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波乱の夜 ①

 自分に向けられる視線なら、強い殺気立った気配なら仲間と別れてからずっと感じていた。

 だが振り向こうとも、周囲を伺おうともその主の姿は影すら見えない。暑苦しさと緊張とが相まって心労が重なり、警戒がおろそかになりつつある。なにせ、今日ここに付いてから戦闘はあれども小休止すら許されなかったのだから――そんな間隙かんげきを狙うような狡猾さに、衛士は思わず舌打ちが漏れた。

 おそらく敵は付焼刃スケアクロウ

 既にこちらが”特異点”を狙っているというのが察知されていると考えるのが妥当だ。

 ならば早急な処分が必要である筈。だが、未だこちらを監視するだけで手を出さないのは何故だろうか。

 機関だと分かる決定的な瞬間を待っている? 泳がせて戦闘に最適な機会タイミングを見計らっている?

 何にしろ、手を出してこない今のうちにするべき、あるいは出来ることはしておくべきだ。

 ――そう考えた矢先だった。不意に腰に突き付けられる、硬くて冷たい違和感を感じたのは。

「動くな。妙な動きをしたらぶっ放つぜ?」

 声は背後から突き刺さると共に、複数の気配は衛士を取り囲むようにして肉薄した。その内の一つの影がぬるりと滑るようにして衛士の眼前に現れた。

 衛士の一回り大きい巨漢。見るだけで戦意喪失してしまいそうな頑強な肉体は、薄手のタンクトップから隆々とした筋肉を見せつけていた。闇に溶けそうな褐色の肌は街灯に照らされ、辛うじて姿が視認できる。男はその中で浮き出たような真っ白な歯を剥き出しにして、さらに続けた。

「手を上げな。アブねぇモノを持ってるかもしれねぇから身体検査ボディチェックだ」

 鋭い視線。下手をすれば、すぐさま動かなければその図太い腕が襲いかかってきそうな、威圧する空気に押されて衛士は思わず言われたとおりに行動をしてしまう。

 肘を曲げ、手を頭の横に持ってくる。すると、男はにこやかな笑顔で短く舌打ちをした。

「違う違う。腕をピンと伸ばすんだ。お天道さんに向かってなぁ」

 男は両手を伸ばして、肘を手のひらに乗せるとそれを持ち上げるようにして衛士の腕を伸ばしてやる。

 軍人崩れなのか、手馴れた様子でそれから脇に、ジャケットのポケットに手を沿わし、流れ、全身を確認してから手を離した。

「そいつは銃か」

「……あぁ」

「この街では火器類の携行を基本的には禁止している。お前さんが観光者であってもだ」

 ――協会が一般人に金を掴ませて機関の人間を探しているという可能性もある。

 この街の実権を握る警察の崩壊など、仮にあったとしても街にはなんの変化もないだろう。この街は限りなく自由だ。だからある程度の事はなんでもできる。そもそも治安という物自体が存在せず、暗黙のルールというものだけでソレが確立している世の中なのかも知れない。

 だから仮に、こういった場合に突然発砲されて人が死のうが、周囲の人間は気にしない。とはいえ、道を歩いていて小動物の死骸を見つけた程度の嫌悪感は示すだろうが。

 理想としては警察が持ちうる人材を全動員して街を駆るのが良かった。そうすれば協会の人間が動き易くなるし、故に確実に狙う瞬間が理解できる。それが出来る能力ちからがあるのだから――が、それは恐らく望めないだろう。

 協会がそうさせはしない。最低限の人員で潰しにかかる。野うさぎを狩るために森に訓練された犬を放つイメージだ。

 後ろの男がケースに手をかける。が、腕を上げたままであるためにそれを奪い取ることは出来なかった。

「アブねえってんだよ、お前さん。ここで起きた全ての惨劇に原因を作るとしたらまっ先にお前さんが挙げられる。ここで火器を持つってのはそういう事だ」

「オレの腰に突き付けてんのは?」

「ははっ! こいつは”俺のマグナム”だがな!」

 銃を突きつける男が叫ぶように言うと、周囲からどっと低い笑い声が漏れ出した。

 目の前の男も同様に笑顔で肩を弾ませて笑うと、そうしながら衛士の肩に手を置いた。

「俺たちはこの街の平和を守りてぇってんだよ。分かるな? 中国人チャイニーズ

「つまりオレをどうしたいんだ?」

 衛士の返答に、男は驚いたように目を見開いて、それから面を上げると周囲の仲間を顔を見合わせた。

「んふー」だの「駄目だこりゃ」などとの言葉が漏れ、衛士はそれを聞きながらなんだか言葉の選択を間違えてしまったような恥ずかしさを感じて、頬が紅潮していく感覚を覚えた。

