カオル君
一昨日の歓迎会とは打って変わって
わくわくしている自分に少し躊躇しながらアパートに帰ると
ミノリが部屋にいないので私のテンションは一気に下がった。
遊びに行ってもいつも私が帰宅する時間までには
帰って来るようにと言ってあるのに。
ランドセルはあるが、どこかでかける時には
必ず書いて残すようにと言っておいたメモもない。
15分。15分だけ待ってから、
見かけなかったかどうか管理人のところに聞きに行こう。
友達の所だろうか。
帰って来なかったら親しいお友達の家に電話してみなくちゃいけない。
…まさか元の家に行ったとか?
それかまさか、水本の部屋とか!
私は水本の部屋と隣り合う壁に耳を当てて聞き耳を立ててみるが
何の音もしない。
いろいろ落ち着かない気持ちで考えていると
「じゃあ」と知らない男の声がして
「じゃあね」というミノリの声が1階の方から聞こえてきた。
急いで階段を下りて行こうとすると
ミノリと水本がそろって誰かに手を振っている。
誰かと言うのは向こうを向いていて良く見えないが
髪が腰の辺りまである男だ。水本のように後ろで一つにまとめている。
「髪長っ」とつぶやいてしまう。
髪の長い男はアパートの前に停めてあったバイクで
今帰ろうとしているところだ。
顔が見えて、それは私が空き部屋だと知らずに
引越しの挨拶をしにいってタオルまで渡した男だった。
あの時は挨拶をするのに必死でよく見ていなかったが
頭を鉢巻のようにタオルで巻いていたのは覚えている。
こんなに髪が長かったのか。
今見ると水本に雰囲気が似ているような気がする。
「ミノリ!」と私は呼ぶ。
「おかえり」と言ったのはミノリではなくて水本だ。
「ミノリ!心配したじゃん!」
「あぁごめんなさい」と言ったのもまた水本だ。
「今日はオレの弟が来てたんで一緒に」
一緒に?
「美月ちゃんも見る?」水本が小首を傾げて聞く。
「カエルがいるんだけど」
カエル見に行っちゃいけないって言ったのに!
私はミノリを睨みつけた。
ミノリは私と目をそらし知らんぷりをする。
「ミノリ!ちょっと来て!」
「えーやだ」
「やだじゃないよ。ちょっとって!」
「美月ちゃん、ごめん」とまた水本が謝った。
「怒ってんの?ごめん。ミノリの姿が見えなくて心配したんだね。
ごめん。早く帰してあげなくて。
でもミノリ、ちゃんと宿題したよ。
オレがちゃんと見てたし。
今日オレ休みだったんですよ。
おやつも一緒に食べて、美月ちゃん帰って来るの待ってたら
弟が寄ったんで」
「わかりました。ありがとうございました」
私は淡々と礼を言った。
「どうしたの?美月ちゃん」水本が聞く。「何かまずかった?」
水本には首を振ったが私は怒っていた。
ここの生活に慣れて
水本の事ももっとちゃんとどんな人だかわかるまで、
馴れ馴れしくしたらいけないってあれほど言ったのに。
カエルまでまた見に行って…
「違うよ」と言ったのはミノリだ。水本に言っている。
「僕言われてたんだよ。母さんに。
カエルも見にいっちゃいけないし。
カオル君とこにも行っちゃいけないって言われてたんだよ」
カオル君…カオル君て、水本の事か?
「ええ~~」水本は驚いている。
「オレのとこに来ちゃダメって言われてたのか…
ちょっとショックが大きいな…。
まぁね、気持ちはわかります美月ちゃん。
まだ越してきたばっかだもんね。
オレの事馴れ馴れしいなとか思ってんでしょ?」
思ってる。
私は口に出さなかったが水本は私の顔を見て察して言った。
「あ~思ってるのか~。そうだよね…
オレとしてはゆっくり仲良くなりたいんだけど
でもやっぱ早く仲良くなりたい」
何?
「何?って思うかもしれないけど。
だんだんね、何かいろんなきっかけが積もり積もって
いつの間にかすごく仲良くなってる…
って感じでいきたいなって思ってたけど、
周りの状況もあるしどうせ仲良くなるなら早い方がいいもんね?」
「…ごめんなさい」
「美月ちゃんがそうやって謝らなくていいけどさ。
ていうか謝られたら余計さみいしな、なんか」
「ごめんなさい」
「もう…そんな無機質に謝らないでよ嫌だなぁ」
「…」
「オレもメールすれば良かったね。ごめん美月ちゃん。
ミノリとおやつ食べるからってメールしたら良かった」
そんなメールもらったら余計心配だ。




