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おやすみ 4

「美月ちゃん」

水本がもう何回も「美月ちゃん」と呼ぶ。

私は本気ですごく恥ずかしい。

「今日の月も綺麗なんだよ。

オレは一緒に見たいな。

明日満月っぽいから明日の夜誘おうと思ったけど

明日まで待てないな。

ちょっとだけ。ちょっとだけここで見ようよ。一緒に」


なんか今私の心がぐらり、と揺れた。

気持ち悪いが「お月さま一緒に見たいな」

私の中の乙女がそう言いそうになっているが、でもダメだ。


この人と高森美々はどう違うんだ?

今のところ私にとっては同じじゃないのか?

素姓のわからなさと、

に近付き過ぎて来ているのは同じなのに、

相手が若くてまあまあ恰好良い男だから

高森美々より受け入れようとしてないか?


「ありがとう」と私は素直に言ってみた。

取りあえず受け止めて今日はおやすみを言おう。

水本は少し驚いた顔をする。

何で驚く?


水本が言った。「ここでありがとう、って来るとは思わなかった。

なんかそういうとこがやっぱ凄くいいな」

「みんな言うでしょ?」

「言うかな…美月ちゃんはみんなに言うの?」


質問がよくわからなくてまた首を振った。

と、水本が急に私の左耳の上辺りを触ってきたでびっくりする。

私が後ずさったので「ごめん」と水本が笑った。


そして突然部屋の奥の方へ大声を出した。

「ミノリー。おやすみー」

来なくていいのに、ミノリがタタタっと玄関にやって来た。

「おやすみなさい」と言ったミノリに

「じゃあまた明日な」と水本は笑う。


「美月ちゃん、おやすみ」

「…おやすみなさい」

急に水本が帰る体制になっているので

早く帰ってもらおうと思っていたくせに私は少し拍子抜けしている。

水本はうちのドアをゆっくりと閉めて帰って行った。隣に。



今しゃべっていた人がいると思うと、

とても隣のことが気にかかる。

隣からは何の音もしない。テレビの音も。

今朝ミノリが私に「ブス」と叫んだ声は水本に聞こえていたのに。


月を見たかったな、と思う。

「やっぱあの人、母さんの事好きだよね?」

ミノリが割と大きな声で言うので

私はあわてて「しっ」と黙らせる。


「止めてよ、隣に聞こえるじゃん」

「でもあの人、母さんの事好きでしょ?」

「好きなような感じを出してるだけだよ」

「何それ」

「わかんないよ、お母さんも」

「僕もわかんない。母さんみたいなおばちゃんブス」

「ブスじゃないって。

美人じゃないけど、ブスじゃないんだよ!」


「あの人さ、でも普通に彼女とかいるんじゃないの?」

うっ、と思う。そりゃあそうだよ。

それは分かる。小3男子に指摘されなくてもわかる。

「だから!お母さんもあの人が何で

こんなにうちに来るのかわかんないけど!

でもきっと!まだここに慣れない私達に

親切にしてくれてるだけだから。

いろいろ気になっても、ありがとうって思って、

でもあんまり馴れ馴れしくしないの。わかった?」


「母さんはもう父さんの事全然好きじゃないの?」

「違う!お父さんがお母さんをあんまり好きじゃないの」

「母さんは?」

「お母さんはお母さんを好きだと思ってくれるお父さんじゃないと

好きじゃないの」

「違う。母さんがどう思ってるかどうか」

何でそんな強気で聞く。小3男子が。

「だから、お母さんを好きじゃなくなった時点で

お母さんはお父さんの事が好きじゃない」


「じゃあ僕が母さんを好きじゃなくなったら?」

「あんたはお母さんから生まれたお母さんの子どもだけど

お父さんはお母さんの旦那さんだから

あんたとお父さんを比べても何にもならないの!」

私は自分が結構大きな声を出していた事にハッとして

黙り込んだ。


「ごめんミノリ。遅くなった。早く寝よう。

あんたが心配することは何にもないから。

ここでちゃんと普通に暮らせて学校もちゃんと行けるから。

だから何もかも大丈夫だから」

私はミノリを安心させるつもりで言ったのだが

自分はいろいろな事に心が揺れていた。



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