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熱い男

 能力者同士の戦闘で何が鍵を握るのか、それを正確に理解し、また戦闘ほんばんで活かせる人間はそう多くはない。それでも連勝を続ける人間は、単に力量が格上であるか、または幸運を味方に付けているとしか説明することが出来無い。

 例えばランドのような、能力に領域が存在する場合。それらを逆手に取り油断、あるいは隙を招いて仕留める方法は教科書通りのやり方なれど、運と良きタイミングが無ければ成功する確率は割合に低い。

 隙を撃つ、敵を欺くといった行動を卑劣な手段と呼べるかは――否だ。

 勝てばいい。生き残りさえすればいい。

 命を賭した戦いでは、規律や倫理は皆無だと言えよう。


 衛士は深く屈み込む。その直後に――頭上を炎弾が、凄まじい速度で通過する。

 炎が大気を喰らい勢いを増すものの、だが男の手から離れたそれがまた戻って衛士を狙うことはなく、遠くの路上に落ちると、徐々に勢いを殺していった。

 倒れるイワイの背を沿って脇腹を抱くように手を伸ばし、彼の腕を自身の首に回す。そうして肩を貸すと、触れただけで火傷してしまいそうな光熱の肌を衛士に預けながら、イワイは呻いて立ち上がった。意識の混濁はないが、既に死に体と呼べる程満身創痍だった。

「ダメだ、細胞が死滅してるから、回復が……」

「いい、ここはオレがやる」

「馬鹿が、あんなの喰らったら死んじまうぞ……!」

 イワイの言葉の最中に立ち止まる。そうして彼の背を押しを自身の前に送ると、無防備な背を蹴飛ばして前方の酒場の扉へと弾き、同時に自身も背後へ飛び退いた。

 彼は勢い良く、開け放たれた扉の中へと突っ込んで、衛士は同時に既に人の失せた路上の中央へと躍り出る。

 サカグチは先程の火焔以降立ち止まり、衛士がその直線上に移動し終えると再びようやく動き出す。

 彼はただ前へ歩き出すだけであったが――衛士には、まだ前へ進むことは出来なかった。

 敵の炎は単純に考えても火炎放射器並の威力がある。

 それは戦略、戦術を無視してもある程度のゴリ押しで戦闘を終了させられる力を持つ事を意味していた。

 勢いで飛び出したが、この炎をどの程度操作出来るのか、また単純に面攻撃が出来るのか――判らない。

 果たして勝てるのか? 武器も無しに、感情のままにかけ出して倒せる相手なのか?

 答えは否だ。

 もう、そんな簡単な戦いは無い。

 命を賭ければ無条件で勝てる相手なんて居ないのだ。

 状況によって全てが変異する。ただ分かるのは――。

「おいおいおいおい、今のでビビっちまったのか? なら奮い立たせるしか無いよなァ、さっきの奴を殺せば怒るか?」

 陳腐な台詞には純粋な悪意しか無い。

 ――この男が未だオレを狙うなら、殺すしか無い。

 衛士が理解し、決めたのはソレだった。

『立ち向かうのなら一言だけ助言をします……相手が未知数な場合は様子を見て。死なないでね、衛士さん』

 この男が一体何を考えているのか判らない。

 ただ振りかかる火の粉を払いに来たのならばその圧倒的な能力で殺せばいい。

 なら何故それをしないのか? その疑問について、少し考えればすぐに答えを導けた。

 この男は、戦うことを楽しんでるからだ。

「オレがお前と戦えばいいんだな? 他に手を出すなよ――いや、出せねぇな。死んだ後じゃ」

「……くっ、あっはっひゃっはっは! イイねぇ吠えるねぇ、変わってねぇな、謙虚に生きてりゃ、あのもキレイなままで死ねたかもしれねぇのによぉ」

「ははは、不特定多数の一人が何言ってんだか」

「……、吠えるねぇ」

 不意に、サカグチの口数は少なくなる。

 ただ一言の衛士の挑発に感情を動かされたように、サカグチの足は前へと動き始めて、

「あん時より強くなってんだろうなぁ!」

 男は叫び、そして戦いの幕が切って落とされた。


 衛士が扉のない部屋――遺体安置所に飛び込むと同時に、男の手のひらに灯ったかと思う火焔が増幅し、再び飛来する。その勢いは正に火炎放射器から吹き出された炎と同等か、ソレ以上の速度を持っていた。

