だって、ちんちくりんだもの
さて、時刻は午後3時。
この時間はいつも、トキワちゃんの散歩にいく時間である。
精霊だって言ったって、犬だもの。
お散歩くらいする。
だって最近のトキワちゃん、ルイスからクッキーとか貰ってメタボみたいになってきているし。
「トキワちゃん、行くよ」
『御意!』
トキワちゃんに声をかけ、ガラリと戸を開ける。
むわっと入り込む暑い空気に眉を潜めていると、本を読んでいるルイスが早く行け、と手を払った。
ナニソレヒドイ。
「暑いね…」
『わふ』
そんなことを話しながら歩く、いつもの散歩道。
なじみの患者達に挨拶しながら、私の脇を行儀良く楽しそうに歩くトキワちゃんを盗み見る。
…トキワちゃん、元気になって良かった。
このアホっぽさがトキワちゃんらしい。
昔の私なら、アホっぽいトキワちゃんにため息を吐いていたかもしれない。
しかしこのアホっぽさは、トキワちゃんがトキワちゃんであるためのアイデンティティーなのだ。
むしろ凄く微笑ましい。
何故ならば、つい最近まで、トキワちゃんは塞ぎ込んでいたからだ。
ボケることもなく、外にも一歩も出ず、耳を垂らして座り込んでいたのだ。
まるで、脱け殻のように。
想像出来ないかもしれない。
だけど、悲しむのは当たり前のことで、私だってそうだった。
私の場合、割り切ってしまったところがあったから、あまり悲しむことはなかっただけで。
ただ、トキワちゃんの中で、あの子があまりにも大きなものになっていたんだ。
あの子の、存在が。
ねぇほら、何か違和感を感じた人もいるんじゃないかな。
あの子…そう。
ぴーちゃんが、いないって。
ぴーちゃんが居なくなったのは、1ヶ月前のこと。
その日、起きると、いつもならトキワちゃんと一緒に寝ている黄色いのが居らず、少し違和感を感じたのを覚えている。
思えばあの時の違和感は、気のせいなんかではなかったのだけれど。
しかし私は、気のせいだと違和感に蓋をした。
ぴーちゃんは、時々木の実を食べに行くことがあったのであまり心配することはない。
むしろ木の実うらやましい。
そう、思ったのだ。
しかし、ぴーちゃんは、夜になっても帰ってこなかった。
ははん、さてはあいつめ朝帰りだなおませさんめ、などと考えていたのだが、次の日も帰ってこない。
その次の日も、そのまた次の日も。
ぴーちゃんは戻ってこなかった。
流石に何かあったんだろうかと心配になった私達は、ぴーちゃんを探しに行った。
しかし、ぴーちゃんは鳥。
行こうと思えばどこへだって行ける。
それでも、淡い期待を抱いて探しに行ったのだ。
ぴーちゃんがいつも行く、野イチゴのなる場所。
アールがいた頃、私達が一緒に住んでいた森の中の家。
しかし、見つけることは出来なくて。
気まぐれぴーちゃんのことだから、いつかひょっこり帰ってくるんじゃないかと思うが、今のところ帰ってきていない。
まぁ、もともとぴーちゃんは野生の鳥であったし、ずっと私達と一緒にいることなんて無理なことだって分かっていた。
だから、仕方のないことだと割りきって、元気でやれよ、なんて言えたのだが、トキワちゃんは無理だったのだ。
ぴーちゃんが居なくなって、寂しくなった家の中で、トキワちゃんは喋らなくなった。
あまり動かなくなった。
見ていて痛々しいくらいに、塞ぎ込んだ。
まぁ、今はトキワちゃんの中で整理がついたようだけど、それほどぴーちゃんの存在は大きなものだったと言うことで。
時々、悲しげに空を見上げるトキワちゃんは、消えてしまいそうでドキッとする。
もう今は大丈夫みたいだけど。
『わふ、わふっ!』
「ん?どうしたトキワちゃん」
意識を浮上させて、何かを訴えるトキワちゃんの視線の先を見る。
えぇと、なになに…?
