交錯
「ナルミ・リトヴャクの病室はどこにあるんですかっ?!」
自動ドアの開門も待てずに、僅かに開いた隙間に両手を挿入して押し広げ、そして跳ぶように大股でまっすぐ受付までやってきた少年の開口一番は、まくし立てるようなソレだった。
彼女はこの少年が誰であるかがすぐに理解することが出来る。ソレは、つい先日機関からの達しがあってさっさと退院していったからで、そういった人間は、五年近くここに務めているが初めてだったからその分印象強かった。
しかしその――時衛士が言う”ナルミ・リトヴャク”という名前には覚えがない。
「少々お待ち下さい」
彼女はそう言って、念の為に脇に置いてあるモニターを操作し、キーボードで名前を打ち込む。が、仮にそれが一ヶ月前の患者の名だとしても、そうそう忘れる筈がないというのが彼女の特技のようなものだった。
ナルミ・リトヴャク……女性、だろうか。血相を変えている彼の様子を見れば、ついここ最近に入院しているようにも見えるが、もしそうならば尚更忘れるはずがない。
キーボードを叩いて、文字列を入力。ナルミというのは日本名のようだが、リトヴャクはロシア名らしい。この少年は機関の戦闘員だから、おそらく同僚かそこいらなのだろうが、これまででその情報が入ってきていないとなれば、別の病院という事になる。
受付嬢は映しだされる検索結果を見て、それから申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「申し訳ございません。ナルミ・リトヴャク様に関する情報は、この病院には存在しません」
「……どういう事です?」
眉をひそめる彼を見て、彼女はいささか簡潔に答えすぎたかと息を吐く。
見て判るほどに彼の気は立っている。そんな少年に、全ての情報を一度に与えても理解できるはずがなかった。
「ナルミ・リトヴャク様が入院した、また診察を受け付けた記録はございません」
それでも、やはり彼はそれを理解出来ないようだった。
正確には理解しようとしてない、という所だろうか。
「に、二十四時間以内に運び込まれた人、あるいは入院が決定した人は?」
言われて、また検索する。
が、それに至っても該当件数は完全なゼロだった。
「残念ながら……」
謝るでもなく、彼女は言った。
さすがにこの年なら感情に任せて怒鳴り散らすだろうか。彼女はそう不安に思ったが、予想外に衛士は表情をなくしたように、あるいは何か考え事に没頭したように黙りこみ、
「そうですか……ありがとうございました」
世話になったと礼を口にし、彼は病院を後にした。
男たちは、これほどまでに気が進まない仕事を引き受けたのはこれが初めてだった。
ストレッチャーで運ぶ少女は、熱にうなされ喘いでいる。全身をゆでダコみたいに真っ赤に染め上げ、その眼球すらも血走らせ充血する姿は見るだけで痛々しい。
彼は救急車を装うその車で、固定したストレッチャーに添うように座り込んで、大きく息を吐いていた。
ナルミ・リトヴャクという本名で病院に担ぎ込まれた彼女は、その時点でその全てを病院に任された。しかし実際にはリリスの研究機関がすぐ後ろに構えていて、病院である程度の検査や状態を診た後、いくらか安静にさせ容態が少しばかり落ち着いた所で、その研究所に搬送する手筈になっていた。
現在は、その運搬の最中。
彼が知るかぎりでは、この成人すらしていなさそうなこの少女は、これから実験体にされるそうだ。
理由は”原因不明の病原体”を持っているからだそうで、だから彼らは皆、防護服を身に纏っていた。
「うぅ……エイジ……、苦しいよ……」
うわ言の中には、必ず『エイジ』という名前が入っている。
ソレは、彼でも知っている”適正者”の中でも有名な一人の名前だった。
