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接触

 とある廃ビル、この街で言うマンションの前で男は立ち止まった。

 入り口には大口径の狙撃銃を地に降ろして、どこか不機嫌そうな顔で居る幼顔の青年や、右腕を失い格好も正に浮浪者といった風にボロボロの男、そして神父姿の男が彼の帰りを待っていた。

「わざわざ招いて、なんのつもりですか」

 開口一番はソレだった。

 視線は、正装のようにYシャツにベスト、そしてしっかりとネクタイを締める男の背後に向けられる。

 漆黒の戦闘服を身に纏う、頭をツンツンに逆立たせた男の姿が隠すこともなくそこにあった。

「いや、勝手に着いて来てさ。撒くのも面倒だったし」

「面倒だったって……あの再生力は結構面倒なんですが」

「サカグチいるし大丈夫だろ」

「おい冗談じゃねぇぞ、こちとら立ってるだけで十分辛いんだ」

 軽口を叩き合うように、彼らはまるで敵に背後を取られている事を忘れているようだった。

 されどイワイは動かず静観している。理由としては簡単で――圧力操作能力者ランドの姿が見えないのと、単純にこの人数を相手にして勝てる見込みが皆無だからである。

 まずサカグチが戦闘に参加しないとしても、残る三人は見事なまでに未知数。名も知らなければ勿論見たこともない連中。そしてビルの下敷きになったサカグチを救出できる程の連中だ。

 およそ常識はずれ、というのは機関の人間が言うにはどこかフザケて聞こえるだろうか。

 だが、イワイが感じているそれは少なくとも間違いではない。

 大口径の狙撃銃。おそらくコレで全ては監視されていたと考えて間違いないし、そして実用していることも確実。彼が姿を消した時点で、次の瞬間に狙撃されることを考えねばならない。

 そして目の前の男。サカグチが生きていた事は恐らく奇跡的なのだろうが、”何も持たずに”あの瓦礫を排除し救出したという行動は目に余る。近接戦闘では特に気を付けなければならないのは彼だろう。

 さらに神父姿の男――こいつが今回の目標だ。

 その黒のロングコート風の神父服が無ければどこぞの俳優のような様相を呈すだろう美男な外観。だが人は見た目によらないというのは、衛士を見ればよくわかる。だからイワイが彼を警戒こそすれ、侮ることは決してなかった。

 その上で、わざわざこの場に誘い込んだということはここが彼らのホームであろう。不利であるのは最早確実と言えた。

「ランドは帰ってこないしサカグチはこの調子。あの敵――確か、ヒデオ・イワイは近接格闘型。ボクは相手できない」

「お、おいおい。ディーノ冗談キツいぜ? おれだって近接戦闘得意じゃねーって。ボクサー前にして、素人がどうやって武器出して戦えってんだ」

 ――男が別の空間からモノを取り出す場合、それは先程の様に頭の中にリストを作り、そしてその中から彼が所持しているものを指定し指を鳴らさなければならない。ソレは、とても弾丸のような拳の連打を避けながら出来る程、易い集中力で可能なものではなかった。

「ならわたしが行きましょう」

 そう言ってイワイに背を向ける男より一歩前に出たのは、スコール・マンティアであった。

「マンティアさん、そりゃいくら何でも。おれ達は一応アンタの護衛役としてここに居るんだぜ?」

「なんやかんやと屁理屈こねくり回すくらいならわたしの方がまだマシ、ではないですか?」

「ボクはかまいませんよ。一対一タイマンを明言していない以上、危なくなれば手を出せばいいだけですし」

「……そこらへんはそちらにお願いします」

 捨てるように返し前へ出る神父には表情が失せていた。

 首から下を耐時スーツに身を包むイワイは暑苦しそうに手をうちわ代わりに風を起こすが、そんな焼け石に水以下の効果はかえって熱を上げさせていた。彼はそうしてから、神父が前に来たのを確認して、立ち直る。

