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悪夢

 長月の重陽の節句も過ぎた頃、高い山の頂にはほんのりとした紅葉が始まり、天はいよいよ高く、野山のすすきもすっかり惚けて、これから深まり行く秋の到来を告げていた。強い日差しの残る日中とは裏腹に、朝晩はめっきり過ごしやすく、むしろ幾分肌寒く感じられるこの頃であった。日もすっかり短くなり、酉の刻前には日入りとなり、夕刻ともなれば、流石の都も通りに人の姿は無く、皆、家に入って秋の夜長を愉しんでいた。

 二条院にある東宮私室前の庭では、晩夏から秋にかけて鳴くきりぎりす(コオロギ)やまつむし、すずむし達の奏でる涼しげな音色が秋の清涼な夜空にりんりんと響いて、漆黒の暗い天にあまた輝き澄み渡る星々に、あたかも静かに染み入っていくかの様であった。


 室内では、白単衣姿の東宮が腕組みをしたまま、庭先の趣深い秋の風情とは全く無縁な形相で、著しく腹を立てていた。

「……いいかげんにしろよ、葵。もうこれで、四日だぞ、四日!」

 東宮が射る様な視線を投げつけると、次の瞬間怒涛の如く、その怒りを捲し立てた。

「一晩目は八岐大蛇。二晩目は猟奇殺人事件。三晩目は百鬼夜行、今度は猛獣襲撃だと?」

 寝巻き姿のまま顔を枕に埋めた葵が、東宮の罵声に備えビクッと肩を竦めると、チッと舌打ちした東宮が抉る様に睨み付け、声を荒げて責め立てた。

「所詮は、お前が勝手に見た夢だろう? そんなくだらん理由で、いちいち俺の所に来るな! 人の睡眠を邪魔するな!」

一方的に糾弾された葵が、枕の隙間からチラッと東宮を垣間見ると、脆弱無比に呟いた。

「……だって、ひとりだと、怖いんだもん」

次いで涙まじりの上目遣いに東宮の顔色を窺うと、唇をへの字に曲げ、切々と訴えた。

「……いいじゃない、ぐすっ。大津は、悪夢とはおよそ縁が無いんだからさ。僕なんか、四晩も続けて見たんだから……。ああ、……もう何かに祟られているとしか思えないよ」

 甘茶色の大きな瞳から滂沱の涙を流しつつ、葵がしくしくと我が身の不幸を嘆くと、四晩連続不愉快極まりない状態で睡眠を妨害された東宮が、匙を投げた様子で呆れ果てた。

「……単に、寝過ぎなんだよ! お前は! 全く」

 これ以上は馬鹿らしくて話にならんと切り捨てると、東宮が衣架に掛けてあった狩衣を勢い良く取るなり、瞬間的に身支度を整えた。

「待ってよ、大津! ……何処かへ行くの?」

 咄嗟に勘を働かせた葵が眉を顰めると、部屋を出ようとした矢先、不意に呼び止められた東宮が不機嫌に舌打ちする。

「――ふん、気分転換に、馬でその辺を駆けて来る」

置き去りにされる事に恐怖を抱いた葵が、慌てて東宮の袖に取り縋った。

「ええ? それなら僕も行く! ……ひとりじゃ怖いもん。でも、外はもう寒いし暗いから……どうせ出るなら、薫の所へ行こうよ、ね?」

「離せ!」

 怒り心頭に発した東宮が、葵を振り払おうと強引に袖を引く。だがすっぽん以上の執着を以て必死にしがみ付く葵に、心底辟易した東宮が、最早全てが面倒とばかりに呆れ果てると、ぶっきらぼうに葵の提案を受け入れた。

「――勝手にしろ!」


 時刻は、疾うに日付を越えていた。冴え冴えとした星が瞬く昏冥の夜空に、冷涼な風が吹き渡り、寥々とした都の路地には、ただひとりの通行人もいなかった。澄んだ冷たい空気に、喨々として響き渡る虫の音が、やけに甲高く感じられる。

左京四条大路近くの綾小路家では、降って湧いたこの迷惑極まりない真夜中の訪問客を、東宮同様単衣姿のまま、苦虫を噛み潰した顔で薫が出迎えていた。

「――それで? ……わざわざ私の屋敷にまで来てくれた、という訳か」

 一連の経緯を聞かされた薫は、何とも不躾で非常識な賓客を前に、開口一番まず厭味で報いると、静閑の中にも明らかな怒りを以て眉を顰め、迎え入れた。

「その通りだ。当然、お前も迷惑被れよ」

 遠駆けで幾分気が晴れたのか、にやりと口角を上げた東宮が、薫の肩をポンと叩いた。続いて葵が、慣れた足取りで軽快に上がり込む。嘆息した薫が諦めた様子で踵を返すと、二人を伴い寝殿中央に続く廊下へと歩き出した。

子の刻を過ぎた深夜にも拘わらず、歩くにつれ廊下の先から賑やかな喧噪が耳に入る。

「……何だ、先客か?」

 東宮が双眸を欹てると、同じく笑声に気付いた葵が、不思議そうな面持ちで前方を見つめた。

「随分と楽しそうだけど……宴会か何か?」

「こんな深夜にか? 珍しいな」

 葵と東宮が、少々驚いた様子で顔を見合わせる。

「――じき、分かるさ」

 先導する薫が肩越しに、いつもの淡々とした口調で答えた。

「眠れないなら、遠慮なく一緒に騒いでいればいい。丁度、酒宴もたけなわといった所だよ。美味い酒に肴が沢山あるから、退屈しのぎにはもってこいだ。……私は済まないが、今日はこれで休ませて貰うよ。少々、頭痛がするのでね」

 主寝殿最奥の部屋の前で立ち止まると、薫が温雅に振り返る。頭痛と聞いて、思わず葵が心配顔になると、薫をじっと見つめた。

「え……薫、大丈夫なの?」

 微笑んだ薫がふっと頷き、二人を促した。

「この部屋だ。……では、私はこれで」

 当初、いつもの様に薫の私室で寛ぐつもりだった東宮は、想定外の宴会参加という事態に多少躊躇はしたものの、酒豪であるだけに、酒を飲むのもまあいいか……とばかり思い直すと薫の提案を受け入れ、部屋の妻戸に手を掛けるなり、するりと開いた。


 瞬間、眼前の光景に唖然とした東宮が絶句するなり、我が身の不運を激しく呪った。

真夜中の宴会は、東宮にとって、およそ想定外の人物達で盛り上がっていた。

眼前の大机には、美酒に加えて山海の珍味が所狭しと並べられ、正面には上気した帝が座し、左右には薫の父である太政大臣友禅と、葵の父である侍医の榊白山が和気藹藹と侍座していた。三人共にすっかり出来上がった様子で、今が酣とばかり、時折哄笑しながら話に花を咲かせていた。

