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五導の賢者   作者: アイクルーク
第一章
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森の中の逃走

 森の中を進み続けると、樹の下に人が通れるほどの洞穴があった。

 穴の入り口には意図的に掘られたような跡があり、故意に作られたのは明白。

 洞穴の前で一度立ち止まると、後ろにいるサラとエディを見る。

 一目で二人は肩で息をしており、かなり疲労していた。

 連れて行くのは‥‥危険か。

 外で待たせるのも、魔物に襲われるリスクはあるけど中に入るよりはマシだろ。


「俺は今からあの中を見てくるから、近くの樹の影にでも隠れていてくれ。俺が合図をしたら出てきてくれ。もし何も言わなかったら、俺が死んでもその場でジッとしてて」


 サラはばつが悪そうに眉をひそめる。

 恐らくは俺を巻き込んだのに見捨てなきゃならない、そこに多少の不満があるのだろう。

 負けることはないとは思うんだけど、何があるかはわからないからな。

 それでも、我が子の命には変えられないのかゆっくりと頷く。


「‥‥わかり、ました」


 サラはエディを連れて、近くに生えていた大樹の根の影に隠れる。

 俺はそれを横目で確認すると、刀を片手に洞穴の中へと入って行く。




 洞穴の中には光源が一切なく、真っ暗だった。

 穴の幅は五メートル程で、高さは三メートル以上はあるかなり広めの穴だった。

 最大限の注意を払いながら進むと、少し進んだ所に明るい空間を見つける。

 ん? なんだ?


 目を凝らして見るとそこには何体かのオークがいた。慌てて近くにあった腰の高さほどの岩に姿を隠す。

 あっぶねぇ〜、見つかるとこだった。

 腰を下ろして完全に岩に体重を預けながら、深呼吸をして情報を整理する。

 まぁ、どうやら当たりだったみたいだ。

 パッと見た感じだとオーク三体は目視できたけど、多分まだ隠れているな。


 まずは状況を把握するため、刀を静かに地面に置くと岩から顔だけを出してオーク達のいる方を覗く。

 今いる位置から見えるオークは三体か。

 そういや、なんで洞窟の中なのに明るいんだ?

 そう思い、視線を上に向けるとオーク達の上にだけ、大きな穴が空いておりそこから月明かりが射し込んでいた。


 子供の姿は見えないけど‥‥もしかして、オーク達のど真ん中あそこにいるのか?

 仮にあの中に突っ込んで子供を見つけたとしても、子供一人をかばいながら戦えるほどこの洞窟は広くない。

 戦うにしろ、逃げるにしろ一度は外に逃げなければならない。

 突撃、保護、脱出の手順か‥‥恐ろしく、きついな。

 転がっている刀を掴むと、腰を上げて岩から頭が出ないように体を落とす。

 まぁ、でも、ここまで来て、迷うこともないか。

 速攻で終わらせてやる。


 岩陰からオークの動きを観察し続けると、三体のオークの視線が地面の一点を集中する。

 今だ!!

 その確信で、岩から飛び出すと十メートルほど接近したところで一体のオークに気づかれ、鈍く耳障りな声で叫ばれる。


「ブ──────!!」


 その声でその場にいたオークの視線が一気に俺に集まり、オーク達は近くに置いてあった大きな木の棒を手に持つ。

 オーク達の武器は太い木の棒。

 もはやあれは棍棒と言ってもいいレベルだ。

 その際、さっきの岩陰からは死角で見えなかった位置から一体のオークが出てくる。

 やっぱり隠れてたか‥‥

 と落胆していると、オーク達のど真ん中に泣きじゃくる女の子の姿を見つける。

 よかった‥‥まだ生きてた。

 最悪の状況をまぬがれたことに、思わず頬を緩めながらも、これからの戦いに備え、すぐに気を引き締め直す。

 まずは‥‥あそこまで行くか!!