〈極上紅茶クッキー〉
………。
もう全然大丈夫そうだね、トキワちゃん。
うるうるお目目したって、買わないものは買わないよ。
****
途中、腰を痛めているなじみの患者、野菜屋のおばちゃんに野菜を貰い、近所のクソガキ達にヤブ医者ー!と絡まれ、少しだけ疲れた散歩。
そしていつものごとく、私はこのドアを開けた。
カララン、と小気味良い音がなる。
「いらっさー…、うわぉヒカリ君!」
「ハイトさんこんにちは!」
そう、ここは〈ハイトおじさんの魔具屋〉。
相も変わらず不気味な店内に、
シルクハットを被ったスーツのハイトさんが私を出迎えた。
ここへ来るのももう何度目だろうか。
今ではハイトさんの美形にも耐性がつき、美声にも…いやちょっとくらくらっとするけども、慣れた。
そんなハイトさん、何かと私の世話を焼いてくれて、お兄さんみたいな存在になっている。
「トキワ君もこんにち…痛っ!ちょ、噛まないでくだサイ!痛っ!」
『グルルルル…』
「ああっ手袋に血が!ちょ、ヒカリ君笑ってないで助けてくださいヨ!」
まぁ、トキワちゃんは、何かと警戒しているみたいだけど。
笑いながらハイトさんに噛みつくトキワちゃんを引き剥がし、ハイトさんが用意してくれた椅子に座る。
「なついてはくれないんですネ…」
そう言ってショボーンと肩を落とすハイトさん。
可愛いこの光景も、今となっては挨拶のようなものだ。
私が笑いを必死に耐えていると、復活したハイトさんは、紅茶と美味しそうなクッキーを用意し、私の前の椅子に腰を下ろした。
美味しい紅茶を飲みながら、クッキーを頬張るトキワちゃんを横目に、最近のことを話す。
ローレラ兄妹のおませ具合だとか、ルイスの本の虫に拍車がかかってることとか。
あとは、近所のクソガキ達にヤブ医者って苛められることとかね。
こんなこと話してつまらないかなと思うけれども、ハイトさんは終始ニコニコと楽しそう。
ハイトさんは、ルイスより物知りだ。
聞けば、全部答えが返ってくる。
しかし、私の見ている世界は知らない。
ハイトさんは何故だかわからないけれど日光が苦手。
なので、外には夜しか出られないのだ。
だから、こんな日陰の陰気な場所で店を営んでいるってわけ。(ちょっと失礼)
昼間の世界をハイトさんに教えるのは私の役目なんだ。
リリィのおませ具合に苦笑いしていたハイトさんを見て、少し笑う。
ああ、良かった。
私の役目は、今日もしっかり果たせたみたい。
一息ついたところで、そうだ!とハイトさん。
びっくりしたトキワちゃんが机から転げ落ちた。
…精霊王、なんですよね、トキワさん。
興奮したようにバンバンと机を叩くハイトさんに、うんうんと頷くと、トキワちゃんが早く言えよとばかりにハイトさんを睨んだ。
「知っていマスか!?どうやら魔王軍が撤退を始めたようなんデスヨ!」
魔王軍の、撤退?
