絶望
「さ、て、と。ターゲットはいるかな〜」
軽い調子で話す魔人は手に持っていた剣で自身の肩を叩きながら周りを見渡している。
「今頃、どっかで怯えながら隠れてっかもな」
魔人達の態度は決して敵に囲まれている状況で見せるようなものではない。
まるで何もない平野で会話しているのと同じような態度です。
「そうなると面倒なことになりますね」
魔人達が放つ圧倒的な威圧感にその場にいた者は誰一人動けずにいた。
私は震える大杖を握り直すと気づかれないように魔力を込める。
ですが魔人の魔力感知能力はそこまで甘くなかったようで、一体の魔人が私を指差す。
「あれですね」
魔人の刺すような殺気に私はせっかく始めていた詠唱を解除してしまう。
すると剣を持っていた魔人が肩に乗せていた剣を目にも留まらぬ速さで投擲する。
あ‥‥躱さなきゃ。
そう思った時にはすでに遅く、剣が避けられないほど近くまできていた。
私は反射で目を瞑るが、予想していたような痛みは感じない。
恐る恐る瞼を開けるとそこには盾を掲げたアドネスが立っていた。
「大丈夫ですか?」
アドネスは私の方を見て無事を確認するとすぐに魔人達を警戒する。
隣に立っていたアーツさんは剣を投げて隙の生じた魔人に向かって木の矢を放つ。
魔人が木の矢ごときに恐れることはなく、その身で受けようとするとアーツが笑みを浮かべる。
「烈颯刃」
魔人にぶつかる直前で矢の先端からいくつもの風の刃が放たれる。
「闇夜刃」
先ほど私を指差した魔人が手から放った闇の刃が風の刃と衝突して打ち消し合う。
「そこから‥‥防ぐんだ」
アーツは額から冷や汗を流しながらも次の矢を用意する。
「ごめん〜、助かった」
「油断のし過ぎです。真面目にやってください」
「えぇ!? あれは避けられないって〜」
私達と魔人達との温度差は凄まじく、私達は魔人達の気の抜けた会話を真顔で眺めていた。
「ラノン、詠唱を始めてください。詠唱中は僕達が守り抜きます」
アドネスは魔人達に聞こえないよう、ギリギリまで声量を落としている。
グレイスとリアも覚悟を決めているようで私の前に三人が立ち並ぶ。
「俺も手を貸すよ」
アーツは魔人を睨みつけながらもそう言ってくれた。
他の人達は恐怖からか、戦う様子はない。
詠唱時間は最低でも一分はかかります。
それまで、みんなが耐えられるか‥‥
「すみません」
私は呼吸を整えると大杖を両手で持ち、魔力を込める。
「この世界の理を作りしもの、その力の一端を今授けたまえ」
私の詠唱に気づいた魔人達はそれでも尚、余裕そうな表情を崩さない。
「早速始めたみたいだよ。邪魔してきていい?」
「手早くしてくださいよ」
「はいはーい」
先ほど剣を投げた魔人が私の下へ一直線に向かってくる。
黒い皮膚と二本のツノ、それにルビーの様な赤い眼からは向かってくる魔人が二位級であることがわかった。
「その力を与えられしは人間なり。その力は個の力であり、全の力でもあった」
アーツが向かってくる魔人に合わせて矢を放つ。
「烈颯刃」
今度は魔人に当たるかなり前で魔法を発動させ、風の刃を広範囲に拡散させる。
「それは一回見たよ」
魔人は両手に闇の魔力をまとうと、その場に立ち止まりパンチのラッシュで風の刃を打ち落とす。
「個の力、全の力、どちらが優れているわけでもなく、どちらが劣っているわけでもない」
「うらぁぁあ!!」
足の止まった魔人に追い討ちをかけるようにしてグレイスがシルフィードで切りかかる。
魔人は拳でシルフィードを受け止めるとグレイスの腹に正拳突きを放った。
「っく、そ‥‥」
グレイスは間一髪の所で拳を回避するも完全に態勢が崩れていた。
「はい、ざんねーん」
魔人はグレイスの脇腹に蹴りを入れると、そのまま力を伝えて吹き飛ばす。
「強き個の力を全に与えることこそ、強さの境地と見たる」