 弾丸のように鋭い、点の攻撃。

 衛士は部屋の中で受け身をとって、殺されたばかりの死体の上で大勢を整えて――不意に腹部に突き刺さるような痛みが走った。

 これはあの発火能力者パイロキネシスから負った怪我ではない。恐らく、ギャラングらに襲われたときについた傷。骨は折れては居ないだろうが、それでもヒビや打ち身の程度が酷いのかも知れない。

 つまり、あまり激しい行動は控えなければ怪我は悪化し行動の障害となるということになる。

 ――だからランドも戦わずに帰ったのか。

 衛士はこの状況で呑気に理解した。彼の肋骨を負ったのは何を隠そう彼である。故に、たとえ衛士に行動が出来ぬ程度の圧力パスカルを掛けたとしても、まだ何を隠しているか分かったものではないと考えたのだろう。だからこそ退いたのだ。

 自身の怪我さえも忘れていた衛士とは大きく異なる、冷静な判断だった。

「ったく、情けねぇ」

 ――実力がねぇのにシャシャるからこうなるんだよ。

 ランドの言葉を思い出すと、耳を塞ぎたくなるほど胸に突き刺さった。

 本当に情けない。この街に来て、一体何が出来ただろうか。

 左目が五秒後に窓から業火が飛び込んできたのを見て、大きく息を吸い込み、それを寸前まで引きつけてからまた部屋から転がるようにして抜けだした。

「ちょこまかと……仕方ねぇなァッ!」

 炎が安置所を燃やし尽くし、また死体の肉がその勢いを一層激しくする。

 それと共に、前方から緩慢な足取りでにじり寄るように進むサカグチは、両手を広げ、手のひらかを燃やす火焔は伸びて肩口までを包んでいった。その姿はまるで焼身自殺でもするかのような異様な光景だったが――何処か、炎で作る腕甲にも見えた。

 なぜここに来てわざわざ肉弾戦を選ぶのか。

 つくづく理解の範疇外にある行動を起こす男に、やはり衛士は応じることしか出来なかった。

「いくぜトキさんよー、コレならマトモに打ちあってくれるよなァ?!」

「遠くでビビってたアンタに出来るのならな」

「お前さぁ、お口だけじゃなく戦ってみせろよ! ゴラァッ!」

 火焔がサカグチの肩甲骨に突き刺さる様に吹き出した。対となるその槍が如き炎は、凄まじい熱エネルギーとなって噴流ジェットを生み、運動の第三法則――つまりはその反作用で、肉体を前方に吹き飛ばす程の推進力を作り出した。

 言葉にならぬ咆哮を上げながら、拳を振りかぶった体勢のまま男が肉薄する。両腕の炎が、そして背中の噴流が火焔の尾を引き、凄まじい熱によって激しい熱風を巻き上げた。

 また遺体安置所からの業火が勢いを増してコンクリートを熱し、亀裂を入れる。崩壊するのも時間の問題に思われた。

 全身に突き刺さるような熱を振りまきながら切迫した男の拳が振り抜かれる。構えも、打撃に於ける技の構造、その体勢が意図する意味もまるで理解できてないソレだが、ただ強い暴力での攻撃という点では恐ろしく特化している一撃だ。