 ……チッ。薫め……わざと通したな。

選りに選って俺が一番苦手とする相手の宴席に通すとは、見上げた度胸ではないか。東宮が舌打ちするなり、薫にまんまとしてやられた事に怫然とする。

そもそもどういう趣旨の宴なのか、事前に確認すべきだったな……。

ぎりっと歯噛みした東宮が甚だ自省すると、事、こうなっては最早どうにもならんとばかり腹を決め、盛大な溜息を吐く。

「父さん? 何故ここに?」

 ポカンと呆気に取られたまま、暫く酒宴の様子を見ていた葵が、思わず父に問い掛ける。 「おや、葵じゃないか?」

 愛息子の声に戸口を振り返った白山は、微酔い機嫌の顔を嬉しそうに紅潮させると、自分の隣席を葵に勧めた。戸惑った様子の葵が佇むと、友禅と話していた帝が葵を見遣り、無礼講だから遠慮無く座るが良いと着席を促し、東宮の存在に気付いて驚き瞠目する。友禅が、すっかり酔いが回った様子で柔和に微笑むと立ち上がり、帝の隣の上座を東宮に勧めた。葵が、促されるまま父の隣に着席すると、東宮がしぶしぶ帝の隣席に着座する。

 やがてひと通りの勧盃が済むと、東宮が父帝に向かい口を開いた。

「――それにしても、驚いたな。こんな夜更けまで大騒ぎして飲み明かすとは……。もともと下戸の親父が飲んでいるのも驚愕だが、真面目を絵に描いた様な友禅まで泥酔とは心外だ! 明日の朝議はどうする気だ? 政治の中枢の自覚はあるのか?」

 帝が、かっかと大笑した。

明日(・・)では無く、今日(・・)だろう?」

 揚げ足を取られた東宮が、不愉快な双眸を向けると舌打ちする。帝がふっと口元を緩めると、杯を一気に飲み干し、珍しくも真摯に答えた。

「この世界は色々と、重圧が多くてな。よくこうして集まって飲むのだ。清涼殿で飲んでも、まるで開放感が無いからな! 密かに集まり、友禅の屋敷で飲む事が一番多いのだ。甘酒だけの下戸とはいえ、本物の酒も少し飲める様になった。もっとも、酒というよりは……求めているのは、その場かもしれんな。気を許した仲間と、公人としては問題必至の本音を、言いたい放題放言しては、互いに内心を暴露し合って楽しむ……。まあ、酒が水替わりという、うつけのお前には、到底理解できん境地であろうがな」

 帝が酒瓶を持つなり、自らの杯に手酌する。不意に父帝の杯を取り上げた東宮が、ひと息に飲み干すと、杯を引っ繰り返して伏せ、帝の前にずいと戻した。顔を上げた帝が抗議しようとした刹那、東宮が父帝を深く見遣ると口角を上げ、口を開いた。

「……本質的に、飲めない筈だ。無理は止せ。だが、……場、か。……分かる気がするな」

吃驚した様子で言葉を吞んだ父帝を見遣り、東宮が父帝の酒瓶を取ると、自らの杯になみなみと注ぎ、言葉を継いだ。

「俺が御所を出て、二条院に居を構えたのも……常時、人払いをしてあるのも……多分、同じ理由だ。俺も薫も酒豪だが、幾ら飲んでも酔った事が無い。いや……酔えないのだろうな、おそらくは」

 東宮が無言になると、杯を呷った。静黙していた帝が酒瓶を取るなり東宮の眼前に突き出し、対酌する。

「ふふ、何を申すかと思えば……。聡明な薫の場合は、深謀遠慮に加え常に警戒を怠らず精進した結果、酔うべき場所が無いのであろうが、お前の場合は、単に底無しの笊と同じ、限界知らずの酒豪というだけじゃ! 薫と同等の理由とは聞いて呆れる。片腹痛いわ!」

 言うが早いか帝が東宮の肩をバンと叩き、大笑した。杯を傾けていた東宮が、酩酊した帝の加減を忘れた一撃に杯を揺らされ噴き出すと、酒を被った片手を払いながら、迷惑千万の顔を向けた。

「下戸の上に、酒癖も悪いな!」

上機嫌で友禅と話し始めた父帝を見遣り、東宮がやれやれと嘆息する。

提子でひと通りお酌をして回っていた葵が、席に戻ると父に話し掛けた。

「ねえ、父さん」

 白山が、酔いの回った赤ら顔で、ゆっくりと葵に顔を向ける。

「なんだい、葵?」

全くの下戸である葵が、上機嫌な白山とは対照的に、憂鬱な面持ちで父に尋ねた。

「薫が頭痛で寝ているみたいだけど……父さん、診察した?」

 葵の言葉に、白山がふと真顔になる。

「薫君が? ……いいや、まだ診ていないよ。……どうかしたのかい?」

 心配性の葵が不安気な顔を向けると、今度は薫の父である友禅に尋ねた。

「……おじ様、薫は、いつから寝込んでいるんです?」

帝と歓談していた友禅が、穏やかな顔で振り向いた。

「そうですね……。昨日、少し気分が優れないとは言っていましたが……。寝込む程のものでは無いと思いますよ」

 酔ったせいか、友禅がいつもより表情豊かに微笑むと、浮かぬ顔の葵に問い掛けた。

「――どうかされましたか? ……何か、気になる事でもおありかな?」

友禅の優しい眼差しに気付いた葵が視線を上げると、自分が感じた憂慮を素直に答えた。

「――いえ、さっき会った時に、ちょっと顔色が良くない様に思えたので……。多分、僕の気のせいだとは思うのですが……」

 頭痛と言っても立って歩ける程度だし……。また僕の杞憂だとは思いながらも、葵は、先程見た薫の様子に、何となく引っ掛かるものを感じていた。

「何も気にすることは無い! あいつは結構、熱を出したりするからな」

憂さ晴らしとばかり、卓上の美酒を独酌して悉く空瓶にしていた東宮が、鬱鬱とした葵を見遣り、あっけらかんと口を挟む。

 手にした酒瓶が全て空になった事に気付き、ふと閉口した東宮が、無礼講を理由に、あろう事か帝に向って空杯を差し出すと、無言のまま顎を決って酒を要求する。あまりの行儀の悪さに、怒り心頭に発した帝が酒瓶を投げ付けると、にやりと笑った東宮がひょいと受け取り、嬉嬉として手酌する。手にした杯を瞬く間に飲み干した東宮が、陽気に口を開くなり、勝手な見解をのたまった。

「心配するだけ無駄だ。……放っておけ。その内治るさ」

「戯け! 自分を基準にして考えるな!」

 東宮の放言に、日頃から阿呆の極みと呆れ果てている帝が、間髪入れず叱責する。酔いに任せて余興とばかり制裁の拳を浴びせると、東宮が愉快至極と難無く応じた。拳の応酬がひと頻り済むと、話題を転じた帝が東宮に尋ねた。

