おやすみ 3
水本がじっと見つめてくるのに耐えられなくって
私は目をそらして言った。
「あの…子供がもう寝る時間なんで
ご用件があったら明日うかがわさせて下さい」
「もう!何でそんな言い方すんの?
じゃあ今日はもうこれでいいから、さっさとケイタイ持ってきて」
「…」
「ケー番交換しようって言ったじゃん!」
私は言ってないし、しようと言われて、うん、とも言ってない。
「私ケイタイ持ってないんで」
「ハイ、うそ~~。
シングルマザーは学校からの連絡でケイタイは必至でしょ?」
シングルマザーって言いやがった。
シングルマザーだけど!
高森美々も不気味だけど、
この人もまた何で私のところにこんなに来る?
どうしたいんだろう。やっぱり同情なのか。
離婚した女なら簡単に仲良くなれる、とか、
本当はすごく意地悪な人で私をからかってるのか。
…引っ越そうかな。
お金貯めて、住むところが学区外になってもミノリを説得して
どうにか早くここから脱出しよう。
そう思う心を見透かすように水本が言った。
「せっかく隣同志になったんだよ?
オレは仲良くしたいな。もっと。
ずっとさ、美月ちゃんの部屋空き部屋だったんだよ」
ここが?
こんなに条件の良い物件がずっと空き部屋?
「だからさ、仲良くしたいな」にっこり、と水本は笑う。
仲良くか。
普通に友達になろうっていう感じで理解していいんだろうか。
「ていうかさ、よく聞いて。
ミノリが家で留守番してる時
なんかまずい事があったとするでしょ?
そしたら誰が美月ちゃんに連絡すんの?
そりゃ管理人のじいさんが連絡先ちゃんと
分かってるんだろうけど
それでもだよ?他にも連絡先を知ってるやつが
このアパートにもう一人ぐらいは居てもいいでしょ?
ここのメンバー良く考えてよ。
あとはオレぐらいしかいないでしょ?」
んん~~と考える。
そうだな。もしもの何かがあった時に
管理人夫婦の次にここの誰かにミノリの事を頼むとしたら
きっと水本しかない。
でもこの人の事だってまだ本当には何もわかっていないのだ。
「明日…」と私は言ってしまう。
「今ケイタイ電源が切れてるんです」
「ほんとに?」
うん、と私はうなずく。
電源切れてるのはウソだけど
一晩置いて考えてみよう。
「指きりしましょう」と水本が言う。
「大丈夫です。私約束破らないんで」
「いつ?朝?帰ってからまたオレが来る?」
どうしよう。教えていいのかな。
今ウソの番号をメモに書いて渡すっていう手も…
「ウソの番号とか教えられたらオレ傷付くから赤外線ね」
心を読まれてビクリとする。
「ドアもちゃんと開けてくれないし」水本が笑いながら言った。
「警戒し過ぎだよね?」
「警戒してるわけじゃなくて、人見知りなんです」
本当はもちろん警戒しているけれど、
人見知りなのは本当の事だ。
水本がじっと私を見つめるので思わず目をそらしてしまう。
「ちゃんと開けて、ドア」静かに水本が言うので
つい開けてしまった。
水本がすごくうれしそうな顔をしたのでうつむいてしまう。
「…可愛いな」と水本が言った。
驚いてパッと顔を上げるとまだ水本は嬉しそうな顔で
私はもう一度下を向いてしまう。
ダメだ。私をからかってるんだろうけれど
こんなに本気で反応したら
この、本気で反応してる事がまるまる伝わりそうな事が
恥ずかしくてたまらない。
「美月ちゃん」と水本が呼ぶので私は首を振る。
「あの、水本クンに美月ちゃんて呼ばれるの、
すごく恥ずかしいんで…」
「もう1回」と水本が言った。
「…」
「オレの名前はじめて呼んだね。
名字だけどまぁOKですよ。
だんだんなじんで下の名前で呼んでもらえれば」
下の名前を私は知らない。
水本がニコッと笑って言った。「ホラね?
そう言っても『下の名前知らないんだけど』とかって
言わないとこが結構好きだな。
ねぇもう1回」
私はまた首を振ってしまって、ダメだ、と思う。
いい歳をしてかわい子ぶってるみたいで自分で気持ち悪い。
でも水本は言う。「美月ちゃん…
無理強いに首を振るだけって、…いいな」
だから、気持ち悪いだろ普通は。