「貴方が我々に害をなすなら相手を致します」

 神父はぎこちなく構えた。武器も何も無く徒手空拳。その構えは、まるで喧嘩もしたことがないようなへっぴり腰だった。

 イワイはそれを見て気まずそうに後頭部を掻いてから、まず「違うんだ」と口にした。

 すると思ったとおりに、スコールの頭に疑問符が浮かぶのが分かる。イワイは続けた。

「俺は何も、考えなしで突っ込む馬鹿じゃない。ただ――ウチの大将がそっちに恨みがあってな、とても話が出来る状態じゃないこともあって、わざわざ俺が来たわけだ」

「……つまり、貴方は我々と交渉をしに?」

「答えはイエスだ」

 その言葉に、スコールはどこか疑わしげに――どこか関心を持つように頷いた。

 だから次ぐ言葉は、いかにも興味津々といったようなものだった。

「貴方は何を申すというのです。これだけ我々の仲間を傷つけておいて」

「傷つけておいてって……仲間って口にするのに、その仲間がどういった理由で怪我してんのかもわかんねえのか?」

「……? どういう事です?」

「焚きつけるきてんのはそっちだ。こっちは降り注ぐ火の粉を払ってるに過ぎない」

 その台詞に、スコールの視線は途端に鋭く変異した。

 この言葉は嘘だと決め付ける心情の変化を表すようだった。

「ランドを襲ったのはそちらでしょう?」

「ランド? あぁ、アイツか――ありゃPMCの作戦に加担しただけだろ。そもそも逆恨みされるような事をする方が悪い」

「逆恨みも何も、そちらからかかってきたのに……」

「アンタ馬鹿だな? もしかして。それから死ぬほどお人好しか……アンタの知らない所で奴は関係のない人間を惨殺し、その仲間に恨まれてんだよ」

 そしてめまぐるしく、神父の表情は変わる。

 すべての言葉を、言動を真に受けているかのようで、その姿はどこか愉快で、だからこそどこか哀れだった。

 この男には全てを適切に判断できる人間がそばに付いている必要がある。そもそも、持っていると言われている”特異点能力”や”人口調整”にさえ巻き込まれなければまっとうで平凡な人生を送っていたであろう男だ。

 さすがに、それとはまるで正反対な非日常ですぐにそれを求めるほうが無理を言っているのだろうか。

「んでそこの発火能力者パイロキネシス。こいつは言わずもがな、そっちから仕掛けてきた。今回、こっちから掛かったことなんざ一度も――」

「――そこの男! それ以上妙なことを神父さまに吹き込んでみろ。次の瞬間、貴様の頭は肉塊となることすら許されず吹き飛ぶぞ!」

 言葉を遮るような怒号は、いくらかの静寂を保つそこで良く通って響き渡った。

 イワイが神父の向こう側、廃ビルの下で片膝を立てて銃を構える少年姿の男を見る。彼は先ほど手元にあった大口径の狙撃銃、その銃床を右肩に押し付け、付属するスコープの十字線の中央にイワイの顔入れて照準する。既に薬室には12.7mmの弾丸が送り込まれていて、あとは引き金を引くだけだった。

 今度はイワイが、彼に向かって大きく吠えた。

「お前等は戦闘は上手かも知れねーけどよ、何も知らねー人間刷り込むくらいはもうちょっと上手にやっても良かったんじゃねーか?」

 ――ここであの狙撃は出来無い。

 衛士のように機関で力を付けていつか抜けだしてやるといった様な場合なら機関に招くのもある程度簡単だ。

 だが目の前の神父は違う。既に人に抗え、戦う程度の力は持っている。

 だからわざわざ協会に従うことは無いし、機関に攻撃することも可能だ。最も、後者はとても賢いやり方とは言えないのだが。

 故に、ここで明らかに邪魔だとイワイを殺せば、神父からの信用は確実に失せる。これまでの苦労は正に水泡、水の泡と帰す。

 そして――神父は、射線上へと移動した。

「話を聞きましょう」

「その意気だ」

 イワイが背を向け歩き出す。神父は迷うことなく、彼の後をついていった。


 一般層が生活する区画。その中にある人通りの少ない適当な路地に誘導して、イワイは振り返った。

 真剣な眼差しはこの上なく誠実に見え、どこか――衛士と重なって見えるのは、彼が特異点だからなのだろうか。

 機関にも協会にも拠り所はなく、元々居た場所は失われている。共通点はここにあった。だが衛士は既に仲間を持ち信頼を得ている。機関とて、駒として見るが下手な事はしない。だから彼の居場所はもうあったのだ。