それを理解してしまったからこそ、男はどうしようもなく彼女に、そして衛士に申し訳なく思ってしまう。
ナルミとて、好きでこのような状態になったわけではないはずだ。そして病院にだって無菌室があるし、研究設備だってある程度は潤っている。だからわざわざ、中心街に近いそこへ連れて行く必要など彼には考えられなかった。
ラボに連れていかれれば恐らく、時衛士でも面会をすることはできないだろう。そもそも生きて、あるいはまともな身体で帰れるかすら不明である。
さらにナルミがうわ言に名前を呼ぶということは、つまりそういう関係のはずだ。何も知らぬ衛士の裏で、そういった事が横行してしまう現状がなんだか悲しくなってきて、衛士が駆けつけこの車を止めてくれる事を祈る程だったが――。
車が止まる。慣性のお陰で身体は進行方向にやや傾いてから、落ち着いた。
運転席、そして助手席が開いて仲間が降りてくる。適性も何もない、単なる戦闘員の仲間だ。
男はその最中に、ストレッチャーの骨組みに巻き付くマジックテープ式のベルトを外し、手早くその拘束を解いていく。勿論ナルミの方は落ちないように側面と側面からそのベルトを伸ばし、拘束するだけでそう窮屈ではない。
両開きのバックドアを開けて、二人は協力してストレッチャーを引っ張り、折りたたんだ脚を伸ばす。傾けて地に下ろすと、その高さは大体腰よりやや上辺りになった。
男は援助し、頭側をあまり高くしないように注意しながら送っていく。そうして難なくストレッチャーを降ろし終え、彼は簡単な後片付けにとりかかるが――その最中で、仲間たちのどよめきを聞いた。
「何だ、この右腕……」
「ヤバ、なんか、これヤバイぞ!」
男が振り向く。
そうして見た光景は――。
「う、あ……なん、で……?」
ストレッチャーの上には、誰も居らず。
黒く変色する棒状の何かが、仲間の腹を貫いていた。
純白の防護服が裂けて全身に血を散らし、そして口元を覆うマスクが紅く染まる。
彼の背中からは鋭い鉤爪を持つ”腕のような何か”が生えていて、腹からの一撃が貫通している事を知らせた。それは到底助かるような怪我などではなく、即死レベルの一閃にも思えた。
「うあああ、わあああああッ!!」
残る一人が後退して、小石に躓く。
尻餅を付いて見上げる少女の姿は、とても先ほどまで見ていたものとは思えなかった。
金髪の綺麗な髪が漆黒のように黒く染まり上がっている。刺青のように、額から右眼を通って黒い一閃が走り、右肩を通って右腕へ。服を着ているからソレ以上はわからないが、それが右腕のその漆黒化に繋がっていることは容易に想像できた。
男は必死になって抜けた腰を引きずるようにナルミから距離を取る。彼女はそんな男を見下ろしながら、己の右腕が貫いている死体を、その彼の背中へと放り投げた。
「ああああ――」
鮮血で軌跡を描き、死体となってしまった男は放物線を描いて仲間の背に衝突。覆いかぶさって叩き潰される男に外傷はないものの、それが想像を絶するストレスとなって、脳内の処理、そして理性が程度を超えてしまったらしい。
そんな情け無い悲鳴を上げて、彼は気を失って倒れてしまった。
「エイジ……、助けて……くる、くるしいよ……ッ!」
血に濡れた手で頭を抱え、彼女はよたよたと不確かな足取りで自身が殺した男の元へと歩き出す。車内に残る一人は四つん這いになって、ただ呆然とその光景を見守ることしか出来なかったが、その光景さえも、直視できるものではなかった。
吐き気を催す。いや、既に床が薄い黄土色に汚れてすっぱい臭いが立ち込めている時点で、自覚も無しに既に嘔吐していたようだった。
「ぐぅっ……、ごめん、ごめんね……僕が、僕が悪いんだよ……」
その華奢でありながらも一人の男の命を刈り取った右手で、腹の風穴に触れる。
