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そろそろ非日常

 時衛士が早足で道を歩き少しばかり鼓動を早くして、人通りの多くなる中心街の路地。その奥地の突き当たりにあるコンクリートの壁を目の当たりにする頃。ミシェルは既に転送によって一足先に目的地の中に居た。

 ――もう少し情緒あるように共に行動すると思っていたのが恥ずかしくなる。少しは自分に気があるのだと勘違いしていたのが、顔から火が出るほどに恥辱的で悶えてしまう。衛士はその感情を、身体を動かすことによってうまく濁らせごまかした。

 壁に埋め込まれる鉄扉、そのレバー式のドアノブを掴み力強く引っ張る――その最中で、不意に扉から音が発された。

『めんどうだ。一気に転送する』

 光が瞬いた。

 そう認識した瞬間には、既に身体の自由は奪われていて――。


 その闇を塗りたくったような空間は、体育館のように高く広く何もない場所だった。

 ただその中心部に円形の、カメラのレンズのような装置があって、そこから照射される映像が綺麗に巨大な人の影を映し出す。故に、衛士が転送されて見たのは茶っぽいジャケットのボタンをその膨れ上がった腹で引きちぎらんとする、老いた男の姿だった。

『五分早く始めることが出来て、嬉しいと思う』

 しわがれた男の声が、この空間内に無数に設置されているであろう外部スピーカーによって大音量でこだまする。暗すぎて壁も天井の境目もわからぬその場所は、それでもプラネタリウムのように天井に小さな豆電球をつけて星を演出させていた。

「遅かったな」

 小声で衛士の肩を叩くのは、横に立つ男。着れば肉体と一体化してしまう為に二度とソレを脱ぐことが出来なくなる”耐時スーツ”を装備する彼は、ミシェル同様に以前から色々と縁がある『祝英雄いわいひでお』だった。

 生地の分厚い”つなぎ”のような外観は、そのとおりに肉体の強化をしてくれる。さらに彼が着るのはもっと特別製で、身体能力のみならず身体の全ての機能を超人化させるために、どれほどの怪我を負っても自己治癒能力でその殆どがすぐさま完治してしまうのだ。

「お前が先に来るってのは珍しいな」

「てめぇさまが遅ぇんだよ」

 くつくつと押し殺すように笑う彼は、どこか愉快そうに見えた。

 坊主にした髪をそのまま好き放題に伸ばしたようなツンツンにウニのようになる毛先が揺れて、影が動く。

 するとそのイワイの隣に立つ影が、ちらりと二人を一瞥した。

 声無く、うるさいと注意するような視線が貫いた。

 最もそこに眼はなく――鼻筋から上、額までを革のベルトで巻かれる顔があるだけだ。また身体には毛布のような生地で闇と同化する漆黒の外套を羽織り、その下には衣服は無く、顔面同様に肢体に、胴にとベルトを巻くだけの格好だったが、足は腿まで伸びる長いブーツを履いていた。

『今回はこの四人を基本メンバーとして、ミシェルをこちらで遠隔援護オペレーターとして起用し、他メンバーは現地での活動を――』

 彼女は一度だけ衛士、そしてイワイと任務を共にした事がある『アンナ』という女性である。

 その身体に巻き付けるベルトを鞭替わりとして敵を拘束、あるいは斬撃じみた打撃を主とする戦闘方法を得意としていた。

「……珍しい組み合わせだな」

「だよな、すげぇ久々」

「だ、だからふたりとも……! 怒られちゃいますよ!」

 アンナの隣で真面目に休めの姿勢で直立していたミシェルが、さすがに我慢ならないように口をはさむ。それにイワイが、茶化すように言葉を返した。

「マジメっ娘が。いいんだよこんなジジイの話なんざ」

『良くない。その判断が貴様を死に陥れるというか貴様をメンバーから外しても良いのだがな?』

 出し抜けに向いた矛先に、イワイは思わず驚きに肩を弾ませた。

 衛士に向いていた視線を上げて立体映像ホログラムへと眼を向ければ、上層部の男『ゼクト』がイワイを見下し睨みつけている。怒気を隠しきれぬ雰囲気が態度と、そしてスピーカーによって漏れる息遣いによって肌に伝わるようだった。

『仮に今貴様が聞き逃した情報に今回の作戦の根底たる部分が含まれていたらどうするつもりだった? そこの、貴様に話しかけられて少しウザったい反応をした年下の少年に尋ねるか? いい歳をした貴様ががか?』