 男が迫る。既に初動動作が終え攻撃が開始する、その寸前。拳が耳の横を抜けて弾丸が如き回転スピンを以て撃ち放たれた瞬間。

 衛士の身体はサカグチの視界から失せ――沈み、外側に大きく踏み込んだ足を軸にして、捌く。

 軸足に全体重を掛けて、その身体は男に触れるか否かの刹那に回転。衛士が次にサカグチを見たのは、速度のピークに達した故に瞬く間に距離を離していく彼の後ろ姿だった。

 熱風が全身を嬲り、また眼の粘膜を瞬く間に蒸発せしめる。衛士は思わず左目を瞑り、右眼の眼帯を引き剥がした。

 視界は上空に移る。

 すると、見送ったサカグチの姿は気が付けば空を舞っていた――その姿を捉えた。

「油断すんなよ、トーキーくんッ!!」

 男の格好は至って変わらぬ、半袖のシャツに衛士と同じ指ぬきグローブを嵌める格好。ズボンはチノパンで、故に風を受けパラグライダーのように飛ぶ、あるいは滑空することは勿論、熱上昇気流サマールに乗って空高く飛び上がる事自体ができないはずだった。

 だがこの男が空を飛び、そして垂直に衛士へ向かって落ちてきていることは事実。

 ならば単純に考え、ただの跳躍が勢いと風圧によって伸びたというものだろう。

「くそ、せめて拳銃がアレばな……」

 肉弾戦では勝ち目がない。そもそもあの勢いを利用してカウンターを打ち込んだとして、砕けるのはこちらの拳だ。とても重量、勢いに乗せられ利用した攻撃に骨が耐えられる筈がなかった。

 だが無いものはない。しかし現時点での利が完全にサカグチにあると言うものでもなかった。

 衛士には遠隔視と予知がある。相手が炎を扱うのであれば、それらを喰らってやれる自信がない。そうすればいずれ敵も体力が尽きる、あるいは隙を見せる事になる。

 今回の戦闘は、まともに戦えば確実に負ける――それを理解できるからこそ、この鈍重な思考をできる限り早く回さなければならなかった。

 激震。

 大地が揺れ、その原因が着地した地点から衝撃が波紋となって周囲に広がる。

 腰を落として路上に降り立つ男は不敵な笑みを浮かべ――。

「……くそっ!」

 上空から火山弾が如き火焔が、絨毯爆撃のように空を紅く埋め尽くして降り注ぐ。

 半径五メートルはあろうかという、建物への影響も被害も全く無視した傍若無人な攻撃だ。

 このまま走りだしても恐らく完全な回避は不可能。距離にして、酒場の入り口よりもサカグチの方が近いくらいだから逃げ出してもたぶん妨害される。

「ならっ」

 跳び込むようにして前方へ飛び出す。すると、まだ大勢を立て直していない彼の腹部にタックルを食らわせる形となってサカグチを押し倒した。

 僅かに動揺する彼に抱きついて回転し、そしてサカグチを上に乗せると、丁度火焔は降り注いだ。

 凄まじい熱。目を開けてられない程の熱量が全身を包み、そして肌を焼く。ジリジリと染みるような熱さがジャケットを伝達して感じられる。が、革製であるお陰で火傷をすることはなかった。

 馬乗りになるサカグチの腰に足を回してがっちりとホールド。故にズボンが燃え始めるが、力を緩めることはしない。

「くっ、炎は効かねえんだよ!」

 サカグチが拳を振り上げる。

 炎が降り注ぐその中で、衛士は躊躇することなく貫手を喉元に突き刺した。

「ゴュ…‥ッ」

 さらに片手で男の首に手を回して固定すると、そのまま突き出る拳骨を右眼に突き刺した。

 熱い、それこそ燃えるような温度が手に伝わる。途端に吹き出た血が、拳を伝って朱に染める。

 ――そこまですると流石に炎は止んで残るのは、凄まじい火焔に焼かれたが故に煙を上げてグズグズに溶け始めるアスファルトだけだった。

 建物の悉くは表面を黒く焦がす。

 その一帯は気温を通常の十度以上に跳ね上げさせる、酷く熱い空間だった。

 男の額から流れた汗があご先から垂れて胸元を濡らす。衛士は、まるでシャワーでも浴びたように汗で全身を濡らし、また足に未だくすぶる炎を持ちながらも、攻撃の手を止めなかった。

