電話とメール 1
「何話してたの?」ミノリが聞く。
「話してない。すぐ来たでしょ?おやすみって言っただけだよ」
「母さんがかけてよ、父さんに電話」
「嫌だよ!」
何回もコールだけが続くのも嫌だし、
私が「もしもし?」と言った後、
空気のような元夫の抑揚のない、けれど優しい声で
「もしもし」と言われるのも嫌だ。
だって相当寂しくなる。
「ミノリがかけた方がお父さん嬉しいよ」と私は言ってみる。
「大人はそういう風に言って子どもにさせようとするよね?」
ミノリが言うのでデコぴんをしたくなるが我慢する。
「電話したいのはミノリだよね?だからミノリがしてよ電話」
酷い言い方のように自分でも思うが本当の事だ。
私は電話をかけたくはない。
同じ学区内に住む事だって私は本当のところ気がすすまなかった。
元の家は小学校の北側、やまぶき荘は南側で、
夫の職場は家より北の方、私の職場の図書館はやまぶき荘から西側にあるので
私達は有りがたい事にここへ越して来てから1回もすれ違ってさえいない。
「母さんさ、父さんとカオル君とどっちが好き?」
「ぇ…え!」
「どっち?」
「どっちとかそんなん…どっちも…」
「どっちも好きじゃないの?」
「どっちも本当はお母さんの事なんかどうも思ってないよ」
私はネガティブだ。
しょうがない。
いいじゃんどうだって。いいじゃん私なんかどうだって。
本当は誰も私の事なんて何とも思ってない。
私はこれからも誰からも特に何とも思われないまま歳を取っていくのだ。
そこでケイタイが鳴った。Eメール受信。水本だ。たぶん。
「ダメだよ母さん。父さんに電話してからだからね」
ミノリが私のケイタイを取り元夫に電話をかける。
「出ないよ母さん」しばらくコールしていたミノリが言う。
そうか出ないか…。「しょうがないよ。まだ仕事なんじゃないの?」
「母さん、母さんは父さんが
母さんじゃない別な女の人と結婚したらどうするの?」
どうもしないよ。
私が答える前にミノリが続けて聞く。「それでもいいの?」
しょうがないよ。そうなっても。
でもすごく嫌なんだろうな。そうなったら。
そしてそうなったらネガティブな私はきっと「また失敗しろ」と思うのだ。
私の時と同じように失敗しろ、と。
私じゃない誰かと向き合って、心から楽しそうに微笑む元夫を見たりしたら
きっと悔しすぎてお腹の中が真っ黒になってしまうに違いない。
私は私で誰かと幸せになれたらいいわけだけど…と考えた所で
水本の顔が浮かぶ。どんなメールを送ってくれたんだろう。
…でもダメだ。例えばこのまま水本と仲良くなったとして
それでどうなるんだ?あんな年下の男の子。
いや男の人だけど私にとっては男の子だ。
「まあいいや」とケイタイを返して来たミノリはポジティブだ。
私とは似ていない。
「お風呂とか歯磨きとか終わってからまたしてみよっと。
カオル君のメール、僕が開けてもいい?」
一度返してきた私のケイタイをいじって、
ミノリはメールフォルダを開けじっと見ている。
そして私にそのまま渡して来た。
『件名 ミノリ、美月ちゃんへ
本文 お父さんへの電話終わったかな?
もうちょっとしてからメールしようと思ったんだけど
待てなかったんだよ、ごめん。
オレはやっぱ1回でもいいから3人でどっか行きたいな。
本当は1回じゃなくてたくさん行きたいけど。
今度公園とか、玉森川の河川敷とかでのんびり遊ぼうよ。
考えてみてね。
今日は結構長い時間一緒に居れて楽しかった』
私は文面をじっと見る。
この人についていろいろ思ってしまったけど
この人はきっと良い人なのだ。
ここまでやって私をからかうのが目的とかだったら
そうとう暇な、もうどうしようもない酷い人に違いない。