「灼熱球!!」
リアの使える魔法の中で一番威力が高い灼熱球。
半径一メートル近くある炎球が魔人を後ろから襲い、空高く火柱を上げながら燃やし尽くす。
「まだまだ!! 炎──」
「うーん、人間にしては強いね。人間にしては、だけど」
リアが二本目の杖を炎の中へと向けるが、いつの間にか後ろに回りこんでいた魔人がリアの頭部を強打する。
「ぁっ‥‥」
魔人がリアを殴り飛ばしている間に後ろに回り込んでいたアーツが今までの数倍の魔力を込めた矢を放つ。
「乱気流」
だが、矢から魔法が放たれるより前に距離を詰めた魔人は矢を手で掴むと、闇の魔力を込めて握り潰す。
「もう飽きたよ。お疲れさん」
魔人はそのまま数歩でアーツとの距離を詰めると、手加減なしに鳩尾を殴る。
その速さはとても人間に出せるものではなく、人と魔人との圧倒的差を感じさせた。
「しかれど、優れた全には必ず綻びが生まれる」
魔人は詠唱を続ける私の方を見ながら先ほど投げた剣を拾う。
「さ、て、と。そろそろ詠唱を止めてもらおっかな」
私は悪寒がするも前に立っているアドネスを信じて詠唱を急ぐ。
「ここを通すわけにはいきません」
アドネスは剣先を向かってくる魔人に向けて、タイミングを計っている。
「たかだか人間が、よく言うよ」
「あなた方だって元は人間だったのでしょう?」
「まぁね」
魔人の剣とアドネスの盾がぶつかり合う。
凄まじい金属音を発しながらも、アドネスは魔人の一撃を受け止める。
「ぐっ‥‥」
「まだまだ〜」
アドネスは魔人のラッシュを懸命に耐えながらも、着実に時間を稼いでいた。
「さすればその綻びはどのように消えるのだろうか」
あと、少し‥‥
魔人の一撃一撃は重いのかアドネスは少しずつ後ろに押されている。
「もう飽きた‥‥かな」
魔人は突然、剣を投げ捨てるとアドネスの盾を両手で抱えるようにして掴む。
「‥‥っ!?」
すると一瞬の間にアドネスの体は宙を舞い、魔人によって遠くへと投げ飛ばされる。
魔人は守る者が誰もいなくなった私を見て笑みを浮かべた。
「我の答えは──」
一瞬で魔人の姿が消える。
どこ!?
そう思った時には目の前にいた魔人が私の首を片手で掴み悠々と持ち上げた。
「ぁぁ‥‥」
呼吸ができなくなろうとも、私は詠唱を決して意識から外さない。
もし外したら、今までのみんなの戦いが無駄になってしまうから。
「まだ詠唱を解かないか‥‥面倒だから殺しちゃおっか」
酸欠になりつつある私は次第に思考がぼやけ、抵抗する気力がなくなってくる。
魔人は私をその場に投げ落とすと、近くに落ちていた剣を拾う。
薄っすらとした意識の中、最後の抵抗として死ぬ瞬間までは詠唱を解かない。
そして魔人に振り上げられた剣が振り下ろさ‥‥
「えっ‥‥?」
「へぇ〜」
私の前に立ったグレイスがその身を呈して私を剣から守っていた。
肩に深々と刺さった剣からは大量の血が流れ出している。
「ラノン‥‥にげ、ろ」
グレイスが滅多に出さない弱々しい声。
それが私にグレイスの死を想像させた。
「あ、あぁ‥‥」
私の意識から外れた魔法は今まで込めた魔力が霧散してしまう。
最後の希望が‥‥
私の手からは大杖がこぼれ落ち、全身から力が抜ける。
魔人はそんな私にトドメを刺すために剣を振り上げた。
みんな、ごめんなさい‥‥
私はゆっくりと、目を閉じた。
私はここで、死ぬようです。
フォールさん‥‥‥さようなら
「黙示録の業火!!」
私は慣れ親しんだ声に惹かれるようにして目を開けると、そこには真っ赤に燃え盛る炎とフォールさんの姿があった。
何度か更新が遅れてしまいすいませんでした。
これからは安定して更新できると思います。
どうぞこれからも五導の賢者をよろしくお願いします。
感想、評価などお待ちしております。




