おじさんの定義
いろいろ疑問があるでしょうが、気にしない方向でお願いします
泣きたくなってるんで、本当。
眉を寄せ、アールに手を引かれるがまま歩く。
昼間、半泣きでトボトボと通った通りは、日が沈むからだろうか人があまりいない。
ポツポツと街に灯っているランプの光が、淡く辺りを照らしていた。
レンガの道を俯いて歩く私。
トキワちゃんが心配そうにこちらを見上げているのは分かっていた。
ぴーちゃんは、何を考えているんだかわからない瞳で私を見つめるトキワちゃんを見つめていた。
なんか可愛いな、などと思ったものの、
私の表情はゆるまない。
何故私がこんなにおもいつめているのか。
普段おちゃらけてお馬鹿な私が…ってなんか虚しくなるからそういうことは隅によけておこう。
とまぁ、何故私が眉をひそめて思考の海にダイブしているのかという話で。
その原因はさっき通った住宅街にあった。
内心びくびくしながら(←チキン)
アールに引っ張られて歩いていれば、トキワちゃんの体が強張ったのを感じ、
何だ?と顔を上げれば、
見たことのある建物に息がつまった。
そう。
間違いなんかではない、ここは。
転移魔術という名のテロもどきを起こしたはずの場所。
ヒカリどうしたの、と言うアールの声が膜を張ったようにくぐもって聞こえた。
「…何だよ…どういうことだよ…」
呟きが漏れる。
何の騒ぎにもなっていない。
何も、変わっていない。
まるで何もなかったかのようにそのままの状態であるのはどうしてか。
頭をよぎるのは、美形な銀色。
首をふるふると振って、あり得ないと打ち消した。
早くしないと店が閉まっちゃうわというアールの声に我にかえり、何でも無いよと笑う。
変なヒカリね、とアールは歩き出し、ひきつった笑いを私は消した。
上機嫌で歩くアールに若干の不安を感じながら(服屋だったらどうしよう、とか)
頭を抱えてしまいたい衝動にかられる。
ああああどういうことだぁぁぁと脳内で発狂し、金色の目を心配そうにこちらへ寄越すトキワちゃんの目を目潰ししたくなった。
何かを感じ取ったのか毛を逆立てて顔を背けたトキワちゃんに意味もなくムカついて舌打ち。
ガァァアンとショックに目を見開くトキワちゃんにまたしても目潰ししたくなった。
分かっている。
これが八つ当たりだってことくらい。
トキワちゃんすまんな、と心の中であやまった。
しくしくと涙をこぼすトキワちゃんに罪悪感を感じつつ、
やっぱりあの人が……いやいやでもな…とぶつぶつと独り言をこぼしていれば、元気なアールの声が私を現実へ引き戻す。
「さ、着いたわよヒカリ!!」
「ん?」
顔を上げれば、この世界の文字。
〈ハイトおじさんの魔具屋〉
すぅ、と入ってくるように理解できてびっくりしたが、
なにより
「服屋じゃない!?」
そっちの方がびっくりした。
「ヒカリ、私のことを何だと思ってるのよ」
と驚きを隠せない私にアールが呆れ顔で言った。
視線をずらし、どこか怪しい雰囲気を漂わせている〈ハイトおじさんの魔具屋〉を観察。
窓から覗く、瓶に入った目玉、骸骨の手。
なんじゃありゃ、と冷や汗をかく。
どういうことだコレ、嫌がらせかコレは、と後退り。
なんか、怖くね?
ハイトおじさん、怖くね?
そして、ハイトおじさんを勝手に作り上げ、一人で身震い。
トキワちゃんは、強がって平然を装っているものの、肉球にしっとり汗をかいている。
ぴーちゃんは、寝ている。
可愛いなこいつら、と肉球をぷにぷにしたところで、ハイトおじさんの魔具屋入りたくねぇ切実に、とアールに視線を送る。
………だが、通じなかったようだ。
「さ、入りましょ」
「ちょちょちょ、待ちなさいよ」
ドアに手をかけようとするアールを必死に止める。
こんなとこで何を買うんだ!とわけが分からず、アールに聞いた。
「どゆこと?」
アールはウインクをして私の頭を撫でる。
「メガネよ。能力を遮るメガネを買うの。
読みたくない人の心まで読んでしまうのはいやでしょう?」
「…アール…」
アールが私のことをそんなに考えてくれていたなんて!と感動して顔を上げれば、紫の目と私の目があった。
あ、まただ、と思えば。
(ヒカリの可愛さに悶えている私を悟られるわけにはいかないのよ!)
「だから本音本音本音ェェェェエ!!」
なんか感動的なシーンがもったいないなと思いました。
アレ、作文?
****
ギィィ…と音を立てて、ドアを開けるアール。
何故だかは不明だが、終始笑顔のアールの後ろにびったりついて、そろ…と中を覗く。
「いらっさーい」
「ひくぅ!!」
ずい、と目の前に顔。
びっくりしてアールの後ろに隠れれば、アールが困ったように言った。
「ハイト、虐めないであげて」
プルプルとトキワちゃんと共にアールにしがみつく。
何だコレ怖くね?
やばくね?
今のがハイトおじさん?
やっべぇパニクってて全然顔見てなかった!
つーか心臓が飛び出そうだこの野郎!
ごちゃごちゃ考えながら、より一層強くアールにしがみつく。
すると、申し訳なさそうな声が頭上からふってきた。
「ごーめんネ、可愛いお客様だったからつい」
ピキリ、と固まった。
………、えぇと。
ちょっといいかな。
なんか、すっごいいい声してるんですけどハイトおじさん。
やべぇ、惚れそう。声に。
脳髄に響くかのような、甘い低音ボイス。
イヤだコレ。声すっごい私の好み。
なんかイイ……
ほけぇ、と顔をとろけさせた私。
動かない私に何を思ったか、アールがハイトおじさんに向かって鼻で笑った。
「完全に嫌われたわね、はんッ、ザマァ!」
「ああそんな!ごめんネ許して!おじさん怖くないヨ!全然怖くないヨ!大丈夫だから出てきておくれ!」
あああああ喋るなハイトおじさん!
惚れてまう!惚れてまう!声に!
一人で悶える。
どんな顔をしてるんだろうと気になって、
ちら、とアールの背中から顔を出す。
顔を見て、絶句した。
「うっわ…」
そこには、もはやおじさんではなくハイトお兄さんなハイトさんがいらっしゃいました。
白黒のシルクハットをかぶり、綺麗な緑色の長い髪を一つにくくった美青年。つーか美声年。
白くて決め細やかな肌に、優しげにたれた目。
ビシリと決めたスーツは驚く程似合っていて。
「きれー…」
思わずみとれてしまった。
「ありがとネ!嬉しいナァ、あ、なんか泣きそうですネ」
照れたように、眉を垂らすハイトさんに地団駄をふんだ。
「くぅーーーーッ!!!」
何ですかこの生き物は!
私をどうしたいんですかこの生き物は!
悶え死にさせたいんですかそうですか!
「俺はハイトですネ!〈ハイトおじさんの魔具屋〉どうぞご贔屓に!」
「喜んで!僕はヒカリです!」
間髪入れずにいって、握手する。
ハイトさんの革の手袋が邪魔だなと思いました。(←変態)
アールが舌打ちしたのを横目に、心の中で雄叫びをあげました。
っしゃコラァァァァァア!
めっちゃ綺麗な異世界人の知り合いできたァァァァア!
ふわりと笑いながら、うちなるヒカリは拳をつきあげたのだった。
ハイトさん出てきましたネ
ネって何でしょうネ
はは、つまったどうしませう




