に僕とグレイスはラノンを連れてこの場から離れます」
アドネスが簡易扉を開けると、今の状況にも気づかず静かに眠っているラノンの姿があった。
魔人が迫ってきてるってのに‥‥安らかな寝顔だ。
俺は幸せそうに眠るラノンの顔を見て、つい笑みがこぼれる。
「挑発してきた魔人は俺が戦うが、その間はしっかりとラノンを守れよ」
他にも伏兵が潜んでいる可能性は十分に考えられる。
「いいから早く行きやがれ。ラノンを守んのが俺たちの仕事だ。言われるまでもねぇよ」
グレイスから話しかけてくるなんてな‥‥
俺は部屋にあった大きめの窓を勢いよく開けると、助走のために窓と反対の壁ギリギリまで下がった。
「じゃ、行ってくる」
「えぇ、気をつけてください」
俺は勢いよく走り出すとその勢いのまま窓の外へと飛び出す。
落下によって生じる態勢の崩れ。
俺はそれを体を縮こまらせるようにして丸まることで体のブレを抑える。
落下と共にくるジェットコースターに乗るときような胃が浮く感覚に耐えながら、俺は膝を使い負担をかけずに着地した。
そして着地や否や、俺はクインテットの柄を握り周囲を警戒する。
「よっ、久しぶり」
俺の背後を堂々と歩く懐かしい気配。
そして、聞き慣れた声。
俺はゆっくりと立ち上がると振り返る。
「あぁ、久しぶりだな‥‥師匠」
俺の目に映ったのは俺にクインテットを授け、魔刀術の全てを教えてくれた男。
師匠は少しの間、俺の顔を見つめてからおもむろにため息を吐く。
「ったく。相変わらずの暗い面だぜ」
真っ暗な肌と燃えるような赤い両目、完全に魔人と成り果てた師匠の姿に俺は動揺を隠しきれずにいた。
「おいおい、せっかく会えたんだぜ? のんびり話しでもしようや」
師匠は右手におそらく酒の入ったであろう革袋を、左手には鞘に納まった刀を持っていた。
魔人の姿でありながら、昔と変わらない師匠の態度にクインテットを握る左手が震える。
「いつ‥‥魔人になった?」
師匠は革袋に口をつけ、中に入っているものを一飲みする。
「あん? あー、俺が魔人になったことにそんな驚いてんのかよ。まぁ、隠すようなことでもねえか。俺はお前にクインテットを渡した後、すぐに南の魔王の拠点に向かった。そこで完敗して、このザマよ」
「そうか‥‥」
「にしてもよ〜、まさかお前が正体を──」
「黙れ!!」
俺の怒鳴り声で、陽気に話していた師匠の口がピタッと止まる。
俺はクインテットをゆっくりと鞘から抜くと、その露わになった刀身を師匠に向けた。
「狙いは‥‥ラノンか?」
全開の殺気を師匠に向ける。
「ふぅー、怖い怖い。お前の言う通り俺の狙いはラノンの首だ」
「それだけわかったればもう、十分だ。これ以上話したら‥‥殺れなくなる」
俺の口からは弱々しい言葉しか出てこない。
それに、胸の鼓動もやたらと早い。
理由はわかってる。
師匠を本気で殺そうとすることに抵抗を感じているんだ。
「はっ、まーだ殺しに怯えるのか。師匠として情けないぜ」
師匠は革袋を投げ捨てると滑らかな動作で抜刀する。
全くよどみのない動き。
あっちには俺と比べ物にならないほどの経験がある。
「一つ忠告しとしていやるよ。甘いこと言ってると、死ぬぞ」
師匠は一気に俺の目の前までくると、銀に輝く刀を振り上げる。
っ‥‥速い!!
