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五導の賢者   作者: アイクルーク
第三章
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じゃあな

 ムーフェイス家、裏庭の小さな石の前で俺は立ち膝になって手を合わせていた。




  ムーフェイス=ゼスタリアス ここに眠る




 その石にはそう刻まれていた。

 祈り終えた俺は横に置いてあったクインテットと荷物袋を手に取りゆっくりと立ち上がる。

 ゼスタリアスさんの墓はルナのたっての希望によってここに作られた。

 どういう考えがあるのかはわからないが、ルナが満足ならそれが一番だろう。

 心地よい風が紺の外套をたなびかせる。


「もう、終わりましたか? レンさん」


「あぁ。もう十分だ」


 俺が振り向くと旅支度を整えたラノン達が勢揃いしていた。

 賢者で公になった俺はいずれ王国に戻らなければならない。

 だが、今はまだ何の連絡もきてないということでラノンに同行することに決めた。

 言ってしまえば、魔人に狙われているラノンの護衛は今のままじゃ不足している。

 そこに俺が加われば少しはマシになるはずだ。

 王国からの呼び戻されるまでは自由にしていて問題ないだろう。

 まぁ、この旅が終わるまでは呼び戻されても王都に戻る気はないけどな。




 屋敷の中を通り玄関まで来たところで待っていたルナとマキナ達と顔を合わせる。

 俺が起きてからルナにマキナ達のことを話すと喜んで受け入れてくれたので、これからマキナ達はこの家に住むことになる。

 さらにルナはこの街の仮の領主となり、街のために何かをしようとしている錯誤しているらしい。


「フォール、行っちゃうんだね」


「レンだって言ってるだろ」


「あっ‥‥ごめんごめん」


 これで何度目になるかわからない間違いをルナは軽く謝る。

 元はと言えば偽名を使った俺が悪いのか。


「ルナさん、この三日間大変お世話になりました」


 ラノンは貴族らしく礼儀正しく礼を言う。

 それに合わせて後ろにいた護衛三人も頭を下げた。


「そんな、止めてください。ラノン様には、色々と迷惑をかけましたから‥‥」


 ルナも俺の時とは打って変わって貴族らしい態度を取る。

 仮とはいえ、領主になるならそういうことにも慣れておいた方がいいだろうな。


「いいえ。ゼスタリアスさんはいい父親だったと思います。あなたが謝るようなことは何一つありません。どうかお父様の想いを受け継いでください」


 ルナは力強く頷くと、俺の方に視線を戻してくる。


「フ‥‥レン」


 こいつまた間違えそうになったな。


「やっぱり、まだ賢者って実感が湧かないな」


 ルナはあの場にいなかったため俺の戦いを目にしていない。

 結局はその後にせがまれて、魔法を見せることになったんだが。


「そうだとしても、それが事実だ」


 ルナの顔が少し暗くなる。


「うん。それじゃあさ‥‥レンも魔王と戦うんだよね」


 避けては通れない賢者おれの宿命。


「さぁ、どうだろうな」


 俺は誤魔化すようにルナに笑いかける。


「そうやって濁して〜」


 ルナの顔に少しだけ笑顔が戻る。


「うん、そうだね。やっぱり私には湿っぽいのは似合わないか」


 ルナは突然、息を深く吸う。


「レン!! さっさと魔王倒して、また来なさいよ!!」


 突然の大声に驚いたのは俺だけじゃないようで、みんな苦笑していた。

 本当ならわかった、とか言いたいところだが‥‥


「まぁ、努力はする。期待しないで待ってろ」


「まーた微妙な言い方〜」


 ルナは頰を膨らませて軽く俺の胸を小突いてくる。

 別れにはこれくらいが丁度いい。

 俺は次にモドアに目を向けると、目の高さに合わせて屈みその頭を撫でる。


「モドア。お前はマキナの言うことをしっかりと聞くんだ。そして甘えてばかりいないで、お前も強い男になれ」


 モドアは首を傾げるが、俺はそのまま軽く頭を二度叩くとメイの方を向く。


「メイ」


「なーに?」


 相変わらず元気のあるメイ。

 ミーアを失ってどうなるかと思ったが、やはり強い子みたいだ。


「お前は明るく、元気に生きろ。そうすればみんなを幸せにできる」


「わかった!!」


 メイは元気に頷く。

 次は、ミーアが死んで一番落ち込んでいるムレイド。


「ムレイド。迷う必要はない、お前はやりたいこと精一杯やれ」


 力だけじゃ世の中は成り立たない。

 知識を得ることも大事なことだ。


「うん、わかったよ」


 そして最後は‥‥


「マキナ」


 俺は納刀された刀を手に持っているマキナの前へと立つ。

 マキナはミーアの死を受け入れ、強くなろうとしている。

