続かない平穏
今日も依頼を受けようとギルドに入ると、そこには昨日とは少し違った光景が広がっていた。
何が違う、とは一言に言えないが強いて言うならギルド全体の活気とでも言うのだろうか。
昨日までは誰も並んでいなかったカウンターに何人かのハンターがいたり、依頼を受けてないハンターも朝食を摂りながら真剣な顔つきで話し合っている。
何があったんだ?
魔物の襲来から一日が経ったからかもしれないが、それにしても死に呑まれていた昨日とは明らかに雰囲気が違う。
「おい、あいつだ」
「Sランクを一人で‥‥」
俺を見たハンター達が小声で話し始めた。
俺に聞こえないように話しているつもりなのだろうが普通に聞こえている。
例のごとく視線をスルーして、依頼書のあるテーブルから高ランクの依頼書を幾つか見繕うと依頼を受けているパーティーの後ろに並んだ。
後ろから依頼を盗み見た感じCランクくらいか。
まぁ、何にしてもやる気を出してくれるのはいいことだ。
「ねぇ、あなたの名前ってフォール?」
前に並んでいたパーティーの内の一人であろう女が声をかけてきた。
もちろんだが知らない顔だ。
「あぁ、そうだ。なんか用か?」
「いえ、用があるわけじゃないんだけど、お礼が言いたくて。あなたのおかげでこの街にも希望が生まれたわ、本当に感謝してる」
「そうか。それは何よりだ」
なるほど。
俺の噂を聞いて他のハンター達もやる気を出しているのか。
‥‥悪くない気分だ。
そうこうしていると他のメンバー達も興味を持ち始める。
「こいつは誰だ?」
筋肉質な大男が俺を見下ろしてくる。
慌てた女が大男の耳元で囁く。
「例のハンターよ」
大男の目が一瞬で見開かれる。
「本当か!! あんたがSランクを倒したって言う──」
「あぁ」
まさか一日でここまで広まっているとはな。
もう少し人のいない時間に来ればよかったか。
「そうか、あんたがか。あんたの活躍を聞いて俺たちも頑張ろうってなったんだ。期待してるぜ!!」
大男はそう言って俺の背中を力強く叩く。
「そう思うならお前らもしっかりと魔物を狩ってくれ」
「あぁ、もちろんだ」
依頼を受けていたリーダーであろう人物が俺と話していた二人の肩を軽く叩く。
「あぁ悪い、すぐ行く。それじゃあまたな」
「頑張ってね」
二人はそう言うと仲間を追いかけてギルドの出口へと向かって行く。
その後ろ姿を見ながら深く息を吐く。
良さそうな奴らだったな。
「はい、次の方どうぞ‥‥あっ、フォールさんですか」
受付は昨日と同じ女だった。
俺の姿を見るなり慌てて気を引き締めているのが伝わってくる。
「まずメダルを返して欲しいんだが」
依頼を受けようにもメダルが無ければ話にならない。
「少々お待ちください」
女は笑顔で奥へ駆けていくと数十秒ほどで戻ってくる。
そして、カウンターの上に真新しい黄蘗色のメダルを置く。
「はい、それではこちらがフォールさんの新しいメダルとなります」
俺はメダルを手に取ると光にかざしてその模様を見る。
表面には大空へと羽ばたく鷹の姿が彫られていた。
「それと昨日、フォールさんはSランクの依頼を達成しましたのでそれに関しても記録しておきました」
メダルを裏返すと青色の小さな魔石が一つ、メダルの中には埋め込まれていた。
ギルドでは上位の依頼を受けた際にメダルの裏に魔石を嵌め込むといった質素な方法が採用されている。
単純に技術がないのがその主な要因だ。
「そうか。それで依頼を受けたいんだが‥‥」
そう言って手に持っていた依頼書をカウンターの上に並べる。
Bランクが五枚にAランクが三枚、Sランクが一枚の計九枚だ。
基準としては目標同士が近い位置にいる依頼だけを選んだのでランクに関しては適当。
「わかりました。少しだけお待ちください」
女は依頼の記録を取り始める。
そういや、今日の昼飯はどうするかな。
街で適当に買ってくか。
いや‥‥
ドンっ!!
ギルドの扉が勢いよく開けられ、息を荒くした兵士が入ってくる。
肩に深い傷を負っているな。
しかも、まだ血が止まっていない。
「フォール、フォールはいないか!!」
いきなり自分の名前を呼ばれて驚くも、すぐに切り替えて一歩前に出る。
「フォールは俺だ。何かあったのか?」
見るからに只事ではないのが伝わってくる。
おそらくは魔物でも襲ってきたのだろう。
「北から魔物の群れが。今はアーツさんが前線を支えているがそう長くは持たない。だから──」
「わかった」
それだけ聞ければ十分だ。
俺は脇目も振らずにギルドを飛び出すと全力で北へ向かって走り出す。
アーツがどれほどの実力かは知らないが恐らくはこの街で最強。
そのアーツが助けを求めるレベルの事態だとするとなると、そうのんびりしている暇はなさそうだ。
北へ北へと向かうに従ってすれ違う住民の数が増えていく。
スピードを落とすことなくその合間をくぐり抜けていくと、向こうの空に小さな黒い点が幾つも見え始める。
魔物‥‥?
