襲撃
全身が黒く、頭に二本のツノがある人型。
真っ黒なズボン以外は何も身につけておらず、その皮膚は遠くからでも硬さが伺えた。
あれは前にも見たことがある。
魔王が生み出しているとされる魔王サイドの主戦力、闇の眷属・魔人。
魔人は生身の人間に闇の魔力を流し込むことによって作られているらしい。
魔人になった後は、魔王の部下として従順に命令をこなす。
「何が、あったのですか?」
ラノンが痛そうに体を起こすと、悠々と立つ魔人が視界に入る。
「‥‥魔人」
ラノンは魔人を見た途端、体を震わせ始める。
今、目の前に立っている最弱の三位級魔人ですら、Sランクのハンターと互角以上の実力を持つ。
そんな魔人は人々にとって恐怖の象徴である。
「ラノン、落ち着いて聞いてくれ。俺があいつを止めるから、ラノンは走って宿屋まで逃げてくれ」
さっきの一撃、どうにもラノンを狙ったように見えた。
だとすると、あの三人の下にいた方が安全だろう。
「でも‥‥それだと、レンさんが‥‥」
不安そうなラノンの声。
こんな時でも他人の心配かよ。
「いいから行ってくれ。あのくらい、どうにでもなる」
まぁ‥‥手段を選ばなければ、だけどな。
ラノンはまだ納得していない様子。
こちらの様子を伺っていた魔人が動き始める。
まずい、くる!!
「死なないで‥‥くださいね?」
ラノンはそれだけ言うと、そっと離れていった。
肩の荷が下りた俺はクインテットを鞘から抜くと魔人に向かって走り出す。
魔人も同じくこちらに向かって来ている。
だが、狙いは後ろにいるラノンだろう。
「縛雷!!」
クインテットを持っていない左手から雷を放ち、魔人の動き止めようとする。
いきなり魔法を使ったのが良かったのか、魔人はとっさに反応できず、雷を喰らいその場で硬直した。
「むっ‥‥」
縛雷は初級魔法だ、魔人相手では一瞬の隙しか生まれないだろう。
だが、その一瞬で十分だ。
俺は両手で持ったクインテットで、おもいっきり魔人の腹を切りつける。
が、想像以上に皮膚が硬く刃が通らず、そのまま魔人を吹き飛ばした。
「硬えな。クインテットでも切れないか」
手に痺れるような痛みが走るが、そんなことを気にしている余裕はなく、柄を握り直して刀を構える。
飛ばされた魔人は近くの店の壁に叩きつけられていた。
さっき魔法を使ったからか、近くにいる人も魔人がいることに気がつき始めて辺りがざわめき始める。
そして、魔人がいるとわかった途端、我先にと言わんばかりに逃げ出し始めた。
「貴様、死にたいようだな」
魔人の声はドスがかかっており、ひどく低かった。
魔人はゆっくりと起き上がるとこちらに向かって走ってきた。
魔人の身体能力は人とは桁違いだ。
まともにやっても勝ち目は薄い‥‥
だが、魔法が使えるのはもう周りの人にもばれている。
なら‥‥
クインテットを魔人に向かって山なりに投げると、自由になった両手を魔人に向けながら走り始める。
「双雷撃」
縛雷とは違う攻撃系の中級魔法。
さすがに二度目の魔法なので魔人も目の前に闇の盾を作り出して受け止める。
そうしている間に、魔人の目の前に迫っていた俺は宙を舞うクインテットをキャッチすると、刀に一瞬で雷の魔力を込め、体重を乗せた重い突きを放つ。
魔法のガードに気を取られていた魔人はあっけなく突きを胸にもらい、再び吹き飛ばされる。
「ふぅー」
一見、俺の優勢に見えるがそうではない。
俺がこれだけ攻撃しているにも関わらず魔人がダメージを受けているほとんど様子はない。
雷は効いているが、斬撃と突きは皮膚に完全に防がれている。
だが、時間を稼げば援軍が来ることは間違いない。
周りには面白半分に魔人を見に来ている命知らずが何人かいた。
とてもじゃないが戦力にはなりそうにないな‥‥
「杖を使わない魔法に属性に染まる刀‥‥貴様が噂の魔剣士か」
魔人は立ち上がるとゆっくりとこちらに向かって歩んで来る。
下手に突っ込んでこない分、隙がない。
クインテットを両手で構え、魔人の攻撃に備える。
「どんな噂かは知らないけど、それは人違いだ」
魔人が一気に距離を詰めて来る。
その速さは車くらいはありそうだ。
魔人が俺にぶつかる直前で刀を振るうが、攻撃することが読まれていたのか、振るった刀を右手で掴まれる。
っく‥‥なら!!
