シルフィード
目の前にいる山賊のリーダーは布の服の上からでさえわかるほどの筋肉質。
そして手に持つ武器はハルバード、槍と斧を融合させた様な武器だ。
多様な攻撃手段があり、一撃に威力もある。
他の武器比べ使いこなすのが難しいが、使いこなした者は圧倒的なリーチとパワーを得ることができる。
向かってくる俺にハルバードの先端を突きつけながら持っている。
先手はもらう。
クインテットの刀身が黄色く染まる。
俺があと五メートルと迫った所で相手がハルバードを使い、素早く突く動作をする。
「ガハッ」
直後、腹に強烈な痛みが走った。
ふらついて後ろに倒れそうになるがどうにか踏み堪えて、リーダーを睨む。
今の攻撃‥‥あいつがやったな。
さっきの動作からして、あのハルバード、魔武器か。
山賊が超高額である魔武器を持っていることは想定外だったが、すぐに思考を切り替えてその能力を考え始める。
「なんだ、随分と暴れてたがまだ若造じゃねぇか。その光る剣、てめぇも魔武器を持ってんのかよ」
命懸けの戦いだと言うのに相手は余裕気に話しかけてくる。
隙だらけで話しているように見えるが、実際には全く隙がない。
さすがはこの山賊の元締めだ。
腹をさすりダメージを確認する。
さっきの攻撃はそこまで強い攻撃じゃなかった。
腹はもう大丈夫だが、あれを何度も喰らってたらさすがにきつそうだ。
「おいおい無視かよ? もしかしてビビってんのか。まぁ、俺の部下に手を出したんだ。黙って死ね」
再び突きの動作。
俺が横に動き何かを躱すと、肩に僅かな風を感じる。
「チィ」
悪態を吐きながら、かなり重いはずのハルバードを軽々と扱い、何度も突きを放つ。
俺はその際に飛んでくる何に当たらないよう矛先の直線上から体を逸らし続ける。
やはり、攻撃を躱した際に僅かな風を感じた。
おそらく、風属性の魔武器、それも射出系だろう。
魔武器は魔法が使えない者にも扱えるがその分効果は限定的。
あのハルバードに空気の塊を飛ばす以外のことはできないはず。
なら、近づいて近接戦に持ち込む。
「縛雷」
左手から放たれた雷が動きを止める。
その隙に一気に距離を詰め‥‥きれず、痺れが回復したのか、ハルバードで斬りかかってくる。
「っ!!」
慌てて両手持ちにしたクインテットで受けるが、その威力は想定より遥かに高く、体ごと後ろに飛ばされてしまう。
一瞬で態勢を立て直しクインテットを構えるが、クインテットがハルバードと触れた際に電気が流れ、一瞬だけ動きが止まっている。
くっそ、麻痺からの回復がかなり早い。
あいつ、魔力がかなり高いな。
魔力が多い人ほど魔法に対する耐性が強く、魔法が効きにくくなる。
魔法が使えない、と言ってもそれは魔力がないわけではなく実際には魔力が無属性なだけだ。
「なるほどな。雷を宿す剣か。おもしれじゃねえか」
しかも無属性は他に比べて魔力量が圧倒的に多い。
魔力切れを狙うのは無理だ。
「あんたのハルバードも相当厄介だがな」
中距離が主体の槍と斧に遠距離の風弾、近づかせずに勝つのに十分なコンボだ。
これを崩すには、魔法を使うしかない。
左手を前に出し無詠唱の縛雷を放つ。
が、完全に見切られており横に跳んで避けられ、そのままハルバードを振ってくる。
今度は‥‥斬撃?