「ところで東宮。肝心な事を聞き逃しておったわい。……そもそもお前は何故、この深夜に遊び歩いておるのだ?」

 事の発端を思い出した東宮が、途端に不愉快極まりない顔になると、迷惑の極致とばかり、一連の経緯を説明する。

「――何? ……成程、悪夢とな?」

 意外な理由に興味をそそられた帝が、葵の顔をちらっと見遣る。東宮が不機嫌な口調のまま、その被害者振りをあからさまに吐露すると、葵がぐうの音も出ず口籠る。

 非日常の怪談話に興味津々の帝が、より詳細を尋ねようと身を乗り出した時だった。

 バンッ! と、勢い良く妻戸が開いた。

 突然の出来事に、その場に居た全員が息を吞むと、開け放たれた扉に注目する。逸早く、飛び込んで来た人物を視認したのは、東宮であった。

「紅蘭?」

 髪を振り乱した紅蘭が、双瞳を大きく瞠り、一瞬立ち止まる。顔面蒼白のまま室内を一望すると、総立ちした人物の中に東宮の姿を認めるや否や、猛然と駆け寄り、大声で叫びながら東宮に突進した。

「わ~ん、大津――っ!」

「……な……何っ?」

あまりに唐突な行動に、瞠目した東宮が微動だにせず凍り付く。人目も構わず東宮に飛び付いた紅蘭が、ぎゅっと硬く目を瞑り、我を忘れて泣き喚いた。

「怖かったのよ――っ! もう、二条院に行っても、あんた、いないんだもの――!」

 紅蘭の勢いは常軌を逸して凄まじく、東宮に巻き付く様に取り縋ると、満身の力を込め、東宮の襟元を引き摑む。女性の細腕とはいえあまりの圧力に、まさかの窒息を懸念した東宮が為す術無く当惑すると、紅蘭の肩を軽く小突いて自覚を促した。

「おい、紅蘭! 何があったか知らんが、まず、この手を離せ。俺の首を絞める気か?」

「………あ、……ごめん!」

 はっと我に返った紅蘭がパッと手を放すと、自らの行動を赤面して謝った。


「……どうだ紅蘭、大分落ち着いたか?」

じっと様子を見守っていた東宮が、頃合いを見計らって口を切る。

「……ええ」

紅蘭が、頷いた。先程までの様相に、只事では無いと感じ取り、大いに心配した様子の葵が、温かいお茶を淹れると紅蘭に歩み寄る。

「まずは、あったかいお茶でも飲みなよ、紅蘭。……大丈夫?」

「……ありがと、葵」

 沈然とした紅蘭の、小刻みに震える手を見て取ると、眉を顰めた東宮が尋ねた。

「何があった? こんな時間に、女人のお前が単衣姿(寝巻き姿)で助けを求めに来るとは、尋常では無いな。しかも、橘邸の侍ではなく俺の所に来るとは、一体……?」

 先程から紅蘭の一挙手一投足を静観していた帝と友禅、白山も、時折肩を震わせ怯えた様子の紅蘭に、何事かと傾注する。

「……」

 平素は心の赴くまま、とりとめなく喋り捲る筈の紅蘭が、蒼然として緘黙する。手元の茶碗を見つめたままひと言も発しない紅蘭に、もしやと思い、東宮が炯眼を欹てた。

「――まあ、ここには帝も居るし、友禅も白山も同席している。……大勢で話しにくい様なら、他の部屋へ移動するか?」

見た目にも憔悴している紅蘭を思い遣ると、葵が体調を気遣った。

「……紅蘭、よかったら、寝具を準備しようか? 横にならなくて、大丈夫?」

 いつもは誰より燦燦とした紅蘭が……どうしたんだろう? 単に具合が悪いという様子ではなさそうだけど……。明らかに、怯えている。

生来心配性の葵が、あれこれ可能性を考えては、居た堪れない顔になる。

東宮の言葉を受け、およそ女性という女性……中でも愛娘の年頃の女人には殊の他甘い帝が、おもむろに口を挟んだ。

「……ならば、朕が退出しても良い。もう、酒も充分飲んだ事だしな」

 帝の御意を受け、葵の父である白山が賛同すると、温顔でじっと紅蘭を見つめた。

「そうですな。この御気色であるならば、葵の申す通り、今はただ、休まれた方が良い。我らもお開きにするとして、今宵はゆっくりされれば良いのではないか、なあ友禅」

 友禅が温容に頷くと、話を総括がてら紅蘭に微笑んだ。

「では別室にて、ただちに御帳の準備をさせるとしましょう。今宵は何も心配せず、このままゆるりと此処に泊っておいでなさい」

 三者三様の厚情を受け、沈黙していた紅蘭が双瞳を潤ませると、深々と平伏した。時折わななく口辺が、先程の動揺をまだ色濃く残している様に見受けられた。

「主上、綾小路様、そして榊様。過分の御厚意を頂きまして、誠に恐縮です。……先程は、愚かにも取り乱し、御寛ぎの所、無躾にも大変な御無礼を致しまして、申し訳ございませんでした」

 帝がひとつ大きく頷いた。

「よいよい、朕達に対する気遣いは無用じゃ。先程、友禅と白山が申した様に、もうゆるりと休むがよい。無理に話さずとも、仔細は聞かぬから、安心するがよい」

 恩容に言い置いた帝が友禅、白山を伴い、上機嫌で部屋を後にした。


 暫くぼんやりと手元を見つめていた紅蘭が、ぼそりと呟いた。

「……夢を見たのよ。……恐ろしい夢を」

「……何?」

心外な言葉に、眉を上げた東宮が怪訝顔になる。酷く驚いた葵が瞳を瞬かせると、焦った口調で問い返した。

「紅蘭! それ、何晩連続で見た? ……ひょっとして、僕と同じ内容?」

 部屋の片隅に視線を落としたまま、漠とした紅蘭が静かに首を振る。

「……悪夢を見たのは、今日だけよ。……内容は、最凶だし最悪だったわ」

 口を顰めた紅蘭を見遣り、淡然とした東宮が炯眼を欹てる。

「……具体的には、どういう夢だ?」

 東宮の言葉に、紅蘭が全身をびくりと強張らせた。俄かに鮮明な恐怖を呼び起こした紅蘭が東宮を見上げると、蒼白の唇が微かに震える。次の瞬間、信じ難い言葉が飛び出した。

「――薫の……――薫が、死ぬ夢――」

「!」

固唾を吞んで見守っていた葵が、不吉を極めた言葉に、絶句するなり立ち尽くす。

「……何?」

さしも剛毅な東宮が耳を疑うと、突如、紅蘭が両手で顔を覆い隠すなり悲涼非絶な叫声を上げ、自暴自棄に喚き散らした。

「妙に……妙に生々しい光景だったのよ……! どうしようっ! もし、薫に何かあったら……! ああ、何て私はひどいの! そんな恐ろしい夢を見るなんて! 魑魅魍魎に魅入られたのかしら! 呪われているのかしら!」

