夢の世界 2
それはもう夢の世界だった。
まずありきたりの、
棒が花束に代わる、とか、
何もなかったはずのこぶしの中から
ずるずると果てしなく万国旗が出てくる、とか、
そういった古典的な手品からはじまったが…
違ったのだ。
それはもう手品ではなく魔法だった。
どこから魔法に変わったのかわからないくらいに。
高森弟の手が、花びらを、ハンカチを、トランプを、コップを、
触るだけでそれらは宙を舞い、
体中のありとあらゆるポケットから勝手に飛び出し、
もう触れるのを止めても、水が溜まり、
中でパクパクと口を開けながら赤い金魚がぐるぐると泳ぐのだった。
くるくるくるくる、
くるくるくるくる…止めどない。
くるくるくるくる、くるくるくるくる…
色とりどりのいろいろなものが部屋の中を舞う。
高森のポケットからは鳩が8羽、インコが15羽くらい、
スパンコールの利いた黒いジャケットの裏側から
黒や白の子猫が8匹、
そしてシルクハットからは灰色のウサギが5匹出てきて
部屋の中を駆け回り、飛び回った。
ミノリを見ると案の定、ぽかん、と
あっけにとられている。
隅に寄せられた食卓の下も、
私達が腰かけている椅子の脚の間も、
そして私達の足元にも
子猫とウサギが走り回る。
「すごいね」とミノリに声をかけてみたが返事は返って来なかった。
そうだよね、と思う。
だってこれは「すごい」とかじゃない。
これはもう普通の「すごい」を超えている。
手に冷たいものが当てられて、
見ると水本がグラスに入った綺麗なピンク色の飲み物をくれた。
「ありがとう。…私こんな綺麗ですごい手品始めて見た。
もう本当に魔法みたい」
そういうと、水本は初めて会った時のように
にっこり、と笑ってくれた。
「今の言い方すごくいいですね。
もう1回言って下さい」
「…」何のこと?
「魔法みたい、って」
「…」
「まあいいや。それ呑んで」
水本がくれたピンク色の飲み物は少し甘かった。
桃とザクロが合わさったような味がした。
お酒だ。綺麗なピンク色は手品の照明に合わせて薄く光ったり
濃く淀んだりする。
でもとてもおいしい。
動物たちが走り回る合間にも
高森弟の魔法の手はいろいろな道具に入っているものを
入れ替えさせ、尖っているものを柔らかくしたり
真っ直ぐなものをクネクネにしたり
小指の先くらいの球を何メートルもあるロープに変えたり、
そのロープが勝手に蛇のように動き回ったり…
ごくん、とピンクのお酒を飲む。
とてもおいしい。体がふわふわして
私の体も高森弟の手の平から宙に舞ったスカーフみたいだ。
変な角度から手品を見ている気になる。
ポン!と高森弟がどこからか取り出したのかもわからない、
いつの間にか持っていた杖で大きな箱を叩くと、
飛び回り、走り回っていたインコや猫たちが
ぴたり、と動きを止め、
飾り棚や食卓の脇に止まっていたハトも一斉に
その箱めがけて飛び込みはじめた。
大きな箱と言っても高森弟が抱えられるくらいの大きさだ。
その中に全部の動物が、ひょん、ひょん、と
吸い込まれるように入っていく。
ふたが閉められる。
何の音もしない。
まるで何も入っていないかのように。
ごくん、と私はグラスの酒を飲む。
ああ、おいしいし、幸せだな。今夜は良かった。
私はここに来て良かった。
明日からまたいろんな事を頑張れる。
ピンク色のお酒は、私の目からまぶた、額にかけてを
ふわん、とやさしくて明るい光が差しているような
そんな気持ちのいい感覚にさせてくれた。
高森弟が持っていた杖をパッと空中に投げ、
落ちて来たそれを握った時には剣に変わっていた。
銀色に鈍く光っている。
それを何度か振り回してから
ゆっくりと、動物たちの入った箱に剣を刺した。
「うわっ」とミノリが言う。顔をしかめている。
「「ふわあああああああっ!」」とオレンジ姉妹が騒ぎ出した。
「「いやだマズいってーー!刺しちゃダメだって~~
お願い刺さないでぇ~~~~ぎゃああああ~~~~!」」
私はそのオレンジ姉妹の声にビクリ、としたのだが、
「大丈夫」私の膝をぎゅっと掴んできたミノリにささやいた。
「だって手品だから」
手品だから剣で刺しても血まみれになって死んだりはしない。
ごくん。空になったグラスを水本がそっと私の手から抜き取り、
また新しいグラスを渡してくれた。
ありがとう、の代わりにゆっくりとほほ笑むと
水本が何も言わずにじっと見つめるので
気まずくなって私はすぐに手品に目を戻した。