刹那、彼女の両目は一瞬にして大きな目の、その白目が黒く侵される。そして風穴付近の肉が蠢いたかと思うと、途端に血液はそこから溢れ出して――それはまるで粘土細工でも作るかのように、傷口は瞬く間にふさがっていった。
彼女はそうしながら、空を仰ぐ男のマスクを外してやる。
すると彼は咳き込むように激しく吐血しながら、ヒューヒューと風切り音のように喉を鳴らして呼吸を繰り返した。ナルミは手のひらを胸に当て、力強い鼓動を感じた所で立ち上がった。
「ごめんね、エイジ……僕は、ホントは嬉しかったんだよ……」
徐々に意識が確かに覚醒していくように、一言が長くなり、息継ぎの回数が少なくなる。
ナルミはそうして男を”蘇らせた”後、また先ほどと変わらぬ不確かな足取りで、暫く彼らに後ろ姿を見せながら、血だらけの恰好のままで道を戻っていった。
――男が唖然とする中で、車両を横付けする建物の扉が勢い良く開かれた。
中から現れたのは、真っ赤な髪と純白の白衣を持つ女性だった。
「……やっぱりね」
アイリンは顎に手をやって頷くと、まるでそれまでの全てを監視していたように微笑んだ。
「上位互換を一人派遣して頂戴。誰でもいいわ。九時○一現在、ナルミ・リトヴャクが戦闘員を”殺害”し逃亡。これを”逃走”と判断し、処刑を許可するから」
ポケットから通信端末を取り出した彼女は、当たり前のようにそう告げて、また建物の中へと引っ込んでいった。
機関が何かを隠している。
人通りが極端に少ない往来を歩きながらそう考える。
ナルミが病院の記録に残っていない事を考えれば、それが正当な結論だった。
ならば彼女は一体どこに”運ばれた”のか。今はそこが問題となっている。
エミリアに訊こうと思ったが、彼女は知っていたならばあの時点で伝えている筈だ。そんな器用な意地悪が出来る女性でないことを彼は知っていた。
しかし、病院に一切の手がかりが無いとなれば、まさかのノーヒントでの出発だ。
こちらは急いでいるというのに。
「おい、そこのアンタも!」
いよいよ無数の選択肢の中の一つを決さなければならないと、恐らくたった一つしか選べぬそれを決めかねるその中で、罵声じみた叫び声が衛士を呼んだ。
若い男は焦ったような声で衛士の元まで走り寄ってくる。そうしてから、強引に彼の腕を掴んで引っ張った。
「ちょ、何すんだよ!」
「アンタ聞いてないのか? ここらへんで”処刑が執行”されるって、今公共放送で言ってたんだぞ! 外に出てれば巻き込まれるから、建物の中に居ろって!」
「公共放送……?」
「ラジオとかテレビだよ。処刑の時はいつも強制的に割り込んで放送するんだ。だから携帯を義務付けられてる」
男はそう言って親切に近くの、恐らく彼の自宅の中へと招こうとする。が、衛士はその腕を勢い良く振り払って、男から距離を置いた。
なるほど。
いかにも機関がやりそうな事だ。正確には上層部……いや、アイリンが考えそうなものだが。
女性の特異点はその誕生率がゼロと言って良いほどに限りなく低い。だが、現在発熱――つまり肉体に重力子操作能力、時間干渉能力が付加されている現状ならば、特異点としての能力を持っていてもおかしいことではない。
そして実際に処刑人が動いているのだとすれば、能力は確認されたと考えて間違いないはずだ。
どうせ死ぬのならば実験に使ってやろうではないか、という魂胆。
ただでさえ貴重な特異点だ。いくら朦朧としていてマトモな戦闘ができないにしても、その通常人間が持ち得ない特異能力の発現、その原因や作動過程などを確認する事は決して無駄にはならない。
だからこそ、たとえ一方的になろうとも戦闘に於ける情報が少しでも多く得られれば、ソレでいい。
彼女ならばそう考えているだろう。
恐らく同じ立場なら、何の感慨もなくそう出来るのならばそれが最善だと、衛士自身思うことが出来る。そして思いついたのだろうと、衛士は否定しきれぬままに考えた。