「知らないことを訊くのに歳は関係ないんじゃあないですかい?」

『……あぁ、そうだな。だったら二度手間にならぬよう黙って私の話を聴いていろ』

「はいはい、りょーかい」

 気だるげにわざとらしい敬礼をとって、イワイはようやく後ろに手を組み落ち着いた。

 衛士とゼクトは殆ど同時に嘆息して――ゼクトは揃っている四人をそれぞれ一瞥し、言葉を続ける。

『改めて以降の予定を発表する。先に説明した通り、ミシェルは二十四時間体制で随時現地メンバーの位置情報、衛星映像から周囲状況の確認。また目的地への誘導が主な仕事となる。専用端末配布後は翻訳ツールを登録し、遠隔的に使用可能な状態に調整メンテナンスだ』

「りょ、了解です」

『時衛士、祝英雄、アンナ・ベネット三名はこれより七時間三○分後、二○時三○分に自動転送装置前に集合。簡単なミーティングの後、二一時に東京羽田空港より香港国際空港を乗り継ぎヨハネスブルグへ。それ以降の行動は現地に到着し次第ミシェルを介して指示する。それぞれパスポートと旅費、支給装備は自室へ転送済み。だが武装は現地調達、あるいは状況次第で転送で支給する……以上だ』

「ちょ、ちょっと待ってください」

 ゼクトの台詞が終えたのを見計らって口を出したのは、衛士だった。

「パスポートって……。なら直接目的地に転送すればいいじゃないですか。裏で暗躍してる機関なら権力でねじ込めるでしょう?」

『航空券とは話が違うのだよ、時衛士。何も知らぬ愚かな警官に不法入国扱いでボロ布のように扱われ一週間の軟禁生活をしたくなければ従え。それに改めて言っておくがな、その気になれば国連総出でこの機関を潰すこととて可能だ。生かされているのは極めて重要性の高い機密技術を保有しているからだ』

「重力子を利用した全ての技術の事ですね」

『うむ。単純な話、この重力子を猿でも分かるように兵器に使えば――爆弾、弾頭に使用したとしよう。そいつを投下し衝撃によって作動した瞬間、つまり爆発を起こしたとしてだ。その際に重力子が火薬のようにエネルギーを消耗し、凄まじい炎と激しい衝撃、爆散する超重力が次元の歪みを起こし周囲に拡散。また爆発に呑まれ触れた質量を持つ物体が壊裂、粒子レベルに分解され続け、その反応が終えるまで爆発域が拡大する。また同時に影響を及ぼす周囲に異常重力が発生し、爆心地は半永久的に”死の土地”となる』

 重力子はどこにでもある、重力を司る粒子だ。それを作るとして、およそコストは原子爆弾を製造するより遙かに低く抑えられる。彼はそう言って、どこか悲観するような笑いを漏らした。

『奴らの目的は絶対的な軍事力の保持だ。それさえ叶うのならば誰の靴とて舐め回す……そんな連中ばかりで蔓延る世界だ。貴様等の目的はそういったこの上なく愚かな連中に力を誇示し無駄だと知らしめる事。だがそれを阻む連中も居る……と言っても、国連に加担しているわけではない。単純に我らのやり方が気に食わぬだけだ。どこへ歩けども居るのは敵ばかり。そんな時、貴様等はどうすればいい?』

「邪魔は排除だ」

 漏らすようにイワイが言った。

 ――その迷いのない返答に、衛士は思わず戦慄する。

 まるで異質の空気。洗脳された信者の、人間ならざる者のような雰囲気を衛士は感じていた。

 戦士とも勇士ともつかぬ感覚。それが一体なんなのか――これがこの機関に居る人間なのだろうかと、衛士はそういったものなのだと無理やりに理解した。

 ゼクトは感情もない顔で頷き、一つ咳払いをする。

『分かればいい。では作戦内容の説明に移る』

 男はまたいつもの調子で言葉を発し、イワイはどこか真剣な顔つきでそれを見据えていた。

 衛士はといえば、彼もまた変わらぬように話を聞きながら、感づかれぬように短く息を吐き捨てた。

『今回はとある付焼刃スケアクロウへの接触を目的とする。付焼刃といっても現在判明されている方法で能力に目覚めた者ではなく、特異点のように特殊な条件を満たし、また元よりその才覚を持ち得た人間が己のみの力で自然的に特異能力に目覚めた者だ。故に全てが不鮮明。おそらく付焼刃に於ける特異点と呼ぶのが正しいだろう存在だ』

