1「前哨戦」
以前の1~3をまとめました。
これからは一話一話、なるだけ切りよく終わるようにします。
加筆修正もしましたが、流れは変わっていません。
今後はこういうことがないようにします。
夢をみた。
俺は空を飛んでいる。それだけなら、わりとありがちな夢かもしれない。
しかし自由はなかった。俺の腰には拘束具のようなベルトがまかれていて、自由に動くことはできなかった。
そもそもここは室内のようだ。俺のほかにも人が大勢いた。だが、すぐ左にある窓からのぞいてみると、この部屋は雲の上にあることがわかる。
……空を飛ぶ家、なのだろうか。いや、違う。
これは飛行機というものだ。鳥のように翼が生えていて、ジェットエンジンなるもので動力を得、強引に空を飛ぶ乗り物である。
落ちこぼれではあるものの、風魔法を専攻している俺から言わせてもらえば、想像を絶する滅茶苦茶な物体だ。何でこんなものが夢に出てくるのだろうか。
不思議で、不可解の極みだった。
――というか、なぜ俺はこの仕組みを知っているのだろうか?
機内は人の怒声が飛び交っていた。
そして大きく揺れている。窓の外のエンジンからは、煙が上がっていた。機内の電気は不安定に点滅し、天井から酸素マスクがぶら下がっている。機体が大きな軋み声を上げている。
何が何だかわからないが、人々の反応から察するに、とても絶望的な状況だということがうかがえた。
……そら見たものか。慌てふためく人々を見て、夢の中で俺はせせら笑った。
こんな巨大な鉄の箱を、空に浮かべようとするからこうなる。素直に風魔法を使えばいいのだ。風魔法が使えなければ、使える人に運んでもらうか、いっそ諦めてしまえ。
それが自然の法則で、常識で、当然のことだ。
……さてっと。
俺は腰に巻きついている拘束具を外す。外し方は、なぜか知っていた。
どうせこの飛行機とやらは、すぐに真っ二つだ。俺は落ちこぼれだから、空を飛ぶことはできないけれど、風魔法で着地の衝撃を殺すことくらいはできる。放り出されても、少なくとも俺は生き残れるはずだ。
ほかのやつの安否は、俺の知ったことではない。
自力で何とかならないやつのことは知らん。俺だって他人を助けている余裕はないのだ。風魔法を専攻していなかったのが運の尽きだったと思って、あきらめるんだな。
とはいえ、まあ、並みの風使いなら、二、三人は助けられるだろう。風はメジャーな魔法の一つだ。貴族なら使える人間は多いはず。
そして身なりから察するに、ここにいる人間に農民や平民はいない。みんな上等な衣類をまとっている。なら大丈夫、全員助かるさ。
機体の軋み声が一段と大きくなった。そう思ったときには、あっという間に機体は、ぽっきり真っ二つに折れてしまった。気圧の変化で、人々が空中に投げ出されていく。
俺も同様に、身体を大空に持っていかれる。
体内の魔力を意識して、魔法の準備をしようとする。しようとしたところで、しかしいつものような手ごたえがないことに気付いた。
……まずい、不発か!?
そんな馬鹿な、と思った瞬間には、
俺の意識は途絶えてしまった。
・
――ガタンッ!