「身体強化・土!!」
即座に筋力を強化して師匠の斬撃を受け止める。
だが、強化された肉体ですら気を抜いたら押し倒されそうなほどの力に、体が強張ってしまう。
しかも、師匠はまだ身体強化・雷を使ってない。
素の身体能力でこれか‥‥
「おいおい、俺を殺すとかデカイ口叩いたくせにそんなもんか?」
鍔迫り合いになっている師匠は口角の上がった顔を近づけてくる。
「ちぃ‥‥」
クインテットに土の魔力を流し込むと、師匠は俺の刀を受けきれず逃げるように距離をとった。
俺の身体強化と師匠の生身が互角くらいか。
さすがに魔人になった分だけ肉体が強化されている。
「相変わらず容赦ないな、師匠」
「この程度で手こずってるようじゃ、俺は殺れないぜ」
師匠はそう言うと刀を持たない左手の掌を俺に向けてきた。
「お前、二位級の魔人と一位級の魔人の違い‥‥知ってるか?」
「‥‥確か、強さだったか?」
三位級の魔人と二位級の魔人は瞳の色が赤かどうかで見極められる。
それに対して二位級と一位級には外見的な特徴の差はないとされている。
ならば、なぜ一位級なんて存在するのか?
「そうだ。一位級は二位級の魔人がある壁を越えた際になることができる」
師匠の左手に魔力が集中し、僅かに黒い雷が漏れ出ていた。
この感じ‥‥ヤバい!!
俺は即座にクインテットに雷の魔力を集中させる。
「その壁ってのが、闇の魔力との肉体との調和だ。黒雷破」
「雷狼牙!!」
半ば反射で放った突きが迫り来る黒雷をぶつかり合い、互いに打ち消し合う。
その衝撃をもろに受けた俺は後ろに態勢を崩れてよろめく。
「おー、今のを防ぐか。まぁまぁじゃねえか」
師匠は刀の峰で肩を何度か叩きながら嬉しそうに笑う。
俺を見る師匠の目は、弟子の成長を見守る師匠としての目だ。
「ただ、俺の前で俺の技を使うってのは挑発かなんかか?」
「たまたまだ」
俺は深呼吸をするとクインテットを握り直す。
黒い雷‥‥元々の雷の魔力が闇に染められたのか。
それにしても、完全に闇の力を使いこなしてるな。
「さぁ、次はどうくる? 言っておくがお前の手の内はバレバレだからな」
師匠は俺に魔刀術を含むあらゆる戦い方を教えた人。
俺の持ち技はほぼ把握している。
はっきり言って俺に勝ち目は薄いだろう。
どうするか‥‥
俺が二の足を踏んでいると背後で魔力が高まっているのが感じられた。
「氷霜柱」
すぐに魔力は解放され、師匠の足元から勢いよく先の尖った氷柱が生じる。
だが、師匠はなんてこともなくワンステップで避けると、魔法を放った人物へと目を向けた。
「あんたがラノンっていう小娘か?」
師匠がそう言うと宿屋の陰に隠れていたラノンが姿を現す。
それにつられるようにしてグレイス、リア、アドネスも武器を携えて出てきた。
ラノンは恐怖を押し殺すためにか、大杖を強く握りしめながら数歩だけ前に出る。
「レンさん。私も‥‥戦います」
「ラノンっ!!」
なんで来たんだよ‥‥
いや、それは考えるまでもないか。
嬉しい反面、焦りがこみ上げてくる。
おそらく師匠は俺よりも強い。
このままじゃ、ラノンが危ない。
逃げるか?
‥‥だが、ラノンは逃げようとしないだろう。
逃げれは危険なのはこの村の人だ。
「よっ、と」
急に師匠の体がぶれ、真っ直ぐにラノンへと向かっていく。
まずい!!
「身体強化・火」
俺は全身に炎をまとい加速する。
そしてラノンに向かい駆けている師匠の前に立ちはだかる。
「邪魔だ、どけ」
師匠は手加減なしの切り払いを放ってくる。
俺はそれを前に加速しながら受けることによって、その威力を削ぐ。
だが、それでもまだ師匠の方が力が強く、俺はそのまま押し切られてしまう。
「くっ‥‥そが」
俺は後ろに転がりながらもすぐに態勢を立て直すと、クインテットで牽制する。
だが師匠は全く怯む様子なく、その場に立ち止まって溜息を吐き首を横に振った。
「ったく。しょうがねぇな。そんなに遊んで欲しいなら遊んでやるよ。そん代わり、お前が負けたらお姫様もあの世いきだぜ」
師匠は刀の切っ先を俺に向けながら不敵に笑う。




