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接触 ②

 虚しいほどに寒々しい。

 暗闇はどこまでも続いて、出口のないトンネルを彷徨う――ありのままに言えば、衛士はそんな特に意味も空想も無い夢を見ていた。

 もう慣れたものだと、衛士は呟くでも無くそう思った。

 あの日――特異点になった時から、眠れば夢は全てこういったものに成り代わっていた。

 今日感じたこと、今日あった出来事、昔のこと、好きだったこと、嫌だったこと、その全てを夢で見ることはなくなったし、起きていてもそれを思い出す暇は無かった。ただ一度も忘れたことがなかったのは、姉の存在であった。

 もうこの世にはいない。彼女の死を以て、この能力ちからを得たのだから。

 悲しくはないと言えば嘘になるかも知れないが、いつまでもメソメソと動き出せなくなるような悲しさではない。言わば、心の影の部分。誰にも出せない、自身の中で消えることなく燻る火種のようなものだ。

 そして時衛士の特異点たる能力は、そこを原点としてさらに成長を続けている。

 彼を語るには外すことのできない、大切な一部となっていた。

 

 そしてここ最近、寝覚めは酷く悪いのだが――。

「……何だ、コイツ」

 ふと傍ら、肌に触れる何か柔らかくも温かい、包まれるような感触を覚えて首を回す。

 するとそこには、衛士の身体をまるで抱き枕のようにして腕を回し足を乗せるアンナの姿があり、ベルトが外された、初めて見たその顔は息が掛かる程近くに置かれていた。

 さらに逃げられぬようにと考えたのか、単に偶然なのか。その肉体はうまい具合にシーツで包まれていて、身動きが出来無い。

 つまり不意に便意に襲われたら死を覚悟してここでぶち撒けるしか無いという事になる。想像に易い地獄絵図は、ここを開始点にしていた。

「はいはい分かります。こういう一見幸せラッキーと見せかけてうっかり妙な情動に駆られると理不尽に打ちのめされるパターンね。知ってるよオレこれ漫画とかで見たことあるもん」

 だから仕方なく、アンナ・ベネットのその珍しいご尊顔を見つめることにした。

 長く、またこの状況でも綺麗に保たれている艶やかな髪は、良く戦闘時に邪魔にならないと思う。

 そして眼は――瞼を閉じた上から深く抉られたような痕があった。左目から右にかけて一直線、そしてダメ押しとばかりに右眼上部、眉のやや上から頬にかけての弾痕のような傷。恐らくこの怪我を負ってから何年も経過しているようなモノだが……その衝撃を、禁じ得なかった。

 胸に突き刺さるような、どこかショックを受けたような感覚。

 そうだ、と思い直させられる。

 ケガをするのも、死にたくなるほどの場面に遭うのも、何も自分だけではないのだ。

 自分が自分である限り、自分の人生では主人公だ。だが、だからといってその他の有象無象が幸せというわけではないし、平凡というわけでもない。自分のように精神面に影を持つ人間もいれば、彼女のように無骨で物々しい帯を付けて物理的に隠さなければならない痕を持つ者もいる。

 不幸なのは自分だけじゃない。わかっていても、それを確かに目にするまで理解はしていなかったように思う。

 そして、彼女はそれを伝えようとしたのではないか。そうとも考えられた。

 衛士が目を覚まさぬ事を考えないわけがない。そして同時に、自分からそれを晒すのはどこか気が引けたのだろう。だから眠っているうちに、自分の知らない所で自分を知ってくれというような考えからの行動だったのかも知れない。

 そう考えれば、やはりこのシーツによる拘束は偶然ではなかったのだろう。

 衛士はその姿を思い浮かべて、どこか無邪気な子どものように思えてふっと、笑みを漏らした。

 心が穏やかになる。

 これは久しぶりの感覚だった。

 ――少しだけ、前向きになれた気がする。

「ありがとう、アンナ」

 起きているのか、眠っているのか。いや、恐らく彼女のことだからすっかり夢の中にでも堕ちているのだろう。猫のようにどこにでもどれほどでも眠るアンナの事だ。そうに違いない。

 衛士はひとまずそう言って、もぞもぞと身体を滑らせるようにしてシーツの拘束から脱出。寝台から降りると、足に妙な違和感を覚えた。

 締め付けられるような圧迫感、その窮屈さを感じて足を見ると、包帯を巻かれていることに気づく。そしてそこから、衛士は自分がパンツ一枚だけの格好になっていることに気づいた。

