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五導の賢者   作者: アイクルーク
第三章
33/91

ムーフェイス家


 俺はこの街の領主であるムーフェイス家の屋敷前に来ていた。

 てっきりアーツもついてくるものだと思っていたが、そこまで暇ではなかったようだ。

 それにしてもこのムーフェイスという家名、どこかで聞いたことがある気がするんだが‥‥どうにも思い出せない。


「なんで俺から貴族に会いに行かなきゃなんないのかな‥‥」


 これ以上言うと止まらなくなりそうなので自重する。

 だがまぁ、改めて屋敷を見直してみるとかなりの大きさだ。

 しっかりと手入れの行き届いた庭に王都の大貴族にも劣らないほどの大きさの屋敷。

 こんな所にいるくせに随分と金持ってるんだな。

 そんなことに感心しながら俺は玄関の扉に付いていた金属のノッカーを鳴らす。

 ノッカーとは現代で言うインターホンみたいなもので、大きな金属音を鳴らすことで中にいる人を呼ぶものだ。

 それから少し待っていると扉が開き、中からメイド服の可愛らしい少女が顔を覗かせてくる。


「どちら様ですか?」


「ギルドから来たフォールだ。ここの主人に呼び出されて来た」


 俺がそう言うと扉が一気に開く。

 メイドの少女は姿勢正しく立っていたが、俺の姿を見るなり僅かに眉をひそめる。

 そういえばいつもと同じ、安物の布の服で来ちまったな。

 さすがに貴族と会うにはまずい格好かもしれない。

 だが、今更着替えに戻れるわけもないし、そもそも俺は報酬を受け取りに来ただけだ。

 正装じゃなくてもいいだろ。


「フォール様ですね。話は聞いておりますので、私の後についてきてください」


「わかった」


 屋敷の中に入るとそこにはおしゃれな空間が広がっていた。

 なんのためのスペースかはわからないがかなり広い。

 いくつかの道があるので、おそらくはここから行きたい場所への道を選ぶのだろう。

 その内のいくつかからは人の気配を感じる。

 俺の様子を伺ってるな。

 ここの警備だろうか?

