医術師フラグがたちました
私の人生の中で、土下座をすることは数えきれないくらいにあると思う。今までも、これからも。ほら、私ってドジで馬鹿でアホだから…嗚呼、何だか涙出てきた。まぁ、本気の土下座というよりはボケな土下座の方が多いだろうけどもね。でもさぁ、土下座する事はあっても、されることは無いのだろうな、と思っていたから。
「お願いよ!ヒカリ!ルイス君!」
土下座されるのって凄い嫌な感じですね。
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さかのぼること数十分前。
修羅場に突入か!?と思われた私達であったのだが、半泣きのハイトさんがもう止めてくださいと頼んできたので修羅場フラグは阻止された。ハイトさんナイス。
でもまぁ、危険な空気には変わりない訳で。
混乱する私をぎゅうぎゅう抱き締める(力加減を知ってほしい)ルイスと、対抗するかのようにトキワちゃんを抱き締めるアールの間に火花が飛び散り、家を爆破されたハイトさんが号泣しながら復元魔術を使う…というカオスな状況が出来上がった。もうなんというか、ハイトさんが不憫すぎて泣ける。ごめんハイトさん、後で何かあげるね。
それにしてもルイスはどうしてしまったのだろうか。何故私を抱き締め…あああああどうしよう恥ずかしい死にたい。いくらルイスだって、こんなことされたらあああああ!って誰でもなってしまうと思うのだ。だって、耳にかかる無駄に色っぽい吐息だとか、背中に感じる意外と鍛えられた身体だとか…。あああああ!
そして私は重要なことに気付いた。この状況って、私が女だと知らないハイトさんにとってはとてつもない誤解を招くのでは…?だってこれって、男同士抱きあっ……
「よ…世の中いろいろな趣味の方がいらっしゃいますよネ!」
勘 違 い さ れ と る !
頬を少しだけ染めたハイトさん。完全にルイスと私がアッーー!な関係であると思われている。もう嫌だ。違うんだハイトさんと弁解をしようと思ったのだが、この体制で弁解をしても微笑ましい空気になるに違いない。ルイスが聞き入れるとは考え難いが、絶対零度のオーラの魔王に、ありったけの勇気を振り絞った。
「る…ルイス、離してくれるかなー、なんて思ったりして…」
「ルイス!?」
えっ?とアールを見ると、わなわなと震えていた。ボトリ。トキワちゃんが落ちる。まさにポカーンとした空気の中、アールは言った。
「まさか、レイザード博士の…」
「ああ、あのクズを父親と呼ぶのには虫酸が走るが」
なんなんだちょっと。私を置いていくんじゃあないよ。
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「ごめんなさいね、ルイス君。まさかあの博士の息子さんだとは思わなくて」
「こちらこそすまなかった」
ガラリと変わったアールとルイス。知らなかったのだが、ルイスのお父さんは博士なのだそうだ。魔族とか魔術とかを研究しているそうで…とにかく有名な博士だとのこと。聞いて納得。なるほど確かにルイスも博士の血を受け継いでいると思う。そしてその博士にアールはお世話になったそうなのだ。世界って狭いもんだなぁ、としみじみしていると、少しだけ苛ついているようなルイスの顔。気になったけれど何も言わなかった。私は紳士だからね。そんな野暮なことはしない。
そして、その息子のルイスと診療所を営んでいると話せば、人助けなんて凄いわね!とアール。くすぐったいような気持ちになって、笑った。何だか恥ずかしいなぁ。赤くなった頬を隠すようにハイトさんがいつの間にか用意した紅茶を一口飲むと、アールが真剣な顔で頭を下げていた。
「アール?」
「………宮廷医術師になってくれないかしら」
…宮廷医術師?きゅうていいじゅつし。アールが言った意味が分からない。宮廷って、
「えええ!?」
「お願いよ!」
で、冒頭に至るわけだ。
宮廷医術師って凄いんだよ。分からないだろうけども。王宮専属のお医者さんって意味なわけだからね。さらにさらに、四大宮廷師の中でもかなり高位なポストで。ああ、四大宮廷師って言うのは、魔術師、騎士、医術師、研究師っていう王宮勤務の方々のこと。言い換えれば凄いエリートってわけ。ちんちくりんな私に、そんなエリートになってくださいなんて、アールちょっとおかしいんじゃないんだろうか。理由が知りたい。そう言うと、アールはぐすりと鼻を鳴らし、目元を拭った。…え、ちょ、
「今回の魔王軍討伐で…」
ルイスも、私も、トキワちゃんも目を伏せる。ハイトさんはもらい泣きをしたのか鼻をすすっていた。
魔王軍討伐へと向かった魔術師や騎士、医術師の方々も、多大な被害を受けたのだろう。結果的に魔王軍は撤退をしたけれども、犠牲者の数は数えきれないのだろう。きっとたくさんの命が失われたのだろう。アールは何も言っていないけれど、そうなんだろうなと思った。空気が重い。息がつまってしまいそ……
「駆け落ちしたのよ!本当アイツ許せないわ!私がせっかく推薦してやったっつーのに!ったく何なのよ!何が、俺ちょっと駆け落ちしてくる、よ!あの決め顔思い出すだけで腹立つ」
「来るかもしれないなとは思ったけどもォォォオ!!」
とことんシリアスを嫌うらしい。討伐とかあまり関係なかった。なんか湿った空気が無駄だった。
『なぁ主、カケオチ、とは何だ』
「トキワちゃん。君にはまだ早い」
まぁその後、駆け落ちしたという前任の方の愚痴やら上司の愚痴、犠牲者は出なかったことなどをアールから聞いた。なんだよ。犠牲者出なかったのかよ。ついでにハイトさんの誤解を解いた。照れなくてもいいんですヨとか言っていてウザかったのでぶち殺したくなった。しないけども。宮廷医術師については、明日、王宮へ行くことになるらしい。
ルイスもアールも、トキワちゃんも。宮廷の生活がどんなか話していたけれど。(ルイスは聞いているだけ)
黙ってうつむくハイトさんに何故かざわりと心が逆立った。…何て言うか…そう、危険信号のような。しかし、ハイトさん寂しいのかな、と、違和感に蓋をした私は気づかない。
ハイトさんの口角が、弧を描いていたなんて。
歯車は、回り始める。
やっとでございます。
申し訳ないでございます。
皆様、病気になりそうな日差しの中、バッーと通ったトラックにぶち当たりませんでしたでしょうか?
…すいません関係ないですね。




