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五導の賢者   作者: アイクルーク
第三章
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ルナ=ムーフェイス


 俺と目の合ったルナは口を開けて硬直している。

 そうか。

 ムーフェイスってどこかで聞いたことがあると思ったらルナが言っていた家名か。

 街中でサソリに襲われていたルナ。

 それを助け出した際に来るように促された家の名、それがムーフェイスだ。


「あ、あんた‥‥あの時の」


 俺は黙って会釈するとルナから目を逸らしてゼスタリアスの方を見る。


「君は娘と知り合いなのかね?」


 ゼスタリアスは眉間にしわを寄せながら訊いてくる。


「まぁ‥‥少しだけですけど」


 実際、知り合いってほど話したわけではない。

 ただ助けただけだ。


「この人、私が街に出た時に助けてくれた人よ。ほら、六日くらい前に話したじゃん」


「おぉ、そうか。魔物を倒してくれたというのはフォールのことだったのか。なるほど。それなら一人でBランクを倒したのも納得だ」


 あの魔物ってBランクだったのか。

 知らなかった。

 ルナはゼスタリアスの隣に座るとまじまじと俺の顔を見つめてくる。

 赤のブラウスに灰色のスカートと、さすがに上等な服を着ている。


「たまたま通りがかっただけです。俺がいなくても誰かが助けたでしょう」


 俺は考えとは全く逆のことを言う。

 おそらく俺がいなければルナは死んでいた。

 Bランクの魔物を倒せるほどの人が来る頃にはルナは魔物の腹の中。

 俺がたまたま、あそこを歩いていたから助け出せただけだ。


「君は謙虚過ぎる。本来ならもっと報酬を望んでもいいはずなのに、随分と欲が小さいものだ」


 欲が小さい、か。


「ねえ、フォールっていうの?」


 ルナは前屈みになってその美しい翠の両目で俺を見る。


「そうです」


「恩人の名前、ようやく知れたわ。助けてくれた時は教えてくれないんだもん」


 そういえば、助けた時は面倒だから名前を名乗らなかったな。


「助けたことなら気にす‥‥気にしないで下さい」


 俺は敬語を使うのが久しぶりだったからか一瞬だけつっかえる。

 それに気づいたのかルナがクスリと笑う。


「ねえ、お父様。フォールと少しの間お話したいわ」


 ルナはゼスタリアスに体を向けると自然な笑みを作る。

 作り笑いの技術の高さはさすが貴族、と言うべきか。


「そうだな‥‥フォールがいいのならば好きにしていいぞ」


「本当!! ねえ、フォール。少しくらい問題ないでしょ?」


 ルナは愉しげな様子で訊いてくる。

 そのあまりに愉しそうな顔を見ていると断りにくくなる。

 幸いにもまだ時間は早い。

 ミーアが夕食の支度を終えるまでにはまだまだ猶予がある。


「少しだけならいいですよ」


「そう。じゃあ、ついてきて。私の部屋に案内するわ」


 ルナは自分のテンポで話を進めていく。

 そして、ついてこいと言わんばかりにイスから立ち上がり歩き出す。

 俺がゼスタリアスに視線を向けると黙って頷いたので、俺は軽く礼をしてからルナの後を追った。






 案内された部屋は他の部屋よりも生活感があり、ほんわりとだが女特有の甘い様な香りが漂っている。

 俺が目を動かして部屋の中を確認しているとこちらを見ていたルナが笑っていた。


「そんなに見ないでよ。恥ずかしいでしょ」


「‥‥すいません」


 確かに人の部屋をジロジロ見るのは失礼だな。


「フォールさ、その敬語止めようよ。ほら、初めて会った時みたいな口調でいいから」


 ルナは自ら敬語を止めるように言ってきた。

 敬語を使うのにウンザリとしていた俺としては嬉しい提案だ。

 ルナにまで気を張っているのも疲れるしな。


「そうか、それは助かる」


「うんうん。やっぱり、そっちの口調の方がいいわ」


 ルナは部屋の真ん中にある赤いソファーにだらしなく座る。


「貴族ってもっと礼儀正しくしなきゃ駄目なんじゃないのか?」


 この三年間、俺の中で固定されていた貴族のイメージから大きく外れた行動。


「えー、フォールまでそんなこと言うの? そういう面倒くさいことは必要な時だけでいいよ」


 ルナは礼儀作法なんから興味ないのを示すためか手で払いのける動作をする。

 貴族って‥‥実際はこんなものなのか?

 俺の中で疑問が生じる。


「ふっ」


 くだらないことを考えている自分に笑ってしまう。

 それを見ていたルナがしかめっ面になる。


「ねえ今、私のこと笑った?」


「いや、ちょっとな」


 ラノンといい、ルナといい、色んな貴族がいるんだな。


「ちょっと何よ〜」


「別にそんなのどうでもいいだろ? で、なんで俺を連れてきたんだ?」


「うーん、ちょっと話し相手になって欲しいだけかな。だって暇なんだもん」


 ルナはソファーの上で横になり、そのまま体を伸ばす。


「本でも読んでればいいだろ」


 元の世界にあった娯楽を見た後だと、どうしてもこの世界は退屈に感じるが、こちらの世界での貴族は少なくとも市民よりは娯楽に興じているはずだ。


「だってもう全部読んじゃったんだもん。刺繍も飽きたし外にはたまにしか出れないから、やること少なすぎよ」


「たまにしか出れない? なんでだ?」


 ルナはソファーの上でクルッと回って俺の方に顔を向けてくる。


「うーん、フォールになら話してもいいのかな」


 ルナはしばらく考えた末に上体を起こして真面目な顔になる。


「私さ、病気だからあんまり家から出られないんだよね」


「病気っていっても一時的なものだろ?」


 ゼスタリアスはルナの将来について語っていた。

 治らないような病気ではないはずだ。


「え、なんでそう思うの? 生まれた時からずっとなんだけど」


 ルナは指を顎に当てながら首を傾げる。


「なんかー、お父様は隠そうとしてるみたいなんだけど、私そう長くはないみたいなんだ」


 ルナは再びソファーに倒れこむと、真っ白な天井を見つめながらそう言った。

 ゼスタリアスから聞いた話とルナの話が食い違っているように感じる。


「‥‥なんで、そう思うんだ?」


「んー、前に治療を受けた後、話しているのを盗み聞きしたの。もう限界だ、近いうちに死ぬだろう、だってさ」


 自分の死を語る女は少しも辛そうな仕草を見せず、気丈に振る舞っていた。

 その姿はどことなく友の姿を連想させる。


「お前‥‥死ぬことが怖くないのか?」


 人にとって最も大切なのは自分の命。

 俺はこの価値観だけは譲れない。

 どんなに他を守ったとしても、自分が死ねばそれで終わり。


「え? そりゃあ、怖いわよ。でも死に怯えて生きるよりも今を精一杯に楽しんだ方がいいでしょ。さ、こんな暗い話はもう止めて、まずはフォールの冒険談からでも聞かせてもらおうかなっ」


 死を回避するよりも今を楽しむことの方が大事なのか?

 ルナは嬉々とした表情でこれからのことを考えている。


「ほら、いつまでも突っ立ってないでそこら辺に座って」


 待ちきれないのかルナが急かしてくる。

 俺は軽くため息を吐くと、ルナの正面のイスに腰掛けた。


「さー、フォール。なんか面白い話でも聞かせてよ」


 あまりに愉しそうなルナの顔を見ていると俺も少しだけやる気が出た。


「悪いが大した話はないからな。まずは‥‥龍を狩った時の話でもしようか?」


「うん!!」



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