頭を抱え机に突っ伏し、激しく泣き叫ぶ紅蘭を、東宮が冷静に一喝する。

「落ち着け、紅蘭! ただの夢だ! 現実ではない!」

いやああああ……と、著しい錯乱状態に陥り、半狂乱の様相を呈して、悲傷した紅蘭が泣き崩れた。

「取り乱すな、紅蘭! ……大丈夫だ」

安慰の言葉さえ何ひとつ耳に入らぬ紅蘭を見て取ると、東宮が紅蘭の肩をぐいと捕まえ、引き寄せる。心配そうにおろおろ様子を見守る葵に向かい、東宮がはきと口を開いた。

「かなり酷い恐慌症状だな。……葵、しばらく紅蘭に付き添い、様子を見ていろ」

「勿論だよ。……でも、大津は?」

頷いた葵が問い返す。紅蘭を葵にそっと引き渡すと、東宮が答えた。

「……流石に不吉な夢見だったからな。薫の様子を見て来るつもりだ。後は、頼んだぞ」

「分かった。……多分、いつもの頭痛だと思うけど、薫に、よく眠る様に言っておいてね」

了解した葵が言伝を頼むと、東宮が肩越しに片手を挙げ、頷いた。

「ああ。……もし、起きていればな。伝えておく」


 深夜という事もあり、薫の私室がある東の対は、しんと静まり返っていた。水の館とも称賛される綾小路家は、邸宅内を循環する清冽な遣水に、秋の澄み切った白い月影が冷冷と水面に映り、邸宅全体を青白く幽玄に浮かび上がらせていた。稜稜と冴え渡る月は中天にあり、主寝殿正面に見える清涼な池の水面は今や広大な水鏡となって、静寂極まる夜の庭園を夢幻に投影していた。東宮が慣れた足取りで簀子を進むと、奥の間から、ほのかに揺らめき漏れている橙色の灯影が目に入った。

……灯り? ……まだ、起きているのか?

 薫の寝室にある几帳を上げながら、東宮がいつもの調子で声を掛けた。

「薫、起きているのか? ……入るぞ」

 薫は、褥の上で上半身を起こし、読書に耽っていた。

先程まで涼しげに玲玲と鳴いていた虫の音がほんの一時鳴り止むと、聞き慣れた足音がこちらに近付いて来る事に気付いた薫は、意外そうな面持ちで読んでいた本を静かに閉じると、几帳を上げ入室して来た東宮を見上げた。

「大津? ――どうした?」

 東宮は褥の傍らに座ると黙然として、暫くじっと薫を観察した。沈黙したまま、何やら自分を凝視している東宮を不可解に思った薫が、瞬息思い巡らすと口辺を緩め、矢継ぎ早に言葉を継いだ。

「……もう酒宴が終わったのか? それとも……あ、分かった。さてはまた帝に、こてんぱんにやられて逃げて来たんだろう?」

 チクリとした薫の物言いに、沸々と怒りが湧き上がって来た東宮が薫を睨み付ける。

「薫! お前……本当に、具合悪いのか? 全くもって、そう見えないが」

疑り深い東宮の視線に、薫がくっくと笑うと、手にした本を枕元に置いた。

「それは、心外だな。……具合が悪いから、あんなに楽しい筈の酒宴にも出席出来ずに、こうして休んでいるんじゃないか。無念至極だよ」

白々しい薫の言葉に、東宮がふんと鼻で笑った。

「嘘を付け! 具合の悪い奴が、俺に毒舌を吐く余裕など、あるものか」

「これは、性分なんでね」

口角を上げた薫が、愉快そうに微笑する。チッと舌打ちした東宮が、これ以上の問答は無駄とばかり、薫に向き直る。

「――まあいい。……で、本当の所はどうなんだ? 大した事は、無いのか?」

いつもと異なる東宮の態度に、薫がふと怪訝顔になるなり、その慧眼を欹てた。

「……珍しいな。たかが頭痛に、どうしてお前がこだわる? ――何か、あったのか?」

鋭敏な薫に、深入りさせる事は禁物だとばかり、東宮が薫の追及を強制的に寸断する。

「御託はいいから、早く答えろ」

「……見ての通りだ。単なる、よくある頭痛だよ」

幾分腑に落ちない顔を見せつつも、薫が素直に答えた。

「心配はいらない。私は、よく頭痛になるんだ」

東宮が、初めて聞いた顔をして、薫を見つめた。

「……持病か?」

「そんなに大袈裟なものではないが、まあ強いて言うなら、そんな所だ。だから、葵からいつも薬を貰って飲んでいる」

柔和に笑った薫が、枕元に置いてある薬を指差した。……昔年の鈴蘭事件から、葵の処方薬という心理的負担を克服するのが、これまた大変だったんだ、などと薫が苦笑する。共に被害者であった過去の悲惨な体験を思い出し、肝を冷やした東宮が思わず身震いした。

「……いつもは、どれ位で治る?」

「――そうだな。軽くて一日~三日、長くても……ゆっくり体を休めれば、一週間もあれば完治する」

……何か重篤な病という訳では無い……。やはり、悪夢とは何の関係も無さそうだ……。東宮が内心密かに結論付けた。

「大津?」

静黙した東宮を不審に思い、薫がじっと東宮を見つめる。我に返った東宮が、咄嗟に悟られまいと微笑を浮かべた。

「……いや、何でもない。……早く、治せよ」

「何?」

労わりの言葉をさらりと述べた東宮に、気遣われた筈の薫が耳を疑うなり瞠目する。

……およそ昔から、私が寝込むと、やれ煩い目付役が居なくなるからといって、この私にいかに病気や怪我をさせるか企み……挙句の果てには、毒まで盛ったこの悪党が……。早く治せ……だと? 馬鹿な……一体、何を企んでいる……?

