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永遠を求めた男と魔女の話

作者: 夕子



ある所に、一人の男が住んでいました。

彼はとても有能な人間で、容姿はとても優れていましたが―――その心根は、お世辞にも綺麗とは言えませんでした。

男はその優れた能力を悪用して数多の人間を弄び、その美しい容姿で数多の女性を虜にしていきました。


けれども、男が20を半ばに過ぎた頃。

両親が老衰で亡くなり、彼は急に恐ろしくなりました。


人間は老いるものです。

今はその容姿で女性を何人もとっかえひっかえしていますが、いずれは老いて醜くなるという事実に、男は慄いたのでした。


老いたくない死にたくない……永遠に生きていたい!!


男は悪事を止め、女漁りを止め、ひたすら永遠の命を手に入れる方法を探しました。

けれども、調べても調べてもそんな方法は見つかりません。

人々は諦めろと彼に言います。けれど、男は諦めませんでした。

彼は探し続けます。永遠の命を得る為に。



そうして、3年の歳月が過ぎ―――彼は、永遠の命を得る方法を知りました。



とある森の奥深く。

魔女が永遠の命を宿す為の秘薬を持っている、と。



その情報に、男は歓喜しました。

すぐさま旅支度を整えて、森に向かって歩き出します。



それは長い道のりでした。

何度となく困難が立ちふさがり、苦しさに何度となく挫折を味わいかけました。

それでも、男は歩き続けます。

ただ、永遠の命を手に入れる為だけに。


そして、遂に。

男はその森に辿り着いたのです。

彼は深い森に足を踏み入れて、魔女と呼ばれる存在を探しました。

奥へ、奥へと歩き続け―――彼は、不意に開けた場所に出ました。


そこには、小さな木造の家が一件建っています。

小さな庭もあり、様々な薬草と思しき物が植えられています。

そして、家の奧には小さな木の門と柵。


不思議な光景でした。

まるで、森の中に家を詰め込んだような。

けれども、普通なら違和感を感じる筈が、何故か、全く違和感を感じませんでした。


男がそこに足を踏み入れたと同時に、家の扉が静かに開きます。

現れたのは、一人の魔女。

銀糸のように美しい髪を靡かせて、彼女は男に近寄りました。

鮮やかな空の色と深い海の色を合わせたような蒼の双眸が細められ、ゆっくりと微笑みます。


「はじめまして」


鈴のような可憐な声。

男は魔女に魅入りながら、掠れて小さくなった声で、なんとか同じ言葉を返します。

そんな小さな声も、彼女の尖った耳は聞き逃しません。


この世界に於いて、魔女というのは個人を指す呼び名では無いのです。

魔女と呼ばれる種族なのです。

森に生きる、森の民。

永遠を生きる存在とも言われています。

老いもせず、人間よりも遥かに長い時を生きるのですから、それはあながち間違いではないのでしょう。


「貴方は私に何か用があるのでしょう?」


魔女は男に問いました。

その問いに彼は頷き、永遠の命が欲しいと正直に言いました。


「……そんなに、永遠の命が欲しいの?」


男は頷きます。

老いることが恐ろしい、いずれ死ぬことが恐ろしい。

だから、永遠の命が欲しいのだと、彼は言いました。


「そんなに言うのなら、あげるわ」


魔女は男の手を取ると、彼女の家に入ります。

様々な薬が並ぶ棚の一つに近寄ると、魔女は一つの瓶を手に取り、小さなコップに並々と注ぎました。


コップの中に注がれていたのは、深い赤紫色の液体です。

色合いだけならば、ワインに似ていました。


「これを飲めば、永遠の命が手に入る」


魔女は言いました。

嬉々としてそれを受け取り、口元に運ぶ男に向かって彼女は問いかけます。


「ねぇ―――本当に、永遠の命が欲しいの?」


男は頷いて、コップの中身を全て飲み干しました。






―――そして、男は永遠の命を手に入れました。






男は上機嫌でした。

ついに永遠の命を手に入れた。その事実が彼にとってはこの上なく嬉しいことだったのです。

彼は町に戻り、これまでと同じように優れた能力を悪事に使い、優れた容姿で女性を誑かそうと、そんなことを考えていました。


が、その考えは、他ならぬ彼自身によって否定されました。


男がある日町を歩いていると、一人の女性の姿が目に留まりました。

美しい金髪と緑色の瞳を持つ、美しい人です。誰にも笑顔を向ける、困った人に手を貸している、心優しい人です。

彼は女性の姿を一目見て、自分に向けられた優しい笑顔を見て、恋に落ちました。


なんて美しい人だろう……!