教室に大きな音が響いて、思わず俺は顔を上げた。
ほどなくして、居眠りをしていた自分がその音を鳴らしたのだと理解して、教師と目が合う前に顔を下げる。
教室のどこからか、くすくすと笑う声が聞こえてきた。
……風魔法の理論はどうたらこうたらで、魔力の流れをどうこうするとより強力な何かを何とかできるとかなんとかかんとか――。教師は不満気な声で、授業を続けた。
魔法学校の風魔法学科の授業は退屈だ。いや、きっとどんな授業でも退屈に違いない。よくみんな、こんなものを我慢できるな。才能があるやつは羨ましい。
貴族は魔法を習わなくてはいけなかった。
もちろん義務ではない。だが、魔法を習わない貴族は平民と変わらないというのが今の社会の通説だ。だから俺も、たいした素養も、やる気もないのに、こうして授業を受けている。――受けてやっていると言ってもいい。
そんな俺でも、唯一、生まれつき使えたのが、微弱ではあるものの風魔法だった。
俺のように、生まれつき魔法が使えるのは珍しいらしい。周りの連中は、やれ天才だ、やれ神童だと、ずいぶん俺を持ち上げたものだった。
しかし、6歳くらいから魔法学校に通い始めて、16歳の今までの10年で、俺の魔法はちっとも進歩していない。
自分を含めて、ほかに大人3人ほどを飛ばすことができて一人前なのだが、俺はいまだに、自分ひとりすら飛ばすことができなかった。
半人前どころか、二合半人前にすら及ばないのだ。
結局のところ、俺に魔法を使う才能はなかったのである。
だから授業なんてやっても意味がない。どれだけ訓練しても、俺の魔法は生まれた瞬間に、頭打ちだ。
最初のころは寝ている俺を、よく教師は注意してきたが、さすがに今はもう、何も言ってこない。すでに見限ったようだ。俺としても、そちらのほうがありがたかった。
それよりも、目下の問題は、最近よく見るあの奇妙な夢だ。
ついさっきも見た。これで何度目だろうか。
飛行機とかいう、空を飛ぶ棺桶から放り出される夢。もう何度も何度も見ている。そして、いつもきまって同じ終わり方で、いつもきまって起きた後に後悔するのだ。
こんなもの、魔法でどうにかなる高度じゃねえ――と。
上級魔法使いでも無理だ、あんなもの。
風圧はもちろんのこと、まず寒い。なぜか寒い。一瞬で凍ってしまう。
助かるには、炎魔法とかで体を冷やさないようにして、何らかの魔法で突風を遮り、そして風魔法で着地するしかない。二つ以上の魔法が使えなければあれは死ぬ。
二種類も魔法が同時に使えるやつがいたら、そいつは本当に天才だ。夢でよかった。
それか、もしかしたら、あれはその天才を篩い分けるものだったのかもな。天才は生還し、凡才は淘汰される。元天才の俺には随分な皮肉だ。
なんて、そんなことを考えながら、二度寝する気にもなれず、ぼんやりと教師の有難迷惑な言葉を聞き流していたら、授業は終わった。
終わると同時に、教室の中が騒がしくなる。どうやら今のが、本日最後の理論授業だったらしい。
生徒たちは皆、午後の活動に向けて準備をしていた。
その中で一人、活発そうな少女が俺のところにやってきた。
「今日も午前はぐっすりだったね。最近ポカポカ眠いもんねー。あたしもうっかり寝ちゃいそうになったよ!」
「……お前はいつも元気そうだな。ミカ」
「ふっふっふ。実はあたし、昔からいつもクオートから元気を吸い取っているのだー!」
「さいですか」
ミカは幼馴染である。この学校でたぶん、唯一俺が心を開いて話せるのが彼女だ。ちなみに俺の名がクオートだ。
「さあ、早速部室行こうっ! 部室! やらないといけないこと、いっぱいあるんだから!」
「そんなに忙しいのか?」
「そろそろ学園の学年別模擬戦が近いでしょ? だからその打ち合わせとか、作戦会議とか、模擬戦の模擬戦とか」
「……聞いてないぞ、そんな話」
「それはクオートが寝ているからでしょ?」
そりゃそうか。そういえばもうそんな時期だ。
俺はミカと一緒に教室を出て、部室へ向かった。部室とはパーティ一つ一つに与えられた部屋だ。
この学園は、貴族が主に通う魔法学校と、平民などが主に通う騎士学校の二つに分かれている。入学と同時に、同級生のなかで3人以上のチームを作り、年に数回、模擬戦をしてその成績が直接その年の成績となるのだ。
ちなみにパーティメイトの変更は自由だ。
「つってもまあ、俺たち底辺パーティだからなー。模擬戦だって初戦敗退だよ、どうせ」
「まーたそんなこと言って! やってみないとわからないじゃない! やるからには勝ちに行くの! ファイトファイト!!」
「パーティのメンバーから俺を抜いて、代わりに別系統魔法使いか、騎士学校のやつを入れたほうが勝率あがるぞ」
「今の、このメンバーで勝つの!!」
そんな無茶な。
ただでさえ今のメンバーはバランスが悪い。風魔法使いは俺とミカでダブっているし、それに近接担当の騎士学生は、気分で武器をコロコロ変える器用貧乏だ。
