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住人達 1

午後6時50分。

 どうしようかと迷う私だ。


 歓迎会は7時から。

 夕べ散々迷って、行く、という結論に達したが、

実際管理人に今日は一度も会っていないし、

歓迎会の話は水本から聞いただけで、

管理人から直接招待があったわけでもないのに、

本当にいきなり訪ねていってもいいのだろうか。

 本当に私の歓迎会なんて開いてくれるつもりなんだろうか。

そうは思いながらも歓迎会に持って行くお菓子を

仕事帰りに買って帰った。


「どうしようかな」と口に出して言う。「やっぱ行くの辞めようか」

「僕はどっちでもいい。家でゲームしときたい」

 そうか7時になっても行かないでいたら誰かが呼びに来てくれるかも。

そうしたらその人と管理人室に入って行ける。

 水本と会ってないのかとミノリに聞いたら

今日は1回も会ってないし、猫も見なかったと言った。


 ピンポン、とドアチャイムが鳴った。

 「用意出来ました?」ドアの外からそう言ったのは水本だ。

 私は急いでドアを開けたが、またチェーンは付けたまま。

「チェーンて」と水本が笑った。「行く気ないんですか?美月さん」


 ガチャガチャとチェーンをはずすと水本がドアを全開にした。

 「あ、でもちゃんと着替えたんですね。スカートかわいい」

 そう言われて素直に驚く。

私がジーンズで帰ってくるところを見ていたんだろうか?


 「オレ、時間ちゃんと言ってましたよね?

来ないから迎えに来ました」

「…ありがとう」

「どういたしまして。じゃあ、行きましょう」

そう言って私の腕を掴むので思わず腕を引いてしまった。

「やだな」水本は言った。「今すげー拒絶された感」

「…ごめんなさい。いきなり掴むから」

元夫からももう何年も腕なんて掴まれた事がなかったから

結構ドキリとするものだ。

「まあいいや」と水本は笑った。「ほら、ミノリくんも。行くよ」



 水本はドアチャイムも鳴らさず、ノックすることもなく

あたかも自分の部屋のような感じで管理人室のドアを開け先に入っていった。


 私は開けられたドアの前でまだ躊躇する。

中から誰の声も聞こえないからだ。

立ったままの私にすぐに気付いた水本が後ずさってきてミノリの手を引き、

私の肩にそっと手を当てて中へと促した。

 ありがとう、と私は中に入るまでにと思って急いで言った。

「迎えに来てくれてありがとう」

水本はにっこりと笑って「どういたしまして」と答えてくれた。



 玄関のすぐ脇の部屋を開けて中へ入ると

いきなりクラッカーをならされた。

しかも1個や2個ではない。たぶん20個くらいはならされたんだろう。

 びっくりしてたじろく私に結構な量のカラーテープが飛んできた。

「ぶあっ」と変な声をあげてしまったが、

それはそこにいた人たちの拍手でかき消された。


「はいみんなおまたせー、美月さんとミノリくんです」

水本の紹介する声にみんながまた拍手してくれて

私は頬が紅くなりかけたが、

大きな楕円形のテーブルの周りに立っている人たちの様子に

すぐに心を奪われた。


 人数は6人。それに水本と私とミノリが加わる。

左からまず管理人。管理人の横に恐ろしく綺麗なショートの髪の初老の女性。

管理人の奥さんだろうか。

微笑みが大輪の薔薇のように輝いている。

白地に赤い花柄のブラウスがよく映えている。

このくらいの歳の人でこんなに綺麗な人は初めて見た。


その横は私と同じくらい、

おそらく33、34歳くらいの少しやせ気味の男性。

そしてその隣が双子だ!

それは女子プロセスラ―かと思うようなやたらガタイの良い、

オレンジ色に染めた髪をツインテールにした双子。

おそろいの、胸にオレンジ色のハート模様が入った

白いTシャツを着ている。

顔つきもごついのだがどこかしたかわいげがある。


その隣がこれまた管理人夫人に劣らない美人だ。

私より少し若い感じ。

何だか自分の仕事帰りの、疲れ切っているであろう顔が

少し恥ずかしくなってきた。


「いらっしゃい、いらっしゃい」

管理人がにこにこしながら手招きして

私たちに椅子にかけるように促してくれた。

気を抜くと、真正面にいるオレンジ姉妹にすぐに目が釘付けになってしまう。

「こんばんは」と私は少し上ずりそうになる声を抑えて挨拶をする。

「今夜はお招きありがとうございます」

続けてミノリも「こんばんは」というと

またみんなが拍手してくれた。


水本が椅子を引きまた私の肩にそっと手を置いて

椅子に腰かけるよう促してくれた。

変な人だと思っていたけれど、

ちゃんとエスコートをしてくれる水本に感謝する。


私とミノリが席に着くと

みんなが台所から食事や飲み物、食器を次々に運びはじめ、

見る見るうちにテーブルがいっぱいになり

おいしそうなにおいが部屋中に満ちた。

私も一度立ち上がり、持参したお菓子の入った袋を管理人に渡した。


来て良かったんだな私、と思う。

昨日は嫌だと思っていたけれど、

来て良かったのだ。

こんなに温かく迎えられるなんて幸せなことだ、

ありがたく思わなくちゃいけない。


 