 そもそも特異点とは、正式名称を『超自然及び超常現象干渉能力に於ける特異点』としているのだから、副産物によって進化し個人で副産物以上の能力を扱える人間のみを対象にする言葉ではない。

 つまりまとめれば、特異点は通常では説明のつかぬ程の能力を有する能力者に充てられる名称であった。

「目的が接触……だけ、ですか?」

 ミシェルが問う。

 ゼクトは頷いた。

『協会の人間となっている。そして恐らく機関に怨念を抱いている。これだけで戦闘は必至だが、今回は極力戦闘は避けた方がいい。なにせ付焼刃の歴史が浅い上にその特異点なぞは初めてだ。何が起こるか、分かったものではない』

「危険があれば転送で、という……?」

『次元干渉の才能センスが無ければ問題ないとは思うが……最良なのは行きと同じ交通手段で帰ってくることだな』

「ったく面倒クセーな。なら何で三人も必要なんだ? 一人でいいだろ」

『原則として個人での行動は制限させてもらう。が、目標に接触するのは一名だ。そして最悪対峙した者の命が散られた場合、残りの二名が逃避。それが不可能と判断された場合は一人が足止め、もう一人がその間に転送によってこちらへ送還する予定となっている』

 言い終えて、ゼクトは胸のポケットからタバコを取り出し、慣れた手つきで火をつけ、口にする。

 彼は暫くメンソールのたばこを味わってから、吸殻を携帯灰皿に突っ込んで、大きく息を吐いた。

『今回は異例で特殊なミッションだ。選ばれた貴様等は誇りを持っていい。――そしてこの説明に質問や異議申し立ては?』

 ゼクトの問いに、並ぶ四人は皆口をつぐむ。それを確認して、彼は指を鳴らした。

『なら解散だ。いいか? 違えるな、二○時三○分に自動転送装置の前へ、だ』

 再確認のようにそう告げると、徐々にその身体を薄くしていく彼はやがて消え入る炎のように姿を消した。


「共通点は”日本人”か。ま、あっちの方じゃ”いいカモ”に見えて仕方がないだろうな。なにせ俺が居ないから、体格的にはお前等は比較的まともだしな」

 衛士の一回り半程巨大な体躯が目の前に立ちはだかる。角刈りの頭を撫でる腕は丸太が如き太さを持ち、見るだけで首が痛くなる高さに顔があった。されど穏やかな表情は、彼が幾度も安堵に駆られたにこやかな笑顔であった。

「だけどさ、『船坂ふなさかさん』なんか予感がするんだよ。これまでのとは違う、なんか良いのか悪いのかも全然わからないけど、妙な、何かが起こるっていう漠然とした感覚が」

 人通りの多い道の端に立って二人は話していた。帰り道にちょうど見つけたから声を掛けたという次第であり、どこか店でも寄ろうかという衛士の提案に、彼はこれから仕事だからと断っていたからだ。

 ――衛士の直感はあまり外れない。

 それはこの世界に踏み入れる前からそうだった。

 誰かの危機、それが命に関わったものであるだけ胸を焼くような言いようのない嫌悪感が襲いかかってくる。奇妙な苦しさが、危険が近づくにつれて強くなる。だからこそ、時衛士はこれまでを生きてこれたと言っても過言ではなかった。

「トキ、そいつはたぶんいい風だ。これまでがコレまでだったから、ようやく神サマがお前を救済してくれんだろ?」

「んー、ならいいんだけど……」

「おっと、悪いな。そろそろ時間だ」

「あー、呼び止めてごめん。それじゃみんなに宜しく言っといて」

「ハッハッハ! 大袈裟だなァ、たかが一、二週間空けるだけで」

 船坂はそうゴキゲンに笑って衛士の背を叩き、その耐時スーツも着用していないのに激痛を与えるバカ力に衛士は思わず顔をしかめた。

 だからお返しにとばかりに力強く胸板を叩けども、その分厚いゴムでも殴ったかのような手応えが、彼に一切の痛みを与えられていないことを教えてくれた。

「だーから、予感がするって――」

「分かった分かった。お前がたんまり土産話持ってくるから期待してろって伝えとくよ」

「ったくもう……仕事、がんばれよ」

「おうよ、そっちもな」

 船坂とはそこで別れ、それぞれ背を向けて道を歩く。一歩進むごとに、なんだか奇妙な虚無感に襲われながら――今日もらった武器は、一先ず分解して持参していこう。

 彼はそう決めて帰路についた。


 時間が経ち――午後八時三○分。

 場所はこの地下空間ジオフロントの突き当たりたる壁の前。だが、そこには壁としての存在感は無く、立体映像によってこのまま真っ直ぐ延々と続く道路の景色が映し出されていた。