武器が定まっていれば援護するこちらとしても作戦を練りやすい。しかし、あいつはひねくれている。ひどいときは弓を使うこともある。
1パーティにつき、戦闘に出られるのは3人まで。3人なら、基本的にどんな組み合わせでもいい。セオリーは魔法学校からの1人と、騎士学校からの2人だろう。
実際、そういう組み合わせが多い。
あえてそのセオリーを破る、型破りなパーティがあるとするなら、よほど癖のある戦闘スタイルなのか、あるいは俺たちのように、余りものの寄せ集めのどちらかだ。
「余りものの寄せ集めでどこまでできるのかね。チャーハンくらいしかできないぞ」
「そういえばパーティ名決めてなかったね。いつもその都度テキトーに決めていたけど。何? チャーハン? それにする?」
「……打ち合わせってったーて、どうせ作戦らしい作戦はないじゃないか。模擬戦はほとんどの相手に負けるし」
「ああ、もうっ。そんな心配はあとで! まずは腹ごしらえから!」
「……腹が減っては戦はできぬってことね」
「何そのフレーズ? 詩?」
「いや、思いついただけだよ」
そういったやり取りをしながら、部室の前まで来た。
校舎の一番端。用がなければだれも立ち寄ることはないだろう。そんな辺鄙なところに、俺たちの部室はある。
学園の主要な施設から一番遠く、一番不便。最悪と言ってもいい位置だ。そして、一番俺たちにお似合いの位置だ。
扉を開けると、室内は当然のように、無人だった。騎士学校のもう一人はいつも来るのが遅い。
「さーって食べ物はーっと」
中に入ったミカは早速、棚を漁った。部室の位置の関係上、売店からも距離があるため、昼食は買い溜めしているのだ。
「うはー、全部腐っている……。うー神様のいじわるー!」
「果物は、まあしゃーないよな。冷蔵庫もないんだし」
「冷蔵庫って……?」
「ん? あれ、なんだろう。何でそんなこと言ったんだ、俺」
自分でも意味不明なことを言ってしまう。最近は得に。
「あーでも、パンは食べられそう! よかったーっ!」
「ポジティブだな」
残っていた固いパンを受け取り、二人で昼食を食べる。
やや貧乏くさい食事だが、仕方ない。悔しかったら上位パーティになれってね。
「でもなんで果物って腐るんだろ? あとついでに、鉄は錆びるんだろ? やっぱり時を司る神様の仕業かな?」
「ん……。いや、神様は関係ないんじゃないか? 腐敗と酸化だろ?」
「ぶー。またよくわからないことを言ってるー」
「んー? おかしいな」
さっきから俺は、何でそんなことを知っているんだ?
飛行機。
冷蔵庫。
それに腐敗と酸化。
どれもちっとも馴染みのない言葉だ。
生まれてこの方、一度も見たことがないし、聞いたこともない。習った覚えもない。なのに、なぜか知っている。まるで、生まれる前から知っていたかのように。
「……変な妄想癖でもついたのかね」
「クオートは寝すぎだよきっと。普段、頭使わないから、無意識に変なこと考えるんだね、たぶん」
「たまに思うんだけど、何気にひどいこと言うな、ミカは」
「お互い様だよ」
「でー。あれだあれ。打ち合わせ? だっけやるの?」
パンの最後の一口を口に放り込んで、話を切り替える。
「あーうん。この後すぐ、模擬戦の模擬戦やるから」
「……え? この後、すぐ?」
「うん。今日決まった」
なんでも、学年別模擬戦の話が出たときに、クラスメイトの誰かが俺を馬鹿にしたらしく、それを聞き捨てならんと思ったらしいミカが首を突っ込んだら、話が盛り上がり、放課後模擬戦をすることになったらしい。
寝ていた俺は全然気が付かなかったな……。
「はー。また1つ恥をさらすことになるのかー」
「だーかーらー!! やってみなきゃわからないでしょーがっ!」
うがーっとミカが雄叫びを上げたとき、ドンッと、ちょうど部室の扉が開いた。そして扉を開けた主は、間延びしたやる気のない声で言う。
「……話は聞かせてもらったー。今日はムチで行くー」
「あー! キリちゃん、おっそーい!」
「……パーティメイツを馬鹿にする輩はゆるさーん。ムチでお仕置きだー」
「セリフだけ聞くと感動的だな。でもサンドイッチ食いながら言うことじゃない」
キリはいつも通り、マイペースであった。
「キリちゃんが話を聞いていたってことは、話が早い! じゃーっ、全員揃ったところで、早速作戦会議行くよー!」
「作戦会議って言っても、キリが適当に暴れて、それをミカが援護して、俺は遊撃と囮、くらいしかできることないぞ」
「はい、よくできました! 作戦会議終了! 早速アリーナに移動するよ!」
「いやいやちょっとまてーい! ほんとにそれだけかよ! 作戦ってのいうは、もっとこう、相手の裏をかいた複雑なものなんじゃないのか?」
「相手の裏とかその前に、そもそも相手の情報がない!」
「……威張って言うことじゃねえよ」
クラスメイトの誰かと喧嘩したってことは、少なくても風魔法使いがいるってことか?
