テロリストフラグが立ちました
ここは、薄暗い路地裏。
一人の少年と、一匹の仔犬、黄色い球体が円をかいて座っていた。
しゅたっと、少年が立ち上がって口を開く。
「よし、者ども。作戦会議だ。点呼をとる。トキワちゃん」
『いるであります、軍曹』
びしり、と仔犬…もといトキワちゃんが姿勢を正した。
「よし、ぴーちゃん」
「ピー」
黄色い球体はパタパタと少年の肩に飛びうつる。
球体、ぴーちゃんをひと撫でした少年は、顔を強張らせると静かに言った。
「…………師匠はどこだ。トキワ大佐。」
『はっ!アールはどこかへ行ってしまったであります!そして大変な状況にあるのであります!』
と、トキワちゃん。
「大佐ァァァァァァア!!!」
薄暗い路地裏で、半泣きの少年、ヒカリの声が響いた。
****
うろうろとヒカリは歩き回る。
「ヤバいよヤバいよどうすんのこの状況!迷子だよ!しかも初だからどうしたらいいか分かんないよ!」
『どうにかなると思うであります!』
錯乱するヒカリに楽観的なトキワちゃんが話す。
するとヒカリはびしぃ!と人差し指をトキワちゃんへ向けた。
「どうにかなる、なんとかなる、そういう甘っちょろい考えが命取りなんだぞ大佐!」
『はっ!心に刻み込んでおくであります!』
背筋を伸ばしたトキワちゃんを見て、ヒカリはうなずく。
「じゃあ、大佐。今我々がしなければならないことは何だ?」
『はい!腹ごしらえで「違うからね」…冗談です』
自信満々に答えたトキワちゃんのセリフをヒカリは一刀両断した。
しゅん、と耳を垂れるいたいけな仔犬をふりきるようにヒカリは頭をふる。
ヒカリはトキワちゃんを腕に抱くと、パンパンと埃をはらった。
「今は探すしかないんだ。行くよ。者ども。」
『了解であります軍曹!』
「ピィ」
そうして、作戦会議、つーかボケ大会を終えた一行は、路地裏から出るべく、一歩、足を進めたのであった。
****
ふらり、ふらりと人を避けながら歩く。
アールが、見つからない。
何より居心地が、悪い。
何故かって?
ヒカリは、こそこそと腕の中のトキワちゃんに話しかけた。
「…ねぇ、視線を感じるんだけど、どうしたらいい」
『わふっ』
「犬語で言われてもわかんねぇよ、分かったらすげぇよ」
理由は、
先程から感じる視線。
ビシバシ感じる視線。
ヒカリはぐるりと周りを見た。
チラチラとこちらを伺うように見る女性が多数。
目が合うと、顔を逸らされる。
こんないじめのような仕打ちがさっきからずっと続いていたのだ。
………何か珍しいんでしょうか私。アレか?
その目は蔑みの目か?
目も合わせたくねぇくらいアレか?オイコラ。
かわいいもの、かわいい人、とにかくかわいいがつくものが大好きなヒカリとしては、可愛がっていたイグアナに飛びげりされて逃げ出されてしまうような悲しさなのだ。
………え?なに?
イグアナ久しぶりだね?
まぁ、イグアナもアレだから。
休暇あげないとすねちゃうから。
とまぁ、イグアナは置いておいてだな。
まさに今、ヒカリの状態は泣きっ面に蜂、いや、泣きっ面に植木鉢がいきなりおきてきたような状態なのだ。
もう、何?
気力だけで動いてる感じ?
異世界の地でアールとはぐれ、見られ、目を逸らされ。
目からポトフの汁が出てきそうである。
よく頑張ってるよ。ホント。
ヒカリはため息をひとつ。
「…はぁ。見つけられる気がしねぇや。もう少し歩いたら、追跡魔術使おう。」
ブスブス刺さる視線のなかで、
ヒカリは魔術に頼ろうと心に決めた。
だが、そんなヒカリとは裏腹に。
視線の主達は、いじめという攻撃でヒカリのHPをレッドゾーンにしようなどとは毛頭思ってはいなかった。
視線から逃れるようにうつむいて歩くヒカリにはわからないのだ。
自分が女性の心を激しく揺さぶる容姿をしていることに。
サラリと顔にかかる黒髪、中性的な美形の顔、そして、仔犬を抱えてトボトボと歩くなんともいえない儚さ。
憂いに沈んだその顔は、がっしりと心を捕まえて離さない。
時折その形の良い唇から漏れるため息は、年にそぐわぬ色気を醸し出している。
目が合えば、逸らすのも無理はない。
まるで、王子なのだから。
そんなことは露知らず、ヒカリは視線から逃れるように、進める足を速めたのであった。
****
人混みを逃れることに成功。
まったくもってここがどこだかは分からないけれど、ヒカリはニヤリと口元をあげた。
「新技、追跡魔術。試してみませう」
私が作った魔術、名前は無難に追跡魔術と言います。
これは、アールに教えてもらった、魔力の後始末からピンと来ました。
本来、魔術師たる者は魔術を使ったらきちんと使ったことを跡形もなく消さなければなりません。
何故なら、魔力は指紋のようなものであり、使用者を特定可能することができるのです。
それを逆手にとりまして、自分の魔力を感知できるように、何らかの魔術を対象にかける。
用意周到な私は迷子になるであろうことを予想して、私の魔力を纏わせた小石をアールのポケットへいれておいた。
私はその自分の魔力を探すだけ。
えっへん凄いだろ。
崇め奉れミジンコどもよ!
…サーセン調子こきました許して
ま、まぁ、要するに魔術的GPSなわけなんですよ皆さん!
スゴくね?
天才的じゃね?
え?何?