 そして不意に――鋭い拳が頬に穿たれた。

 凄まじい衝撃。予知していても下手に避ける事は出来ず、衛士はそのまま脳みそを揺さぶられながらたじろぎ、激動する視界の中で目の前の男を捉えようとして、またその胸ぐらを捕まれて拘束された。

「俺たちをこの街のクズ共と一緒に考えているようだがな、餓鬼。俺たちゃPCM連中とお友達で同業者なんだよ、分かるか? お前さんが殺した連中のお仲間なんです、理解できますかァッ!?」

 襟元を締め上げ、そのまま腕を交差させる。流れるように足を払うと衛士の身体はいとも簡単に浮き上がって、宙を一回転。そのまま地面に叩きつけられて、その間に銃は回収されてしまった。

 ――何が、一体どう繋がっているか判らない。

 単にこいつらは仲間の仇討ちに来たというだけか? ならあの連中は何故協会の名前を出したのか。

 分からない。警察との繋がりは? なぜここに派遣されている?

 わからない――オレはここで、今何をすればいいのか――オレに何が出来るのか。

 全てが不鮮明なその中で、衛士の命は危機に晒されていた。

「銃は使うな。ただじゃ殺さねぇぞ!」

 脇に両手が通され、訳が分からぬ内に衛士は羽交い締めにされていた。

 こいつらは本当に仇討が目的なのか。衛士はそうに疑う事しかできない。何よりも想像以上の衝撃が、混乱の渦へと陥れていたからだ。

 答えが見つからぬ疑問を延々と繰り返す。その度に混乱は、不安は、恐怖は深まる。それは悪循環だった。

 全身を嬲る堅い拳骨。脇腹に押し付けられ続ける拳銃の銃口。顔を伝い垂れる汗は、紅く滲み粘着質を帯びていた。

 ――コレも、この街では日常なのだ。

 誰もが無関心に過ぎていく。そこにはまるで無いものとされているように、その惨劇は無視され続けていた。

「よくもこの餓鬼が! あんな残酷な事を……ッ!」

 男の咆哮。同時に衝撃、激痛が襲いかかる。

 身体の骨が幾本折れたか知れない。抵抗できぬまま、まだ任務もろくに達成し得ぬまま傷つき、力果てるのか――。

「冗談じゃ――冗談じゃねぇよ!」

 ふりあげる頭。その後頭部は丁度羽交い絞めをする男の顎を打撃した。

 鈍い手応え。

 低いうめき声。

 衛士を拘束する力はにわかに弱まった。

「奴らが考えて行動した結果だろうがっ!」

 前方へ滑り落ちるように体重を掛けて腕から抜けると、そのまま握りしめた正拳を振り上げて、目の前の男に切迫。その最中に腕を掴まれる予知を参考に、身体をさらに沈ませた。

 男たちの姿が、まるで頭上に聳える高層ビルのように感じられる。衛士はその隙をただすり抜ける事だけに集中して――目の前の男の脇を抜ける。その刹那に放つ猿臂エルボーは、狡猾に横腹を突き刺した。