 しかし実力、つまり能力の面ではどうなのか。イワイは果たして、対峙して勝利できる能力であるのか――願いながら、口を開いた。

「俺たちの目的はアンタと接触すること。戦うことじゃない」

「接触してどうするつもりなのです?」

「全てを教え、アンタ自身でどちらに付くか、あるいはどちらにもつかないかを判断させる」

「全て……とは?」

「今話す」

 イワイは緊張したように大きく息を吐いてから、真剣なスコールに失礼にならぬようにと態度を改めた。

「まず機関――こいつの所業はアンタも知っているだろう。圧倒的なあらゆる技術を持ちながら、その力の誇示のために世界各国に根を回し擬似紛争……いわゆる”人口調整”を起こす。一方的な虐殺だ」

 その目的は、やはり国連軍レベルの軍事力には純粋に火力的に太刀打ち出来無いために、これまでの一方的な関係から、人口調整という役割を経て徐々に対等な関係を作り、交友を持つことだ。

 機関自体が一つの国のように均衡を持ち、それ故に攻め落とされぬよう、あるいは攻められたとしても決して陥落させられぬよう各国と繋がりを持つ。単純に言えば暗黙で了解される平和条約のようなものであって、機関はそれを交友関係を深めることで作ろうとしていた。

「そうして、その先はあるのですか?」

「知らねーな。一応あるんじゃないか?」

 恐らくそこに関わるのが時間遡行技術。そして重力子を利用した様々な道具、人材、技術。

「そうですか」

 神父は飽くまで無関心に切り捨てる。それに頷き、話を移した。

「アンタは協会について何を知っている?」

 不意に話をふられた彼はいささか驚いたような顔をしてから、考えこむようにややうつむき、返した。

「協会は機関に抵抗するため、その目論見を阻止するために作られた組織だと。だから全ての行動は機関に準ずる、と」

 しかしイワイとの会話で得た情報はそれだけではなかった。

 目的のためには手段を選ばなすぎること。そして現場での各自の動きがあまりにも自由すぎること。無関係な人間を殺すこと。そして――。

「ちなみに今警察が蒔いてる麻薬の出所って知ってるか?」

「おおよそを察しました。自分に都合の良い場所を作るために、協会が渡しているのでしょう?」

「お利口さんだな、アンタ」

 日常的に法律を犯し、またその街での日常をうまい具合に少し崩してしまう程度の影響を与えている。

 機関のように大掛かりでまた死者数も圧倒的に少ないが、だが所詮同じ穴のムジナのように思えてしまう。創立者たる『ホロウ・ナガレ』には会ったこともないし聞いたこともないが、せめて全ては現場の間違った判断のせいだと思いたい。

 ――そして個人の実力差はあれど、機関と協会での行動がコレほどまでに変わる理由が、教育にあった。

 機関は人材を新たに引き入れたとして、そこでまた半年程度の訓練を入れる。多くの人員はそれで戦闘員、研究員に振り分けられ、得た多くの知識、技術を利用し機関に支えられて生きて行くことになる。

 だが協会は、言わば同人サークルのようなものだ。各々が特異能力を与えられる代わりに命ぜられた活動を行う。なまじ戦闘能力――主に攻撃に関するもののみだが――がある分、経験が無くともある程度戦える所が恐ろしい点だった。

「とりあえず話すことは話した。考えて選択するのはアンタだ。これまでアイツらにどんな恩義を感じたかは知らないが、一先ず今この場では真っ白。何もない。現場に居なかった俺が口にするのははばかられるが……人口調整直後のアンタだ。今は」