おととい私が挨拶をしにいけたのは3世帯だけ。

その中でここにいるのは管理人だけだ。

管理人の奥さんは今初めて見た。

初めて物件を見に来た時も、引越しの前に挨拶に来た時も

管理人にしか会っていない。

本当になんて綺麗な人なんだろうと思う。


「それじゃあ改めて。」管理人が立ち上がり、

みな、テーブルの上に雑多に置かれた飲み物から

好きなものをグラスに注いでいく。

私のコップにはビールを、ミノリのコップにはオレンジジュースを、

水本が手際よく注いでくれた。

管理人がグラスを少し持ち上げて続けた。

「美月さんとミノリくん、引越しお疲れ様。

良く来てくれたね。かんぱーーい!」


一同がまたパチパチと手を叩いてくれるので

私とミノリは腰かけたままおじぎをした。

「じゃあさ、食べながら。」と管理人がみなに言う。

「私がみんなを紹介していくからね。

えーと水本くんの隣ね。高森美々さんです」

美女が私にほほ笑んだので私もあわてて微笑み返した。


「美しい、美しいと書いて美々さん。

まったく名前の通り。綺麗な人でしょう?」

私はうんうんとうなずく。

美々さんはモデルみたいだ。

「美々さんはね、市役所に勤めてます。

美月さんと同じ歳だったと思うよ。」


私と同じ歳か…そうか…私なんかより5歳は若く見える。

ますます仕事と生活に疲れた自分の様子が恥ずかしくなる。


「美々さんは1階の一番向こう側の部屋。

次がミカちゃんとリカちゃん。

見たらわかると思うけど双子ちゃんだから。

二人ともスポーツインストラクターをしてるんだよ。 

ミカちゃんリカちゃんの部屋は2階の奥から2番目」

奥から2番なら昨日挨拶にいった。

出てきたのは50歳くらいのやせた女性だった。

あの人は誰だろう。

姉妹の母親だろうか。


「次は高森リョウくん。

見てもわかんないと思うけど

美々ちゃんの双子の弟さんだから」

マジか!と声に出しそうになったがもちろんそれは我慢した。

全く似ていないし、二人は歳も確実に5歳は

離れているように見えた。


 この8世帯しかないコーポに2組も大人の双子が住んでるって

案外すごくないか?


管理人はにこにこしながら続けた。

「そして私の隣にいる超美人は私の奥さんだよ。

どう?綺麗でしょう?」

うんうんと、私は力強くうなずいた。


「じゃあ、」と言って今度管理人は私に自己紹介を促した。

私は自分の名前と勤め先が図書館だということと

ミノリが小3だとみんなに話した。


「今日はありがとうございます。これからよろしくお願いします」

全員を見まわしてそう言うと、

またみんなが拍手をしてくれて、私はやっと落ち着いてきた。


「今日の料理はみんなが家で少しずつ作って来てくれたんだよ」

管理人にそう教わって私はさらにみんなに感謝をした。


ビールをゆっくり飲みながら

落ち着いて部屋の中の様子をやっとゆっくりと確認する。

部屋は意外にカントリー調だ。

きっとあの美しい奥さんの趣味に違いない。

 ベージュに紺色の小花模様のカーテン、

私の真向かいの壁の飾棚には花を無造作に入れたピッチャーや

外国製のブリキの缶。

 それから細長くデフォルメされた緑色の木製のカエルの置物。

部屋の隅のチェストの上には何冊かの本が置かれ、

その脇に写真立てが一つ。


 なにしろ私はここに来てまず

ミカちゃんリカちゃんのオレンジ姉妹に気を取られすぎていた。

どうしてもちらちらと二人のことを見てしまうのだ。

今ももちろん目が行くが

二人は仲良く濃いオレンジ色の飲み物を飲んでいた。

ミノリの飲んでいるオレンジジュースとはたぶん違う。

なぜならオレンジ姉妹は、

自分たちの足元に置いてあった2ℓサイズのペットボトルから

その濃いオレンジ色の液体をドプドプと注いでいたからだ。



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