明日 2
…目が覚めると7時を少し過ぎていた。
夕べあんな事されたからって、
それをすぐに夢に見るなんて浅はか過ぎる。
しかも実際にされたチュウよりもっと激しいチュウの夢を見るなんて
それはもちろんそういう欲望があるからだ。
あのまま目を覚まさなかったら
私は水本にされるがままになっていただろう。
外がいつもよりも暗い。
起き出して窓を開けて見ると、雨が降っていた。
結構地面も濡れている。
夕べはあんなに晴れ渡って月が綺麗だったのに…
…え?もしかして夢?
水本に呼び出されてチュウされたのはまさかの夢?
いっしょに見た月も夢?全部夢?どこからが夢?
いやいや夢じゃないのはわかってる。
あの時水本も夢みたいだって言ってたし
私もそう思ったけれど、あれは夢じゃなかった。
私は唇に手を当てる。
そうか…私があんなに愛されているようなチュウをされるなんて
ありえないけど…
私はケイタイを開けて、夕べの水本からの誘いのメールを確認する。
どうしよう。
あんなチュウされてしまった…
と思っていたら握っていたケイタイのバイブが鳴った。
水本からメールだ。心臓が揺れる。
件名はなくてまた『美月ちゃん?』
私は夕べのキスを思い出す。『何?』
『窓開ける音が聞こえたから』
だから?何て返せばいいの?
水本からもう1回来た。
『おはよう』
そうか。おはようか。『おはよう』
『美月ちゃんの寝起きの顔見たい』
『×』
ミノリはすやすやとまだ寝ている。
私は今もミノリにひどく罪悪感を感じている。
『ミノリはまだ寝てるの?』と水本。
『まだ寝てる』ミノリの寝顔を見ながら返信する。
離婚するずっと前の、まだそれほど夫にイライラしてなかった頃
夫の出張があると、夜、おやすみの代わりに
ミノリの寝顔を写メして送っていた事を思い出した。
『そっか。
起こすと可哀想だから行くの我慢する』
何て返事するのがいいかわからずに『ありがとう』と返す。
『オレの方こそ
夕べは出て来てくれてありがとう』
一挙に恥ずかしくなる。何て返す?
困った私は『雨降ってるよ』
すぐに水本の部屋の窓が開く音がした。そしてメールが来る。
『ほんとだ
美月ちゃんももっかい窓開けて
そいで顔見せてよ』
『まだ顔洗ってない』
『その顔が見たい』
ダメだ返信もできないし、窓も開けられない。
少しだけ迷って返信する。
『顔洗うから待ってて』
私は急いで顔を洗い、化粧水も付けずに、
髪を水でぺたぺたと整え窓を開けた。
ベランダとも言えない狭い出っ張りに出ると
隣の部屋から水本も出て来ての
寝起きの優しい顔でにっこりと笑う。
髪がぼっさぼさだ。私もすっぴんだけど。
「おはよう」と水本がささやくような声で言う。
水本が私を見つめたままゆっくりと手を伸ばして来た。
私にも手を伸ばせと言うのか?恥ずかしくてできないんだけど。
「美月ちゃん?」
「…はい」
「確認するけど…夕べの事覚えてるよね?」
「…」
「え?覚えてないの!」
少し大きな声を出した水本に、
「しぃー」と私は唇に人差し指を当ててから言った。
「覚えてる」
「良かった~。何か夕べはやけに素直に出て来てくれたし
寝ぼけてたからかと一瞬思った」
私は小さく首を振った。笑ってみようかとチラッと思ったができない。
雨は小ぶりになって来た。
「さっきの可愛かった」水本がニコニコしながら言う。
「顔洗うから待ってて、てやつ」
私はまた無言で首を振った。
「夕べ美月ちゃんの夢見た。
でもオレはほら、いろいろ結構妄想しながら寝たから
どこからがオレの妄想でどこからが夢なのか…
思い出すとオレ、にやにやしてしまう」
私は私の夢の中に出てきた水本との激しいキスを思い出して
胃が痛くなる。
「あれ?美月ちゃん?もしかしてさ…
…もしかして夕べの事なかった事とかにしようとか…
思ってないよね?」
「思ってないよ」なかった事になんてできない。
水本がにっこりと笑ってくれた。
そしてまたゆっくりと手を伸ばしてくる。
私は伸ばせないんだって。
「美月ちゃん。手をちょうだい。触りたい」
ミノリが起きた気配がした。「母さん?」
「なあに?」と私は部屋の中へ向かって言う。
「こっちだよ。窓のとこ」
手を引っ込めた水本に、
私はたぶん、私が今までに見せた事のない、
自分では一番良いと思う笑顔を向けた。
水本は一瞬驚いた顔をしたがすぐに微笑み返してくれた。
ミノリがやって来たので私はミノリを水本に近い方に立たす。
「おはようミノリ」水本が言う。
「…おはよう。二人で何してんの?」
「おはようって言ってた」水本が言った。
「昨日の話もしてた。そいで空も見てた」
水本がミノリに、見て、と指差した。
「ミノリ、見てみ?あっちの雲の隙間から光が差してる」
雨が見えるか見えないかの小さな粒になってきた。
水本の指す向こうの空は明るい。
だぼん、とした雲を割って
灰色がかったオレンジ色の陽の光が地上へ差している。
私は私の見たうずまきの事を一瞬考えて
でもすぐにミノリと水本を見た。
ミノリが向こうの明るくなっていく空をじっと見ている。
そして水本は、私とミノリを見て優しく笑った。




