ラリアスの砂漠の水。
お久しぶりでござります!
あの後、ルイスは
「時間だ……俺は行くぞ」
とキリッと眉を吊り上げて奥の部屋へと歩いていってしまった。
気になって追いかけてみてみれば、〈禁書庫〉と書いてある部屋に消えるルイスの背中。
え、
禁書って、
「僕は何も見ていない、断じて見ていない!」
堂々と部屋(禁書って……!)へと行ったルイス。
禁書って…禁書って……!!
いいの!?
ねぇ、大丈夫なの!?
たらりと冷や汗を流し、私はドキドキする心臓をおさえる。
落ち着け、私。
落ち着こう、私。
なんか厳重な感じだったし、
大丈夫じゃなかったらルイスは入ってない。
自分で勝手に解釈して頷く。
そしてぴきりと固まった。
え、ちょっと待って
そんな厳重な感じの禁書庫に入れてしまうルイスって……
ルイス、何者なんでしょうか。
少しだけ恐ろしくなった。
ルイスに恐怖感を感じ、一人で身震いしていると、壁にかかっている緑色の時計が音を鳴らす。
……12時だ。
はっとして、ぴーちゃんを頭にのせたトキワちゃんを抱き抱え、結局必要のなかった羊皮紙と羽ペンを鞄につっこむ。
ダッシュで受付へ行き、もらったカードを女の子(朝の不可解な行動をする子)に差し出した。
「ああああのっ!」
私の姿を視界に捉えると、
どもって頬を赤く染めた彼女。
きゅん、と胸が締め付けられるような感覚に眉を下げる。
ナニコノ小動物。
可愛い。
俯いて、もごもごと何かを呟いている彼女にふわりと微笑んだ。
「今は急いでいるのですいません。……また来ます」
「うきぁっ、ああっはい!!」
もう一度にこりと微笑んで、私はダッシュした。
****
「遅いわよヒカリ!」
「ごめっ、師匠、」
階段から転げ落ちるように、人で賑わった広場へと向かった私は、腕の中のトキワちゃんを抱き直す。
アールは仁王立ちで腕を組み、ゼイゼイと息をきらせる私を見下ろした。
「もう12時2分よ!遅い!」
「いやいやいや2分じゃん!たかが2分じゃん!」
たったの2分!とアールを見ると、アールは眉をつり上げる。
「されど2分!時は金なりよ!」
「正論って怖いいいいい!!」
アールに言い返すことができず、私はしょんぼりと肩を落とした。
「ま、いいわ。お昼食べに行きましょ。」
「はい、師匠…」
項垂れる私と、偉そうにあるく美女アール。
広場の人々が私達を生暖かい目で見ていたのなんて、私にわかるはずもなかった。
……というより、分からなくて良かった。
****
「さ、ヒカリ、食べてみなさい」
そう言ってホカホカと湯気を出すお粥のようなものを差し出すのは、王宮魔術団のローブを脱いだアール。
お昼、と言われて来たのは、図書館の近くの飲食店。
味のある木彫りの机だとか、
オレンジ色のあったかい光だとか、凄く落ち着いた色合いの店だ。
戸惑う私をよそに、笑みを張り付けたウエイトレスにアールは何かを注文した。
説明をくれ!とアールに視線を送るも、目の前に座った私のお師匠様はどこ吹く風。
どこか意味深な笑みを浮かべて、トキワちゃんを太ももの上に乗せ、アールは私をシカトした。
つーかトキワちゃん羨まし……ゲフンゲフン。
後で絶対感想を……ゲフンゲフン。
なんて脳内で馬鹿なことを考えていると、お待たせいたしました、とウエイトレス。
アールは顔を綻ばせた。
「さ、ヒカリ、食べてみなさい」
そして冒頭に至る。
戸惑う私の前には、嬉しそうなアール、湯気を出して美味しそうなお粥的なもの。
これはどんな味がするのか、とか、
実はこれ、異世界初の異世界料理だったりする(アールの家では向こうの料理ばかり作ってたから)、とか、
思うところは沢山あるけれども、ぐう、と空腹を訴えるお腹に手を当て、私はスプーンを手に取った。
トロリとしたスープと、お米のようなものを掬う。
食欲をそそる香りに頬を緩ませた。
食べなさい!さあ食べなさい!と、キラキラ(もはやギラギラ)な視線に居心地の悪さを感じつつ、あむ、と一口。
瞬間。
衝撃が、走った。
「どう?ねぇ、どうなの?」
「……美味…しい………!」
「フフン、そうでしょう?」
柔らかく笑ったアールに、私は頷く。
異世界、やりおるな。
ちょうどよい塩加減のスープ、もちもちとした食感のお米もどき。
少しピリッととした辛みが絶妙なハーモニーを奏でている。
美味しい。これは美味しい。
私は心の中で惜しみない拍手を送り、いつ食べても美味しいわね、とスプーンを口へ運ぶアールに聞いた。
「これは何ていう料理?」
「これはウェルティー。カタルトルで有名な料理よ。」
「ふぅん」
ウェルティー…、作れるかな、なんて思っていると、アールがこちらを向いてカラン、とスプーンを取り落とした。
「?…師匠?」
「ヒ…カリ、あなた、」
目をこれでもか!とかっぴらき、アールは形の良い艶やかな唇をわななかせた。
え、何だ何だ?