まあそれが分かったところで、やっぱりどうしようもないのかな。
「おっと大事なことを言い忘れていた!」
「あ、やっぱり? さすがに少しは何かあるよな」
「各自、臨機応変に動くように!」
「作戦会議ってなんだっけ?」
「……おー、まっかせろーい」
心底どうでもよさそうな顔をしているが、キリはミカの作戦に満足している様子だ。
・
「てっきり尻尾を巻いて逃げちまったかと思ったぜ。へっへっへ」
アリーナへ移動したら、背の高い魔法使い風の男に声をかけられた。どうやらあれが対戦相手らしい。ほかには巨大な剣を担いだ男が2人いる。
ギャラリーもちらほらといた。この時期に暇人の多いことだ。
「あたしたちは逃げもかくれもしないっての!」
「……ミカさあ、いちいち買わなくていいよ」
両パーティがアリーナにそろったところで、それぞれの定位置――アリーナの中心に移動する。
「実力の違いってのを見せてやるぜぇ。貴族様よぉ」
「模擬戦用に刃引きしてあるとはいえ、モロに当たったら痛ぇぞこれは。ひっひっひ」
大剣を持った筋肉ダルマ二人は、嫌な笑みを浮かべた。
……確かにあんなものが直撃したら、確実に骨が折れそうだな。あーやだやだ。さっさと降参したいね。
しかし、天下のパーティリーダー様ことミカは、なぜか勝つ気満々でいる。
「頼むよキリ……直接あいつらと打ち合うの、お前なんだから」
「……あーたたた。あれ、急に腹痛がーなんてー」
「無駄な仮病はよせ。てか、あれ? お前ムチはどうした?」
事前に、ムチで行くーなんて言っていたような気がするが、今、彼女が手に持っているのはムチではなく槍だった。
「……あんな筋肉鎧にムチは効かねーよーだ」
「いつの間に取り換えていたのか……。取りに行く暇あったか? まさか、全部持ち歩いている……とか? いや、さすがにそんなわけないか」
どこに獲物を仕舞うスペースがあるというのか。いやない。このお子様体型には。
「……企業秘密でー」
キリはそっぽを向いた。
「そこ! ごちゃごちゃしない! さっさと決着つけるよー!」
「ミカは元気いいなぁ」
広々としたアリーナの中心に、両パーティ合わせて6人と、審判役の先生1人が集まる。
アリーナをぽつぽつとギャラリーが囲う。そのほとんどが野次馬のように、俺たちにヤジを飛ばしていた。相手の身内が多いのかもしれない。
「リーダーが降参するか、パーティが戦闘不能になることで決着です。では、これより、両パーティの模擬戦を開始する!」
審判の号令とともに、模擬戦は開始した。
開始した……のか?
「なんか、締まらないなぁ」
「本番は銅鑼とかすごいんだから!」
なんて言っている間に、さっそく筋肉が2人同時に飛びかかってきた。巨体ゆえに動きは遅いが、無視はできない。
前に出たキリが、片方を槍で牽制する。余った方は俺に向かってきた。
「げ……!」
ミカはキリの援護に回っている。これは、俺一人で相手をするしかないようだ。
俺の仕事は囮と遊撃。一応計画通りだ。
しかし相手側は、背の高い魔法使いが1人フリー。こいつは何をしてくるかわからない。それも警戒しつつ、なんとか対応しないと。
とりあえず間合いを詰められないように、相手に向かって、手のひらから突風を放った。
「なんだぁ? そよ風か?」
しかし効いている様子はなかった。
「くそっ。やっぱり火力不足か」
距離があるからだ。懐に入って、ゼロ距離でなら自信はあるのだが、それだと完全に相手の間合いだ。そんな賭け怖すぎし、成功しても相手を吹っ飛ばす程度。失敗したら一瞬で俺がお陀仏だ。
そういうわけで回避に専念することにした。
自分の足元に同じものを撃って、俺が後方に下がる。ただ逃げるばかりでは、決着はつかないことは明白だが、俺が片方を引き付けている間に、ミカとキリがもう片方を倒してくれれば何とかなるかもしれない。それをひたすら待とう。
「はッ! 無様だな! 自分で自分を吹っ飛ばしてやがる! そのうち勝手に自滅するんじゃねーのか!?」
そりゃ確かに痛いけれど、うまく受け身をとればそうでもない。
それを何度か繰り返しているうちに、主力から敵を引き離すことに成功した。
見たところ、筋肉ダルマは遠距離の攻撃手段を持っていないようだ。それなら逃げるのはたやすい。逃げている間に、ついでに魔法使いの動きも探るとしよう。
魔法使いはちょくちょく火の弾を撃って、キリたちの相手をしている方を援護しているようだ。
炎魔法を使っているのか?
