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五導の賢者   作者: アイクルーク
第一章
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森の中の捜索

 元々小さい村だからか、すぐに村と森の境目の所まで辿り着く。

 太陽はとっくに沈んており、村の中ならまだ僅かに明かりがあったものの、森の中は不気味な暗闇が広がっている。

 こんな所に、子供なんているのか?

 普通の子供なら入ろうなって考えないと思うんだが‥‥

 少しの間、考え込んでいると後ろから誰かが近づいて来る気配を感じる。

 誰かと思って後ろを振り向いて見ると、そこには先ほどのパン屋にいた女性がいた。

 女性はよほど急いで走って来たのか、呼吸が荒く額からは汗を流す。


「あなたは、店に来た‥‥」


 女性は驚いた様子でこちらを見ている。

 店に行った時はあまり見れなかったが、よく見ると女性は素朴な顔立ちながら、美しい茶髪のポニーテールで中々の美人だった。

 田舎の美人、って感じかな。


「あぁ。レン、って言います」


 女性が言葉に詰まったので、とりあえず名前を名乗っておく。


「レンさん、ですか。私はサラです」


 営業の癖が染み付いているのか、お辞儀をつけて返してくれる。

 服装はどうやら店にいた時と同じ服で、パンを作る際に付いたであろうライ麦粉が赤の服に白い模様を作っていた。

 にしても‥‥こんな夜中に何してるんだ?


「それで、どうしてこんな所に?」


 俺がその質問をすると、サラの顔が何かを思い出したかのように強張る。

 何か聞いてはいけないことを聞いてしまったのではないかと思い、慌てて付け加える。


「無理に言わなくていいも‥‥」


「いえ‥‥この辺りで、子供を見ませんでしたか?」


 たった今、ここに来たばかりなので何も言うことが出来ないが一つだけ心当たりがある。


「見てはいませんけど、さっき悲鳴が聞こえたような‥‥」


 後半部分は口を濁しながら言うが、それを聞いたサラがバッと顔を上げて両肩を掴んできた。


「あなたも聞きましたか!! 私の息子と娘がこの辺りで遊んでいたはずなんです」


 かなり動転しているのか肩を掴む手に力がこもっており、わずかに震えていた。

 俺が聞いた悲鳴は、もっと遠くからだったような気がするが‥‥そうなると。

 首をひねり、後ろにある森を見る。


「はい。多分、森の中から聞こえたと‥‥」


 サラの血がサッと引いて、顔が青ざめていくのがわかった。

 肩を掴む手の力も弱々しくなり、その場に膝をつきうなだれる。

 自分の子供が魔物のいる森の中にいるかもしれないんだ、無理もないか。

 俺はもう一度、体を森の方を向け、中の様子を伺って見るが、暗くて何も見えず子供など見つかりそうにもない。


「私‥‥探してきます。レンさんは、他の村人達に知らせておいてください」


 覚悟を決めたのか真っ直ぐな目をしたサラが横を通り過ぎて森へと向かう。

 森の中には魔物が徘徊している。

 魔物は基本的に肉食か雑食で人間と鉢合わせたらほぼ確実に襲ってくる。

 一般人が魔物と遭遇したら、十中八九死ぬだろう。


「あっ、ちょっと待‥‥って、聞いてよ」


 慌てて止めようとするがサラの決意は固く、俺の声すら届いておらず、早歩きで森の中へと消えて行く。

 その後ろ姿が震えていることに気がついた俺は額に手を当てて、ため息を吐いた。

 どうしてこうなったのか。

 これを見て見ぬふりをしたら、誰だって後味悪くなるだろ。

 手に持った刀の鞘を握り直すと、サラの後を追って森の中へと入る。





 夜の森の中は実際に入ってみると真っ暗で、目が慣れ始めるまではほとんど何も見えなかった。

 何か生物が近くにいるのか、ときおり木の枝が揺れるような音が聞こえてくる。

 しばらく走ると、前の方に脇目も振らずに走っているサラを見つけた。


 本気で走るとすぐサラに追いつくことができ、横に並んだ瞬間、突然出てきたことに驚いたのかサラは悲鳴をあげて離れる。

 そんな叫ぶほどかよ。

 ちょっと、傷ついたわ。


「あっ‥‥レンさん。なぜ、来たんですか?」


 やっぱり、気づいてないのか?