 一定の速度で走っていた俺はオークの間合いに入る直前で一気に加速する。

 オークの振りかぶってガラ空きになっている腹に鞘の底で一撃を入れると、近くにいた別のオークに飛びつく。

 オークは全体的に行動が鈍い。スピードで撹乱すれば、いける。

 振り下ろされた木の棒を難なく避けると、そこから腕、肩とオークの体の上を駆け跳び越える。

 膝を曲げて落下の衝撃を和らげると、すぐにリナの下まで走った。


 すぐに怪我がないか確認しようとしたが、リナは人が来たことに安心したのか、胸に抱きついてくるとそのまま顔を離さない。

 とりあえず第一目標達成、か。

 どうやらリナの足の骨は折れているようで、とても歩けそうにはない。

 だとすると‥‥おぶってここを抜けるのか。

 額に冷や汗が流れているのを感じた。


「掴まったまま、離すなよ!!」


 右手でリナを抱き込むと、片手抱っこの状態で立ち上がる。

 この洞穴の出口へ向かって、全速力で走り出すが子供一人分の重さが増してる分遅く、オークにも十分反応できる速さだった。

 オークに振り回される木の棒を回避している余裕はなく、左手に持っていた鞘に収まったままの刀で受け止める。


「クッ!!」


 オークの馬鹿力をもろに受け、激しい振動が刀を介して体に伝わる。

 さすがに‥‥重いな。

 あまりの力に左手は完全にしびれ、しばらく使えそうになかった。


「痛えんだよ!!」


 お返しと言わんばかりにオークの顎を蹴り上げると、倒れたオークを乗り越えて出口へと向かう。

 外にさえ出たら、こっちのもんだ。

 後ろからは三体のオークが追ってくるが、オークの鈍足では追いつくことは叶わず、付かず離れずを保っていた。


 そうしている間に洞穴の外に出ると、近くにあった樹の影に隠れる。

 そして、胸の中で小刻みに震えているリナを優しく引き剥がすと、地面に下ろす。


「えっ‥‥」


 見捨てられるとでも思ったのかリナは服の裾を掴んで離さない。

 魔物の中で食べられるのを待ち続ける。そりゃあ、怖かっただろうな。

 右手をリナの頭に乗せて優しく撫でる。


「もう大丈夫だ。少しここで待ってて。すぐ、戻るから」


 リナは名残惜しそうに服の裾を離すとその場で体育座りをして膝を顔に埋めた。

 洞穴からオークが出てくる音が聞こえたので、リナの頭から引っ込めてオークの方を向く。


 一歩ずつゆっくり近づいて行くと、こちらの存在に気づいたオーク達は身構えた。

 左手に持っている鞘を腰に当てて、右手を柄に添えた居合いの構えを取る。

 さぁ、来い。ぶった切る。

 そう願うがなかなかオーク達は襲って来ない。

 どうしようか、と考えていると一体のオークが前に出る。


「ブゥ───────!!」


 さっきの叫びとは桁違いに大きな声。

 声は森中に響き渡り、生い茂る枝を揺らす。

 やばいっ!! これは‥‥仲間呼びインヴァイト・コール

 仲間呼びは魔物の習性の一つで、自らが危機に陥った際にある特定の音を発することで仲間に助けを求める行動。

 いや、こんな森にオークがそんなにたくさんいるはずは‥‥


 ガサッ、ガサ


 草木を揺らしながら、樹の影から新たなオークが現れる。

 それも一体ではなく、三体も。

 現れるオークはそれだけに止まらず、一体、二体と増えていった。

 危機を察し、声を張り上げる。


「サラっ!! 逃げるぞ!! 出て来い」


 この数を相手にしてたら、サラ達が危険だ!!