 巨木のような肉体がよろめく。が、僅かに揺らぐだけだった。

 衛士が彼の背に回りこむ頃にはまた他の男達が衛士へと迫り――。

「まて……話を聞いてくれ……っ!」

 懇願じみた台詞が、思わず歪む口から漏れ出した。

「お前さんの話なんざ――」

 この男たちを止める事が出来る一言は何だろうか。

 気を引く、興味を引く、注意を引く決定的な言葉。

 彼らの根底には何があって暴力に走るのか。その怒りの根源には何があるのだろうか。

 致命傷となりうる言葉。導き出せるだろうか。

 暴力の引き金がまた引かれ、拳の撃鉄が落ちるより早く――。

「死体をッ!」

 振りかぶる拳が、その最も高い位置でピタリと止まる。

 扇状に展開する四人の男たちは、最初に衛士に声を掛けた男のその動作の停止に倣うように、言葉を止めて動かなくなった。

 まだ戯言に耳を貸してくれる余裕があって良かった――衛士はにわかな安堵を胸に、大きく息を吸い込んで続けた。

「あんたらは、ちゃんと死体を確認したか? お仲間の死体をさ」

「確認だぁ? お前さんがしっかりドタマぶっ放してくれたトコまで確認したさ」

「あぁそうだ。頭吹っ飛んでたよな、爆発したみたいに。ホントに良く見たのか? 銃じゃあんな飛び散り方はしないし、弾だって残ってないはずだ。爆弾じゃあんな綺麗に吹き飛ばない。オレは装備を隠す暇さえ無かった。銃だってまだ一度も使ったことがない新品おニューだ」

「仲間が居るんだろ。他に、外によ」

 血に濡れる拳を服で拭うと、男は大きく一歩踏み出して衛士の直ぐ前にまで迫る。衛士が見上げるようにすると、男は同様に、顎の下にあるその顔を見下ろした。血に濡れ瞼を晴らし青あざを作る、酷い顔だった。

「死体を動かした形跡がないまま警察が来た。現場はそのまま保管されて、だからこそ撃ちこんだ弾丸の回収は不可能だ。爆弾だってそうだ。どうやって?」

「……仮にお前さんが無実だって言いたいなら、誰があんな事が出来た? お前さんは説明できるのか?」

「それを解くには情報が足りない。あの連中がオレ達と接触したのは、今日の昼間。ヨハネスブルグから半日ほど走った道路でだ。火器類が大量に載せられた大型トラックで強襲された」

「別れて行動していたが――早速穴が見えたな。アイツらは警察署長の護衛で外に出たが、武装の調達は頼まれていない。そしてその証拠の火器類は何処にある? 警察からも聞いていないが」

 やはりそうだ。

 衛士は男の言葉でようやく合点がいった様に頷いた。

 ――あの連中は別れ町の外に出た際に協会と接触し、そして例の能力か、あるいは小型の爆弾を頭の中に埋め込まれた。そして一切の自由をなくし、さらにこのスラム街に潜伏している協会の為に武器を運ばせた。

 街に到着してから彼らは一体、荷物をどこに運んだのだろうか。既に待ち構えていた配達ルートに乗せ、その時点で武装調達の仕事は終えたのではないだろうか。

 そこで異変に気づいた衛士たちと戦闘になり――情報を漏らす寸での所で、協会は始末した。

 だから今目の前にいる仲間たちがそれらを知らなくても自然だし、同時に明らかに衛士達が手を下したとしか見えない状況を利用して追い詰める事も出来る。

 なんとも狡猾な連中だ。

 同時に漏れるため息を押し殺し、衛士は反論する。

「オレにはそいつの証拠は出せない。無いものはないからだ。が、アンタ達には死体の不自然な点についてどう答える? こんな世界に居るなら死体くらいは念入りに確認するだろう」

 街の護衛が仕事ならば、不安因子は極力減らす。死体がどういった経緯で死体となったのか分かれば、敵の武装の、少なくとも一部は判然とするからだ。

 男は衛士の言葉に従うようにして斜め上の夜空を見上げ、顎に手をやった。

 それらを注視する彼の仲間たちも、決して痺れを切らし襲いかかる事もなく、恐らくリーダーなのであろうこの男を信用するような目で見守っていた。

「爆ぜていた……というのがやはり正確な表現か。確かに頭はぱっくり割れていた。骨は外側に開いてたが、だが焦げた様子も無かった……風船が破裂したみたいにな」

「オレだって濡れ衣で死にたくない。アンタたちはオレが犯人だって信じ込んでオレを殺してれば寝覚めは良かったかも知れないがな」

「お前さんには心当たりがあるのか?」

「たったこれだけの説明で信じてくれとは言わないが――アンタ達とオレ達の敵は共通だ」

「ふん。確かに信じられたもんじゃあない。お前さんがアイツらの頭の中に爆弾を仕込んでいないとどう説明を付ける。他のあらゆる手段だってあるはずだ。アレを再現するにはな。だが――」

 男は衛士の横に踏み出ると、同時に振り返る。

 すると途端に、彼の仲間たちの視線は一斉に彼へと集中した。

「ジョン、ダーティ、お前等は留置所へ行け。隅々を調べて何か、始末されたものはないか確認だ。看守たちはノビてるだろうが構わん。コイツが出てきたってことはそういう事だ」