 左手に持っていた刀をわざとらしく掲げて、サラに見せつける。


「いや、これでも一応は狩人ハンターなんだけど」


 ハンターとはその名の通り、魔物を狩っている者達の総称で、依頼を受けて町の外に出て魔物と戦ったり、その皮や肉をギルドや市場などで売り払い生計を立てている。

 一見、華やかそうな職業に見えるが実際はひどいものだ。

 田舎で貧しい生活をしている若者達が夢を見て、街に出てはハンターとして稼ごうとするが、戦闘経験のない者が魔物との戦いでそうそう生き残れるはずもなく、大半は殺されているのが現状だ。

 武器を持ち歩いているのは、大概はどこかの兵士かハンターくらいだから気づくと思ったんだけどな。

 サラは刀を持っていたことに今頃気付いたのか、目を見開いて刀を見ている。


「レンさんが、ハンターですか?」


 サラはまだ信じられないのか、語尾が下がり気味に聞かれる。


「まぁ、一応は。そんなに経験が豊富なわけじゃないけど、コボルトくらいなら余裕だけど」


 俺が引き合いに出したコボルトは四足歩行をする魔物で、大きさは犬と同じくらいでその分素早い動きで翻弄してくる。

 魔物の中なら最下層に位置する。

 それでも、一般人からしたら十分恐ろしいのだが。

 俺がハンターになったのが二十一歳で、来月で二十二歳だから‥‥まぁ、六か月くらいか。

 まだまだ新米だけど、そこいらのハンターには負けないはず。

 それを聞いてサラは頭をこれでもか、と言うほど深く下げる。


「お願いします!! どうか、私の、私の子供達を助けてください。私にできることなら何でもしますから!!」


 顔を上げたサラの瞳からは涙が溜まっており、今にも泣き出しそうだった。

 ここまで頼まれて、断れるわけないよなぁ。

 俺はサラを少しでも安心させようと作り笑いする。


「もちろん。最初っからそのつもりだったし。さぁ、早く探そう」


 サラは目に溜まっていた涙を拭うと、先ほどとは目つきが変わり、眼に強い力を感じた。

 母親が子供を思う気持ちは、強いからな。それこそ、自分の命なんて問わないくらいに。


「はいっ!! 本当にありがとうございます」


 この暗い森の中で子供を探すとなると‥‥選択肢は一つしかないか。

 リスクはあるけど、しょうがない。


「サラさん、子供の名前を呼んで探そう。そうでもしないと、見つからない」


「えっ!? でも‥‥」


 そう、森の中で叫ぶなんて普通は自殺行為だ。

 魔物は総じて人間に比べはるかに優れた五感を持つ。

 もし、魔物が生息している森で大きな音を立ていたら、魔物が寄ってくる。

 さっきはひかえ気味に言ってたけど、この森に住んでいる魔物なら多分、負けることはない。

 俺は困ったように見つめてくるサラに黙って首を縦に振ると、少し考え込んでから覚悟を決めたようで、空気を思いっきり吸い込む。


「エディ───!! リナ!! どこにいるの!! いるなら返事をして!!」


 うわぁ、すげえデカイ声、人ってこんな声出せるんだ。

 鼓膜が痺れるほどの声量に思わず眉が釣り上がる。

 声を出した当の本人はさすがに疲れたのか、肩で息をしていた。

 っと、これだけ大きい声を出したんだ、魔物がいつ襲ってくるかわからない。

 いつでも戦えるようにしないと。

 右手を刀の柄に添えると、いつ襲われてもいいように周囲に気を配り始める。


「返事は‥‥聞こえてこないか。もう少し、奥に行ってみよう」


「‥‥はい」


 俺は待ち伏せを警戒して、サラより二歩ほど前を歩く。サラは見えない魔物の恐怖に怯えつつも、懸命についてきた。

 さすがに、怖いか。

 安心させてやりたいのは山々なんだけど、油断したら危ないからな。

 下手にサラと話して警戒が緩んだら、不意打ちに気づけないという事態になりかねないため、下手に隙を見せれなかった。

 俺が襲われるなら反応はできるけど、とっさにサラを庇えるかどうかは自信がない。


 先ほど叫んだ所から五分程歩いた所で一度立ち止まり、サラの方を振り向く。

 サラに気を配っている余裕がなかったため気づかなかったが、森に入る前に比べても異常なほどに顔色がわるかった。

 サラには悪いけど、ここは我慢してもらうしか手段がない。


「もう一度頼む」


 サラは無言で頷くと、息を深く吸う。

 俺が声を出せばいいかもしれないが、母親の声の方が子供からの反応がありそうだし、聞こえた時に安心するだろ。


「エディ──!! リナ!! 返事をして!!」


 再び、サラの声が森中に響き渡る。

 そろそろ、何か来そうだな。

 なんとなく、周囲に気配を感じた。

 柄を握る力を強め、いつでも抜刀できるようにする。

 その時、遠くから僅かにだが人の声が聞こえた。

 サラは聞こえてなかったようで、両手を膝に当てて呼吸を整えている。

 子供‥‥か? とりあえず、急いだ方がよさそうだ。


「今、人の声が聞こえた。多分、サラの子供だ」


 苦しそうにしていたサラは顔がパッと明るくなる。


「本当ですか!!」


「あぁ、急ごう」


 俺は少し速めに走るが、サラはその後ろを息を乱しながらも付いてくる。

 さっきまで、ギリギリだった人が‥‥こうまでも元気になるなんてな。

