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五導の賢者   作者: アイクルーク
第三章
22/91

贖罪

 背後から聞こえる瓦礫が崩れ落ちる音により意識が記憶の渦から引き戻される。


「きゃああっ!!」


 甲高い若い女独特の叫び声。

 視線を向けると巨大な紫のサソリが女をハサミで掴み、持ち上げていた。

 魔物が残っていたのか。

 さっきまで魔物が無数にいたんだ。

 瓦礫の中に何体か生き残っていても何ら不思議もない。


「た、助けて!! 誰か」


 女は怯えた表情で叫び続ける。

 サソリの近くには護衛と思わしき男が一人。

 だが、対魔物経験が少ないのか剣を握る手が震えている。

 期待はできそうにないな。


「誰か!! 手を貸してくれ!!」


 下手に魔法を使ったら目立つ。

 かと言って使わないで勝てるかどうか、と言われると微妙な相手だ。

 ‥‥見捨てる?

 その考えに至った瞬間、俺の脳裏にレックスの顔が浮かぶ。


「っ!!」


 レックスの幻影を振り払うかのようにクインテットを引き抜くと、尻尾を振り回すサソリに向かって行く。

 俺に気づいたサソリは真正面から猛スピードで尻尾を振り下ろしてきた。

 クインテットを横に構えて歯をくいしばる。

 直後、クインテットを通して俺の体に強い衝撃が加わった。


「っく!!」


 痛みに堪えながらサソリの下へと一気に踏み込むと、躊躇いなくクインテットを振る。

 だが、クインテットは鉄にぶつかったかのように弾かれ、鈍く振動した。

 想像以上に硬いな。

 どうするか‥‥

 次の手を考えている一瞬の合間にサソリは女を挟んでいない方のハサミで俺を両断しようとしてくる。


「チッ‥‥」


 咄嗟にバックステップで回避をしてしまい、近距離では使えなかった尻尾の突きを喰らってしまう。

 どうにかクインテットを盾にすることで猛毒の付いた針こそ免れたが、その勢いは殺せず三メートル近く飛ばされる。

 受け身は取れたけど、無傷じゃない。

 さっさと済ませたいとこだ。


「おい、君。は、はやくルナ様を助けるんだ」


 先ほど震えていた男は自分で戦う気がないのか、安全な場所から命令してくる。

 ルナ様、ね。

 十中八九、貴族だろうな。

 多少やる気が失せたが、まぁ、この女が俺に何かしたわけじゃない。

 掴んでいるハサミに力を入れられたらあっという間にルナの体が二つになる。

 さっさと助けた方が良さそうだ。


 俺は足元に落ちていたクインテットの鞘を拾うと左手の親指の部分に底がくるように持つ。

 サソリの尻尾は重さこそあるが突き自体の威力はそこまで高くない。

 何度か深呼吸をして気が鎮まったところでサソリの攻撃範囲へと踏み込む。

 刹那、サソリが俺に向かって鋭い突きを放ってきた。

 俺は自身に迫っている毒針を左手に持った鞘の口で受け止める。

 サソリの尻尾の動きが止まると同時に俺は鞘から手を離しルナを掴んでいるハサミの根元に狙いをつけた。


「どんな鎧にも、付け根はあるもんだ」


 クインテットの刀身がサソリの腕の肉を抉るように突き刺さる。


「〜〜〜〜」


 普段から痛みに慣れていないサソリは重低音で鳴き叫びながら、尻尾とハサミを振り回して暴れ出す。

 その際、挟まれていたルナも勢いよく宙に投げ出される。


「きゃあぁぁぁあ!!」


 耳に響く高音の叫び。


「っ、うるさっ」


 正直言って耳障りだった。

 ルナが地面に叩きつけられる瀬戸際のところでどうにかその体を受け止める。

 その衝撃もかなりのものだったが、ここで泣き言を言うのは止めておいた。


「あ、あれ?」


 目を瞑っていたルナがゆっくり目を開けて、その常盤緑の瞳で不思議そうに俺の方を見てくる。

 よく手入れの行き届いた金髪が肩の高さ程度まで伸びており、全体的にスラっとした印象。

 一瞬、戦闘中であることを忘れてしまうほど見惚れていたが、俺はすぐに意識をサソリへと集中させる。


「隠れてろ」


 ルナを転ばない程度に押し飛ばしサソリから遠ざけると次の手を考え始める。

 このままじゃ埒があかないな。

 何か決め手になるものが‥‥

 周囲に目を配ると都合よく大斧が落ちている。

 その近くに死体があることも鑑みると、死んだ者の武器だろう。