『了解!』

 呼ばれた二人は、まだ若い男の二人組だった。短い金髪の坊主が幼い雰囲気を見せる白人に、対照的にドレッドヘアーが陽気に見せる黒人。彼らは同様に腰にナイフを、そして肩からはストラップでカービン銃を降ろした武装で、綺麗に揃った敬礼を後に、街の奥へと駆け出していった。

「ダニエル、エミール両名は警察署地下へ。今日の死体はまだ処分されてないはずだ。くまなくチェックしとけ。……あと、アイツらの服装がヘンに乱れていたら……そうだな。好きにしろ」

『……了解!』

 パーマがかかったような金髪に、色眼鏡を掛ける男は理解が遅れたように、そしてスキンヘッドの威厳がある中年らしい男性は気が抜けていたようにワンテンポ遅れてした返事は、奇妙に噛み合って重なっていた。

 彼らは顔を合わせると気恥ずかしそうに笑い、先程走っていった二人の後を追うように走りだす。

 残った男は、その角刈りの頭を撫でるようにして、微笑んだ。

 首に腕を回し、肩を組む。だがそれは背丈が合わぬために、肘を置かれるような形となっていた。

「お前さんは”結果”が来るまで拘束。安心しろ、俺たちゃ快楽殺人者じゃない。真実が違っていれば詫びるし手を貸す。今回は特にだ……っと、いつまでもお前さんじゃややこしいな。俺はギャラング」

「あぁ、俺は……エイジ・トキだ。よろしく、ギャラング」

「おお、宜しくトキ」

 手を差し出すと、これまた一回りはありそうな武骨な手が衛士の手を容易に包む。いつでも握りつぶせてしまいそうな力はそれでも加減され、しっかりとした握手と相成って、交わされた手はまた離れていった。


 近場でペットボトルに入っている水を購入して待機している中で、ギャラングから様々な質問をされていた。

 お前は中国人なのか? 歳はいくつだ。ハイスクールには行っていないのか。なぜこんな場所に居るのか。なぜ銃なんて持っていたのか。なぜ歳の割には戦場で育ってきたような感性を持っているのか。なぜ割合に身体が鍛え上げられているのか――答えるのが面倒になる程の質問は、応酬にならず一方的に、彼の仲間が帰ってくるまで続いてしまう。

「隊長、戻りました」

「おお、首尾はどうだ」

 ジョン、ダーティ二名は駆け足で戻ると背筋を伸ばして彼の前に立ち止まる。

 夜も更に更けてきたからか、人通りは薄れ始めている。それはこの一般層の居住区だからなのだろうが、少なくとも人が少ないに越したことはなかった。

「元々人が居ないような場所だから探しやすいとは思ったんですが……鉄格子や手錠が”力任せに破壊”された形跡以外は特に何も……。掘ったとか、壁を破壊したとかの形跡は一切ありませんでした。火薬の臭いもありませんでしたし、看守長は怯えて話にならないしで……」

 ジョンは肩をすぼめて、うんざりするように首を捻った。ダーティは彼の肩に手をおいて、励ますように微笑んだ。

「そうか……じゃあ次は街の外。トラックが止まっている、現場付近を頼む」

「隊長、人をコキ使うのは一度までって学校で教わらなかったですか?」

「偉くなったら死ぬほど使えってのは教わったがなぁ。文化の違いじゃないか?」

「はは、諦めろジョン。タイチョーに余裕が無い時にだけ反論すりゃいいんだよ」

「っていうか、コードネームあるのに人前で本名で呼ばないでください」

「今は仕事中じゃないから関係ねーっての。いいから行って来い」

 ギャラングはそう言ってジョンの肩を力強く叩いて送る。ダーティはどこか気怠げな様子を見せながらもキビキビとした動きでそんな相棒の後をついていく。

 残る二人は、そんな彼らと入れ違いになるようにして戻ってきた。

「……なぁギャング、明日の朝飯はスープだけにしてくれ」

「うへぇ……もう肉は食えないっす」

 腕を垂らし前屈姿勢で、とぼとぼと心底気分悪そうに歩いてきた彼らは開口一番にそう告げる。

 死体を漁る命令だったのだからそれも仕方がない事だったが、その両手が真っ赤に染まり上がっている所を見ると、どうあれしっかりと確認してきたのだろう。

「それで? どうだった」

「そこの坊主の言うとおりだ。弾痕は無いし火薬を抑えた爆弾を使用した気配も無ぇ。火薬臭く無い上に焦げてもない。ホントに、中から破裂したみてぇになってた。全員な。しかも脳みそが零れたわけじゃなく、脳みそも粉微塵に吹き飛んでいるっつーらしいのが、なんとも悪趣味だよなぁ」