クラスメイトって言っていたから、てっきり同じ風魔法使いかと思っていたが。
まあ、特に珍しいことでもない。
自分の魔法に飽きて、別系統に手を出すやつはわりといる。たいてい、そういう人はどっちも中途半端になってしまうものだ。
魔法ではないが、様々な武器に手を出しているキリを見ればよくわかる。
よかった。相手の魔法使いは、それほど強くないぞ。
「くそっ! ちょこまかちょこまか逃げ回って切りがねえ!」
ただ逃げるばかりの俺にしびれを切らしたのか、突然、目の前の大男が大声を上げた。
「おーい! 火ィくれ!! 火!!」
「どうした? タバコでも吸うのか?」
「へへへ……。見てろよネズミ野郎」
そう言うと、男は大剣を空に掲げた。その動作に対応するように、大剣の刃が松明のように激しく燃えだす。
「炎魔法をエンチャントしたのか! この距離で!?」
「俺たちのリーダーは馬鹿じゃねえんだよ! 無意味に専攻外の魔法を習ったりしねえのさ。これが俺たちの必殺連携技! 遠距離エンチャントよ! エンチャントの炎魔法を風魔法で飛ばしているのさ!」
「……べらべらとしゃべって、お前は見た目通りの馬鹿のようだな」
とは言ったものの、相手が言っていることは可能なのか?
同時に異なる魔法を使うなんて、そんな馬鹿な。
「……炎魔法の発動前、言わば種火の状態で切り替えて、それを風魔法で飛ばしているのか……?」
「ぼけっと立ってていいのかよ?」
男は素振りをするように、何もないところで剣を大きく振った。
普通ならかすりもしないはずの斬撃は、炎を纏うことでリーチを伸ばし、俺のところに迫ってくる。
「くそッ! 厄介な!」
とっさに突風で回避する。
しかし受け身を取り損ねて、思いっきり地面に激突してしまった。――が、寝ている暇はない。すぐに立ち上がって、もう一度回避。
俺がいた場所に、炎の斬撃が着弾する。今度は受け身をきちんととって、立て直した。
ちらりと、キリたちが闘っているもう片方の大男を見てみると、彼の剣にも同じエンチャントがかかっていた。ちぇっ、少しは出し惜しみしてくれてもいいだろうに。
リーチは向こうの方が圧倒的に上。威力も一発もらえば、もちろんアウトだ。
こちらが優っているのは、速度と回避だけ。しかも回避は絶対じゃない。運が悪ければ失敗して、ずっこける。
「うわー……。こりゃ勝てねえだろ……」
「絶望するなら逃げるな! さっさと死にやがれ! 無駄に長引かせたかねえんだよ!」
男が剣を振って、飛んでくる斬撃を回避する。
あまり距離を取りすぎると、俺から興味を失うかもしれないから、ほどほどに。これくらいしかできることがない。
「死ねとか言うなよ! ほんとに死んだらどうする!」
「知るか! 二階級特進だ! 模擬戦中の死は事故みたいなもんだからな!」
エンチャントって時間がたてば切れるのか?