なんかしたか?
もう一度呼びかけると、アールは咳払いを一つ。
「これはウェルティー。カタルトルで有名な料理よ。」
「…うん。聞いてたよ。大丈夫、聞こえてたよ。何で二回言った?」
「これはウェルティー。カタルトルで有名な料理なのよ。」
「三回目ェェェエ!!分かったっちゅうんに!」
何が言いたいんだ!と
アールを見て………
ぎょっとした。
「え、ちょ、師匠、何で泣いて」
「…凄いわ、凄いわヒカリ!流石私の子!」
「いやちげーし。弟子だし。」
アールは大粒のポトフ(懐かしのポトフ)を目から大量にこぼしていた。
「頑張ったわ!半日だけでそこまでわかるなんて!」
「なんのこと?」
がしり、とアールは涙を流しながら私の手を掴む。
私の手からもスプーンが落ちた。
「カタルトルよ!今、違和感なくうなずいたでしょう!」
ああ、と合点がいった。
それは、と口を開くと、アールが涙をぬぐって言う。
「正直言って私、ヒカリには無理だと思ってたわ。」
「…何気酷い。…いやあのそれはね、」
「あんな広い図書館からわかりやすい本を探すのなんて、ラリアスの砂漠で、水を探すくらいのようなものよ!」
………。
分かってしまう。
ラリアスの砂漠が、ラリアスの砂漠で水を見つけることがどれだけのことか、分かってしまう私がいた。
なんて不思議で奇妙な感覚。
知らないはずなのに。
知らないはずなのに。
私は、知っている。
払拭できない違和感が、白いハンカチについた落ちない染みのように感じた。
「それで!?どこまで分かったの!?」
興奮気味なアール。
私は、なんともいえない表情でポツリと言った。
「…ある程度は」
「……えっ、ナニソレコワイ」
アールに私の口癖がうつった瞬間だった。
****
「ある程度は、分かった。…つか、知った。」
私の言葉に、
それ本当?と疑わしげな視線を送るアール。
私は無表情で息を吸い込んだ。
「この世界は、カタルトル、フォルグランド、ナルサレスという3つの大陸から成り立っていて、ベイ国があるのはカタルトル。
カタルトルは、ベイ国を中心として人間とエルフ、ドワーフが共存してて、まぁ、魔物とかもいるけど、それなりにそれなり。
ラリアスの砂漠っていうのは
カタルトルの南に位置する、この世界で最大の砂漠。
……違う?」
「違いません。完璧だわ。」
嗚呼、とアールが額に手を当てる。
「分からないよママ!助けて!って泣きつかれる私の夢は塵と化したのね………」
「何だろう!何をつっこんだらいいんだろう!」
アールはため息をついた。
私は、でもね、と話を続ける。
「僕が調べたわけじゃないんだよね。」
「……?」
首をかしげたアールに、私は話した。
無表情無感情不可思議クーデレ少年のことを。
****
「で、今に至る。」
「ルイス・レイザード…………ねぇ。」
私の話を聞いたアールは、眉をよせて考え込んだ。
その名前、どこかで…と唸るアール。
いつの間にか寝ていたトキワちゃんがくあ、と欠伸した。
食べ終えて空になった食器を、相変わらず張り付けた笑みのウエイトレスが持っていく。
また食べたいな、と思いつつ、氷のとけた水を飲み干した。
唸るアールは、行きましょ、と立ち上がる。
ぴーちゃんがパタパタと私の肩に止まり、トキワちゃんは私の腕におさまった。
アールが銅の板を出す。
反応した脳が、情報を引っ張り出した。
金、銀、銅、そして、丸い銅の種類がある、
この国のお金の単位はリルト。
銅は100リルト、銀は1000リルト、金は10000リルト。
丸い形の銅(十円玉を想像してください)は10リルト。
一般市民は10リルト玉(私命名)を大抵使い、上流層は板を使う。
アールは上流層だったんだなぁ、としみじみ。
作り笑顔のウエイトレスの声を聞きながら、私とアールは外へ出た。
「思い出せないわね…。…まぁ、いいわ。」
「ずいぶんとあっさり!?」
行きたいところがあるのよ、と顔を輝かせたアールに、嫌な予感がした。
「ちなみにそれはどこ……」
「決まってるじゃない!」
その言葉に確信した私。
ニヤニヤしているように見えるトキワちゃんと、燃えているアール。
私の地獄行きが決まった。
カタルトルだのナルサレスだの
説明が下手すぎな私。
すいません。ジャンピング土下座して膝小僧を打って悶えようと思います。
というより、ゴチャゴチャ一番分かってないのは私っていう…。
はぁ…。




