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夢じゃない世界 2

部屋に入るとすぐに冷蔵庫から冷たい水を出してごくごくと飲んだ。

「すごかったね!」ミノリが言った。「マジびびった」

「そいで僕さ、あの双子の女の人たちのダンスが

すんごい見たかった」

「お母さんもだよ。ごめん、

お母さんが酔っぱらったからいけなかった」


「あの人さ、母さんのこと好きなのかな」

「…」

「水本って人、隣の。母さんのこと好きそうな感じだったね」

「いや。そんなことはないよ」私は首を振りながら言った。

「でも…」

「あの人お兄さんじゃん。

お母さんはおばさんでしょ?

普通のお兄さんはおばさんを好きにはならない」

「でもあの人ちょっと普通っぽくない。

けどイケメンだよね。まあまあのイケメン」


「…お母さんがいないときにあの人が来ても

家に入れたりしたらダメだよ、絶対に。

あの人の家に行ってもダメ、絶対に」

「…うん」


ミノリのなまくらな返事が気になる。

「あんたもしかして!もう隣に入っちゃったの?」

「隣じゃないよ。さっき管理人室があった隣の部屋で

ちょっと見せてもらっただけ」

「何をよ?あそこお母さん挨拶に行ったけど

隣の人より若いお兄さんが出てきたけど?

その人のとこに入ったってこと?」


「あそこは…どうしようかな、言ってもいいのかな。

母さん僕から聞いて気持ち悪い!

とか言って文句言いにいったりしないでよ?」

「何の話?」

「カエルの話」



聞けばその部屋は誰も入居者はいなくて、

管理人がそこでカエルを飼っているらしい。


「じゃあ、私がタオルあげた人誰?」

「たぶん隣の人の知り合いかなにかだよ。

何か知ってる風な感じで話してたもん。

生き物のことを大学で勉強してるから来たって

何かそんな感じで言ってた」

「で?あんたもその部屋に入ったの?」

「うん。僕がしゃべったって言わないでよ。

だって秘密なのかもしれないから」


何で秘密?カエルを飼ってんのが誰にばれたらまずいの?

管理人の綺麗な奥さんか?


「カエルがさ、普通の奴じゃないんだよ。

全体的に黒いんだけどさ、背中に黄色いぶつぶつがあってさ、

しかも!そのぶつぶつがBって英語の字みたいだから、

ビーって名前なんだよ、そのカエル」

気持ち悪…


「それ毒持ってるよ絶対。

ダメだって知らない人のとこついてっちゃ。

あんた、そのカエル触った?触ってない?

絶対に触っちゃダメ!わかった?

相手が隣に住んでる人でも、すごく可愛いお姉さんでも、

どんな人だかちゃんとわかるまで

なれなれしくちゃダメ」



背中にBっていう形に黄色いブツブツができてる

黒いカエルを想像しながら、

同時に私の頭には、水本に言われて見た月が浮かんできた。

とても綺麗だった。本当は見ていたかった。

月なんて誰ともゆっくり眺めた事がない。

星すら誰かとぼんやり見た事もない。


月を思い出していたら

いつか見た空でくるくると渦をまく光のことを思い出した。


…いつか、じゃないな。

私ははっきりとその日のことを覚えている。

その前日は私の誕生日で、前々日は結婚記念日だった。

夫が今年も何も言ってくれなかったら

離婚しようと決めていて、

やっぱり何も言ってくれず、何もしてくれなかったので

離婚を決定した日のことだ。


休日で、外に洗濯ものを干していた私が

「空は青いな。空は青くていいな。私の心はこんなに暗いのに」

と思って真上を見上げたのだ。

そこには満月くらいの大きさの光の渦巻きが

クルキラ、クルキラ、と回っていた。


 

離婚するのだとミノリに言ったら、

「父さん、そんなの忘れてただけだよ。

いつも父さん忘れるじゃん」というので

「いつも忘れるから嫌いなの!」と

ミノリを怒鳴りつけるはめになったのだ。

あんたのお父さんはお母さんの存在すらたぶん、

もう何とも思っていないんだよ。


「お母さんはお父さんにどうして欲しいの?」というミノリに

「もう本当に、ただ抱き締めて欲しいだけなんだって」とは

恥ずかしくて言えなかった。

手を繋いで、抱き締めて、髪に触れて、体を触って欲しかった。

そんな事はさすがに小3の男子には言えない。

いっその事浮気でもしてくれていたら、

もっと早くに、慰謝料もがっぽりもらって

離婚できていたかもしれないのに。



あのうずまき綺麗だったな。

あれは目の錯覚でも、本当にあの時

私の目に映っていた不可思議現象でも、

どっちでも構わない。


あの光があそこに本当にはなかったものだとしても

今あの光は私の頭の中にはっきりとあるのだ。

あの光は私の決定とその先の私の未来を

今でも祝福してくれている。





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