くそ、授業はほとんど寝ていたから知識がねえ。
聞いていればよかった。いや、たとえ切れたところで、また魔法をかけなおせば済む話だ。エンチャント切れを期待するのは意味がない。
魔法使いの魔力切れを狙うにしても、確実に俺の方が魔力は少ない。長期戦になれば先にこっちがへばっちまう。
頼む。俺じゃあ手におえない。早く倒してくれ。
そんな願いを込めてキリたちの様子を見るが、向こうも相変わらず進展はなさそうだ。
飛んでくる炎の斬撃を、ミカの風魔法で弾く。
男が大剣を振った隙を、キリは槍でつく。
隙を突いた槍の軌道を、炎魔法使いが火の弾でそらす。
鼬ごっこみたいな駆け引きの連続で、どちらも決定打に欠けている。ただの消耗戦だ。
俺もミカくらいうまく魔法が使えればな……。
俺も試しに突風を、飛んでくる炎の斬撃に放ってみた。
だが敵の炎の斬撃は、そんな俺の貧弱な攻撃をあざ笑うように、風の塊を飲み込んで、こちらに押し寄せ来る。まるで、火に油を注いでいるようにさえ見えた。
「もうあきらめたらどうだ!? ネズミ野郎! 俺にはもう結果が見えているぜ!」
「俺の方こそ、とっくに読めているぜ。俺たちの負けだこりゃ」
一進一退。
キリたちは、前にも後にも進まない状況であるのに対して、こちらはどうか。俺はただ逃げているだけで、ダメージが蓄積していっている。そして相手は無傷。
このままではもう時間の問題だ。
いずれ俺が敗北し、俺を打ち取った大男が向こうに加勢して、キリたちは力で押し切られ全滅する。火を見るよりも明らか。
……やっぱり、俺が穴じゃねえか。
だから言ったんだ。パーティから俺を抜いて、代わりを入れたほうが勝率があがる、と。
結局また俺のせいで、ミカとキリに汚名をかぶせてしまうことになるのか……。
「……はぁ、やるせねえ……」
「じゃあ、おとなしくしていろ!」
「いや痛いのは嫌だし。手加減してくれよ。俺、わざと倒れるからさ」
「甘えたことを抜かすんじゃねえ! くそ貴族野郎! ぶっ殺してやる!」
うわー。「死ね」から「殺す」に変わった怖ええ。
このまま相手を挑発してミスを誘うか?
いやそんなことしても、俺には攻撃手段がない。せいぜい間合いを詰めて相手を吹き飛ばすだけだ。受け身を取られれば何のダメージにもならないし、取られなくても、たいしたダメージじゃない。
ダメだ。本当に俺じゃどうしようもねえ。
……二人とも、後は任せた。
ミカはまだあきらめてないらしい。勝利を確信した目をしている。どこからあんな自信がわいてくるのか、さっぱりわからない。
いつも彼女は、本当に、何であんなに、純粋なのか。うらやましい。
キリは、相変わらずわからないな。いつも俺と同じ、諦めたような表情をしているくせに、攻撃の手を緩める気配はない。ぎこちないようにも見えるけれど、隙を確実に突いている。
技量はともかく、勝ちに行っている戦い方だ。
どちらも実力はある。
それが、俺がいるせいで、彼女たちは分不相応な扱いを受けてしまっている。
「あーくそー……うあー俺ってなんなんだー……」
「なにぶつぶつ言ってやがる! 死にぞこないが」
俺はもうぼろぼろで、泥だらけだ。
どれも相手に付けられた怪我ではない。全部、俺が回避するたびに勝手に付く、自傷だ。
まったく碌に回避すらできないのか、俺は。
いっそ貴族なんかに生まれないで、平民や農民みたいに、魔法と無縁な世界で生きていたかった。
機械仕掛けの時計のように、鍛えれば必ず力がつく、才能なんか関係ない世界に、生まれたかったぜ……。
……ん?
魔法と、無縁な世界?
そういえば前にも、こんなことを思った気がする。
いや、あの時は全く逆だった。
魔法が――魔法がある世界に、生まれたかったと願った。
法則に支配され、自由なんてこれっぽっちもない、未来が運命という名の因果法則に縛られたクソみたいな世界ではない。
科学を超越し、不可能を可能にする魔法がある世界。そんな世界に、俺は、生まれたいと思っていた。
――いつだ?
そうだ。あの飛行機の中にいたときだ。俺はあの墜落しかけた飛行機の中で、自分の死の運命をひたすら呪っていた。
そして、願っていた。そんな夢みたいな世界に、生まれ変われることを――。
「俺は……」
「なんだ、やっと諦めたのか。それともなにか、ビビッてうんこでも漏らしたか? 急に立ち止まりやがって」
そうか、俺は、もしかしたら、本当に、生まれ変わっていたのか……!
「へ、やっと面倒くせえハエ叩きが終わるぜぇ。おら食らいな! 火葬してやるぜ!」
男が今までよりも、さらに大振りになった。
剣というよりは、斧を振るようにスウィングする。俺に対する、積もりに積もった怒りを爆発させん勢いだ。この一撃で、本当に決めるつもりらしい。
だから当然。
今までよりも隙は、格段に大きくなる。
ブゥンッッ――!!!