 衛士は何事も無かったように包帯を解き、そして――火傷の痕が残るスネを見てから、大したことがないと頷いた。服は寝台近くにて鎮座する小さな机の上に置いてあり、されどインナーの通気性の高い長袖のシャツはなくなっていた。

 なかなかに着やすくてお気に入りだっただけに少し残念だったが、恐らく誰かが洗濯でもしてくれているのだろう。

 この部屋が多分、酒場付近か、酒場の上階にある部屋だから、店主が気を効かせてくれたのかも知れない。衛士は考えて、素肌にジャケット、そして何故か真新しくなっている紺色のジーンズ、靴下を履いて、そしてくたびれたブーツを履き終えて、ようやく落ち着いた。

 ――窓から見える外はまだまだ明るい。

 恐らく午後二時から四時辺りなのだろう。そうなれば眠っていた時間もおよそ半日近く。

 活動時間は夜だとしても、時間は未だ持て余していた。

「もう一眠りといきたいところだが……」

 アンナは既に寝台を我が物顔で大の字になって眠っている。

 流石に、ここを先ほどの彼女のように寄り添って眠るつもりにはなれず、衛士は大きくあくびをしてから部屋を出た。

 ――どうやらここはマンションやアパートの一室のような場所らしい。

 無遠慮にそこをブラブラと探索した衛士はそう結論付けた。

 部屋は全てで三つあり、その内の一つを衛士とアンナが、そしてもう一つをイワイが利用している。打ちっぱなしのコンクリートが外観的に寒々しく感じさせる通路を進むとそこは居間部分であり、その反対方向に進めば玄関になっていた。

「危険を顧みずってわけか……ありがたいな」

 ワーグナーもあの戦闘を見ていなかったというわけでもない筈だ。

 だというのに、窓から見える景色を見る限りここは酒場の上階。匿ってくれているということになる。

 この街でも一、二を争う器の広さだ。そして命知らずだ。最も、そうでも無ければわざわざ酒場なんて営めないだろう。

 衛士は部屋に戻って机に立てかけられている狙撃銃を肩に担ぐと、そのまま玄関を出た。


 息を飲んだのは、玄関を開けて現れる外付けの階段――その踊場に出た瞬間だった。

 異常なまでのざわめきが、大気を震わして尋常ではない騒ぎを伝えていた。連続する発砲音が、なぜ部屋の中に居た時に聞こえなかったのか不思議なくらい、透き通るように良く耳に届いていた。

 そして何よりも、その音は酒場の直ぐ前で響き渡っていたのだ。

 ただ事では無いのは勿論、それが自身に迫る、ソレ以上に自身に関わったがために、よりにもよって己らに親切にしてくれた善良な人間に危機が迫っている事――それを即座に理解出来た。

 ここでどういった行動をすべきなのか。また敵の数は、武装は、攻め方は、今現在何処に何人にて死者がどれほどで店の被害がいかほどか。衛士はそれらを考え、あるいは予想、推測するよりも早く、その外付けの階段に付属する鉄柵に飛び上がり、その向こう側へと身を投げた。

 状況を理解するのは、その三階部分から飛び降り着地するまでの時間――二秒にも満たぬその時間で十分だった。

 敵はおおよそ三○人近くだが、その内の三分の一、つまり十人程度が肉体のどこかを破損した格好で倒れていた。そして荒くれ者達はただポケットに雑に弾倉を突っ込み小銃を構える格好で続々と酒場の中へ突撃して行くその最中であり、安心すべきか――ワーグナーの姿はそこにはなかった。

 また、そこに残る連中もいる。

 大体五人くらいが入り口を見張るようにして、緊張を禁じ得ぬような堅い表情で武器を構えていた。

 そしてそれら全ては恐らく協会の私兵、あるいは金で雇った街の住民。民兵となり果てた彼らは一体幾らでその命を投げ売ってしまったのか些か興味が湧いたが、平静を装って雑談をかます理性は、今の衛士には到底無かった。

 ――鈍く鳴る着地音。同時に頭上から落ちてきた影に、五人はほぼ同じ刹那に驚愕した。

 だからこそ、その場では誰よりも速く動けていた。

 衛士は肩に担ぐ狙撃銃の銃身を握ると、そのまま立ち上がりざまに銃床ストックを突き上げ、男の顎下部を鋭く打撃。そして銃から手を離して滑るように銃身を沿って銃床を逆手に握ると、手前に力強く弾いて半回転。今度は銃口が男の側頭部に突き付けて、発砲。