クインテットを使い正面に向かって全力で素振りをする。
右手に重さを感じるも、風の刃を打ち破りどうにか振り切った。
「いいねぇ〜、これを受けた奴は久しぶりだ」
斧の方の斬りつけも飛ばせるのか。
それでさっき衝突した時もやたらと力が強かったのかよ。
だが、種がわかっていようとも対策のしようがない。
強いて言うなら近接戦に持ち込む、くらいか。
策を練っていると、僅かな溜めの後ハルバードが横に振られた。
足を狙っていたのかやや低めだったので上に跳んで回避すると、俺が空中にいる状態で風弾を放ってくる。
「くっ」
クインテットの刀身で受けるが、その衝撃は全て体にくる。
身体中に走る痛みを堪え、距離を詰めようとすると逆にあっちから飛びかかってきた。
ただでさえ重いハルバードを上から振り下ろしたら、その威力は甚大。
とても受けきれそうにないのでやむを終えず、バッスクテップで距離を置く。
鈍い風切り音が響き、ハルバードの斧の部分から風の刃が放たれるが、クインテットを盾にして防ぐ。
「おらぁ、まだまだいくぜ!!」
先ほどとは打って変わって風の刃を連続で放ってくる。
風の刃は突きから放たれる風弾と違い攻撃範囲が広い。
一つ一つ躱すのは不可能。
クインテットを体の前に構え、歯を食いしばる。
ガンッ、カンッ、キン
強い衝撃が体を襲う。
五回目の衝撃を堪えると、ハルバードを振る手が止まった。
さすがにあの重さの武器を振り続けるのは無理ってことか。
何にせよ、こっちとしてもあれを受け続けるのは無理だ。
「てめぇ、何者だ? 国の犬には見えねぇが、あっちにいるのは貴族だろ?」
こいつ、ラノンが貴族とわかった上で襲ってきたのか。
「ただのハンターだ。あんたこそ、そんだけの実力があれば山賊になんてなる必要ないだろ?」
あの強さならどこに行っても軍の隊長クラスにはなれる。
「はっ、なんだ。腐りきった貴族や国の言うことなんざ聞いてられるか。俺は自由が好きなんだよ」
「‥‥同感だ」
そう言うとニヤッと笑ってから再び風の刃を飛ばしてくる。
だが今度は頭を下げて風の刃を躱しながら石を拾うと、次の一撃放とうとしている隙に、顔めがけて投石した。
昔、投石の修行をしたこともあり、手の平サイズの石は猛スピードで相手の顔に迫る。
「なっ!?」
相手は慌てて体を横に倒し、石を回避したがその際にハルバードを動かす手が止まり、俺はその隙に石を一個拾ってから距離を詰める。
「くっ‥‥」
ハルバードを構え直し、攻撃しようとしているところに再度、石を投げる。
今度は特に焦る様子をなく、ハルバードの柄の部分で弾くと風の刃を飛ばしてきた。
だがすでに二人の距離は三メートルを切っており、俺は大きく跳び上がり刃を躱すと、その体目掛けて上からクインテットを振り下ろす。
俺のクインテットの刃とハルバードの柄がぶつかり合い、かん高い金属音を鳴らす。
体が痺れたのかハルバードを持つ力が弱まり、その隙に腹に蹴りをお見舞いする。
「グハッ」
口から空気をを吐き出し二、三歩後退する。
ここで逃すわけにはいかない。
俺は一歩踏み出し、ハルバードの間合いに入った。
あっちも危機感を感じたのだろう。
死にものぐるいで一撃を放ってくる。
斧の部分を使った薙ぎ払い。
俺はクインテットでハルバードの刃を受ける際に、やや角度をつけることでクインテットの上を滑らせた。
ハルバードを振り切り、完全にガラ空きになった相手の胸に片手で掌底を打ち込む。
「ゲフッ」
心臓を狙った一撃は下手な打撃よりも数段強く、ハルバードを手から落とし、その場にうなだれる。
俺はその首に手刀を入れて、その意識を奪う。
「はぁ〜、さすがにしんどかった」
魔武器を持っていたこともあって、かなり苦戦したな。
正直言って、他の属性を使うことまで考えてたし。
まぁ、なんとかなったからいいか。
黄色く光っていたクインテットの刀身が徐々に透明に戻っていく。
溜めていた魔力がなくなったのか。
クインテットは数少ない魔力を内包できる魔武器で、一度魔力を込めればしばらくの間使うことができる。
「ようやく終わりましたか」
後ろからアドネスの声が聞こえて振り向くと、全身が返り血で真っ赤になったアドネスがいた。
そんな残酷さを感じさせる身なりだったが、顔だけはいつもの笑みを浮かべている。
「‥‥全員、殺したのか?」
生かしておいても良いことなんて一つもない。
それならば、アドネスは迷いなく殺すだろう。
そういう奴だ。
と言うより、それがこの世界では当たり前らしいが。
「えぇ、レンが生かしておいのも全部殺しました。あれって意図的に殺さなかったんですよね。もしかして、レンは人を殺したことないんですか?」
ハンターや騎士は山賊の討伐や殺人鬼の始末などで手を汚している者が多い。
