満月の夜 4
「美月ちゃん、オレのシュークリーム食べる?
今日ミノリとおやつに食べたやつ」
「あ…あの今日はミノリがお世話になりました」
「いいえ、どういたしまして。
…でもダメだったんでしょ?本当は」
「…」
「ミノリがオレのとこ来るのはダメだったんでしょ?」
「…ごめんなさい」
「やだなーもうー。謝られたら寂しいな。
まださ、慣れないから不安なんだよね美月ちゃん」
私は無言でうなずく。
「大丈夫だよ」そう言いながら水本がもう少し近付く。
私は管理人夫人に渡された飲み物をミノリに渡しながら
水本が近付いた分だけ少しずれた。
「美月ちゃん」と水本が呼ぶ。
「はい」
「美月ちゃん」ともう1回。
「…」
「水本クン?」と呼んだのは管理人だ。
「何?」と水本が鬱陶しそうに返事をする。
管理人は水本を手招きする。
「ちっ」と水本が舌打ちして管理人のそばへ行った。
管理人が水本に何か耳打ちするが私には聞こえない。
ミノリは高森リョウのそばにいる。
そして高森リョウのジャケットをちらちら見ている。
たぶん内ポケット見せてと言いたいのだろうけれど
言えないでいるのだ。
そんなミノリを優しげな眼でゆっくりと
高森リョウが見ている。
高森リョウは元夫に似ている、ような気がする。
顔は似ていない。痩せ型の体型と身長は同じくらい。
雰囲気が似ている。静かで優しいけれど空虚な感じ。
「何でリョウさん見つめてんの?」
私の隣に戻って来た水本が言った。
「いや…」私は口ごもって水本にもらった紙コップの飲み物に口をつけた。
甘いけどずっきりした感じの、桃とライチを混ぜたような味。
色ははっきりとはわからないけれど、白濁してうっすらピンクっぽいような。
「これ何?」私は水本に聞いた。
歓迎会では呑み過ぎたから、今夜は気を付けないといけない。
ミノリを連れてアパートまで帰らないといけないし。
今夜は9時過ぎたら先に帰っても大丈夫だよね…
私の歓迎会なんじゃないから今夜は先に帰っても平気なはず。
「大丈夫だよ」水本は中身が何かは答えずに言う。
「帰りも一緒に帰るんだから」
ううん、と私は首を振る。「ミノリもいるから早めに帰らないと」
ミノリを見ると高森リョウから何か受け取ろうとしているところだった。
高森リョウはポケットに手を入れ、取り出した。
とてもポケットに突っ込まれていたとは思えない大人になりかけの黒猫だ。
ミノリは目を輝かせたが子猫とは言えないその猫は
ミノリの掌には乗らない。
「もう!」それを見た水本がイラっとした声を出す。
「リョウさんずるいな」
敷物の上に飛び降りて一瞬キョトン、としていた黒猫は
誰かが持ってきていたいか焼きを
ミノリがつまんで食べさせようとしたところで
ぴょん、と飛んでミノリ達から離れ
あっという間に夜の公園の周りの生け垣の中へ消えて行った。
「見た?」ミノリが私のそばへやって来て聞く。
「見た見た。すごかったね!」
そう言う私の横からずいっとミノリに近寄って水本が言った。
「あれくらいオレにもできるから」
ミノリの目は冷たい。「…ウソなんでしょ?」
「ミノリはさ、オレとリョウさんとどっちが好き?」
「へ?」と驚くミノリ。
「え?分かんないけど…どっちもまだ普通」
「普通!」水本が少し大きな声でくり返す。
「オレの方が好きかと思った」水本は本気で残念そうだ。
「ねぇ母さん、あの猫捜しに行きたいな」
「えーやだよ。暗いもん」
それにあの猫は本当に存在してるのかな。
全部高森リョウが見せている魔法なんじゃないのかな。
猫の消えて行った生け垣の葉が月の光で銀色に光っている。