それホントに自分で作ったのって?
君にそんなこと出来るわけない?
てめっ、おまっ何なの?
私の心を切り刻みたいの?ねぇ。
馬鹿にしてんの?けなしてんの?
ナニソノ仕打ちひどい
………ま、まぁ?
一人でってわけじゃあないかもしれない可能性もないわけじゃあないよ?
トキワちゃんもやったよ?
ほんの少ーし手伝った、うん。
魔力のまとわせ方とか、その小石の魔力の持続時間のあげ方とか教えてくれて……
………
アレ?ちょっと待って
私がやったのってなんだっけ?
えぇと、トキワちゃんに教えてもらったやつを練習して…………
……………ごほん。
女は過去に縛られない生き物なのよ。
その貴方のツルツルの脳ミソに刻み込んでおきなさい!
すいません調子こきました許して
とまぁ、お馬鹿な考えははじっこに捨て置くとしてだな。
さっさとアールを見つけませう。
ヤル気満々で腕まくりをして、期待に胸を膨らませる。
先程から『アレか』と小声で呟いているトキワちゃんを腕から降ろし、ぴーちゃんをその頭へ乗せた。
キョロキョロと周りに誰もいないことを確認し、地面に手をつける。
嗚呼、ここに犬の糞とか落ちたことがないことを祈ろう。
後で絶対手を洗おうと堅く心に誓って、目を閉じた。
自分の、魔力を引き出して。
ゆる、と目を開けた。
「第一段階、成功」
手から燃え上がる、金色の魔力の炎。
私の、魔力。
「さぁて、第二段階いきましょか」
ニヤリと笑って手に力を込めた。
口から紡ぐは魔法の呪文。
「アール狩りじゃあァァァ!」
金色の魔力が地面に吸い込まれた。
これが成功すれば、アールの小石を感知した私の魔力がアールの下へ導いてくれることになるはずなのだ。
え?
どうやって導かれるの?って?
………アレ?
どうなるんだろう、分かんね。
まぁ、見てりゃ分かるよ。
ふと視線を移す。
やはり気になるのだろうか、固唾を飲んで目を輝かせるトキワちゃんが目にはいった。
平たく言えばアレだもんな。
トキワちゃんが一番頑張ってたものな。←(認めた)
さぁ、どうなる新技!
来いよ新技!
ワクワクと胸を高鳴らせる。
だが、一向に、何も起こらない。
待てども、待てども、起こらない。
………………………
広がる沈黙。
トキワちゃんと私の目が、輝きをうしなっていく。
もしかして。
「まさかの失敗!?何故だ!?何故なんだコノヤローーー!」
まさかの失敗フラグ。
うわぁぁぁんと地面を叩いて悔しがった。
トキワちゃんも辛そうに首を振っている。
あ、ちなみにぴーちゃんはぐっすり睡眠。
やりきれない思いを涙を流しながらぶちまけた。
「僕がこの新技に当てた時間はなんだんだよコンチクショー!
何だよ!何なんだよ!アレか?呪文が気にくわないのか!?おいコラ!」
叫んだ瞬間。
びくりとトキワちゃんの体が強ばった。
数秒遅れて私も異変に気づく。
人が、いる。
人の、気配。
さっ、と跳躍してトキワちゃんとその場を飛び退き、距離をとる。
カツンと響く、靴音。
焦って周りを見回して、現れた人に、身構えた。
「おやおや…何だか不思議な魔力を感じたのですが………。随分と可愛らしいものが釣れましたね。実に興味深い、楽しいものが。」
楽しげな声が響く。
訝しげに目を細め、彼を見る。
何だか馴染んだ魔力を感じとり、驚いて目を開いた。
トキワちゃんも、困惑している。
ここにあるはずのない、彼の持ち物。
彼が持っているのはおかしい、小石。
何で、と言うように視線を動かせば、彼はニッコリ笑う。
「ああ、これですか?私の下僕から、ちょいと失敬しました。」
悪びれもなく下僕と言い放ち、彼は、うっすらと金色の粒子、もとい私の魔力を纏わせた小石を手のひらで転がした。
「な…んで」
驚いて心なしか声が出ない。
距離がどんどん近くなる。
「何で、と言われましても。………私の方が聞きたいくらいです。んー、そうですねぇ。
どうして男の子の振りなんてしているのか…とか。」
銀色の髪をサラリと揺らし、浮世離れしたその美しくも冷たい印象をうける顔を嬉しそうに綻ばせた彼。
ゆっくりと近づく彼に、ぞわりと鳥肌がたった。
こいつ、普通じゃ、ない。
魔力の質が、量が、違う。
ビリビリと感じる、魔力。
何で分かるんだって?
私、トキワちゃんとの契約で動物的な直感が鋭くなったようなのだ。
感じる、恐怖。
一瞬でも気を抜けばや(殺)られる。
初めて感じたそんな感情に、背筋に汗がつたう。
ぎゅ、と拳を握りしめて。
唸って威嚇するトキワちゃんをひっつかみ、私は一か八かの勝負に出た。
「転移!」
覚えておいでだろうか。
私の使う移動魔術は、周りを巻き込んだ大規模な爆発を起こすのだ。
だってモブ並みだもの。み〇を。
とりあえず、この人から逃げる!
それだけを考えて放った魔術。
ドォン、と爆風が銀色を吹き飛ばしたのを、視界の隅っこで認知した。
………すいません。
後始末、ヨロシク。
少し罪悪感は、爆風にのせて。
―――消えた。
ヒカリちゃん、苦手なんですよね、移動魔術。
はい、超直感のある方はわかっちゃいましたかな?
アレです。
アレはアレです。
これはアレです。
それがアレで、アレがこれで、私は誰?
ここはどこ?(混乱)