 ここは、なんとしてでも逃げる。

 大樹に隠れていたサラとエディは慌てて出て来ると、こちらに向かって走って来た。

 その後ろには二体のオーク。

 俺はすぐに二人に向かって走り出す。


「そのまま走り続けろ」


 サラはその言葉に黙って頷くとエディと共に俺の横を通り抜けた。

 目の前に迫った二体のオークが間合いに入ると、腰に当てた鞘から刀身を一気に引き抜く。

 刀から放たれた一撃が二体のオークを両断する。


「よし‥‥」


 抜かれた刀を瞬時に鞘に収めると、オーク達に背を向けてサラ達を追う。

 懸命に逃げていた二人を後ろから追い抜くと、リナが待っている樹の影へと行く。


 樹の影には体育座りのまま震えているリナと、木の棒を振り上げたオークがいた。


「どけっ!!」


 一跳びでオークの顔の高さまで跳ぶと、その顔面に膝蹴りをめり込ませる。

 オークは突然の攻撃に反応する間も無く倒れた。

 着地するとすぐに震えるリナに駆け寄り、強く抱きしめる。


「ごめん、少し‥‥遅れた。お母さんも一緒だからもう安心して」


 背中を優しく叩きながら持ち上げると、サラ達に並んで走り出す。

 サラは背負われているリナの存在に気づくと口元を覆い、涙を流す。

 これで‥‥ハッピーエンド、ってなったらよかったのに。

 後ろにはオークの軍勢が追いかけて来る。




 しばらくの間走り続けたが、エディの呼吸が苦しそうなものに変わ始め、足取りもおぼつかなくなる。

 まずい、こっちも限界かよ‥‥

 サラもかなり無理をしているようで、子供に気を配っている余裕はなさそうだ。


「あー、もう!! サラ、これ持ってて」


 サラに刀を投げ渡すと、意識朦朧としていたエディを左手で抱えて走り出す。

 子供二人を抱えて走るのは容易なことではなかったが、残りの力を振り絞って走り続ける。




 どれくらい走ったかはわからないが、気づけば森を抜けていた。

 後ろを振り返って見るが、オークの姿はない。


「はぁ〜、逃げ切った‥‥」


 手に抱えた二人を下ろすと、力尽きた俺はその場に倒れこむ。

 あ〜、疲れた。

 もう‥‥動きたくない。

 疲労からか、瞼が次第に重くなり始める。

 こんな所で寝てはいけない、と自分を叱咤して無理に起き上がると子供達と抱き合っているサラを見た。

 三人とも涙を流しながら嬉しそうに抱き合う。

 あー、家族って感じがするな〜。

 報酬はないけど、こう言うの見たら‥‥あっ、そういや何でも言うこと聞いてくれるって言ってたな。

 確か、森に入ってすぐの所でサラはそう言っていた。

 どうしよっかなぁ〜


 座りながら相変わらず綺麗な星空を一人眺めていると、我が子との再会を堪能したサラが俺の隣まで来る。

 何だろうと思って顔を向けると、いきなり頭が地面に着くほどの土下座をした。


「本当に、ありがとうございました!!」


 突然、土下座をされても頭が追いつかず、すぐには何の反応も返せなかった。

 少し考えて、サラの気持ちを理解すると再び星空を見上げる。


「せっかくの親子の再会だろ? 俺なんかに謝るより、もっと抱きしめてあげなよ」


 と、気の利かせたセリフを言う。

 正直、アウェイ感と言うか疎外感があってこの場に居づらかったが、我慢して星でも眺める。


「しかし、私‥‥そうだ、何でもすると言いましたね。私は何をすればいいですか?」


 可愛らしい顔でこんなことを言われれば大半の男は、己の欲をぶつけてまうだろう。

 が、俺はそんなことはしない。

 もちろん興味がない訳ではないが、この空気でそう言えるほど堕ちたつもりもない。


「いらないよ。そんなことのために、助けたわけじゃないし」


 ここではお金をねだるのが正解だったのだろう。

 でも‥‥俺は無駄にかっこつけてしまった。

 言ってから、その発言に深く後悔する。

 今日の宿代すらないのに、俺は何を言っているんだ。

 かっこつけてもどうにもならないだろ‥‥

 深いため息を吐く。


「ですが‥‥私の気が済みません。何でも言ってみてください」


 サラは諦め悪く、ジッと見つめてくる。

 だから、その目で見るなっての。

 だけど、これ‥‥ねだるチャンスだよな。

 ここで金を請求したら雰囲気がぶち壊れるだろうけど、そんなことに構っている余裕はなかった。

 金銭的に。


「じゃあ‥‥一つだけ」


 顔を合わせたくないから、上を向いたまま話す。


「はい」


 サラの真面目な声を聞いて、迷いが生まれる。

 どうしよう。

 でも‥‥このままだと、旅支度すらできない。

 いや、だからってこの感動ムードでお金下さい、は言いたくない‥‥

 思考が螺旋に入り、色々と考え始める。

 サラはその横で首を傾げていた。


「俺さ、今晩の宿ないんだ。一晩だけ‥‥泊めてもらえないか?」


 ‥‥いや、お金は、どうにかして稼ごう。

 うん、後悔は‥‥ない。

 サラは口を大きく開けて驚く。


「えっ? それだけ‥‥ですか?」


 言ったもんはしょうがないよな。

 金のことは潔く諦めるとその場に立ち上がると、隣にいたサラは上目遣いでこちらを見てきた。


「あぁ、それだけだよ」


 左手をサラに差し出すと、預けていた刀を返してくれる。

 明日のことは、明日考えるとしようか。


「っ‥‥わかりました。何泊でも泊まっていってください」


 サラは何か言いたげだったが、どうやら諦めたようで肩を落としていた。

 まぁ、これでめでたしめでたし、かな。


「それでは、家まで案内しますね」


 サラは素早く立ち上がると、リナを抱えて歩き出す。

 俺はその後ろを肩に刀を引っさげながら、ついていった。


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