固まった後、目をしばたかせる。
「えっ、それって…」
ハイトさんが、ずれてしまったハットを直し、ニッコリと笑った。
「アールさんが、帰ってくるってことデス!」
アールが、帰ってくる。
その言葉に私は目を見開いて、口を開けた。
****
今から一年半前。
私の保護者、アールは、遥か北の大陸、アルレス大陸へと旅立った。
しかし、それは何故かと私に聞かれても、私には答え様がない。
アールは理由を教えてはくれなかったのだ。
いつものように朝起きて、朝食の準備をしようとリビングに行くと、アールからの置き手紙。
ただ、『行ってきます。』
その一言しか書かれてはいなかった紙。
その紙を握りしめ、私はへたりこむ。
どこに行くのか、いつ帰ってくるのか、私はどうしたら良いのか。
いきなり放り出された私はパニック。
混乱したまま、唯一頼ることができる、図書館にいるルイスに会いに行った。
ルイスなら、ルイスなら何か知っているはず。
そしてその考えは間違ってはいなかった。
ルイスによると、
今まではてんでバラバラに生活していた魔物達が、一気に結束し、北のアルレス大陸に攻めてきたのだと言う。
何でも魔王が現れたとか。
まぁ、それの真偽のほどは定かではないのだが、王宮魔術団の上位の方々は、その魔物達…魔王軍の討伐に向かったのだそうで。
ここまで言えばわかるだろう。
アールは王宮魔術団の副隊長。
要するに、アールは魔王軍の討伐に行ったのだ。
弟子の私を、置いて。
とても悔しかった。
置いていかれたことが悔しかったんじゃない。
まぁ、それもあるけど、なんかこう、もうちょっとなんかあっても良かったんじゃなかろうかアール、みたいな。
いつの間にかハイトさんに、ヒカリをよろしくね、なんて手回ししていることとかも悔しい。
嬉しいけど悔しい。
悔しかったから、唯一の反抗をした結果が、医者になっているってことなんだけど。
本当だったら、私はハイトさんの店でお手伝いをして生計をたてていたはずなんだ。
アールが、ハイトさんにそう頼んだらしい。
でも、なんか嫌でしょ?
悔しいし。
つーかまず、ハイトさんに私の性別を隠しきれる自信なんてこれっぽっちもなかったし。
だから、旅に出ちゃおうかな!なんて思ったんだ。
だがしかし、ルイスにそれを話してみたら拳骨された。
ごちん!って。
女なんだからそういうことはするなクソ虫がって言われ、ちょっと傷付き、つーか何で性別バレて…とかなんとかしている間に、ルイスの家に連れていかれた。
いや、やらしい意味とかじゃなく。
そこで、ルイスが言ったんだ。
お前は医療魔術が得意なんだから、ここで医者をしろよクソ虫が、って。
いや、クソ虫いらなくね?
とまぁ、そういうわけ。
最初の頃は、あの森の中の家から通っていたんだけど、いかんせん、私の転移魔術は爆発暴走魔術だから、トキワちゃんの背中に乗っていくしかない。
しかし、トキワちゃんは風になっちゃうのでいつになっても着くことがない。
結果、面倒くさいこと、かつ合理的でないものを嫌うルイスに、ここに住め、と…。
最初は遠慮しました。
だって、年頃の男女がね、同居とか…。
ないないない。
顔を真っ赤にしてその旨を伝えると、ルイスは一言。
「誰がこんなちんちくりん」
ぶち殺す!ってわけです。
ああもういいよ住んでやるよちくしょう!せいぜい背中に気を付けなっ!てわけです。
まぁ、なんやかんやでもう一年半も経っているんだ。
ちなみに貞操は守られています。どうせちんちくりんだもの。
だからね、アールに会ったらまず怒ろうと思うんだ。
「…ほら、噂をすればなんとかって言いますヨネ」
「…え?」
楽しそうに笑ったハイトさんの視線を追って振り向けば、
カララン、と鳴ったドアの音。
「相変わらず辛気臭い店ね、まったく…」
懐かしくて優しい、この声は。
「そんな、酷いデスネ。
………………アールさん」
もう、怒るとか、どうでもいい。
我慢していた涙をこぼし、その人影に抱きついた。
「し、しょー!!」
「ふふ、ただいま」
懐かしくて、温かい香りに。
「お帰りなさいぃぃ!」
泣いた。
おかえりアールさん!
そして、お気に入り登録ありがとうございます!
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物語本格始動ですよ皆さん!




