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五導の賢者   作者: アイクルーク
第三章
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約束


 渾身の一撃が目の前に立ちはだかっていた朱龍の命を断つ。

 俺は手にしていたクインテットについた血を払うと、鞘へと納める。


「まぁまぁだな」


 遠くの岩の上から観戦していた師匠が酒の入った革袋を片手に歩いてくる。


「そりゃ、どうも」


「けっ。相変わらずつれないね〜」


「ほらよ」


 俺は手に持っていたクインテットを師匠に投げ渡す。

 師匠は目も向けずにクインテットを受け取ると、手にしていた酒を一飲みする。


「っかぁ〜。にしてもだいぶ様になってきたじゃねぇか。精度はまだまだだが、なんせお前は攻撃手段が豊富だ。今のままでもそれなりには戦えんだろ」


「だけどまだ身体強化ブレイブはどれも不安定だ。もっと修行を‥‥」


「はっ!! 一丁前にぬかしやがって。なんでそこまで強くなりてぇんだ?」


 師匠は酒をラッパ飲みすると口元を服の袖で拭く。


「‥‥死にたくないからだ」


 俺がそう言うと師匠の手が止まり、師匠は少し考えてから手にしていた空の革袋を投げ捨てる。


「もうそろそろ教えてもいいか‥‥」


 師匠は髪の毛をかきむしりながらボソッと呟く。


「酔い覚ましにお前にいいもん見せてやるよ」


 師匠に預けていた俺の刀が無造作に投げ渡される。


「前に雷閃と雷狼牙は教えたな?」


 師匠は左手で鞘に納まったクインテットを持ち、右手で柄を握る居合いの構えを取る。


「あぁ」


「疑問には思わなかったか? 壱と弍があるんだ、三つ目があってもおかしくはないだろ?」


 師匠から殺気を感じ取った俺は反射的に刀を抜いていた。


「この三つの技はぜーんぶ、俺が作ったもんだ。その中でも今から見せるのは段違いの威力、気い抜くんじゃねぇぞ」


 師匠が身体強化・雷サンダーブレイブを発動したのを見て、俺もすぐさま身体強化・雷サンダーブレイブを使う。


「魔刀術・終の型‥‥」









「はっ‥‥!!」


 閉じられていた俺の視界が開かれ、意識が覚醒する。

 知らないベッドの上で横になっていた俺はゆっくりと体を起こすと寝る前のことを思い出す。

 俺は‥‥


「レンさん‥‥大丈夫ですか?」


 声のする方に顔を向けて見ると、俺の寝ていたベッドの隣にはラノンが座っていた。


「ラノン‥‥?」


 俺は定まらない意識の中、魔人との戦いを思い出す。

 その瞬間、俺の体は戦闘態勢に変わり思考が一気に覚醒する。


「安心して下さい。ここはルナさんのお屋敷です。魔人はいませんよ」


 反射的に身構えていた俺は全身から力を抜くと、そのままベッドに倒れこむ。

 そうか‥‥俺は勝ったのか。


「レンさん、丸一日も寝ていたんですよ」


 横になったままラノンの方を見ると優しく笑いかけてくる。

 一日、か。

 身体強化ブレイブを多用したから、妥当なところだろうな。



 クインテットを受け継ぐ者が魔刀術と共に教わるもの、それが属性の身体強化ブレイブだ。

 これは魔法を使わずに魔力を使うもので、魔法のように詠唱などで形を構築する必要がない。

 例えるならば難解な数学の問題を公式を使って解くのが魔法だとすると、ほぼ直感で大まかに答えるのが属性の身体強化ブレイブだ。

 もちろん闇雲に使っているわけではなく、ひたすら反復練習を行うことで、どうにか成り立っている。

 とはいえども、完全に魔力をコントロールし切れているわけではないので属性の身体強化ブレイブには代償がある。


 身体強化・火ファイアブレイブは体から発する炎で自らの体を焼き、


 身体強化・水アクアブレイブはその冷気で自身をも凍らせ、


 身体強化・雷サンダーブレイブは限界を超えた力で肉体を酷使し、


 身体強化・風ウィンドブレイブは高速移動にて体に負荷をかけ、


 身体強化・土アースブレイブは無理矢理に強化した身体を蝕む。



 昔の人が禁術としたのもよくわかる。

 これは、人が使っていい類いの力ではない。


「ラノン、お前は無事か?」


 まぁ、ここにいるってことは守れたってことだ。

 本当に、よかった。

 突然、ラノンの顔から笑顔が消える。

 ラノンは目を潤ませながら唇をきつく噛み締めていた。


「やめて‥‥ください」


 ラノンは俺から目を逸らすとそのまま俯いてしまう。


「どうした‥‥?」


 俺はすぐに体を起こすとラノンを安心させるよう笑いかける。


「もう‥‥やめてください」


 ラノンが倒れようにして俺の胸に抱きついてくる。





 えっ‥‥?





 思考が真っ白になり、どうすればいいかわからなくなる。

 どうやらラノンは泣いているようで、すすり声が聞こえてきた。


「レンさん‥‥もう無茶は、やめてください」


 顔を上げたラノンの青い目は真っ赤に腫れていた。


「このままじゃ、レンさん‥‥死んじゃいますよ」


 ラノンの顔と俺の顔は互いの吐息を感じれるほど近い。

 ラノンが俺の心配をするのもわからなくはない。

 でも、俺はこうするしか強くなる方法がなかった‥‥


「ラノンを守るにはあぁするしかなかった。だから、俺に後悔はない」


「ですがっ!! それでもし、レンさんが死んだら、私‥‥」


 俺は目を逸らしたラノンをそっと抱き寄せる。


「安心しろ。俺は死なない」


 自分が持っている力全てを使って俺は生き続ける。

 そのために俺は強くなったんだ。


「約束、してくれますか?」


 ラノンは俺の胸の中でそう訊いてくる。

 もし、またラノンに危険が迫ったら俺はラノンを守るだろう。

 そして俺も絶対に生き残る。

 ラノンも守り、俺自身も守り抜く。

 俺はラノンを抱きしめる力を少しだけ強くする。

 そうすると、全身でラノンを感じることができた。


「あぁ、約束だ」


 俺とラノンはしばらくの間、そのまま抱き合っていた。






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