 考えている内にメイドの少女はどんどん進んで行ってしまう。

 追おうとするがメイドは部屋の中心で立ち止まる。

 少女は反転すると俺に向かって手を出してきた。


「手に持っている剣はこちらでお預かりしますので」


 暗殺対策か。

 ここで下手に暴れようものなら隠れた兵士達が袋叩き。

 そんなオチは目に見えている。

 暴れる気も、反抗する気もないので黙ってクインテットを少女に渡した。

 すると隠れていた奴らの一人が少女の下まで駆け寄ると、黙ってクインテットを少女から受け取る。


「そちらの腰につけている袋もお渡しください」


 俺は腰袋を外し少女に渡すと、軽く中身を確認してから再び、横の男に渡す。


「それではついてきてください」


 少女は笑顔を振りまきながら、幾つもある道の中の一つを進んでいく。




 俺が通された部屋はどうやら応接間のようで、二つのイスがテーブルを挟むようにして対面している。

 部屋全体の広さは最初にいた部屋に比べるとかなり小さくなるが、一般家庭の一部屋を優に超えるくらいの大きさはあった。


「ゼスタリアス様をお呼びしますので少々お待ちください」


 少女は軽くお辞儀してから部屋を出る。

 それと入れ替わるようにして別のメイドが部屋に入ってきた。

 四十代くらいのかなり年季の入ったメイド。

 まぁ、ここのメイド長とかが妥当だろう。

 手に持っていたトレーに乗せられていたティーカップが俺の前に置かれる。


「何かご用がありましたら部屋の外にいますのでお申し付けください」


 そのまま機微を返して部屋から出て行ってしまう。

 誰もいなくなった部屋でテーブルの上に置かれたティーカップに目をやる。

 紅茶‥‥それも結構いい茶葉使ってるな。

 少しだけ飲みたい衝動に駆られるがグッと堪えて師匠の言葉を思い出す。


 怪しい飲み物には手を出さない。


 少しでも毒物や睡眠薬が入っている可能性のあるものは避ける。

 初歩的な教えだが今更破る気にもならない。

 そんなことを考えているといきなり部屋の扉が開けられる。


「君がフォールくんかね?」


 黒いスーツを着た四十前後の男。

 だが、その男からはそれなりの雰囲気を感じた。

 部下を二人連れて部屋に入ると部下は自分の後ろに待機させ、本人はイスに腰掛けた。


「そうです。ゼスタリアスさん、今日は‥‥」


「報酬の件か。金貨六枚、であっとるか?」


 少し盛られているがほぼあってる。


「はい」


 やはり敬語を使うのは気が乗らない。

 昔に使い続けていたおかげで今も自然に使うことができているが、どうにもむず痒さを感じる。


「ふむ、すぐに用意させよう」


 ゼスタリアスが後ろに控えていたメイド長に目を向けると、黙って部屋から出て行った。

 金貨六枚、日本円にしたら大体三千万くらい。

 どこかに隠しておくのが常識だろう。


「まぁ、今日は報酬を渡すためだけに君を呼んだわけではない」


 ゼスタリアスは先ほどメイド長に出された紅茶を一口飲むと、足を組んで楽な体勢をとる。


「そこまでかしこまらなくていい。楽にしてくれ」


「‥‥お気遣いありがとうございます」


 俺の中でできている定型文の一つ。

 下手に言われた通りにすると面倒なので態勢は変えずに話を聞く。


「君はこの街で達成した依頼の全てを単独で、かつ短時間でこなしているらしいな」


「そして高ランクの魔物に囲まれ絶望の淵に立たされていたこの街を救った。これは英雄と呼ぶに値する行動だ」


 英雄‥‥か。

 実際には英雄なんてものとはかけ離れた、それこそ真逆の場所にいるんだがな。


「現に君は町人の間でも救世主として噂になっている」


 俺の正体が知られればそんな評価は一転するだろう。


「何が言いたいのですか?」


「ふむ、何をそう焦っているのか。まぁよい。回りくどい言い回しは終わりだ」


 ゼスタリアスはイスから身を乗り出して俺に顔を近づけてくる。


「率直に訊こう。私は君を雇いたいと思う。いくら出せばいい?」


 毎度恒例となっている貴族の勧誘。

 俺は少しの間も置かずに断言した。


「俺は誰かに雇われる気はありません」


 その言葉を聞いたゼスタリアスは眉を吊り上げて驚き、気を落ち着かせるようにイスに座りなおす。


「ふむ‥‥そうか。だが、話だけでも聞いてくれ」


 こういうパターンはあまり良くないんだよな。

 話の後に無理矢理にでも肯定を言わせようとする。

 かといって断れるわけもないので黙って話を聞く。


「私には一人娘がいるのだがな、君にはその護衛について欲しい」


 ゼスタリアスは四十前後か。

 だとすると子供は二十くらいになる。


「なぜ、自分ではなく娘の護衛を頼むのですか?」


 貴族の娘だと誘拐されることもあるが、それだけのために俺を雇おうとしているとは思えない。


「‥‥‥‥」


 黙りを決め込むゼスタリアス。

 俺はおもむろにため息を吐いてみせる。


「話せないのなら──」


「私はもうすぐ死ぬ」


 一瞬で部屋の空気が重くなる。

 死ぬ?

 目の前にいる男に異常は感じられないし、年もまだ若い。

 どこにも死ぬ要素が見つからない。


「どういうことですか?」


「そのままの意味だ。私がいなくなった後も、君には娘を支えて欲しい」


「支える? 今日会ったばかりの俺に自分の娘を任せるのですか?」


 意味がわからない。

 俺は所詮、一人のハンター。

 Aランクになったからといって地位が高くなったわけではない。


「そうだ。君と娘の気が合えば結婚でもすればいい」


 ますます訳がわからない。


「俺はただのハンター。貴族と結婚だなんて無理な話です」


「君は確かにハンターだ。だが、ただのハンターではない。この街を救った英雄的存在だ」


 ゼスタリアスの言葉に思わず拳をグッと握りしめる。


「民からの支持を集めるためですか?」


「それもある。だが何より君ほどの強さがあれば、娘が危険に晒されることもあるまい。じきにこの国は荒れる。その時、君には娘といて欲しいんだ」


「荒れる?」


「これはまだ決まった話ではないのだが、魔王討伐が近いうちに行われるらしい。だが、今回はすでに賢者が死んでいる。つまり、魔王とは勇者が一人で戦うことになろう」


 一般的に魔王討伐は勇者と五人の賢者、それに加えて有志の兵士達で行うのが通例だ。

 兵士達が魔族を抑えている間に勇者と賢者達が魔王を倒す。


「今代の勇者は歴代の中でも随一と言われている。だがそれでも、賢者のサポート無しで魔王に勝つことはできないだろう。三年前、賢者が死んだ時から人類の敗北は決まっていたのだ」


 今まで魔王との戦いまでに全ての賢者が死んだことはないらしい。

 ゆえに今回、人類はかつてないほどの危機にさらされている。


「私は人類が勝つか負けるなんかよりも娘の命の方が大切なんだ。自分の命なんかどうでもいい、ただ娘が幸せに生きてくれればそれで十分だ」


 ゼスタリアスの眼力からは強い意志が伝わってきた。

 意地でも俺を護衛に引き入れたいのだろう。


「悪いが俺は──」


 不意に部屋の扉が開かれる。

 口を止めて視線を向けるとそこには、この街に来た初日に助け出した金髪の女がいた。


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