 側頭部は焼け焦げて尚ぎこちなく穴が開く。吹き飛ぶ脳漿は、弾丸が貫きもう片側から開けた穴から吹き出していた。

 狙撃銃のストラップを腕を通して肩に掛けると、倒れ始める男の小銃を奪い取り、衛士を囲む四人へ振り返った。

「て、てめ――」

 跳び込むように跳躍。

 瞬時にして懐に飛び込んだ衛士は、また喉下に銃口を突きつけ発砲。

 敵が構える銃はその役割を果すよりも速く役割を失った。

 頭から鮮血を浴びるようにしながら、まだ倒れぬ死体の背に回りこみ盾替わりにしつつ、また射撃。

 既に動きを読まれている三人は、それぞれ眉間、額、眼に一発ずつの弾丸を撃ち込まれて間もなく絶命した。

 ――呆気無い。そう一言で片付けるのも勿体無くなるほどに容易かった。

 衛士は死体を蹴飛ばし、さらに店内へ向かおうとするその最中に、視線を感じた。今にも射殺されそうな鋭い純然たる殺意に思わず振り返れば、ビルが崩壊し瓦礫となり果てたその手前に男の姿が二つ。

 一つは妙な正装姿の男であり、もう一つは驚くことに神父服を纏った男であった。

「やっぱ、こいつらか……」

 何の目的があってか知らない。もしかして純粋に時間がないのかも知れない。だがどちらにせよ今回の事を仕組んだのは協会であり、そして手を出すこともなくこの無様な姿を高みの見物に来ているという次第だ。

 神父という事もあったし、何よりも組織に所属する過程が些か似ているから興味があったが――所詮、同じ穴のムジナだ。

 衛士はその怒りや昂りを右眼窩に燃ゆる蒼い鬼火で魅せながら、彼らに背を向け、鋭い射撃音がつんざく酒場の中へと飛び込んでいった。

「いつもそうだ」

 咆哮。発砲音。断末魔。悲鳴。怒号。硝煙。血煙。

 それらが埋め尽くされる空間は混沌としていた。

「いつもこうだ」

 散弾銃を撃ち終えるワーグナーは、ポケットから散弾ショットシェルを取り出し装填する。その間の援護は、ジャンパーのようなジャケットを着こむ女性が拳銃一挺で前面に立ち、迫り来る男たちに狙いを定め足止めをしていた。

「いつもてめえらは――」

 だが無数の敵が迫るのにたかが拳銃のみでは心もとなく、いくらか体術に覚えがあろうとも、単純に体格が己より圧倒的に上の男が相手では容易に組み伏せられてしまう。 

 だからその女性は、運悪く弾切れを起こし、またワーグナーからの援護が間に合わなかったために男の拳をモロに顔面に喰らい、あっと息を呑む暇も無くよろけ、さらなる追撃とばかりに肩を捕まれ、腹部に鋭い打撃をもらう。

 呻き、膝から崩れていくその最中に彼女は乱暴に服を引き裂かれて、そのしなやかな肢体、この強い日差しの中でも焼けることのない白い肌をあらわにした。

「オレの周りから……関係のない人たちばかり」

 彼女の援護が失せたがゆえに、ワーグナーにも隙ができる。

 彼はそこを狙われ、小銃によってその右肩を弾丸に穿たれた。

 ワーグナーはそのまま呻きながらカウンターにもたれかかり、片腕で発砲。そうすると瞬時に目の前の男の頭が吹き飛ぶが、同時にそのあまりにも堪え切れぬ衝撃によって肩が弾かれ、腕は弧を描くように背後へ。関節が外れ、その間に彼の心臓を狙う男は、舌なめずりをするようにゆっくりとトリガーを指の腹で撫で――。

 次の瞬間、震えるように一度ビクリと揺れてから崩れ落ちるのは、その男だった。

「もう失わせねぇ……てめえらは、一人残らずブチ殺してやらぁっ!」

 凄まじい活気。激しい熱気。それ故に、背後に立つ衛士の存在を誰もが気づけなかった。

 それ故に、衛士が得た透視の能力で全てを見ていたことに気づけなかった。

 それ故に、時衛士の感じていた可能性を試させる機会を作っていた。

 ――『透視』した障害物は、まるでその瞬間衛士の為に道を作るかのように失せていた。だから弾は通って男を撃ち殺していた。

 簡単に説明すれば、衛士に見えないものは実際に衛士によって存在していない様に扱われる。だから衛士が透視した際には目の前の”肉の壁”は存在しておらず、故に弾丸は素直にワーグナーを狙っていた男を殺すことが出来ていた。