頭上を炎の斬撃が通り過ぎてゆく。俺は間合いを詰めていた。
今まで逃げる一方だったこの俺は、今だけ、まったく逆のことをした。振られる大剣に向かって逆に加速し、その下を俺はくぐったのだ。
敵の炎の斬撃はあらぬ方向へ飛んでいく。ギャラリーのいたところに向かって飛んでいき、野次馬たちは悲鳴を上げて蜘蛛の子を散らすように逃げた。
そして。
からぶった大剣の勢いのせいで、男はその無防備な背中を、俺に、さらすことになった。
「化学反応って言葉、知らないよな?」
「なにッ!?」
「身を持って味わってみな。これが異世界の法則だ」
俺は男に向かって、風魔法で風を送った。
突風ではない。そんなもの、この男には効かない。
俺が送ったもの――それは酸素だ。
空気中から酸素を集める。そんな前代未聞なことやり始めたのは、この世界でたぶん、俺が初めてだろう。
そもそも酸素という概念すら、この世界にはないのだ。酸化だって、神の仕業と決めつける世界だ。
だから感覚的にやった。
前世の記憶を頼りにして、酸素を集めた。酸素は重い。数パーセントの二酸化炭素と、空気中のほとんどを占める窒素の間だ。だから、そこを狙って、感覚的に集めた。
一か八かの、直観に任せた荒業だったが、結論を言えば成功した。
酸素を送られて、炎魔法のエンチャントがかかっていた男の大剣は、異常なまでに爆発的に燃えた。その意味の分かっていないギャラリーの多くは、一見、攻撃力が跳ね上がったように見える大剣から、男の勝利を確信しただろう。
そして大男も同じように、勝利を確信した。
「へっへっへ、なんだか知らねえが、俺の力が覚醒しちまったようだな」
振り向きざまに、俺に向かって剣を振ろうとする。
だが、それは、とんだ勘違いだ。
「ほんとはお前を火だるまにしてやるつもりだったが、甘かったかな。不純物が多かったみたいだ。でもまあ、どちらにせよ、俺の勝ちだ」
「はあ? 何を言っていやがる」
「お前の剣を見てみろ」
俺に向かって剣が振るわれる。
振り向く動作に合わせた、遠心力が最大限にこもった攻撃だ。直撃すれば、最適打となっただろう。
しかし、もはや炎剣というべき大きく燃え上がった男の剣は、次の瞬間、消滅した。
「なっ!?」
予想外の質量の変化から、男はバランスを崩し、しりもちをつく。
「お前は決着を早くつけたがっていたな。無駄に長引かせたくない――そう言っていた。エンチャントが切れる心配もないのに。なぜか。それはお前、剣が消耗するからだろう?」
「ど、どういうことだ?」
「長く炎を纏っていると、切れ味が悪くなってくるはずだ」
「たしかに……そうだ」
「俺はその手伝いをしたのさ」
燃えるという現象は、すなわち一番ポピュラーな化学反応だ。それは、物質に酸素が結びついている反応を言う。
酸化だ。
俺は、酸素を大量に送ることで、大剣の酸化を促進させた。
つまり男の大剣は、急激に酸化して、錆びて、風化し、粉々に折れた。
「武器を失った騎士学生は、基本的に戦闘不能だ。丸腰だからな。だから、俺の勝ちだ」
俺は、項垂れた男に背を向けて、味方を加勢するために走った。
・
誰にとっても、意外な結果だっただろう。もちろん俺にとっても。
結果から言うと、俺たちは勝利した。
俺は、大剣の男を一人戦闘不能にしたことで、主力の援護に回ることができた。
2対2で拮抗していたところに俺が加わって、形勢逆転。再び奇襲じみたからめ手を出すことはなかったが、俺は抑止力として十分働いた。
リズムを崩された相手の連携はガタガタになって、その隙をキリとミカが容赦なく突き、戦闘終了。
かくして、俺たちの勝利に終わった。
「ほらほらほらほら! やっぱりやればできるじゃない! さすがクオート! いよいよ本気になったわけね!」
場所は再び我々の部室。
上機嫌なミカが、帰り際に買ってきた大量の食べ物をほおばっている。祝勝パーティのつもりらしい。
「これならもしかしたら、魔物狩り遠征の推薦が来るかもしれない!」
「……なんだそれは?」
何やら一人で盛り上がって、話が飛躍しているミカに、俺は尋ねてみた。
「テンション低い! 今日のMVPがそんなんじゃだめでしょーがっ!」
「いや、MVPとかそんな……」
そもそも、今までの俺に問題があったのだ。
結局、俺は今まで、楽をすることばかり考えていた。前世でのことだ。すべてのことを思い出したわけではないが、死に際のことははっきりとわかる。