 この壁に触れると装置が作動し、様々な認証過程を終えた後に壁が開き、エレベーターのような箱の中に乗り込む。するとようやく転送準備が開始し、間もなく転送が完結する。その装置の前に並ぶ四人は、褐色の女性を前にして直立していた。

「これより貴様等は特殊ミッションとやらに就くわけだ。正直私が選ばれなくて良かったと思っている」

「エミリー不器用だもんね」

 衛士が冗談っぽく口をはさむと、『エミリア』はその宝玉のように赤い瞳で彼を睨み、大股で彼の前へと肉薄した。

 長い白髪が左目を隠し、対照的に暗い肌が日照によって艶やかに照る。戦闘服に身を包む彼女はそのまましなやかな指先で衛士の頬を摘むと、白い歯を剥き出しにして噛み締めた。

「そのあだ名で呼ぶな、特に貴様は!」

「しゅ、しゅみましぇん」

「分かればいい」

 引きちぎる勢いで手を離す彼女は、それから衛士の目の前から離れることなく、言葉を続ける。それが何かおかしいように残る三人はどこか楽しげに表情に笑みを携えていた。

「説明は既に済んでいるようだし、皆準備は終えているようだな」

 彼女は並ぶ全員を舐めるように眺めていく。

 革のジャケットを着こむ衛士に、脱げぬ耐時スーツを装備するイワイに、黒いレオタードの上に帯を巻き直したアンナはその上にいつものように外套を羽織っている。ミシェルはここには居ないが、それでもそれぞれが持つ通信端末、あるいは背負っているバックパックにしまってある筈の受信専用端末イヤホンから情報提供を行う手筈になっている。

「今回の任務は恐らく、協会にとっては”特異点”の有用性をどれほどか見極めるテストにもなりうるだろう。だがコチラにとっては、それよりも遙かに大きいリスクとメリットが付きまとう。貴様等を失いなおかつ情報を奪われる事と、付焼刃スケアクロウという存在をよりこちらが分析できることだ」

 重要な任務。

 コレまでには無かった、機関や協会が良くも悪くも動いてしまう仕事。

 鼓動が心地い早さで拍動する。

 丁度良い緊張感が身体の中に巡り始めた。

 ――いい感じだ。

 右目が疼く。今回の任務では恐らくこの能力が雌雄を決するだろう。だからこそ選ばれたのだ。

 この実力を認められたのだと思い上がれるほどにこの頭は間抜けでも気抜けでも無かった。

 だが今回上手くやれれば、あるいは――。

「以上だ。航空券を忘れた者は居ないな?」

 彼女の問いに、全員が一様に首肯する。

 エミリアは満足気に一歩引いて、装置を作動させるために壁に触れた。

 そうすると、既にそれは転送準備段階にあったのか、認証も無しにその入口を開けて、

「健闘を祈る」

 ――ここは軍ではない。故に上下関係など皆無だ。

 初めて会ったときにソレを強調していた彼女が、珍しく敬礼をした。

 そしてその行動は、なんだかとても大切な儀礼に思えて、皆が同様に敬礼で返す。

 まるで訓練兵が学校を卒業し、初任務に就く所を上官が見送るような、変な充足感に見舞われた。

 やがてそれぞれが現れた箱状の空間内に足を踏み入れて、最後に衛士が一歩踏み出す。その最中に、エミリアは、事実彼の上官だった彼女は力強く衛士の肩を叩いた。

「上手くやれよ」

「えぇ、誰よりも」

 仲間に背を向けるように中へ入る。すると間もなく扉は緩慢な速度で閉まり、空間内は何処からともなく溢れ出す輝きに満ち始め――。

 ――そして時衛士の、運命の歯車が狂い始めた。

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