 なら、俺からの別れの言葉は‥‥


 予備動作なくクインテットの頭‥‥柄の部分でマキナに殴りかかる。


「っく!!」


 だがマキナは見事それに反応してみせ、手にしていた刀で防ぐ。

 マキナの自信に満ちた眼差しが向けられると俺は笑いながらクインテットを引く。

 これだけで十分だ。

 俺はそのまま体の向きを反転させて扉の方を向くと、少しだけ顔を上げる。


「じゃあな」


 俺は返事も聞かないまま扉を潜り抜けた。




 ムーフェイス家を出た俺は前方に気配を感じ、数歩だけ前に進む。


「ようやく来たんだ。随分と待たされたよ」


 屋敷を出るなり待ち伏せしていたアーツが姿を見せる。

 どういうつもりかアーツはフル装備でいつでも戦える状態だった。


「‥‥何の用だ?」


「少し訊きたいことがあってね」


 目の前にいるアーツからは感じたことのない敵意が伝わってくる。

 俺とアーツが睨み合っていると、後に続いてきたラノン達も屋敷から出てきた。


「あ、アーツさん‥‥」


 アーツの存在に気づいたラノンが軽く頭を下げるが、護衛三人が異様な雰囲気に気づいたのか、ラノンを下げさせて自らは庇うようにして立つ。

 俺の前に立ちはだかっていたアーツは俺を中心に弧を描くようにして歩き出す。


「ねぇ、どんな気持ちだったの?」


 ブラブラと歩きながらアーツは訊いてくる。


「はぁ?」


 アーツの質問の意図が全く掴めない。


「この三年間、どんな気持ちだった?」


 その言葉でアーツの言いたいことはすべて伝わった。

 俺はアーツと交わせていた視線を外し、明後日の方角を見る。


「三年前、勇者召喚が行われた。直後に魔物の襲来で賢者は死亡。残った勇者は一人、人類を守り続けた」


 アーツは淡々とした口調で続けた。


「俺もこの三年間、多くの戦場で戦ったよ。色々な功績も上げたし、その中で魔人殺しの二つ名も得た。でもね、どんな戦場でも数え切れないほどの人が死んでるんだよ」


 俺はレックスが死んだあの日のことを思い出し、自分自身への怒りがこみ上げてくる。


「でもその死んだ人達って、レンが戦っていれば助けられたんじゃないの?」


 いつか言われるとは思っていた。

 至極まともな考えだ。

 賢者とは人々を救わなければならない。

 俺がいくら陰で人を救っていようとも、その裏には賢者として救えなかった人がいる。

 そしておそらくは救えなかった人の方が多いだろう。

 俺は何も言い返せず、ただその場に突っ立っていた。


「責任を放棄した賢者が英雄振るのは不愉快だな」


 俺の心臓が大きく高鳴るのがわかった。


「それは違いますっ!!」


 後ろでラノンが声を張り上げる。

 振り向くとアドネスの制止を振り切ってアーツに向かっていくラノンの姿があった。

 ラノンはアーツの前に立つとその目をしっかりと睨みつける。


「ラノン様。俺が何か間違いを言いましたか?」


「えぇ。アーツさんは知っていましたか? レンさん達が元いた世界は争いのない世界だそうです。そんな夢みたいな世界から無理矢理連れてこられて、戦いを強要される。そうやって私達の勝手な都合で幸せを奪われたレンさんの気持ち、考えたことがありますか!?」


 ラノンはすごい剣幕でアーツに詰め寄った。

 俺はラノンの言葉に心打たれたのか、目尻が熱くなる。

 この世界に来てから、賢者として戦うことは当たり前のように言われ続けた。

 俺はそのことに不満を感じていたが、誰にも話さず一人で堪えてきた。

 それが今、ラノンによって理解されている。

 すると人が変わったようにアーツの表情が急に明るくなる。


「そこまで怒らないで下さい、ラノン様。レンも今の発言は俺の意見とは関係ないから気にしないで」


 アーツの口調が普段と同じような感じに戻る。

 つまり‥‥全部演技だったと?


「どういうつもりだ?」


 アーツの意図が掴めない。


「うーん、まぁこれは俺からのアドバイスだと思って受け取ってくれればいいかな。今、俺が言ったみたいな考えの人はかなり多い。そのことだけは忘れない方がいいよ」


 アーツはそう言うと俺に背を向ける。

 要するにアーツが言いたいのは批判を浴びる覚悟を決めろ、ってことか。

 ラノンは納得がいってないようでアーツの背中を睨んでいる。


「俺はお邪魔だったみたいだから帰るよ。じゃーね、レン。戦場で会おう」


 アーツはそのまま振り返らずに歩き去って行くと、俺たちはその姿が消えるまで見届ける。

 明るい表情に戻ったラノンは強張っていた俺の方に笑顔を見せた。


「さぁ、早く行きましょうか」


 俺を誘うかのようにラノンは前を進んで行く。




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