 これを使わない手はない。


「おい、そこの男。剣を貸せ!!」


「えっ? あ、はい」


 男がもたついている間にサソリを大斧の落ちている方へと誘導する。


「いいから早く投げろ!!」


 そして、サソリが大斧の一歩手前に来たところでもう一度叫ぶ。

 どう渡すか悩んでいた男も少し躊躇うも、すぐに片手剣を放り投げた。

 俺は宙で回転しながら落ちてくる剣の柄を掴むと、すぐにサソリの攻撃範囲に再び入る。

 今度は先ほどとは違い尻尾による薙ぎ払いをバックステップで回避すると、全力でかつ正確にサソリの腕の付け根に向かって剣を投擲した。


「〜〜〜〜」


 不意をついた痛みにより、サソリの意識が俺から外れる。

 その瞬間を見逃さず、俺は転がっていた大斧を全力を使って持ち上げると、サソリの脳天へと狙いを定めた。


「いくら硬くても、これは防げないだろ」


 俺が手に持っているのは俺の身長をも超える大型の斧。

 天に掲げられたその刃が重力に従ってサソリの頭に叩きつけられる。


「〜〜〜〜〜〜〜〜!!」


 サソリの鳴き声と鎧を砕く鈍い音が俺の耳に突き刺さる。

 っう‥‥死ぬ時までうるさい奴だ。

 大斧が抉った傷口からは淀んだ青い血が溢れ出す。

 サソリの鳴き声が止む頃にはピクリとも動かなくなり、すでにただの死骸となっていた。

 俺は軽く呼吸を整えると、すぐに関節に刺したままになっていたクインテットを引き抜く。

 クインテットを太陽の光に当てて見たが、サソリの内部に刺さっていた刀身には案の定、真っ青な血が付いている。

 俺は皮袋に入っていた水で刀身に洗い流すと乾いた布で水っ気を取る。

 ここであの女に関わると面倒なことになりそうだ。

 さっさとバクれるか。

 クインテットを鞘に納めると、助けた女に一瞥もくれずに歩き出す。


「ね、ねぇ。ちょっと待ちなさいよ」


 俺を呼び止める声。

 俺は三秒程どうするか考えた末に振り返った。

 貴族の定番パターンは俺を雇おうする、の一択だ。

 この場で交渉を始める奴もいれば、お礼に食事でも、とか言ってゆっくりと根付いていく奴もいる。

 大事なのは俺にその意思がないことを理解させること。

 そうでもしないと貴族こいつらは部下を使ってまで探し出したりするからな。


「なんだ?」


 僅かに敵意を込めた眼差しをルナに向ける。


「えーと‥‥貴方、名前は?」


 冷淡に、そして突っぱねるように。


「教える気はない」


「はぁ?」


ルナは怪訝そうな顔で俺を見てくる。


「‥‥私はルナ。とりあえず助けてくれてありがとう」


「あぁ。それだけか?」


「あなた、ハンターかしら? 戦いに慣れているように見えたけど」


「あぁ」


「ねぇ、私の護衛になってよ」


 やっぱり、か。


「断る」


 ルナの提案をバッサリと切り捨てる。


「貴様、ルナ様のさ──」


 先ほどまで震えていた護衛の男が口を挟んでくる。

 今度は敵意を全開で男に向けた。


「っう‥‥」


 気圧されした男は一歩後ずさり黙り込む。


「どうして断るのよ? 理由を教えなさい」


「俺は自分の意思以外で戦う気は無い。やりたいようにやるだけだ」


「‥‥あっ、そ。じゃあいいわ。助けてくれたし、何かあったら力になるわよ。困ったことがあったら町の中心にあるムーフェイスって家名の家にいるから来るといいわ」


 ムーフェイス‥‥知らないな。

 それにしても随分あっさり済んだ。


「そうか、覚えておく」


 そう言い残すと、ルナの横をスッと通り抜けて歩き出す。








 ギルドの周囲はハンター達の拠点にでもなっていたのか、他と比べてもかなり損傷が少なかった。

 その上、Aランクにも値するような魔物の死体でさえ見られる。

 歩いていると使い古されたであろう武器を持ったハンター達とすれ違う。

 その体には生傷が多く見られ、表情も暗いものだった。

 俺はそんなハンター達が出てくるギルドに目をやる。

 外観はほとんど損傷もなく、今まで見てきたギルドとも特に違いはない。

 だが、ギルドの扉を開けて中に入るとその中は異様な雰囲気が立ち込めていた。


 ほとんどのギルドが酒場を兼ねており、仕事後のハンターや仲間を待つハンター達が騒いでいるところだった。

 だが、ここのギルドはまるでお通夜。

 激しい戦闘で、気力が落ちているのか?

