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神父の知らない世界

 世界は平和である。

 そうほざいたのは一体何処のどいつだろうか。もしそんな事を口にしている野郎がいたら、たとえ餓鬼でもぶっ飛ばしてやる。

 ――男の悪態は心のなかにとどまらず、ぶつぶつとあたりの瘴気を撒き散らすようにしてつぶやかれていた。

 焼けた人肉の汚臭が嗅覚を麻痺させていた。

 焼けた家屋の煙が周囲の状況を曖昧にしていた。

 女の悲鳴。男のげひた笑い声。

 連続した、フルオートの発砲音が響く。

 途端に衝撃。大地に凄まじい重量の何かが叩きつけられた音がする。地が揺れ、視界が縦に揺らぐ。直後に鼓膜を突き破るような爆発音が響いて――隣の区画が、一瞬にして消し炭と化した。

 それが列車砲による攻撃であることを彼は理解している。ソレを見て、早く逃げろと街に戻ってきたのだから。

 そして間に合わなかった。

 打ちひしがれる間もなく、一つの都市はわずか一時間足らずで崩壊していた。

 たった一発の約五トンの榴弾が、広大なこの街を、区画をたった一撃で炎に飲み込ませてしまう。

 一万人前後の人間が為す術もなく圧倒的な武力の元で、一秒にも満たぬ時間の中で肉塊と化す。そしてその肉塊すらも炭となって、個体としての区別をつかなくしていた。

「ったく、いつ見てもド派手だなぁ! この――人口削減? ってやつぁ」

「ははは! ざまぁねぇな。文明の進化を止めて繁殖ばっかしてるツケだろ……つーか、さっさと避難しねぇとこっちもアブねぇ。榴弾がもう近くまで飛んで来てんぞ」

「気にしなさんなって。ここはもう制圧終わってんだ。しかも榴弾ったって、アレ一発いくらだと思う? 無駄弾撃って金ムダにゃしねぇだろ」

「ははは! 違いねぇ!」

 自己喪失して棒立ちする男の脇を、武装で固めた二人の兵隊が横切る。先ほどまで肩に担ぐその突撃銃で逃げ惑う人間を撃ち殺していた彼らが、もう飽きてしまったように、興味が失せたように標的の一部であった男を過ぎていった。

 これでも――世界は、平和なのか?

 平和ってなんだ。

 こうすることが、平和につながるって事なのか?

「初めに」

 冗談じゃない。

 こんなのが平和なら、私は、わたしは――。

「初めに、神は天地を創造された……が、貴様等のようなクズを造ったのが、我が信ずる神の唯一たる汚点だ!」

 わたしは今涙を流しているのだろうか。

 どうしてだろうか。視界が鈍く歪んでいる。

「あぁ?」

 二人の男たちが反応する。流れるように、訓練に訓練を重ねたであろうその研ぎすまされた動作で、振り返ると同時に彼らは突撃銃を構え、その銃口を彼に向けていた。

 距離にして五メートル。初速七三○メートル秒である銃を、引き金を引かれれば、次の瞬間には男の命は散っているであろう。

 だが――。

「ぐぁぁ……? 何だ、こりゃあ?!」

「クッ、息が……何だ、首が……ああああッ!」

 持ち前の黒い肌が多い南の地で珍しい白い肌。同色の黒い衣服はロングコートのように長く、スネより下まで伸びている。目立つのは、そのコートの胸に刻まれる、白い十字架だった。

 兵隊が、突然銃を落として首を押さえ始める。そして力を込め、己の力で己の首を、それぞれがそれぞれなりの早さで、力で、締めていた。

 ――薄い茶の髪は根元から白く染まり上がる。バラが、色の付いた水を吸ってその花の色を変異させるようだった。

「神に背きし哀れな子羊よ……我が神通力により――去ね」

 太い血管が浮き出る手を、力強く握る。

 瞬間。二人の男はおよそ自身ですら出したことのない激しい腕力、握力によって喉を掻っ切り、そして間もなく絶命した。

 タイミングをずらして肉塊となった二つの人形は音を立てて地に倒れる。

「……神よ」

 同時に膝をつく男は、兵隊が落とした小銃を手にとっていた。

 使い方は分かる。心の中でつぶやいて、銃床ストックを地に立て、黒煙に塗り固められた空を仰ぐ銃口に顎を置いた。

「わたしはあなたを、恨みます」

 辛うじて触れる指先で、力強く引き金を弾こうとしたところで――男は支えを失い、不意に前のめりに倒れてしまった。

 三点倒立の出来損ないのように頬を地面に擦りつけて、尻を突き出す。ひどくはしたない格好に男は驚きながらも慌てて立ち上がり、そしてまた、先ほどまでは居なかったはずの気配を捉えていた。