人を殺したことがない人の方が少数派だろう。
「‥‥あぁ、ない」
「それなら今、経験したらどうですか? ちょうど目の前に転がってるじゃないですか」
アドネスはそう言って山賊のリーダーを見る。
「俺に、殺れってか?」
「強制はしませんよ。ただ、そこまで嫌がる理由がわかりません。彼は山賊です。遅かれ早かれ処刑される身、今レンが殺してもいいじゃないですか」
「っ──!!」
咄嗟に言い返そうとした。
でも、言葉が出てこない。
人はなぜ人を殺してはいけないのか。
単純ながら誰も答えることが疑問だ。
「人を殺したら、何かが変わるような気がするんだよ。だから、俺は人を殺さない」
俺はこの世界にきてから、もう三年も経った。
その間に色々なことを経験した。
新たな生活、見知らぬ食べ物、かけ離れた文化。
やがて、俺の中から日本と言う存在が薄れていった。
生活にも慣れ、食べ物にも慣れ、戦いにすら慣れた。
俺の中に唯一残っている元の世界のもの、それが殺人に対する罪悪感だ。
小さい頃から当たり前のように殺人は悪だと思っていた。
でも、この世界にきてそれが本当に悪なのかわからない。
それでも、人を殺すだろうことに対する罪悪感は今も残っている。
俺は、それを大切にしていきたいんだろう。
近くに落ちていたクインテットの鞘を拾い、刀を納める。
するとアドネスは転がっていたハルバードを掴み、俺に差し出してきた。
「討伐した山賊の所持品はその人の物になります。これを持ってラノン達の下に戻ってて下さい。僕は、ここに残って、掃除をします」
目の前に出されたハルバードを受け取る。
手にはズッシリとした重さが感じられた。
黒く塗られた金属の柄に、対照的に付けられた二枚の刃。
斧の様なその銀の刃は鈍い光を放っていた。
矛先は尖っており、人を優に貫けるほどの鋭さがある。
「そうか、じゃあな」
アドネスには悪いが俺に死体の処理は無理だ。
ハルバードを肩に背負うと、死体が転がっている山道を下り始めた。
山を下ってからしばらく歩くと、遠くから名前を呼ばれる。
どうやらラノン達は近くの岩陰に隠れていたらしい。
近くに山賊がいないことを確認したのか、岩陰から全員が出てきた。
「レンさん、怪我はないですか?」
相変わらず不安気なラノン。
外傷はないからパッと見では無傷に見えるだろう。
実際には体内にダメージが溜まっているが、無駄に心配させる必要もないか。
「俺もアドネスも怪我はない。ここで少し待ってたらアドネスが来るはずだ」
「アドネスはやっぱり全員殺したの?」
「‥‥あぁ」
リアの言い方からして、前にもこういったことがあったのだろう。
そんなことを考えているとなぜかグレイスが俺の前に立つ。
「てめぇ、それ‥‥シルフィードか?」
シル、フィード‥‥?
もしかしてこのハルバードのことか?
今、俺が持っているもので思い当たるのはこれしかない。
「これのことか?」
そう言って肩に乗せていたハルバードをグレイスに渡す。
強力な魔武器や特殊な魔武器ならばその名が知られていることはよくある。
これもそういった類の魔武器なのか?
グレイスはハルバードを受け取ると真剣な眼差しでその全体を見ている。
しばらく見た後、ハルバードを俺に返す。
「いくらだ?」
いきなりグレイスがそう呟く。
「はっ?」
思わず間の抜けた声が出る。
「そいつをいくらで売るのかって、訊いてんだよ」
ここまで言われてようやく理解する。
こいつはこの魔武器を俺から直接、買おうとしているのか。
正直言って、ここからデジャラまでこれを持って行くのも面倒だな。
俺はシルフィードをグレイスに投げ渡す。
「金はいらねぇや。もともと俺の物じゃねえしな。ただ、これは貸しだと思っとっけよ」
グレイスは信じられないといった顔でこちらを見てきた。
だか俺としては他人の物を奪って、それを売り払うのはさすがに気が引ける。
なんて言うか、強盗みたいであまりやりたくない。
それなら、グレイスにあげたほうがよっぽどマシだ。
「本当に‥‥いいのか?」
魔武器の相場は金貨数枚単位だ。
おいそれと他人にあげられるようなものじゃない。
「いいから、黙って貰っとけよ」
「レン、かっこいい〜。私にもなんかちょうだいよ」
「なんでそうなるんだよ」
これはただの気まぐれだ。
もうこんなことはない。
「レンさん本当にいいのですか? お金なら私からも出しますけど」
自分の部下のために惜しみなく金を使えるところがラノンの凄いところだ。
「いや、いらねえよ。それにグレイスが使うならシルフィードもちょっとは嬉しいだろうよ」
そうこう話しているとアドネスが戻って来る。
俺たちはすぐに支度を整え、デジャラに向かって出発した。