 再び正拳を作り、脇を締め、振り上げる。顎を撃ちぬく打撃が鋭く突き、脳を揺さぶる。

 衛士は更に腰のやや高い位置に鉄拳を突き刺す。そこは腎臓、人体の急所の一つであった。

 さらに脇腹、水月。加えてこめかみを強打すると――。

「ぐぅあああああああッ!」

 ぼっ、と音を立てて、男の胸元の灯火が現れた。

 衛士は慌ててロックを外してサカグチを弾くが、間に合わない。

 灯火は増幅して瞬く間に男の肉体、その全身を包んでいく。真っ赤に燃え盛る業火はさらにその芯を白く焼き――衝撃。爆発のような、されど音のない凄まじい衝撃波が、サカグチが着地した際とは比べ物にならぬ勢いと威力を以て周囲に伝播した。

 身体は低空飛行のまま、身動きの出来ぬまま滑空。視界が揺らぎ、空と地の区別がつかなくなって、そのまま路上に接触、横転し、全身を擦って肉を削ぎ、打ちつけながら、やがて停止した。

 ――足は、思った以上に軽度の火傷で済んでいた。

 またジャケットのお陰で顔や手、足以外の傷は無いものの、全身を打ち付けたことによって負った怪我は割合に重い。

 衛士は片膝を、そして対角の腕を地に降ろして倒れぬよう姿勢を保持すると、そのまま右眼を開いて状況を確認した。

「……っ!」

 訳が判らない、というのが一先ずの感想だった。

 サカグチの肉体は今、熱された炭のような状態にある。

 白く燃えるシルエットだけがサカグチを作り、そこを中心に轟々と猛火を携える。

 まるで彼が持ちうる能力の極限を吐き出しているかのようだった。

「アッハッハーッ! 時衛士、もう油断しねえ。俺の全力でお前を殺す。いいなァ――ッ?」

 彼の周囲のアスファルトは完全に溶け、ぶくぶくと泡立ち始めていた。またその表面にも炎が広がり、蒼く燃える。さらに、サカグチを中心として巻き起こる熱上昇気流が、既に乱流の域にまで成長し、辺りは凄まじい暴風に飲まれていた。

 果たしてあの白いシルエットは、本当に男の肉体を留めているのだろうか。衛士は不安に思いながら、腰を上げて強く踏ん張るようにして、風に飛ばされぬよう耐えていた。

 恐らくあの炎は低く見積もっても二○○○度以上あると考えて良い。触れれば死ぬ。それは決して過言ではない。

 先ほどまでならばまだ倒せる余地があった。

 だが今はどうだろうか?

 純然たる抗いようのない暴力を前に、戦略や運が通用するのだろうか。

 答えは――断じて是。

 肯定である。

「たく、熱いな……」

 ジャケットの胸元を掴んで、服の中に新鮮な空気を送り込む。が、熱気のせいで汗を引かせる効果を規定することは出来なかった。

 ”もしかしたら”男はその肉体を炎と化しているのかも知れない。

 だが炎を纏っているだけかも知れない。

 衛士がどちらかを選んで考えなければならないとすれば、断然前者を選んだ。

 ならばその炎をどう消すのか、問題はそこだった。

「いっ、痛ぅ……」

 ズキン、と頭の芯から弾けたような痛みが不意に現れた。

 気温の変化に、アスファルトが溶ける熱に頭がやられてしまったのかも知れない。

 ならば、こいつの攻略にはそう時間はかけていられない――衛士は決断すると同時に右眼に眼帯を付け直し、男に向けて中指を立ててみせた。

「お口だけじゃなく、戦ってみせろよ」

 口元を釣り上げ、歯を剥き出して笑う。

 それに応じるように、サカグチは腰を落とし、前屈姿勢へ。

 駆け出す予備動作を終えた男は、間髪おかずに、彼自身が火炎放射の勢いで宙を飛び、一瞬にして衛士に肉薄した。

 横転するようにして紙一重で避けるが、ジャケットの腹部が刹那にして炭化する。衛士が立ち直ってまた傍らに飛び込むと、息をつく暇もなく、炎の槍が先ほどまで衛士が居た虚空を貫いた。