薫が怜悧な瞳を峻酷に細めると、疑惑に満ちた眼差しで東宮を見つめる。

「さて、俺も寝るとするかな」

薫の慧眼など気にも留めず、用は済んだとばかりに立ち上がった東宮が淡然と踵を返す。振り向きざま、薫に言い置いた。

「……お前も、本ばかり読んでいないで、早く寝ろよ」

何とも鷹揚な東宮の背中を見送りながら、薫がやれやれといった顔で嘆息する。

「全く……何を考えている……」

刹那、ズキッとした疼痛を感じて、思わず瞳を閉じた薫が、痛む頭に手を添えた。

……またか。……周期的に、痛みが襲ってくる。

脈打つ様な強い疼痛が原因で寝付けない……。

こうして生じた不眠が、ますます頭痛の程度を悪化させていた。

……嘆いても仕方が無い事だと半ば諦めつつ、無理にでも眠る事にして、薫がふっと灯火を吹き消すと、床の中に潜り込んだ。



「大津!」

 主寝殿では、東宮の帰りを今や遅しと待ち侘びていた葵が、東宮の姿を認めるなり待ち兼ねた様子で立ち上がり、いそいそと出迎えた。

「どうだった?」

「持病の頭痛らしいな。……元気そうだったぞ」

東宮が見たままを淡淡と伝えると、葵が幾分安堵する。

「そう……顔色は? 寝てた?」

「心配ない。いつも通りだ。紅蘭の様子が酷かったから、もしやと思ったが……やはり、ただの悪夢だろう」

 東宮が部屋を見渡すと、葵に尋ねた。

「紅蘭は? 落ち着いたか?」

「うん。もう大丈夫だと思う。隣の部屋に寝かせておいたよ」

頷いた葵が、莞然と微笑んだ。

「そうか。これで、ひとまず落着だな」

東宮が頸を回し腕を大きく伸ばすと、心地よく疲れた様子で伸び上がる。

「では、俺も休むとしよう」

「あっ、待って!」

 呼び止められた東宮が肩越しに振り返ると、葵が真剣顔になる。

「僕もまた悪夢を見るのが怖いから、今日は大津と一緒の部屋に寝る!」

 刹那、東宮の顔色が、見る間にげんなりと青くなった。

「……この期に及んで、まだ俺の安眠の邪魔をする気か? ……いくらなんでも、付き添いなんて必要無いだろう? 幼児か、お前は!」

 言うが早いか踵を返した東宮が、葵に構わず去ろうとする。慌てた葵が、本能のまま驚くべき速さで東宮の袖にしがみつくと、必死の形相で懇願した。

「やだっ! ひとりで寝るのは、怖いもん! いいじゃない、部屋の片隅に布団敷くから!」

「鬱陶しいな、お前は! いいかげんにしろ、もう大人だろ!」

 呆れた東宮が、離せとばかりに袖を振り払うと、葵が取り縋った。

「けち!」

「馬鹿! そういう問題か!」

 東宮と葵が喧喧として、取り留めのない茶番を展開する。りんりんとした涼しげな虫の音が時折呆れた様に静息すると、秋の夜長は賑やかに更けていった。



 翌日昼過ぎ――。体調不良の為、今朝の出仕を見送っていた薫の部屋に、葵が訪れた。

「薫、気分はどう?」

 静臥していた薫が葵に気付くと悠然と上半身を起こし、穏やかな瞳を向けた。

「しっかり眠れた?」

 座りこんだ葵が微に入り細に入り、薫の顔をじっと見つめる。

「……ああ。先程、少しね」

 薫の言葉に、眉を顰めた葵が、憂色を浮かべる。

「少し? ……少しって、どれ位?」

「半刻程……かな、おそらくは」

 微笑した薫の顔色は、いつもよりずっと青白い気がした。

「たった、それだけ?」

 葵の不安を察した薫が頷くと、自嘲気味に言葉を返した。

「そうだね。……努力はしているつもりだが、どうもすぐに目が覚めてしまってね……。朝になっても、酷く疲れている気がするんだ。……まあ深く寝ていないから、当然だな」

自分を見つめる葵の瞳が一層しょげ返った事を見て取ると、薫がすんなりと話題を変える。

「それより葵、どうした、その頭は?」

「えっ?」

 薫の指摘に驚いた葵が髪に手を伸ばし、自らの身嗜みを確認した。いつも通りに結い上げた筈の髪は半分崩れ落ち、見るも無残に傾いていた。鏡を見た葵が、思わず苦笑する。「……だって、誰も整えてくれる人がいないんだもん……。やっぱり、変かなあ?」

世話好きの薫がくっくと笑うと、瞳柔らかく葵を見遣る。

「言うなれば、『百舌の巣』だね。……今さっき起きて、慌てて結ったばかりだろう? おいで、私がやり直してあげよう」

薫が鏡台の前に座る様に促すと、葵が嬉嬉として従った。素直に座った葵が、鏡面に映る背後の薫をちらと垣間見る。手早い所作で見事に髪を結い上げる薫の顔色がどうにも気になると、口を開いた。

「ね、薫」

「ん?」

「一昨日は? いや……このところ、どうなの? ちゃんと眠れているの?」

最後の仕上げに綺麗な二藍色の元結をぎゅっと締めて結びながら、薫が答えた。

「一昨日? そうだな……。言われてみれば最近、熟睡した事は無いかもしれない。だが別に、どうという事ではないよ」

薫が柔和に微笑むと、合わせ鏡を葵に持たせた。何とも手綺麗な結い髪に、器用な薫に感心した葵が一瞬喜びを見せ感謝すると、満面に鬱鬱とした懸念を湛え、懸命に提案した。

「薫、睡眠薬を処方しようか?」

生来とはいえ、いささか過度の心配性である葵に、微笑した薫が軽く嘆息する。

「別に、その必要は……」

「でも、何故か今回は……凄く気になるんだ。それに薫も、これ以上は限界の筈だよ!」

 薫が静黙すると双眸を欹てる。自らの言葉通り、取り分け今日は妙に必死である葵を見て取ると、何かと霊妙不可思議な葵を鑑み、薫がやれやれといった顔になる。

「――分かった。では、頼むよ」

 葵は自分でも不思議な程、やけに薫の顔色が気になって仕方なかった。

薫は……いつも頭痛を患う時、それなりに調子悪そうだし、顔色だって今みたいに蒼白なんだけど……でも、何故か今回は無性に気になる。……どうしてなんだろう。

自分でも理由が分からないまま、葵が薫に念を押した。

「本当に、ちゃんと飲む? 誤魔化したりしない?」

 根負けした様子で軽く片手を上げると、薫が素直に頷いた。

「はい、はい。言う通りにするよ。――眠った方がいいのは確かだしね」

 漸くにして葵が心から微笑むと、嬉しそうに席を立った。

「じゃあ、僕はちょっと薬を取って来るね! すぐ戻るから、大人しくしてるんだよ!」

「はい、はい」

 いつもと真逆の遣り取りだけに、思わず苦笑した薫が、穏やかな瞳で葵を見送った。



 葵は、愛馬である白公に跨ると、全速力で四条付近にある自邸兼診療所に戻った。

裏口より駆け込み、診療所内の廊下を通り製薬所に向おうとした所、常状と異なり、診療所全体が酷くざわめいている事に気付いた。首を傾げた葵が事情を尋ねようと目を配ると、廊下で深刻そうに医師仲間と語り合う父、白山の姿が目に留まった。

「父さん!」

 共に話し込んでいた医師のひとりが葵に気付き、顔を向ける。

「これは、葵様」

「おお、葵か」

 幾分焦燥した様子の白山が、振り向きざま葵に答えた。それとなく場の空気を察した葵が、心配顔になる。

「何かあったの? 手術の格好のまま、困惑した顔をして話し込むなんて……。まさか、術中に、何か良くない事でも?」

 話していた医師と視線を交わし黙諾した白山が、葵に向き直った。

「いや……。手術自体は、他の医師に任せて抜けて来たから良いのだが……。実は、術中にとんでもない事態が発覚してな……」

「……とんでもない事態?」

 眉を顰めた葵が、固唾を飲む。

「製薬所の薬草庫から、大量の薬草が盗まれたのだよ」

「えっ?」

 驚天動地の大事件に、葵が蒼惶した。

「どういう事? 生薬と修治された薬は? 患者さん達は皆、大丈夫なの?」

 声を潜めて廊下で立ち話していた白山が、人目を憚りこれ以上はまずいと自覚すると、葵に目配せするなり奥の部屋に移動して人払いを頼み、口を顰めて話を続けた。

「殆どの薬草、生薬、漢方薬が盗まれてしまった。だが幸いにして、典薬寮が持つ分と、紗霧殿の不幸以来、といち様の発案によって都内に設置された紗霧記念薬草園より、緊急分の薬草を調達できたが……。それも必要量に換算して僅か一週間分程度にしかならず、とても足りない状態だ」