「うぅ……こんなの、人が出来っこないですよ。小型でも、仮に何か道具を仕込んだとしても、外傷は一切ないし。顔とかにあったら、そりゃ分かんないですけど」

「いいや、ダニエル。そいつの可能性は低い」

 なんでです? と問う若い男に、エミールはその髪の生えていない頭を撫でるようにして汗をぬぐい、それから肩を大きく一度上下させて息を吐いた。

 身振り手振りで、また衛士から取り上げた銃ケースのストラップをカービン銃と共に肩に提げて、言葉を返す。

「そこの坊主が気づくだろう。んな傷があったら。髪が生えてるトコでも、ましてや顔にあったら不審に思う。気付かないわけがない。だろう? なぁ坊主」

「えぇ、まぁ。共通の傷ってのが引っかかるはずだけど、恐らく無かった。全員の顔を覚えているわけじゃ無いけどさ、その時にオレが気になったっていう記憶がない時点でそれは無かった、と考えてるけど……まぁ、信憑性は無いよな」

 ここでまた評価が下がれば、拘束は続きやがて死につながる。

 いや、ここまで不審な点があって、現場の人間が確かにおかしいと感じて動いている時点で半ば認められているようなものだが、それが確実だと安心できない事も確か。

 だがここでこの連中を味方に付ける事ができれば――恐らく大きい収穫となるだろう。

「まぁお前さんは自分を信じろ」

 ギャラングはそう言って衛士の肩を叩く。安堵させるための所作なのだろうが――いつまでも肩を組むせいで、酷く暑苦しい衛士はその行動が妙にイラついて仕方がなかった。


 ――事態の進展とは、心がやや安らぎ、あるいは落ち着き始めている際に、最も驚き易いタイミングでやってくるものだ、と衛士は学ぶことが出来た。

「た、隊長――」

 丁度人が走り方を忘れれば、そういったものになるだろうと思わせられるほどおぼつかない、大股で飛ぶように、そして今にも転びそうになって走ってくるジョンは、酷く恐ろしいモノでも見たかのように叫び声をあげていた。

「だ、ダーティが、あ、あた、あた、たたたた、た、ばば、ばく、ばくは――」

 言葉を遮る破裂音は、その直後に鳴り響く。

 ぼん。と、音を立ててジョンの頭は爆発した。

 鈍く篭った音と共に、倒れざまに血肉が飛び散る。

 ――その刹那、確かに空間の時は停止したかに思われた。

 ソレほどまでにジョンの倒れ方は酷く緩慢になって、ソレほどまでに今起きた不可解な現象は現実のモノとは思えなかった。

 脳症が飛び散りトタンの壁に付着する。頭を失った肉体は倒れ、ドロドロと中身が入った缶を零すようにして鮮血に大地を満たしていく姿は、衛士が昼間に見た光景となんら変りない、同一の場面だった。

 吐き気を催すほど凄惨で残酷な光景だ。

 まさか、と衛士は思う。

 これは協会が立派に動いた証なのだろうか、と。

 協会の存在は露呈し始める癖して、予期し得ぬ人間にその存在が知られたら、あるいは知られそうになったら抹殺しにかかる。そう考えれば今回の事には説明が付く。

 が、同時に、既に死んでいる昼間の連中同様に、同時期に”爆弾”を仕込まれていたとしたら――時衛士は最初から協会の思惑通りに、策に嵌っていたという事になる。

 何はともあれ、これで確実に協会の存在は確認できたし――相互認識を終えたということを理解できた。

 まさか初日にここまでやられるとは思わなかった。

 だが初日である今日は、まだまだ続く。衛士はポケットから取り出した懐中時計で時間を確認して、ため息が漏れるのを抑えることが出来なかった。

 ――午前二時三二分。

 夜は未だ更け始める所であり、そして最も避けるべき協会との、単体での戦闘が始まった時刻でもあった。

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