それは、優れた容姿と能力を持つが故に、今まで一度も誰かに焦がれたことのなかった男の初恋でした。

男は初めて恋に落ちたことで、自分が女性達にどれほど酷いことをしていたのか、ようやくそれを理解したのです。

彼は自らを恥じ、誠実に生きることを決めました。

全ては、女性に相応しい人になる為に。


彼は働き始めました。

元々有能な男でしたから、彼は瞬く間に上へ上へと上り詰めていきます。

時折女性と会い、男は少しずつ女性と仲を深めていきました。


季節が二巡りした頃。

男と女性は結ばれました。

二人の間には子供が二人生まれ、幸せに―――――







―――――幸せに、なれませんでした。





考えてみてください。

男は永遠の命を手に入れているのです。

詰まる所、老いません。死ぬこともありません。

それは男にとって、まさに生き地獄でした。

愛する女性は老いていくのに、自分は老いることなく、いつまでも若いまま。娘や息子達は成長していき大人に変わっていくのに、自分の姿は変わることが無い。

それが如何に苦痛なのか、男は身を以て体験したのです。

それでも幸いだったのが、妻も娘も息子も男のことを拒絶しなかったということでしょう。

妻も子供達も、男を愛していました。たとえ、夫が子供と見られる姿になろうと、父が兄と見られる姿になろうと。



何度も何度も季節は巡り巡り、男の愛する女性は亡くなりました。

皺だらけになった手で、男の皺一つない手を包み込み、ただ一言愛していますと囁いて。


更に季節は廻り続け、男の娘と息子が亡くなりました。

男よりも年嵩になった姿で、どちらが子供なのかわからない姿で微笑みながら。


男は泣きました。

その姿は何十年と経ったのに、若いままです。

あの時、永遠の命を得る薬を飲んだ姿のまま、涙を流し続けました。

それでも、時間は流れていきます。


十年

男の知人が亡くなっていきます。

或いは老いで。或いは事故で。

それでも、彼は死ねません。


二十年

男の知人の子供達は、男よりも大分年上になっていました。

男の姿は変わらないまま。

彼は、老いることができません。


五十年

男の知人の子供達が亡くなっていきます。

或いは老いで。或いは事故で。

それでも、彼は死ねません。


百年。

男の知る人はもう誰一人いません。

それでも、男は老いません。死ねません。


まさしく、生き地獄です。

気が狂いそうな時の中、それでも彼は生き続けます。

……だって、それが男の望んだ結果なのですから。






そうして、男の物語は永遠に閉じられることなく、頁が描き足されていくのでした。










「―――だから、聞いたのに」





***






男は目を開けた。

目前に映るのは、嫣然と微笑む魔女。

蒼い双眸にほんの少し悪戯っぽい光が灯っている。


此処は―――永遠の命を得た場所だ。

どうなっているんだろう。どうして、こんな所にいるんだろうか。


「どうなっているんだ、って顔をしてるわね」


魔女は可憐な声で囁いて、男の持つコップを指さした。


「そのコップの中に入っていたのはね、永遠の命を得る薬じゃあないの」


―――そんな、馬鹿な。

それでは、今の今まで見てきたものは一体何だというのだ。


呆気に取られた表情をした男を見て、魔女はくすくすと笑う。

そして、彼女は語りだした。


「入っていたのは、『それを飲み干したときに何が起きるのかを予測してくれる』薬。今回の場合、『貴方が永遠の命を手に入れた場合に起こる未来』ということになるわ」


魔女は男の手からコップを取ると、近くにあった木の机に置く。

その緩慢な動作の合間に、男はこれがようやく現実なのだと判断して、へなへなと床に座り込んだ。

彼女は男に近寄ると、白い指を男の眦に寄せて涙を掬い取る。


男はいつの間にか、泣いていた。


「ふふ。そんなに怖かった?」


魔女は笑みを崩さない。

男の涙を掬った指を口に含み、舐め取って続けた。


「でも、この薬を使わないと、貴方はいつまでも永遠の命を求めたでしょう?」


人間って不思議よね。

魔女は蒼い双眸を細めて、淡々と呟く。

否、それは呟くというよりも、男に語って聞かせるようなものだった。


「どうして人間は、終わりを否定したがるのかしら。終わりのないものなんてつまらないのに。終わる自由を与えられているから人間は美しいのに、自らそれを否定するなんて、愚の骨頂だと思わない?」


男の震える唇が動き、魔女の言葉に答える。


終わることは確かに美しいのかもしれないが、だがそれはとても悲しく、恐ろしいものなのだと。

だから、永遠という不変の物が欲しい。だからこそ、それが手に入れられないと知って尚、焦がれるのだと。


男の答えに、魔女は微笑んだ。


「それじゃ、貴方はどうだった?永遠を手に入れて、どう思った?」


男は正直に応えた。

ただ一言、地獄だったと。

その答えを聞いて、満足そうに魔女は嗤った。


「だって、貴方は人間だもの。老いて死ぬ人間が不老不死になったって、精神が耐えられるわけがない。だから聞いたでしょう?」






―――本当に、永遠の命が欲しいの?って。






***






男は永遠の命を諦めて、町に戻りました。あんな数奇な体験をしてまだ永遠が欲しいと言うのなら、本当に気が狂っているとしか思えません。

流石に男はまだ正常だったので、永遠を諦めて真面目に生きることにしたのでした。


男は時折、永遠を生きた自分の記憶を思い出します。

魔女が何かをしたのかもう殆ど思い出せませんが、それでも、断片のようにふっと記憶が蘇るのです。


蘇った記憶を懐かしみながら、男は店の扉に手をかけました。

ですが、その扉は彼が開く前に開け放たれます。

扉にぶつかり、男は尻餅をつきました。


「ご、ごめんなさいっ!大丈夫ですか!?」


若い女性の声。

痛む顔面を押さえながら、男はなんとか顔を上げました。


そこにいたのは、美しい金色の髪を靡かせる女性。

翡翠色の双眸が心配そうに男を見つめています。

男は生返事で女性の問いに答えると、立ち上がりました。


「本当にごめんなさいっ!」


女性はもう一度男に謝ると、そのまま大通りに向かって駆けていきます。

彼はその後ろ姿をいつまでも見つめていました。




男は、恋に落ちたのです。







***







男と女性は結ばれました。

二人の間には子供が二人生まれ、幸せに暮らしました―――とさ。








こんにちは、Abendrotです。

テスト勉強の合間に書いていた話を投稿してみました。連載書けよって話ですが。

またこんな感じの短編を書いてみようかなと思います。

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