 移動速度を上げた分、警戒は甘くなるが、そこは諦めて魔物に先手を譲る気で完全に受身の構えで走る。


 走り始めてすぐに、白い花畑のような所に出る。

 今までとは一気に風景が変わったので足を止めて周りの様子を伺う。

 白い花畑‥‥今は暗くてあまりよく見えないけど、昼間に来たら大層キレイだろうな。

 俺が珍しい景色に見惚れている間に、サラが何かを見つけて声を上げる。


「エディ!!」


 サラが駆け寄った先には、樹にもたれかかりながらぐったりとしている男の子がいた。

 サラの声に反応して顔を上げると、重そうな体でどうにか立ち上がる。

 涙を流しながらサラは立ち上がったエディを力一杯抱き締めると、肩を掴んだままエディを体から少し離して目を合わせた。

 あれがエディか。

 確か、兄弟‥‥って言ってたよな。

 軽く辺りを見渡して見るがそれらしき人影は見当たらない。

 この場にいるのは、片割れだけ? もしかして‥‥

 俺は近くの地面を注意深く散策し始める。


「エディ、リナはどこにいるの?」


 サラは真剣な顔つきになりエディに訊く。エディはその質問をされると、急に目線逸らしてうつむいた。

 やっぱり、あった。

 花畑の中に人の足にしては大きすぎる踏み跡がある。そして、その周りの花は散っており、何かがあったのは明白だった。


「エディ!!」


 サラは声を張り上げてエディの肩を強く揺らす。

 観念したのかエディもようやく口を開いた。


「魔物に‥‥連れて行かれちゃったよ」


 エディは今にも泣き出しそうな顔でサラの目を見る。

 我が子が一人でも見つかったことで安心していたサラの表情が一気に暗くなった。

 やっぱりか。

 そうなると、やっかいだな‥‥

 現時点での問題は二つ、一つはリナがどこに連れて行かれたのか。

 そして、もう一つはこの二人を連れて探すしかないということ。

 魔物に連れて行かれた以上は、助ける際に確実に戦闘になるだろう。

 ‥‥その時、俺にあの二人を守るほどの余裕があるのか?


「レンさん‥‥」


 サラがどうすればいいのかと言わんばかりの視線をこちらに向けてくる。

 一人見つかっただけで妥協してくれるようなら、なんの問題もないんだけど‥‥そうもいかないよな。

 とりあえず、現状把握が優先だ。


「エディ、どんな魔物に襲われたんだ?」


 膝を曲げて、エディと同じ目線に立つと真っ直ぐその目を見る。まだ、恐怖が残っているのか僅かに震えていた。


「大っきくて、二本足で歩く豚だった」


 二足歩行の豚‥‥オーク、か。確か、あいつらは巣に持ち帰ってから獲物を食べるはず‥‥ならまだ間に合うかもしれない。

 僅かな希望が見え始める。


「魔物がどっちに行ったかわかるか?」


 これでわからなかったら最初っから積むんだが‥‥

 少し不安だったが、エディは迷わずに一方向を指す。


「あっちに、歩いて行った」


 その方向は来た道とは反対で、村から遠ざかることになる。

 帰り道も必然的に長くなるし、厳しいな。エディの体力が持つかどうか。いや、これは俺が決めることじゃない。

 そう思いサラに視線を向けると、何か言われるのかと思ったのか体をビクッとさせる。


「気づいてるかもしれないけど、魔物が行ったのは村とは反対方向だ。道も長くなる分、エディへの負担は大きくなる。それでも助けに行くかどうか、すぐに決めてくれ」


 酷な選択だ。

 だけど、この世界は漫画やアニメのように全てを守れるほど甘くない。

 リスクを背負って助けに行くか、安全にこのまま帰るか。

 どっちを選んでも、誰もサラを責めることはできないだろう。

 サラは頭を抱えて悩むが、二人の我が子を天秤にかけれるはずもなく、一向に答えは出ない。

 こうしている間にも、もう一人は危険にさらされている。

 早くしてくれ‥‥

 心の中でジレンマを抱えるも、こればかりはサラが決める問題。下手に決めることはできない。

 頭を抱え続けるサラを見て、これ以上は無駄か、と思った時、エディが母の手をギュッと握る。


「ママ‥‥僕は大丈夫だから、リナを助けに行こうよ。僕、リナが死んじゃう、やだよ」


 迷いなきエディの気持ちに胸を打たれたのか、サラは顔を上げる。


「リナを‥‥助けに行きます。レンさん、力を貸してください!!」


 まぁ、そう簡単に人の命を割り切れはしないよな。

 これから大変になるとわかっていたが、俺の口角は自然とつり上がっている。


「よし、なら早く行こう。俺の後についてきてくれ」


 さっきよりはペースを落とし、小走りでオークの後を追う。

 子供のエディには厳しいかもしれないが、甘えていられる状況ではないの理解して後ろからついてきた。

 一般的にオークはどこかに巣を作る習性がある。

 わざわざ連れ去ったのは巣にいる仲間と分け合うため。


「間に合ってくれ‥‥」


 ついつい足が速くなってしまうが、後ろにいる二人の存在を思い出し、ブレーキをかける。

 そんな走りたいけど走れない葛藤を背負いつつ、森の中を進み続けた。



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