「親切にありがとう。だけどオレは、コイツの当事者だ」
ぽかんと、訳のわからぬように口を開け衛士を見つめる男に背を向け、衛士は走りだした。
奇跡と言うべきだった。
衛士の進行方向に研究所があって、ナルミ・リトヴャクはそちらから歩いてきた。そういった関係で、両者は無自覚に、またそう知るよしもなく互いに向かって進んでいた。だからこそ、時衛士は誰かが接触するよりも早く、その誰もいない路上で、鮮血に濡れる彼女の姿を発見することが出来ていた。
「ナルミっ!!」
右眼が、溶けてしまう程に熱くなる。
蒼く輝く鬼火が、全身の毛が逆立つ気配が、彼女が特異点である、あるいはソレに限りなく近い存在であることを教えた。
腕を無造作に垂らし、また綺麗な黄金色だった髪が黒く染まっている。俯き加減で顔がよくわからないのに、時衛士はそれでも彼女がナルミだと認識できていた。
寒さなんて、その頃になると殆ど気にならなくなっていた。全身からの汗が湯気を立たせ、また吐息が白く染まるが、衛士は構わず彼女の元へと走って近づいていく。
その中で、彼女の顔が勢い良く持ち上がった。
「えいじ……?」
瞳孔しかないその眼球が、真っ直ぐに衛士を見つめる。
拙い舌がそれでも彼の名を紡ぎ、ナルミはおぼつかぬ足取りで、裸足のまま歩いていた。
――言いたい事がたくさんある。謝りたいことがたくさんある。伝えたい事がたくさんある。
だが何よりも、衛士は彼女を力一杯抱きしめたかった。
だから諸手を広げ、速度を落として歩く速さでナルミに切迫した。
「エイジ……!」
瞳が収縮して一点に集中していく。白目が周囲に戻っていって、また艶のある黒髪は、その色を茶に、そして徐々に金に戻していった。その姿はまるで、失われていた正気を取り戻すようなものだった――が。
「邪魔だ衛士ィッ!」
それを引く裂く影は、頭上から舞い降りた。
衛士は跳び込むようにしてナルミを抱き、その場から回避する。
そうするとつい先ほどまで彼女が立っていた場所には人影が低い体勢で着地していて、鈍く低い衝撃で地面を振動させる。そうして間もなく立ち上がり、衛士はそれに応じてナルミの体勢を整えさせながら、庇うように立ちはだかった。
「衛士、そいつは”逃走者”だ。事実、処刑の命令が下っているんだぜ?」
「”イワイ”あんた、見りゃわかるだろ? ナルミが、この調子でどういった画策が持てる? どんな素晴らしい作戦でここから抜け出せるってんだ。そんな命令ナシだ、無し。勘違いだ。そんな事で処刑なんてあっていいわけがない」
イワイ・ヒデオはロングコートを羽織る恰好でそこに立っていた。
袖口から見える手、その耐時スーツは既にフィルムを張り詰めたかのような薄さにまでなっている。彼の実力は、単なる肉体強化から考えても数段上がっている筈だった。
だからこその、先ほどの飛び降りだ。彼自身、それに自信を持っているという事だ。
ナルミは衛士の背中にしがみつき、小刻みに震えていた。ジャケット越しにもその高熱が伝わり、乱れる呼吸が、抑えようのない鼓動が彼女の不安を表すようだった。衛士は身体を捻って手を回すと、そのままやさしく彼女の頭を撫でてやり、そうしてまた向き直った。
「絶対安静だ。これ以上ナルミに無理をさせたら、取り返しがつかなくなる」
それだけは絶対に許されない。
下手をすればもう二度と会えなくなるところだったのだ。掴んだこの奇跡を決して逃がすことは出来無い。そんな事は、考えられなかった。
「いいや、どの道手遅れかも知れねーがな」
「そんなの、特異点でも無いお前に判るわけがねえだろうがっ!」
衛士の叫びに、イワイが反応する。
薄ら笑いを携えていた彼の表情に、仄かな怒りの炎が灯ったような気がした。