 眼の前の影。兵隊とは違う迷彩服を身にまとう五人の連中。その先頭に立つ一人が、光の失せた男に手を差し伸べていた。

「神父様。その力は神によって与えられたモノ……。神は人の沙汰に手を出すことは無けれども、神は神を信ずる人の助けとなる。貴方はその力で、その力をどうすべきか……ご判断なされるでしょう」

「わたしは……この街を、わたしの幸福を奪った連中を……。ああ、そうか――わたしは、神の仰せのままに」

 ――純然たる超能力者は、こういった極限的な状況によって生まれる事が殆どだ。

 人為的に与えられる超能力とは比べ物にならぬほどの成長と強さを併せ持つ。いわばサラブレッドのような存在。

 今のところ、『機関』は自らの仕事に夢中で、その仕事によって協会に塩を送っていることに気づいていない。

 機関の仕事は――その圧倒的な軍事力によってテロ行為を未然に防ぐ事。そして今回のように、人口爆発による飢餓や財政の不安定などを解消するために、紛争を装って数万単位の人民を虐殺すること。最も、身内にはもっともらしい説明をしているだろうが、やっていることは大きく分けて矛盾のあるその二つであった。

 そしてその機関と対立している協会が目をつけたのは、言わずもがな。今回のような事である。

 怖気がするほどの強力な念力使用者テレキネシスト。まさに神通力なのだが、まさか神父がそれを手に入れるとは、なんとも話の種になりそうな出来事だった。

「……宜しく、お願いします。わたしの名はスコール・マンティア」

「ようこそスコール神父。我らが協会……付焼刃スケアクロウ推進協会へ」


「スケアクロウ……? なんです、それは」

 ――あの後の連中五人の抵抗は、それはそれは手に汗握る健闘だった。

 列車砲からの弾道を見きって避け、街を守ることはしないものの、避難し始める敵兵の悉くを殺戮した。手段は様々で、瞬間的に首を刎ねる者、前に回りこんで口に手を突き刺して炎を飲ませる者、単純に射殺する者など、どれもが一撃必殺とも呼べるものだった。

 そしてスコールが居た区画の敵をひと通り殲滅し終わると、追手が来る前に、と今度は彼らが逃げ帰ったわけである。

「まぁ、アナタが純然と持つ超能力が、他者から後付けされた能力者ってトコですか。本来持つべき人間でないから、アナタほどに伸びしろは無いから成長が皆無。ホントにその場しのぎって感じなんです」

 総数五人は結局五人のままあの戦地にやってきて、最後の方にまごまごと場を乱して数十人を血祭りにあげていた。そんな彼らはスコールと共に、用意していた護送車のような装甲車で道を南へと走っている。

 目的地は彼らの活動地点キャンプであるらしいが、この大陸ではあの街から出たことがない彼にとっては何処へ向かっているのかサッパリで、どこか不安であるのが否めなかった。

 窓から見える景色は荒野。まるでデスバレーにでも来てしまったかのような錯覚を覚えてしまう。

「つまるところ、我々はそういった能力者で構成される集団です。目的としては――ご存知は無いでしょうね。世界抑圧機関というものを、知っていますか?」

「世界機関って言うと、国際機関ですよね。今の連中がそうだとして、なぜそんな機関があのような事を? 名を騙るテロとか……」

 すっかり真っ白に染まり上がってしまった髪を掻き上げて、神父は前かがみになるように両手を組んで落とす。車内の側面に沿うソファーのように置かれる座席は向かい合い、外套を羽織りフードをかぶって顔を見せない五人は、それでも彼と対面する男以外は特に黙る事もなく雑談を交わしている。