だとしたら、種族は鳥種か。
厄介だな。
走り続けているとすれ違う人が一気にいなくなり、代わりに前方に何人もの人影が見え始める。
「見つけた」
俺は一気に加速して残っている者たちの下へと向かう。
俺が一歩を踏み込むごとにその戦況が見え始める。
残って戦っている者が十人ほどに対し魔物は上空にいるバード二十以上。
援軍を呼びに行くほどだ、恐らくはあのバードもAランクくらいはあるだろう。
だがバードだとすると接近戦には持ち込めない。
あまり見せたくはないが魔法使うのがベストか。
深呼吸をして精神を落ち着かせる。
「雷は天が落とせし力なり」
まだ十分に距離はある。
詠唱を使えば上級魔法が見られても多少の言い訳は出来る。
「敵の動きを封じ、自由を奪う」
それに何が起こるかわからない以上、いつだって魔力には余裕が欲しい。
「その力、今、放たんとす」
射程に入った!!
俺は左手を真っ直ぐ突き出して宙を舞う一体の魔物に狙いを定めると貯めていた魔力を一気に吐き出す。
「遠雷」
収束されて放たれた雷は一直線に目標へと向かう。
魔物も俺が放つ瞬間に気付いたが高速で迫る雷を躱せるはずもなく直撃する。
羽ばたきを止めたことによって墜落した魔物を下で応戦していた兵士がすぐにトドメを刺す。
倒れていたのは真っ白な毛皮を纏った体長が二メートル以上もある真っ白な鷹。
この魔物は確か、カカン。
機動力が非常に高い上にそれなりの知能もあることからAランクに類されている。
「すまない、助かった」
兵士は鎧を着込んでいるにもかかわらずその全身に傷を負っていた。
周りには数人の兵士の亡骸が見える。
「気にすんな」
それだけ言うと俺は場全体に一瞬で目を走らせる。
今は状況判断が最優先、援護に向かうべき所を見極めることが大事だ。
「‥‥っ!!」
不意に視界のにラノン達の姿が写る。
ったく、なんでこんな所にいるんだよ。
ラノン達は四人で十体近く相手にしているようでかなり苦戦していた。
俺はラノン達の下へ駆け出すと、右手でクインテットを引き抜き、左腕には再び魔力を集中させる。
上級を多用している姿はあまり見せたくないんだがそうも言ってられない。
「遠雷」
再び一体のカカンを狙撃すると、続けて黄色に輝くクインテットを別のカカンに目掛けて投擲する。
不意打ちの攻撃に状況が掴めていなかったカカンが放られたクインテットを視界に捉える前にその体を貫く。
「えっ、レンさん!?」
性に合わず大きな声を出したラノンだったが、慌てて恥ずかしそうに口を覆う。
俺はクインテットから流れ出す雷で落ちそうなカカンに飛び乗ることでその体を地面に叩きつける。
そしてクインテットを引き抜くとカカンに追撃を加えてトドメを刺す。
「よぉ、久しぶり」
すぐにその場から離脱すると円になって戦っていたラノン達の側まで後退した。
クインテットを正眼に構えると、一度荒くなった呼吸を整える。
ここまで走りっぱなしだったからな、体力を少し消耗し過ぎたか。
「てめぇ‥‥」
「アドネス、トドメを」
「わかってます」
アドネスは俺が遠雷で撃ち落としたカカンに剣を振り下ろす。
これでここにいるカカンは七体。
これならこいつらだけでなんとかなりそうだ。
「レン〜、助けにくれたのかな?」
「いや、ここはなんとかなりそうだから他に行く。いいだろ?」
魔導師が二人、この状況において十分な全力と言える。
グレイスとアドネスもカカン程度に遅れをとることはまずないだろう。
「えぇ。レンさんは他の方を助けてあげてください」
「わかってる。それじゃあラノン、リア、援護を頼む」
俺がそう言うとラノンとリアは軽く頷いてから詠唱を始める。
その周りを囲むように俺、グレイス、アドネスが並ぶ。
「グレイス、ラノンは頼んだ」
「はっ、誰に言ってんだよっ!!」
グレイスは近寄っていたカカンに風の刃を放つことで 牽制する。
「そりゃあ、安心だ」
二人の詠唱が終わると同時に俺は勢いよく地を蹴り飛ばす。
矢の如く駆ける俺を狩ろうとカカン達が群がってくる。
ラノンは手に持っていた大杖を正面に突き出し、魔法を発動させた。
「氷霜柱」
すると真横の地面から身長を軽く超える氷柱が勢いよく生まれる。
不意に、かつ幾つも作られた氷柱にカカン達はすぐさま距離を置く。
その隙を狙ってリアが右手の小杖で魔法を使う。
「まずは‥‥焼炎波!!」
広範囲に燃え広がった炎が上空に退避していたカカン達を襲う。
だが所詮は中級範囲魔法、Aランクの魔物には大したダメージを与えられない。
それでも足止めとしての役割はしっかりと果たしていた。
「まだまだ!! 焔の矢!!」
今度は左に持っていた小杖から燃え盛る炎の矢を作り出し放つ。
炎の矢に射抜かれたカカンは全身火だるまになりながら暴れまわる。
倒すまではいかなかったがかなりのダメージを与えていた。
グレイスとアドネスは少しも警戒を緩めずに二人を守っている。
ここは大丈夫だな。
そう確信した俺は最もカカンが集まっている集団へと向かって行く。