「……あぁ、そうだな。こんな副産物を着てるクセして特異点にすらなれねー男だよ。俺は……」
だがな。
そう、だが、だ。
イワイは心の中で呟いた。
ここでお前と戦えば何かが得られる。
もしかしたらが、あるかも知れない。
希望だ。あの時、あの任務の終了時に起こらなかった展開のツケが、今になって巡り巡ってやってきたということなのだろうか。
考えれば、妙なまでにソレに対して真実味が強まるのを感じた。
「変わったのは、何もお前だけじゃないんだ」
だが俺は何も変われなかった。
正義感ぶって、時衛士をこの世界に巻き込まないと契約した。しかしそれが騙されて、だけど今までソレを誰に口にすることもなく黙っていた。別段、わざわざ言いふらすことではなかったが、思い返せばそれが自分の中での唯一の誇りなのかも知れなかった。
徐々に追いぬかれていく少年の背を見つめながら、それでも自分が居なければこの少年はここに存在することが出来なかったのだと嘯いた。
おこがましいにも程がある。
情け無いにも程があった。
「なら、お前が戦ってくれよ……なぁ?」
気がつけば口は勝手にそう告げる。
身体を射に構えて、右腕を上げ拳を顔に引き寄せる。垂らし気味の左腕をやや曲げて、拳を腹に当てるように位置させる。
なんの武術でも拳法でもない、ただのやりやすい構え。これを見せるのは初めてだった。
「なんで、そんなの意味ないじゃねえかよっ?!」
――そうだ。意味が無い。
衛士はそう口では否定するが、腹の底ではこれでいいのではないかと思えていた。
今回の処刑執行はそもそも特異点の戦闘についての情報収集だ。それに於いて彼女が実験体として採用されただけに過ぎず、ナルミがそれに参加できないのならば同様に特異点である衛士が戦えば全てが丸く済む。
そしてそれと同じくして、彼の一言で衛士の魂がくすぶったのもまた事実だ。
彼女を守らなければならない。全てに於いてナルミを優先しなければならない。そう考えていたはずなのに、イワイのただ一言、その誘い文句で、血湧き、肉が踊る。
そういえばこの機関に来て、彼と力競べをしたことはなかった。
アレが事実ではなく時衛士の勘違いだったとはいえ、本気で彼を殺そうと思っていた時期がある。恨んでいたことがある。だからこそ、少し前まで気まずかった。
だが今は違う。
彼は戦友だ。
今なら、ただひたすらに素直に、スコール・マンティアの時のように拳を交えることが出来るかも知れない。
もしそう出来たならば、この関係はもっと深くなるだろう。
何も、戦うことが全てマイナスに向かうわけではないのだ。
衛士の台詞に一切返さぬイワイを見据えてから目をつむり、それから大きく息を吐いてから、衛士はナルミに振り返った。
「ごめん、ナルミ。少し離れててくれ」
「……君は、こんな時までかい……?」
苦しそうに息を吐く。顔は真っ赤を通り越して真っ青に変異してしまっているが、鼓動は、呼吸は先程よりも遙かに落ち着き、熱は高くとも、もしかしたら治るのではないかと希望が持てるほど順調だった。
衛士が申し訳なさそうに頷くと、ナルミは力なく、添えるような風にその胸を叩いた。
「僕もたいがいだけど、君も、無理しないでね」
「ああ、約束する。これが終わったら一緒に帰ろう。ナルミの弁当もまだ残ってるしな」
「うん。ふふ、残さないでね?」
「クラブサンドは大好物だからな」
微笑みながら、またナルミの頭を優しく叩く。
彼女はそれに嬉しげに頷きながら、踵を返し、適当なビルを背にした。
振り返れば、依然変わらぬ体勢のイワイが居る。瞳は闘気に満ちているが、その表情はどこか晴れない。なにか考え事、心配事でもあるかのような顔だった。
「準備はいいか、時衛士」
「祝英雄、あんたは?」
「いつでも来い」
「なら、そうしようか」
戦闘は、果たして開始した。