刀に込める魔力の量を増やし、電圧を高める。
「効かないな」
不気味な声が聞こえるや否や、魔人は俺の顔面に殴りかかってくる。
俺はそれをぎりぎりのところで首を倒し回避すると、すぐに刀から手を離し、その場から後退した。
顔への攻撃は狙える面積が狭いため躱すのも容易だ。
だが、これで武器がなくなった‥‥
いや、腰袋にナイフが入っているか。
安物のナイフが効く相手には見えないけどな。
「人間にしてはいい反応だ」
魔人は俺から奪い取ったクインテットを俺とは反対方向に投げ捨てる。
その際に右手が真っ黒な闇に覆われていることに気づく。
あれで雷を防いだのか。
だとすると直撃なら普通に喰らうの間違いない‥‥
拳を正面に構えながら、ゆっくりと魔人との距離を離していく。
あの右手は下手に触れない方がいいか。
できたら、だけど‥‥
来る!!!!
そう思った次の瞬間、魔人が飛びかかってくる。
闇の魔力をまとった右手を首めがけて突き出してくるのが見えたので、咄嗟に左手で首をかばう。
そのせいで左手は黒い手に掴まれ、ゴリゴリと嫌な音を立てながら骨が折られる。
「クッ‥‥」
左腕に強烈な痛みを感じる‥‥けど、今なら魔人の腹は無防備。
歯を食いしばり、痛みに堪えると開いた右手を魔人の腹に添える。
「雷掌っ!!」
これは単純に掌底と同時に縛雷を放つ技だ。
ゼロ距離から放たれる雷撃と掌底による内臓破壊でかなりのダメージを相手に与える。
魔人もこれはかなり堪えたようで歯を食いしばって痛みをこらえていた。
今が、チャンス!!
動きの止まっている魔人のあごに容赦なく膝を入れる。
もちろん、それだけでは終わらずまだ無事な右手で顔面を強打した。
だが、あまりダメージはなさそうで見開いた両目を俺に向けてくる。
殴っている俺の手の方が痛んでる‥‥今のところ、有効打は掌底くらいしかないか。
「レン、下がれ!!」
唐突に名前が呼ばれる。
今日の昼に共に名前を呼びあった声‥‥ドレンの声が後ろから聞こえきた。
何をする気かは全くわからないが、大きく後退する。
その直後に猛スピードで魔人に飛んでいく矢、そして、俺の横を通り抜けて魔人に向かって行くフルプレートアーマーの二人。
鉄製であろう矢は魔人の体にぶつかると鈍い音を立てて、弾かれる。
改めて一歩引いたところから見るとあの皮膚、すごいな‥‥
「無事か?」
ドレンが俺の方に手をかけながら、気遣いの言葉をかける。
フルプレートアーマーの二人は懸命に魔人を押さえ込んでいるが、耐えきれない部分も見られ、厳しそうだった。
折れた左腕を右腕で掴むと微弱な電流を流す。
「痺神」
自身の左腕の痛覚を麻痺させ、痛みを一時的に感じなくする。
‥‥どうする?
このまま戦っててもジリ貧だ。
「ドレン、他に援軍の見込みは?」
「一応は来るが、まともに戦える者は期待するな」
Aランク以上の戦力がこの街にそんなに多くいるわけがないか。
だとすると短期決戦で決めた方がいいな。
「ドレン、お前らの切り札はなんだ?」
ハンターのパーティーは緊急時に突破口となるような切り札を持っていることが多い。
本当ならこんな人目のあるところでは使いたくないだろうが、贅沢を言っていられる場合でもない。
「‥‥魔石だ」
ドレンは一度、切り札を隠そうとしたが、今の事態を考慮して考え直したのだろう。
「属性は?」
早口で訊く俺。
悪いが今はちんたら話している暇はない。
少しでも早く、魔人を仕留めたほうがいい。
盾役にはまだ少し余裕がありそうだが、そう長くは持たないだろう。
「火と風、爆発を引き起こす魔石だ」
爆発‥‥それなら火力としては申し分ない。
魔石はその名の通り、魔力が込められている石の総称で基本的には五属性から成り立っている。
使い方は簡単で使用者が石に魔力を込めるだけだ。
「俺が魔人の動きを止める。そう長くは止められないが、その間に仕留めてくれ」
「どうやって止める気だ? あれの動きを止めるとなると‥‥」
魔人を抑えていた男のうち一人が打撃を直撃し、二メートルほど飛ばされる。
もう、限界か‥‥
倒れた男は無理に体を起こそうとするが怪我でもしたのかうまく立てないでいる。
「悪いけど、話してる暇はなさそうだ。タイミングはうまく合わせてくれ」
魔人の横側に回ろうと、ある程度の距離は保ったまま隙を狙う。
気づかれてる‥‥か?
