answer
ミーアが死んだ。
その事実を頭の中で認めた瞬間、俺の思考が一気に研ぎすまれるのがわかった。
別に怒りが収まったわけじゃない。
ただ、頭が極限まで冴えているだけ。
俺はその場でしゃがむとまるで眠っているように死んでいるミーアの頭を軽く撫でる。
「ミーア‥‥今まで楽しかった。もし、もしあの世があるのならそこで会おう」
俺はミーアを最後に抱きしめる。
すっかり冷たくなったミーアの体に触れていると俺の服に血が染み込んでいるのがわかる。
ミーアを数秒ほど抱きしめると、優しく地面に横たわらせた。
俺が今すべきことは悲しんでいることじゃない。
マキナを、助けることだ。
死んだ人は生き返らない。
だから、これ以上何も失わないように歩みを止めるわけにはいかない。
「アドネス。ミーアはいつ見つかった?」
そのためにも、余計な感情は切り捨てるんだ。
「ついさっきです」
マキナはミーアと一緒にいたのは間違いない。
だとするとマキナが今も殺人鬼といる可能性は高い。
時間的に考えても‥‥まだ近く。
問題はどこにいるかだ。
「アドネス。お前の知ってること全部話せ」
アドネスは眉をピクリとさせて不快さを表すが俺はその一切を無視する。
「心臓をナイフで一突きする手口は殺人鬼と同じですが、今回は必ず二つあった死体が一つしかないことが違いますね」
そう、死体は必ず二体一組だった。
だが、今回は一体。
マキナはどこにいったんだ。
俺は頭をフル回転させて考える。
死体は二体‥‥でも、今回は一体。
「今まで見つかった死体は片方が刺殺で、もう片方が破裂であってるな?」
「ええ。心臓が貫かれているのと、胸部‥‥おそらくは心臓の破裂で死んでいるのの二体です」
ミーアは刺殺だった。
だとしたら、マキナは‥‥?
「おい!! こんなもんが落ちてたぞ」
グレイスの呼ぶ声が俺の思考を邪魔する。
睨みつけるように見た先には刀を持ったグレイスがいた。
「刀‥‥!? それは‥‥マキナの、か?」
ここ四日間で見慣れた真っ黒な柄に刃こぼれのない刀身。
粉うことなきマキナの刀だ。
だが、その先端には僅かに血が付いていた。
「んなん知るか。そこに落ちてたの拾っただけだ」
グレイスが無造作に刀を投げてきたので、宙で回転している柄を掴み取り刀を鑑賞する。
先端に血が付いてこそいるが、剣などと打ち合ったような刃こぼれは見られない。
刀を抜いた、ってことはマキナな奴‥‥戦ったんだな。
マキナが殺人鬼と必死に戦い、軽傷を負わせたことは間違いない。
軽‥‥傷?
‥‥切り、傷?
その瞬間、俺の脳内が限界を超えて機能する。
マキナは生きている? 今までは二人死んでいた。今回はミーア一人。なぜ? マキナが強かったから? ミーアがマキナを庇った? 違う。そもそも、殺人鬼の目的はなんだ? 毎回同じような殺し方。心臓を一突きする手口と破裂で殺す手口。二人で一つだったのがなぜ今回は一人なのか? これは殺人鬼の実験? 二人の人間を使ってなんらかの実験を‥‥そう、それこそ効果不明の魔武器でも使っていたのでは? だが、それだと試行錯誤の様子が見られない。殺し方に変化がないのが不自然すぎる。なら、なぜ今回は成功した? マキナとミーアの特別なことは‥‥兄弟? 兄弟だと都合がよかったのか? 兄弟だと成功することを発見したといったところか。この仮説が合ってるとしたら殺人鬼はいったいどんな魔武器を使ったんだ? 外傷は片方が刺殺。おそらくこっちが実験において元から殺される予定だったのだろう。だとするともう一人が魔武器で殺して、生き残れるか試したかったのか? そもそも、使った際に死のリスクがある魔武器にそこまでの価値があるのか? ここまでの事態を起こしたんだ。何かしらの大きな目的があるはず。目的、目的、目的‥‥目的、命より大切な、目的?
──自分の命なんかどうでもいい
ただ娘が幸せに生きてくれればそれで十分──
俺の脳裏に一人の男の姿が思い浮かぶ。
するとまるでドミノ倒しのように引っかかっていた疑問が繋がり出す。
「‥‥そういう、ことなのか?」
俺は自分の出した答えを信じることができない。
これが正しい保証もないし、これが真実である根拠もない。
「確かめなきゃ‥‥」
俺はマキナの刀をその場に置くと、集まっている人の間を抜けてその場を後にした。
俺が来たのはムーフェイス家の屋敷。
昼に来た時とは違い、真っ暗な夜の屋敷はどこか不気味な雰囲気を醸し出していた。
俺は昼間来た時と同様に金属のノッカーを鳴り響かせ、中にいる人を呼ぶ。
「はい。どちら様で‥‥」
俺はメイドの少女が扉を開けるや否や、無理矢理に扉をこじ開けて屋敷の中へと入っていく。
玄関の先にある広い空間には多くのロウソクが立てられており、意外にも明るかった。
「フォール様? なんの御用でしょうか?」
不法進入した俺にメイドの少女が懸命に話しかけてくる。
「マキナはどこにいる?」
「‥‥誰のことですか?」
「お前らがさっき攫ってきた少年のことだ」
俺がそう言い放った瞬間、メイドの少女は俺から逃げるようにして離れると、地面に隠し持っていた灰色の玉を叩きつける。
バンッ!!!!
直後、強烈な音撃が俺を襲う。
「っく‥‥」
あの玉、音爆玉か。
鼓膜こそやられていないが、おそらくこれは仲間を呼び出すためのもの。
すぐに護衛達が駆けつけるだろう。
だが、俺はメイドのこの反応を見て確信することができた。
ミーアを殺し、マキナを攫わせたのはゼスタリアスだ。
「フォール様。その話を他の方にされましたか?」
「してない」
メイドの少女はメイド服に仕込んでいたであろうダガーを取り出すと、力強い目で俺を睨みつけてくる。
「なら──」
「俺を殺す、ってか? ミーアと同じように」
俺が殺気を放つとメイドの少女は恐怖で腰が抜けたのかその場でへたり込む。
だが俺がメイドの少女と話している間に屋敷中の護衛達が集まってきており、すでにかなりの数に囲まれていた。
二十‥‥いや、三十くらいか。
「どうした? かかってこいよ。戦う気がないなら道を開けろ」
俺は全開の殺気をこの場にいる全員に撒き散らす。
さすがに強者が多いのか、メイドのように怯えて動けなくなっている者はいない。
俺が周りにいる護衛達の武器を把握していると、この部屋の最奥にある一際大きな扉が開かれる。
そこからは、あの時すれ違った黒服二人と共にゼスタリアスが出てきた。