 絶句した葵が、著しく顔色を青変させる。白山が額に手を当て苦悶すると、重大な懸念に言及した。

「それよりも更に深刻な事態は……盗まれた薬草の中には、劇薬や毒薬が数多く含まれているという事だ。勿論、鴻臚館の外国使節が持ち込んだ大陸伝来の薬草もあれば、薬用効果があると期待されながら、未解明である薬草も多く含まれていた。これらは、医学の知識のある我らでさえ慎重に扱うべきもので……。万一、誤用や悪用される事があれば、凡そ想定外の事態を招く事は、火を見るより明らかだろう」

 かつて無い非常事態に、葵は今にも気が遠くなりそうであった。顔色はいよいよ青ざめ、あまりの恐ろしさに、冷汗が淋漓と流れ出る。白山が、尚も話を続けた。

「……襲撃された倉庫には、そういった劇薬や毒薬成分を単純に致死量に換算したとして、低く見積もったとしても、都中の人間をざっと四百回近く殺せるだけの毒があったのだ」

 父の説明を受けなくとも……医師である葵には、その恐ろしさが、まさに我が身を切る逼迫した恐怖となって心に深く響いていた。未曾有の凶事に、葵が唇を震わせ戦慄する。

「そ……そんな。薬草はもとより、劇薬類は厳重な管理下におかれていた筈……。二重の監視を付け、言うなれば三重の警戒をしていたのに……。一体、どうして……」

苦渋の色を浮かべた白山が、葵の疑問に低く呻いた。

「――その監視役が……。念を入れ、政府と病院の双方から互いを監視する為に任じられた筈の人間が……。どうやら、共謀して盗んだ様だ」

「!」

 およそ信じ難い白山の言葉に、唖然とした葵が閉口する。白山が唇を噛み締めた。

「――無論、直ちに内裏に注進し、朝廷に軍と、特殊な訓練を受けた部隊の出動を要請したのだが……。実は帝が今朝、中断されていた神宮の祭礼に出席の為、伊勢に行幸された事もあり……朝廷は今、政務を司る殿上人が極端に少ない事態に陥っている。帝の行幸は前回中断された経緯があるから、今回は中止が難しいという事情もあり……。いずれにしても、現在は未だ、帝と連絡が取れていない状態だ。それに本日夕刻には友禅も、帝の後を追い、出立する事になっている」

 白山が、遣る瀬無いもどかしさに拳をぐっと握り締め、わなわなと震わせた。

「後は……あれが、悪用されない事を願うより他ない……。何という事だ……」

 為す術もない難渋に心を痛めた白山を見つめ、葵が精一杯に慮ると、口を開いた。

「父さん、とりあえず睡眠薬を少しだけ貰って、薫の所に行ってくるね。そして、事態を全て説明して、相談してくるよ」

 苦患に満ちた顔のまま、白山が頷いた。

「……そうだな。今回は、帝と友禅が揃って不在になる事だし……。――そうだ、東宮は?  留守中はおそらく東宮が、帝の代理を勤める事になっているのではないか? ならば、東宮にも連絡を――」

 今にも駆け出しそうな姿勢の葵が、ちらと父を振り返ると、慌てた様子で回答した。

「大津に期待してるの? ――ダメ。今朝、寅の刻には起きて、鷹狩りに出かけたから! ……帝や友禅様の予定も特に何も言って無かったし……。多分、いつも通りの常套手段、最悪の責任転嫁で政治の事は薫に丸投げして、自分は無関心無干渉でいるつもりかも」

 黎明からの鷹狩りと聞き、驚愕した白山が耳を疑うと、咄嗟に問い返す。

「何? 未明の丑の刻迄、私やお前と騒いでいたというのにか? ……信じられんな」

 背を向けた葵が寸陰を惜しみ、裏口へと走り出すと、肩越しに言い置いた。

「父さんの想像以上に、大津は超頑丈なの! ……とにかく、薫の所に行って来るね!」

 葵が門前に繋いでいた白公に飛び乗ると、大慌てで薫の屋敷へと引き返した。



「薫!」

逼迫した葵がけたたましい跫音を発し、薫の居室に転がり込む。

「葵?」

 驚いた薫が飛び起きるなり、半身を起こした。

「どうした? ……血相変えて」

 息切れした葵が大きく肩を上下させる。

「薬草が……盗まれた」

「!」

 瞠目した薫が、眉を顰めた。

「――いつ?」

「おそらく夜――……深夜」

「……犯人は?」

 漸く息の整った葵が顔を上げ、口惜しげに薫を見遣る。

「未だ確定した訳ではないけど……。おそらく、見張り役も共謀していた様なんだ」

「――そうか……」

 明敏な薫が瞬時に事態を憂慮すると、何事か言いかけ様として突然の疼痛に苛まれた。両手を額に当てると眉を寄せ、静かに痛みを堪えて双瞳を伏せる。薫の急変に驚いた葵が、とっさに脇に置いてあった薬を飲ませると、薫の肩を慎重に抱え、安臥させた。

「ごめんね、薫。ゆっくり休んで」

……しまった。容体が芳しくない薫に、心理的負担を掛けてしまうなんて……。

酷く心を痛めた葵が内心忸怩とした思いを抱くと、持参した睡眠薬を飲ませ、薫にそっと布団を掛けた。

「――済まない」

 葵を見上げ、ひとこと礼を述べると、薫が痛みに苛まれた様子で目を瞑る。薫の額に優しく手を添え、熱が無い事を確認した葵が、この上無く不安気に薫を見つめた。

 辛そうな様子の薫を見るのは、何とも忍びなかった。

葵が、ふと脇に置いてある処方薬に目を向けると、沈思に耽る。

薫は、もともと本人が薬の処方自体を好まないことから、穏やかな効果が期待できて、一般的にも広く処方されている葛根湯から処方したけれど……。いくら体力のある薫とはいえ、このまま酷い疼痛が続く様なら、より強い鎮痛薬を処方するべきなのだろうか……。

葵は、日頃から何でも甘えて頼れる存在の薫が、時折襲われる激しい頭痛にひとり苦しむ現状に、どうにも遣る瀬無い切なさを覚えていた。生来感受性が強く、また心配性である葵には、親友である薫の苦痛は、自分の事以上に耐え難い辛苦であった。

……何とか楽にしてあげたい。早く治して、いつも通りの元気な薫になって貰いたい。

静臥する薫の傍らで、葵の心は揺れていた。

薫の頭痛は、その回数こそ増大していないものの、年々一回毎の症状が重く強まっている様な気がする。このまま弱い薬の効果が期待できなくなれば、いずれ、より強い鎮痛薬を処方しなければならなくなる時が来るかもしれない。

