おませさん超コワイ。
なんか、こうなるはずじゃなかったのに…!
「よし、出来た!」
「ありがとう、先生!」
腫れの引いた足首をぽん、と叩いてにっこり笑う。
そんな私の目の前で、
にっ、と健康的な白い歯を見せるのは、近所のガキンチョ、ローレラ・リリィ ♀ 7歳。
フワフワとした猫っ毛のブラウンのショートヘアーに、くりくりした純粋な鳶色の瞳を持つ彼女は、幼き日のかっちゃんを彷彿とさせる。
さて、この可愛い少女、リリィは、私達が営んでいる診療所、もといマイホームの近くにある食堂の娘だ。
びっくりするくらい元気が良く、しょっちゅう怪我をしているため、もはや顔馴染みとなった常連さん。
病院の常連さんというのもいかがなものかとは思うが、
彼女の怪我の八割は、確信犯であると思う。
「だって怪我しないと先生に会えないじゃん!」
「…あのねぇ、」
否。
思う、ではなく、確信犯である。
そう。
自惚れでも何でもなく、
彼女は私を好いているのだ。
性別を偽っている身の私としては、バレていないので良し…むしろ完璧と言いたいところなのだが、
なにせ、最近のガキンチョはおませさんである。
「せんせ、ちゅーしよ?」
「ちゅっ……!?」
ナニコレ、おませさんコワイ。
どこでそんなテクニックを身に付けてきたのか、うるうるお目目&上目遣いで私を見上げるリリィ。
その瞬間、苦笑して私達を見守っていたリリィの兄、ローレラ・ギルト ♂ 13歳 が、妹、リリィの大胆発言にぎょっと目を見開いた。
兄として当たり前の反応である。むしろスルーしたらどうしようと思った。
「ちょ、リリィ!」
「何よう、お兄ちゃん!」
プンスカ、として可愛く頬を膨らませたリリィは、わたわたとする兄を見る。
不機嫌そうなリリィもまた可愛い…いやいや、ここで兄としての威厳を…!と、うぶなシスコンギルト、一世一代の覚悟。
「いい、いくら…すす…好きだからって、」
順序ってものがゴニョゴニョ…。
鋭いリリィの目力によって、儚く散った、一世一代の覚悟。
もはや兄の威厳も何もない。
真っ赤な顔で尻すぼみに話すギルトの頭に、ショボーンと垂れた耳の幻覚が見えた。
「お兄ちゃんは黙ってて!ね、せんせ、ムラムラした?」
「…はは、リリィ…」
ショックを受けて石化する自分の兄を綺麗なまでにスルーし、
ね、ムラムラした!?と、無邪気な顔で迫るリリィ。
私は、乾いた笑いをこぼし、目をそらした。
まぁ、リリィは可愛い。
確かに可愛い。
だから、これを他の男共にやったら、一秒とかからずに落とすことが可能だと思われる。
これで落ちない奴はいないよ。
あのルイスでさえ…、いや、ルイスは落ちないだろうけれども。
とにかく、君のそのテクニックは一級品だ。
それは自信をもってくれてもいい。
…でもね、リリィ。
先生、実は女だからね、ムラムラっとはこないんだよね。
可愛いけどね、うん。
だが、本当の事は言えないし、かと言って、目の前で期待しているリリィを傷つけることはしたくない。
嗚呼、私って罪な女ね…(ちょっと違う)
際どい質問の返答に困っていると、石化から復活したギルトが、リリィの頭をひっぱたいた。
「いだっ!」
「リリィ!先生困ってるだろう!?」
良くやった、ギルト。
うぶなシスコンギルトなんて呼んでごめんよ。
これからはロイヤルうぶなシスコンギルトと呼んでやろう。
(何がロイヤル?)
「だって、先生、リリィがこんなに愛してるのに、答えてくれないし…。」
「…リリィ…」
おいそこ。
そこの兄妹二人。
どろどろの昼ドラみたいな世界から戻ってこい。
おい、ロイヤルうぶなシスコンギルト。
そこで目を潤ませるな!
おい、こら、手を取り合うな、ヤメロこら!
「お兄ちゃん…、私、私…もう…!」
「リリィ!何も言うな!お兄ちゃんは分かっているよ!」
わかってねぇよロイヤルうぶなシスコンギルトめ!と心の中で叫びつつ、ピクリと眉を動かした。
「お兄ちゃん…!」
「リリィ…!」
そんな私に気がつくことなく、
お互いの名前を呼びあうローレラ兄妹。
もう完全に二人の世界だ。
私が入る隙間などない。
そして、あー、そのまま帰ってくれると嬉しいなーなどと油断していた私に、リリィが爆弾を投下した。
「まさか先生って……………………………………ホモなの?」
「えっ、そうだったの先生!」
なんだ。
なにがどうしてそうなるんだ。
目を丸くしてこっちを見る、リリィとロイヤルなんちゃらギルト。
話が飛びすぎてついていけそうにない。
はぁ、とため息をひとつ吐いて、紫色の眼鏡をくい、と上げる。
何言ってんだオマエらは、と言おうとして口を開けた瞬間、ガラリと診療所のドアが開いた。
「ヒカリ、帰ったぞ。」
『わふ!』
シュールな空気の中、帰ってきたのは、
本をたくさん抱えたルイスと、ドヤ顔で頭に本を乗せたトキワちゃん。
嗚呼もう、話がややこしくなること決定だよ、と天井を仰げば、
リリィが真剣な顔でもう一度言った。
「先生って、ホモなの?」
ドサリ。
トキワちゃんの頭から本が落ちる。
そうなの?と見つめるローレラ兄妹の前、私は肩を落とした。
もう一度言うね。
おませさん、クソコワイ。
続かない、考えつかない、うわぁああああ!
すいません!すいません!
スライディング土下座ァァァ!