 彼が得た透視という力は、そういう物だったのだ。

 さらに一発。

 今度は女性の乳房を揉みしだき、獣のようによだれを垂らす男の側頭部を弾く。

 途端に彼は崩れ、彼女の上に力なく覆いかぶさった。

 そしてそれ故に――その空間内に居る全ての人間の興味が、注意が、余すことなく衛士へと向けられた。

「なんだお前?」

 大柄な男は緩慢な動作で歩み寄り、そして対峙する衛士に額を撃ち抜かれて膝から崩れ落ちた。

 発砲、発砲、発砲。

 全ての行動が開始するよりも速く、衛士は一寸の狂いも無く一撃で無数の男たちを死に追いやり、バタバタと円卓に挟まれて作られる通路が死体で埋め尽くされていくのを、見つめながらさらにそれらを増やしていった。

 稀に反撃とばかりの弾丸が飛来するが、予知する衛士にソレが当たる筈もなく。

 まるで新兵以下の赤子を相手するかのように、戦闘は一分足らずで終了した。

 ――静寂は果たして再び訪れる。

 血に塗れるワーグナーに女性はそれを唖然としながら、その中心から瞬く間に外側に追い出されたことさえも理解できていないように焦点の合わぬ瞳でそれらを視界に収める。

 その中で衛士が小銃を床に叩きつけると、そこでようやく意識が蘇ったように衛士を認識するが、

「ワーグナーさんの怪我、早めに治療した方がいい」

 そう残して店を出る少年に、声を掛けられる者は居なかった。



 こうなることは予定通りだった。

 何がしたいのか。結果的にそれがどう動いたのか。簡単に言ってしまえば焦燥故の錯乱による行動であり、相手も十分民間人を無情に殺している場面を神父に見せてやりたかった事。そして結果的には、神父がどう思うか以前に明らかに失策であり、スコール・マンティアの心は完全に協会から離れる事になった。

 ディーノはマンションの屋上からそれを眺めていたが、その最中にスコープ越しにスコールと目が合い――その瞬間、レンズにヒビが入り、同時に引き金がその半ばからへし折れた。

 直線距離にして二○○メートル。それほどの距離を置いても尚彼の『神通力』は届いていた。

 恐らくこれでは狙撃をしたとしても、彼を殺す事は出来無い。

 皮肉なことに、この協会に対する不信感がスコール・マンティアの超能力をより強めてしまったのだ。

 彼はそこで肩をすくめると、スコープを外し狙撃銃を担いで階下へ降りる。向かうのは、彼の元であった。

「――てめえが神父か」

 衛士が吠える。

 スコールの傍らに居る男が拳銃を差し出すが、彼は手で制して前へ一歩出た。

「貴方がエイジ・トキ……思ったより汚れた目をしている」

 イヤホンも無いし通信端末もない。仲間は皆、防音性の高い部屋のせいで未だ眠りこけている。

 故に動き出す時衛士を止める者は誰一人としていなかった。

「てめえも所詮、薄汚え野郎だ」

 聞く限りでは共通点はあった。

 だがこの有様だ――許す訳にはいかない。

 連れて帰れなんて命令はない。ただ接触しろとの話だ。

 ならば殺してしまっても仕方が無いことだ。

 衛士はボルトハンドルを引いて排莢すると、そのまま弾丸が薬室に送り込まれる。しかし彼は立ったまま右肩にストックを当て、そのまま片手で狙撃銃を構えていた。

「わたしは何も言えない。止められる力があったのに、止めなかった時点でわたしにはその資格がない」

「そんな事は良い。もう良い。良いからかかって来い。てめえの全てをさらけ出せ。かかって来いよ……かかって来い!!」

「えぇ、行きます。貴方になら、全力で――」

 その接触が、両者の人生を大きく歪曲させ変異し変えてしまうものだと気づくのは、その戦いの最中であり――そして誰も首をつっこむことができない、熾烈を極める戦闘の始まりでもあった。

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