強い鎮痛薬……。処方すれば、薫の体力ならきっと、劇的に効いて良くなる筈。でもそれは諸刃の剣であり、葵が積極的には処方したくない部類の薬でもあった。それは、一歩間違えば命を奪う毒薬になる成分を多く含むものであり、繊細な取り扱いを必須として、修治や製薬が著しく困難なものであり、鎮痛薬や鎮痙薬の類いには、そういった代物が何とも多かった。劇的な効果を齎す鎮痛薬とは……阿片や大麻といった、太古から処方されている麻薬の種類に他ならなかった。上手に使えば、まさしく神が人に与えた恩恵と思える様な、鎮痛のみの処方に成り得る。だが少しでも分量を誤れば……人格を破壊して、取り返しのつかない依存性を生み出してしまうだろう……。

神の手を思わせる至上の処方が、果たしてこの自分に、いや現状の医学を結集した処で可能なのだろうか……。今までの投薬経験とその効果は、父以前の先祖代々より続く臨床経験の手記もあり、膨大な量の記録があるといったものの……その成功例が、親友である薫の場合にも適切であると言えるのだろうか……。何より最優先であるべき薫の命を、危険に晒す事は断じて出来ない。何とか薫の苦艱を助けたいけれど……命に関わる重篤な病状でないのなら、無謀な試みはやはり極限まで回避した方が有益なのかも知れない……。葵の心は、葛藤していた。

複雑に揺れる心のまま、葵が薫をじっと見つめる。

薫は、どうやら眠りについた様であった。その彫像の様に美しい寝顔に、深く慈愛に満ちた眼差しを注いでいた葵が、ふと思い出した。

……そうか、すっかり忘れていた。そういえば、薫は或る意味……僕以上に、薬草や毒に詳しかったんだっけ。薫は、僕が処方している薬の目的も、その効果も熟知している。……という事は、そんな薫が僕に、強い鎮痛薬の処方を依頼していないという事実は、それがつまり、はっきりとした薫の意思表示という事なのだ。

迷いが吹っ切れ、俄かにすっきりとした葵は、自分の為すべき事を明確に理解した。

……処方薬は、君の希望通り現状維持にするとして、僕はこれから御粥の準備でもして、薫の滋養強壮を図るとしよう。……それから、君の頭痛の原因が少しでも減る様に、まずは大津を捜して、今回の件を相談しに行って来るね。

微笑んだ葵が、瞳優しく薫に語り掛けると、そっと立ち、部屋を後にする。

……それにしても、もう夕方になるというのに、大津は一体、何処で何をしてるのさ!

……鷹狩りにしては、いっこうに返って来ないのがおかしいよ! とばかり、大いに憤慨した葵が呆れ顔で嘆息する。

暫くして薫の枕元に、苦労を重ねた集大成である『謹製御粥』とでもいうべき代物を持参すると、葵が揚揚として準備万端、支度を整える。やがて自ら大いに満足すると、今度は二条院に向け、馬を走らせた。



「いいか、蒼王」

漆黒に艶めく駿馬に跨り、威風堂々とした広い背に、ずいと片腕を伸ばした東宮が炯眼を欹て大鷹を見遣る。均整の取れた東宮の腕には、息を吞むほど見事な大鷹が留まっていた。泰然自若とした大鷹は、正に蒼王と呼ばれるに相応しい偉容の、天空の覇者と見受けられた。

 渺渺たる平原には風が瀏瀏と吹き渡り、傾きかけた太陽が遥かな地平線を炳然として、尚一層際立たせる。悠然として鷹狩りに興じる東宮は、遠目にもはっとする程、威武凛凛として雄壮であった。

前方の藪原を虎視した東宮が、凜として四方を睥睨すると、双眸を転じて蒼王を見遣る。

「あの茂みの中だ。……よく見ろ、外すな」

刹那、東宮が腕を大きく振り上げると放鷹した。

「行け!」

 放たれた蒼王が、ヒュウッと天空高く舞い上がると、大気を切り裂き滑空する。瞬く間に耽耽として隠匿した獲物に迫ると、急降下した。

馬上の東宮が、満足そうに見遣ると口角を上げ、にやりと笑う。黒王の腹を軽く蹴り、鮮やかな手綱捌きで悠然と駆ると、地上に舞い降りた蒼王へと向かった。

「捕らえたか、どれ」

東宮が剽軽に下馬すると、蒼王に歩み寄る。

「よし、戻れ。獲物を見せてみろ」

東宮が指を鳴らして促すと、蒼王が大きく羽撃き、東宮の肩に舞い降りた。

「兎かいたちか? 遠目には、藪が蠢いている様にしか見えなかったからな。何だった?」

 捕らえた獲物を確認しようと藪原に分け入った東宮が、吃驚するなり瞠目する。身を屈めた東宮が草を掻き分けると、あろう事か人ひとりと兎が一羽、倒れていた。一見して人に外傷は見当たらず、状況から察するに、突然の鷹の来襲に驚き、軽い脳震盪でも起こした様であった。……面倒な事になったとばかり、東宮が蒼王をちらと見遣り、睨み付ける。やれやれと嘆息すると、倒れている直垂姿の男性を軽く揺すり、助け起こした。

「怪我は無いか? ――悪かったな。兎を狙った筈が、驚かせてしまったらしい」

 助け起こされた若い男性が、茫茫として起き上がる。東宮がちらと双眸を欹てた。

「鷹狩り中は責任者に命じ、一般人は立ち入らせない様にしているが……。まあ、奴は懲戒する事にして……」

 依然として朦朦とする男性を見遣り、東宮が奇妙な不審を募らせると、心中を悟られぬ様に飄飄として問いただす。

「……関係者か? ここで、何をしていた?」

「……それは……」

 直垂姿の男性が不意に視線を泳がせると、大量の冷や汗を流し始めた。訝しんだ東宮が、眼光鋭く冷静に尋ねる。

「――お前の名前は?」

 突如、直垂姿の男性が、弾かれた様にビクッと震えた。目が急速に虚ろになったかと思うと、無表情のまま緩慢な口調で、東宮の言葉を無機質に復唱した。

「名……名前……名前……名前……は……」

 刹那、突如発生した鈍い音と共に、東宮の眼前に鮮血が迸ると、その場に男性が崩れ落ちた。男性の顔は蒼白で、どうした事か自分の舌を噛み切って死んでいた。

 あまりに衝撃的な展開に、さしも豪胆な東宮が驚きを隠せず顔色を変えると、その場にしばし立ち尽くした。

「――どういう事だ。……いきなり舌を噛んで自殺するとは……。自殺なら他所でやれ!……人前でするな!」

 思わず憤ってはみたものの……流石に気味が悪い……。凄惨な現場を目の当たりにした東宮が心胆を寒からしめると、自殺した男を凝視する。……しかし、いくら何でも名を尋ねた途端に自殺するとは……。どう考えても不自然だし、不気味な事この上無い……。

舌打ちした東宮が背後を振り返ると、一声を発した。

「誰か! 早く来い!」

 急を知らせる東宮の招喚に、蒼王の仕留めた獲物が東宮の手に負えない大物だったのでは……と、勘違いした侍従達が、多くの猟犬を引き連れ一斉に馳せ参じる。

東宮の足下に倒れている直垂姿の男性を見付けるや否や、侍従達が悲鳴に近い絶叫を上げた。辺りが一瞬にして騒然と、蜂の巣をつついた様な騒ぎとなる。

「はうぁ! 東宮様! 一体これは? ……とうとう、健全な競技で殺人を……?」

 侍従のとんでもない疑惑と降って湧いた濡れ衣に、激昂した東宮が一喝する。

「馬鹿! 自殺だ! 早く身元を割り出せ! 俺は一切、関係無い!」

全く……はなから主を疑うとは、どういう連中だ! これで東宮侍従とは甚だ笑わせる。不甲斐無いにも程があるというものだ! 