「そう、ですか……。しかし今のわたしにはまだわかりません。あまりにも突飛すぎて」

「だな。これからの人生を大きく動かすんだ。抑考えたほうが良いが――絶対に自分で決めるんだ。いいな? ……えっと」

「スコールです。スコール・マンティア。前の街では神父をしていました」

「はは、見りゃ分かる。俺は祝英雄イワイ・ヒデオ……いや、ヒデオ・イワイか。近いうちにまた来る」

 イワイはそう言って背を向け、路地を後にしようとするその刹那に、スコールは呼び止めるように声を上げた。

「すみません……、あの、帯を全身に巻く少女、そして眼帯の少年――彼らは何者なのですか?」

「あぁ、あいつらは」

 そうだな、とイワイは一つ間を置く。

 どう説明すれば良いのだろうか。彼らに至っては機関ここに来るまでが少しばかり複雑だから面倒なのだが……。

 少し考え、彼は言った。

「女の子の方は戦災孤児でな。両目を斬られて全盲。その際に負ったPTSDのせいで失声症を患っている」

 対人面では何年にも及ぶリハビリのお陰で問題はないが、直感が鋭くなり、人の内面を見抜く能力が格段に上がっている。だから懐く人間には極端なまでに懐くし、嫌う人間はまた極端に嫌う。

「野郎は……そうだな。アンタと似たようなもんだよ」

 そうとしか言いようがない訳ではないが、気を引くにはコレが一番だろう。そして的確でもあった。

 イワイは今度こそ、とその場を辞す。

 スコールはその背を見送って、ようやく動き出すのはそれから暫くしてからだった。


「やっちゃったなぁ」

 声はすぐ後ろ、息が首筋に掛かる位置から聞こえた。

「アレでも随分警戒心が高いから苦労したんだけどなぁ、今となっちゃ遅いかもしれないけど」

 されど、腰に銃を、刃物を突きつけるなりしてくる様子はなく、やがて声の主はその傍らに付いた。

 イワイは顔も見ずに廃ビル群の方へ歩みを進める。男はそれも構わず言葉を続けた。

「俺は呼ばれたから来ただけだ。恐らくもう――手遅れだろうし、俺はお前等には手を出さない。見てたぜお宅の少年、特にアイツに目を付けられたら怖いな。一生追っかけまわされそうだ」

「へぇ、いいのかそれで? そっちの狙撃役だって結構厳しそうに見えたが」

「良いんだよ。お宅らは組織絶対かも知れないけどよ、こっちは自分が一番。長いものに巻かれる主義だし。出来ればおれもそっちに行きたいくらいだ」

「そいつは無理な話だな。なにせアンタらの所為でウチの大将はこんな機関ところに来るハメになってんだからな」

 押し殺すように男は笑う。

 イワイが立ち止まると、彼はその先を数歩分進んでから停まり、振り返った。

 気がつくと雑踏は薄れていて、まばらな通行人だけが景色となる、継ぎ接ぎだらけの廃ビルが群れる場所だった。

「本当だったらここでお前を始末するべきなんだろうけど……とことんおれは、特攻要員が苦手だからな。返り討ちにされるのが目に見えてる」

「だったらさっさと逃げ帰ることだな。大将が目ぇ醒ましたら、どこに居ようと問答無用で突っ込むぜ」

 狙撃兵として二ヶ月、みっちり休みなく訓練を受けていたと話を聞いたのに――実際に会えば、確かに狙撃技術は向上していたが、何も変わっていない。カッとなって目の前が真っ赤になれば構わず手が出る。

 さっきの戦闘では銃が無かったから仕方が無い事もあったが、あの展開になるのが早かったか遅かったかの違いにしかならないだろう。

 男は軽く手を上げて、背を見せさらに奥地へと歩いて行く。

 イワイはそれを見送ることもせず、短くため息を付いてから、僅か一度の跳躍で自身が飛び出した窓の枠に足をかけ、そしてそこから勢い良く飛び降りて部屋の中に着地する。

 そこでようやく少しばかり安堵して――気が抜けたせいか、間抜けに腹が空腹を知らせるように音を鳴らした。

 ――太陽は、丁度頭上に登り上がるその最中。

 時刻は正午にまで進んでいて、道理で腹が減るはずだと、イワイは苦笑しながら容易された簡素な寝台に身を投げた。

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