魔人の立ち回りがどことなくこちらを意識しているような気がする。
魔人は盾で必死に防いでいる男を無理矢理吹き飛ばすと、こちらにテニスボール程の黒い球体を飛ばしてきた。
「チィ‥‥」
闇の魔法はほとんどが攻撃魔法。
触れるものを破壊するような魔法ばかりだ。
クインテットがない今、俺は回避するしかできないので転がるようにして球体を躱した。
その俺の回避も見越して魔人はもう一発、魔法を飛ばしてくる。
片膝の状態から避けられる攻撃ではない。
くっ、そ!!
「‥‥絶雷壁!!」
俺の正面へと雷が守るように放たれる。
激しい雷と衝突した球体はあっけなく打ち消された。
中級魔法に含まれる絶雷壁を咄嗟に使ったからか、いつもより多く魔力が減った感覚がある。
効率よく魔力を使えず無駄なロスをしたか‥‥
「よく防ぐな、魔剣士よ」
余裕の魔人に対して俺の息は上がっている。
まずいな‥‥魔法を当てる隙がない。
ここは低級の魔法を数打ってその隙に‥‥
先ほど飛ばされた鎧の男が魔人を背後から切りかかる。
その振りには一切のためらいもなかった。
だが、剣が魔人に衝突すると鈍い音を立てて弾かれる。
「なっ‥‥!!」
自分の剣を見ながら信じられない、と言った顔をしていた。
「鬱陶しいぞ」
魔人は闇のまとった右腕で鎧の上から男を殴りつける。
すると、見事に鎧が砕け散りもろに拳を喰らい、その場に倒れこむ。
合計しても5秒ほどの出来事だろう。
だが、それは俺にとっては十分すぎる時間だった。
「天雷牢」
俺の右手から放たれた雷が、魔人の体を包み込むようにしてその動きを封じる。
上級魔法、天雷牢。
縛雷とは桁違いの雷で対象を覆い尽くし、その様が相手を牢に閉じ込めているようだからこの名前が付いたらしい。
拘束系が得意な雷魔法、その中の上級に当たるこの魔法からは容易に抜け出すことは不可能。
難点としては一度でも魔力の供給を断てば、この魔法は消滅する。
「くっ‥‥上級魔法を詠唱なしで‥‥だと?」
今、俺の手から放たれ続けている雷が魔人の動きを封じている。
「ドレン!!」
常に魔力が消費されるためこの魔法はかなり燃費が悪いため、いつまでも動きを止められるわけではない。
「わかってる」
ドレンは袋からバスケットボールより小さいくらいの赤と緑が一つになった魔石を取り出すと、魔力を込めた。
倒れていた鎧の男達はすでにシーフが回収しており、魔人の近くには誰もいない。
ドレンは赤と緑の光を放っている魔石を魔人の足元に向かって投げると、すぐにその場から離れる。
「これは‥‥」
魔人の抵抗が一層強まるのを感じる。
自力で天雷牢から抜け出す気かよ‥‥
俺と魔人の距離は十メートル程。
この距離なら爆発の威力もそこまで大きくはないだろう。
心の準備を終えた俺は魔人を縛る雷をさらに強める。
「お、のれぇ‥‥」
魔石から放たれる光が次第に強くなっていく。
赤と緑が一体となり、黄色くなった光が辺り全体を照らし出す。
「じゃあな、魔人」
次の瞬間、激しい光が魔人を包み込んだ。
火と風を混ぜ合わせたことによる大爆発。
その余波である爆風に吹き飛ばされている中、俺は‥‥いや、その場に残っていた俺一人だけが、傷だらけになりながらも逃げ去る魔人の姿を見た。