……常常の主の姿あればこその配下の態度であるとは夢にも思わず、平素の己は手前勝手に棚上げした東宮が、自殺者の検分を始めた侍従達を見遣り、大いに憤慨する。

興奮した猟犬が周りを囲み、執拗に咆哮していた。憮然とした東宮が、いつもは気にならない筈の猟犬さえ、この時ばかりはやけに煩く感じて嘆息した。


 日はとうに傾いて、雲間から照射される橙色の残日が、眩耀として立ち木に当たると、蕭寥とした陰影が闇然と浮かび上がる。……間もなく、幽明を隔てる時刻が訪れる。

「……こうなった以上、まずは都へ戻るとするか」

呟いた東宮が、赫然とした秋陽に映射された広大な平原を遠望する。

今日は日中、何とも天気に恵まれていた。……思わず調子に乗って、不破の関(現在の岐阜県関が原周辺)近くまで遠乗りして来たが……。これから帰れば、流石にどんなに急いでも、帰京は明日になるだろう。当初の予定では後々面倒にならない様、夜闇に紛れて戻るつもりでいたが……。つい、長居してしまったな。東宮が苦笑した。 

当時、皇族は本より貴族と雖も、朝廷の許可無く無断で畿内から出る事は、言語道断の禁忌であった。東宮の如く、近江国どころか美濃国との国境まで鷹狩りと称して放逸に外出するなど、およそ有り得ない御法度であった。

尤も、生来から誰より不羈奔放である東宮にとっては、そんな法律など、まるで意味の無い鎖に過ぎなかった。

……俺ひとりであるならば、いつもの様に、難なく今日中には帰る所だが……。

東宮が口角を上げニヤッと笑うと双眸を側め、ちらと侍従に目を呉れる。後処理に追われている姿を見ながら、流石に今回はそうはいくまい……と自戒した。



 翌朝――。ふと目覚めた薫が、ゆったりと上体を起こすと、ひと通り辺りを見回した。

……昨夜は、随分と長く寝ていた気がする……。

部屋に差し込む薄日から、どうやらあのまま朝まで寝ていた事に気付いた薫が、大きく両腕を伸ばすと脱力し、悠悠と起き上がる。……頭痛も、治まった様であった。

そういえば、父上は昨夕、出立された筈……。

遠路はるばる下向する父を歓送できなかった事は欠礼であり、大層残念でもあったが、仕方ないと思い鎮めると、薫が内裏に出仕するべく身仕度を整える。

 ふと枕元に、異様な存在感を放って鎮座している小さな土鍋が目に留まった。土鍋には一通の手紙が添えられていた。手紙を開くと、たったひと言が懇切丁寧に書かれていた。

「起きたら、食べてね。葵」

 柔らかな微笑を浮かべ、薫が丁重に手紙を折り畳む。次いで温柔なる笑顔とは裏腹に、意味深長な眼差しで暫し土鍋を見つめると、極めて恐る恐る土鍋の蓋を開けてみた。

開けた瞬間、やはり……と辟易した薫が絶句する。土鍋からは、鼻を劈く様な、とんでもない異臭が漂っていた。

およそ昔から……料理の感性が欠落している葵は、思わずその味覚を疑う様な空恐ろしい料理を作っては、周囲に嬉々として振舞った。奇奇怪怪の珍料理に、周囲が七転八倒の思いで悶えると、それがまた奇妙な事に……当の本人は、最高に美味そうに食べて何とも無いのだから、この上なくたちが悪かった。

やはり……本人の人となりも間違いなく新人類である様だから、味覚も人類のものとは異なるのかもしれない。しかしながらそれは、味覚が繊細で、また料理上手な性質である薫にとっては、まさしく耐え難い拷問の様なものであった。

今回も、開いた結果はパンドラの箱だった。……いや、パンドラの箱ならば、最後に残ったのは希望の筈だが……。しまった……このまま匂いを嗅いでいるだけで、何やら気が遠くなりそうだ。薫が慌てて土鍋の蓋を元に戻すと、絶望的に嘆息する。

しかしこの匂い……どこかで……?

静黙した薫が暫し思い起こすと、やがて得心した様子で頷き、柔和に微笑んだ。土鍋を手に取り、炭火で温め直すと、意を決して少し食べる事にした。

この香り……それは、数種類の薬草を煎じた匂いだった。おそらく私の容態を心配して、葵なりに、良かれと思うものを皆煎じて放り込み、煮たのだろう。味と匂いはどうあれ、その温かな気持ちが、何とも嬉しかった。調理に勤しむ葵の姿が、脳裏に鮮明に浮かび上がる。ふっと微笑んだ薫が匙を取ると、土鍋の蓋を開け、覚悟を決めて、ひと口食べた。

「!」

想定外の激しい衝撃に、全神経が悲痛な叫びを上げ鋭敏になる。脳裏まで完全に晴れ上がる程の電気的な刺激が、全身を駆け抜けた。最早、頭痛どころの騒ぎではなかった。

そして薫の嗅覚は、その確かな味覚を決して裏切らなかった。匂いが警告を発した通り、その味は……かつて感じた事の無い程、不気味でまずかった。

葵の気持ちは有り難いが、やはりどうにも……これ以上食べる気にはなれなかった。薬だと割り切ってさえ、数口が限界だった。

だが、どうやら御蔭で、頭痛の方はすっかり吹き飛んだ様であった。……断末魔の刺激に麻痺した味覚と嗅覚を犠牲に、本態性の頭痛が完治した……。何とも荒療治だが、これも一種の衝撃療法とでも言えるのかもしれないな……などと、思わず薫が苦笑する。

薫は、葵という奇跡の存在をこの世に送り出した神仏に、涙まじりに感謝した。


味覚と嗅覚の遮断が一時的なものであった事に、深謝した薫が食事を済ませると身支度を整える。充分な睡眠をとり、頭痛が治まったにも拘らず、何故か振り払えない疲労感が鈍重に伸し掛かる。体中が、だるい気がした。……ここ数日、だらだらと臥せていたせいかもしれない。本日の政務を思い遣り、薫がやれやれと長嘆する。

「どうせ今日も、朝から大津の後始末に追われると思うと、ますます気が滅入る。今度、労災申告でもするかな」

ぼやいた薫が肩を竦めると、いささか気だるげに内裏に向かい、出仕した。


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