 一瞬、人がいないのかと思うほど静かで、俺が入るとともに、周りからの視線が一斉に集まった。

 ギルドにいるハンターの数もそう多くないな。

 静寂の中、俺はBランクの依頼書が並べられた長机の前まで歩く。


「なっ‥‥」


 本来ならBランク以上の依頼は絶対数がごく僅かで無いことさえあるほどだ。

 それとは反して目の前のスペースにはぎっしりと依頼書が並べてあった。

 AランクとSランクも同様。

 そうか。

 これは全部、襲撃の時の生き残りの魔物の討伐依頼か。

 だが、それにしても多すぎる。

 ざっと見ただけでもBランクだけで十前後。

 果たしてこれを達成できるだけの腕を持ったハンターがこの場に何人いるか。

 ましてやSランクなんか‥‥


「おい、あんた。旅のハンターか?」


 近くに座っていた髭面の親父が話しかけてくる。

 四人用のテーブルをわざわざ一人で使っており、テーブルの上には酒が入った木製のコップが四つ並んでいた。

 仲間がいるのか?

 辺りに目を走らせるが、それらしき人物はギルド内にはいない。

 ‥‥死んだのか?


「そう言うお前は地のハンターだろ?」


 旅のハンターと地のハンター。

 拠点を持たずに旅を続けるハンターを旅のハンターと呼ぶのに対して、決まった地域に滞在して確実に依頼をこなすハンターを地のハンターと呼ぶ。

 同じギルドの地のハンター同士はほとんどが顔見知りなので、よそ者の旅のハンターおれがわかるのも必然だ。


「あぁ、そうだ。それにしてもあんた、随分と難儀な時に来ちまったな」


「魔物襲撃のことか?」


「そうだ。今回の戦いで戦える奴の半分近くが死んだ。まともに動ける奴はほとんどいねえ」


 確かに、転がっている死体の数は異常なほどだった。


「その上、辺りには倒しきれなかった魔物がわんさかいる。それもBランク以上の化け物ばっかだ」


「討伐隊は組まれないのか?」


 街に危険が及ぶと判断された魔物やその群れには選りすぐりの兵士達で組まれた討伐隊が派遣されるのが常例。


「はっ、討伐隊? どこにそんな兵士がいるってんだ。切り札の魔導兵達でさえも半分以上死んでるんだぜ」


 つまり、今、この街の防衛力は無に等しい。

 生き残りの魔物がまた襲ってきたら‥‥


「下手に街から出たら魔物に襲われるわ、勇者には見捨てられるわ、どうしろってんだ」


 怒りを露わにした髭面はコップの酒を一気飲みする。


「勇者に‥‥見捨てられる? どういうことだ?」


 あいつは勇者としての仕事は全てこなしているはず。


「なんだ、知らねえのか? 西のベルーガが魔人の軍団と戦争を始めやがってその援軍として向かったんだと。あーあ。賢者がおっ死んじまうからこんなことになってんだよ、ったく。何もしないで死んじまうとかどうかしてるぜ」


 俺は心臓の鼓動が高鳴るのを感じた。

 右手が自然と心臓へと伸びる。

 今回の戦いで死んだ人、それは賢者おれが名乗り出ていれば助けられるであろう人。

 俺のわがままで死んでいった人。

 後悔の念を押し殺そうとしてか、自然と歯をくいしばっていた。




 やるべきことはわかっているんだ。


 でも、踏ん切りがつかない。


 きっかけがない。


 だから俺は、また安全な所からだけ手を伸ばす。




「ん、どうかしたか?」


 黙り込んだ俺を不審に思ったのか髭面が顔を覗き込んでくる。

 間違いなのは初めからわかってるんだ。

 でも‥‥


「賢者もきっと、何かを成したんだ」


 ──それが目の前の人だけしか救えないとしても、俺は戦おう──


 俺はBランクの依頼書が並んであるテーブルの前まで行くと、そこに並んでいた依頼書を一式掴み取り、カウンターに静かに置く。


「この依頼、全て俺が引き受ける」



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