 スコールの台詞に呆気に取られたように口を開ける彼は、それからなるほどと、何かに納得するように頷いた。

「世界抑圧機関は人口調整と対テロを掲げた機関です」

「人口調整……あの、とんでもないテロ行為で? そんなの、矛盾している……!」

「いいんですよ、そんなの彼らには建前に過ぎないんですから」

「た、建前? は、ははは。まるで秘密結社みたいな活動ですね、それ」

 にわかには信じられない。説明される内容すべてが世界の闇だ。今まで、まるで触れる事のなかった世界。これまでソレが、表の世界でいかに綺麗に上手く隠蔽されていたのかが理解でき、そしてそれ故に、今聞かされる話の全てが嘘なのではないかと疑えてしまう。

 出来た話だと捨てることは簡単だった。

 スコールに否定が出来ればの話だが。

「すでにこの機関は数百年未来の技術を手にしている。時間回帰タイムワープに時空間の操作、転送装置。そして我ら付焼刃スケアクロウさえも持ち得ぬ特殊能力を有した道具の数々……何よりも、その莫大な資産と協力な兵隊たち。その存在、保有により多くの国々がこの機関と協力関係にあります」

「恩恵を受けようとして、ですか。それほどの力があれば、世界掌握なんて夢じゃない……。もしかしたら、機関の目的さえもそうなのかもって事もありえますね」

「あはは、さすが神父様。彼らの目的は”たぶん”合意の元での世界統一。つまりは、誰もが認める世界の長者となるって事です」

 馬鹿げた話だ、と若い男の声が悪態をつく。

 スコールはソレを何処か、夢のなかで聞く言葉のように受け止めていた。

 怒りも悲しみも無い。漠然とした、規模の大きい話を聞く感覚。自分には関係のないことだろうと他人ごとに理解する言葉の数々を、やはり実感することは不可能だった。

「で、でもこんな力づくで街を潰して、全世界から慕われる筈がないでしょう? だからこそ、あなた達のような存在が生まれた……でしょう?」

「これはある意味で、彼らの思惑通りなのかもしれませんね」

「……ど、どういう事でしょう」

「世界に圧倒的な力を見せつける。そして実際に膨大な人口によって様々な問題が生じる国を、今回の人口調整によって減らし経済回復などを図る。更に、我々のような力を持つ反乱因子をあぶり出し――潰す。適わぬとなれば、腰を上げ拳を振り上げる連中も大人しくせざるを得ません。結果的に残るのは、手を出さなければ幸福を得られる、その選択を選んだ人間だけです」

 前屈体勢を直して背筋を伸ばした男は、それからポケットをまさぐりタバコを一本取り出す。

 慣れた手つきでオイルライターを使って火をつけると、胸いっぱいに煙を吸い込んで、紫煙をくゆらせた。

「我々は抗う能力ちからを持っている。調子づいたその横っ面を殴り飛ばすチャンスです」

「そこで、あなた方と同様の能力を持つわたしが、誘われた訳という……」

「えぇ。今は念力――いわゆる神通力に目覚めている神父様ですが、これからまた進化する余地がある。貴方には未来がある。我々とは異なる、先へ進む力がある。これは単純な戦力の強化は勿論、士気の向上に繋がります」

「いや、わたしなんて。ただこの能力ちからで穢れを浄化さえ――つまり、その機関さえ潰せればそれでいい。わたしはそれだけです」

「それだけでいいんです。それで十分なんですよ、神父様――」

 ガタガタと車が激しく揺れる道もやがては消え去り、固い座席によって痛くなる尻が、不意に一等大きい弾みによって一瞬浮いた。そして叩きつけられる身体は、同時にエンジンの駆動が失せた床にふせられた。

「疲れたでしょう。小休憩です」

 痛めた腰を撫でながら辺りを見ると、外套の男たちはぞろぞろと出口から身を投げて外へと出ていく。スコールは這い上がるようにして立ち上がって、窓から外を見れば――近くにはたった一軒の宿らしき建物が、荒野の中にいかにも不自然に建っていた。

「明朝に出発します。まだ道のりは長いので、今日はここで宿泊をしますので、ごゆっくりお休みください」

 男はそう言って、フードの下から爽やかな笑顔をのぞかせながら、神父へと手を差し伸べた。

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