あの時も、ただ運命を呪うだけで、自分の力で何とかしようと、思いすらしなかった。
何にもできないかもしれない。でも、何かできたかもしれない。
――やってみなければわからない。それは、ミカの口癖でもあった。
もしもミカがいなければ、もしもそのことに気が付かなかったら、俺はこの世界でもまた、同じ人生を送ったのかもしれない。
いや、絶対に送っていただろう。
そしてまた、死ぬときに、同じような後悔をして、何度も何度も二つの世界を行ったり来たりすることになるかもしれない。なにも進展しない。なんて地獄だ、それは。
この世界では頑張ろう。
もう後悔しないように。
「……推薦は厳しーと思うー」
部屋の隅で、寝転がっていたキリが口を開いた。
「だからなんだよ、推薦って」
「……それはー、あー、疲れたー。すぴー」
寝た。話の途中で寝やがった。
「あはは……まあ仕方ないよ。キリちゃんも今日は頑張ったし! あたしたち全員がMVP!!!」
「で、推薦って?」
「魔物狩り遠征! 正式名称は……何だったかな。まあいいや。学年である程度の成績を収めたものは、みんないける遠足みたいなもの!」
「ある程度って、どのくらい?」
「平均くらいかな?」
推薦という割に、結構低いんだな。
「そんなもんあったのか。全然知らなかった」
「だってクオート、入学してから今までずっと平均以下だったから……」
ぐうの音も出ない。
むしろミカの言でもまだ足りないくらいだ。俺はずっと底辺だった。俺が魔法でできることは大抵、魔法を習えば半年で、誰でもできる。
調子に乗って、長距離走で本気のクラウチングスタートをしたようなものだろう。たとえるなら。
しかしまあ、今の武器は魔法だけではない。
異世界の知識がある。
この世界の魔法と、あの世界の科学を組み合わせれば、新しい武器となるはず。
目指せ! 俺のニューライフ!
「でも今回の模擬戦は、成績にカウントされないだろ? 私闘扱いだし」
「だから! もうすぐやる学年別模擬戦で勝ちまくればいいの!」
「……あ、そんな前のほうを見ていたのね」
「いつまでも足元見ていたってしょうがないじゃない! 常に未来を見るのよ!」
「足をすくわれないようにな……」
前ばっかり向いていて、足元の段差に気付かないでつまずいて転ぶなんて、間抜けなことはしないでくれよ。
「というわけで早速。さっきのどうやったのか、あたしにもおしえて!」
「ああーー、あれね」
一瞬だけ迷ったが、素直に教えることにした。いままでは自分勝手が過ぎた。これからはなるべく、他人と協力しようと思う。
「酸素を集めるんだよ……っていってもわからないか。あれ、意外と難しい」
「風魔法だよね? 風で火を飛ばすの?」
「いや、ただの風じゃなくて、空気の、下の方を意識して集めたやつかな」
「え? 下の方?」
……。
むりだ!
人に教えることは、教えることの3倍知っていないとできないというらしい。俺はそれを実感する。どうも確かにそのようだ。
前世でも、別に化学博士というわけでもなかった俺は、人並みの知識しかない。今の状態で、人に教えるのは不可能だ。
そもそも空気を集めるのだって、直感でやったことだ。
どうやって集めたのか自分でもわからない。わからないことは教えられない。教えるのは、もう少し、自分で使いこなせるようになってからにしよう。
「そのうち……きっとわかるよ」
「えー!」
・
結局そのあと、特になにをすることもなく、みんな解散した。
普段はみんなで自主練をするものなのだが、さすがに今日は難しいと判断したのだ。
今日の戦いで、キリは疲れ切って眠ってしまっているし、俺やミカも、魔力を多く消費したためエンプティだ。
寮の部屋に戻った俺は、一人で考える。
俺が今できることは、超基本的な風魔法と、その科学的な応用魔法だ。
酸素を集める。それだけでも、戦術の幅は増える。
今回は受動的な使い方をしたが、能動的な攻撃方法だってあるだろう。例えば、そうだな……、相手の口に酸素を大量に送って、過呼吸にさせるとか?
……地味だな。
・
その翌日から、理論授業をしっかり聞くことにした。しかし、やはりたいした成果はなかった。
独自の新しい理論を編み出すしかないようだ。なかなか骨が折れる作業だが、前世の知識の助けがある分、何とかなるだろう。
そうして、着々と、学年別模擬線の日が近づいてきた。