 前方で、溶けたアスファルトを水しぶきのように弾けさせて、男の姿が再び現れる。大地を踏んでブレーキを掛けた軌跡を炎が描いていた。

「てめぇこそ逃げてばっかでよ、都合が良くねぇと戦えねぇのか? 臆病者チキンが……あぁ、だから。そうだなぁ、だから、だなぁ、お前」

 くつくつと抑えるような笑いに、白いシルエットが肩を揺らす。

「だから姉ちゃんも守れなかったんだろ? 目の前で犯されてんの見て、おっ勃たせて、ヒャハハッ!」

 ――ようやく、右眼に鬼火が灯りはじめた。

 それが表すのは感情の昂り。集中力の高まり。能力の活性化、成長の兆し。

 後者の二つはこれまで感じなかった。

 だが今なら良く分かる。

 左目は五秒間の予知を、そして常人ならざる視力を持っていた。

 右眼は頭上数メートルの高さから、そこを中心に十メートルを活動する監視カメラのような遠隔視を持っていた。

 その力が今正に変異する。

 脈拍と共にズキズキと痛む頭を抑えながら、衛士はそれを感じていた。

 左目が見る世界――目を細めて、集中する。と、目の前の男の姿が消えて、向こう側の光景が見えた。

 されど彼が全身に絶やさぬ炎は、まるで男の姿だけがなくなったように残っていた。

 目を動かして深いヒビの入ったビルを見れば、大きくぽっかり穴が空いたようにして向こう側を透けさせる景色。

 つまりは『透視』だ。

 しかしこれが今回の戦闘に於いて何の役に立つのか――衛士はまた近くの、全体にヒビを入れる、内部から焼き尽くされているビルを見て、思いつく。

 ――とことん、姉さんはオレの背中を押してくれる。

 少しだけ不安だった行動は大丈夫だと、優しく肩を叩いてくれる。

 眼帯の上から右眼を撫でて、衛士は嬉しげに微笑んだ。

「勝てる勝負しかしないお前よりはマシだと思うけどなぁ?」

「んとに……てめぇはァッ! 口が減らねぇ――今から殺すから、首洗って待ってろァッ!」

 男が飛ぶ。

 衛士はまた寸での所で避けてみせる。

 サカグチは頭上を飛んで再び無数の火焔で絨毯爆撃を行い――衛士は為す術もなくその場でうずくまり、革のジャケットを頭に被った。

 やがて業火が降り注ぎ、全てを焼き尽くす勢いで大地を打撃し、アスファルトを焦がす。

 身体中を焼き尽くし熱に強い革製のジャケットも燃え、動くことの出来無い爆炎に包まれる。

 全身を叩く炎もそこそこに、ジャケット越しに凄まじい熱を覚えながら、衛士はそれらが止んだ所を見計らって再びかけ出した。

 頭上から落ちるサカグチが、再び路上に着地し大地を激震させる。

 横に飛んで直撃を避けるが、ソレによって巻き起こる衝撃波は防ぎ用がなくまた吹き飛ばされて――衛士はその出入口から炎を吐き出すビルの壁に背を打ち付けた。

 その衝撃に、思わず意識が飛びそうになる。肺の中の空気が全て吐き出されて、衛士は細々と熱気を吸い込み、喉、肺が火傷しないようにゆっくりと呼吸をする。

 その最中に、サカグチは狡猾に衛士の直線上に移動した。

 自身が直線でしか動けぬことを知っている。さらに衛士の限界が近くなっている事を知っている。

 熱くなる男は、それでも幾らかは冷静にそれを見出していた。

「口程にもねぇ、テメェはここで終わりだッ!」

「……終わってんのは、お前の頭だ……、お前を殺すのは、このオレだ!」

「ヒャハハ、精々吠えてりゃいいさ!」

 壁を頼りに、衛士は立ち上がる。

 男はそうする間に、まるで意気込む様子も躊躇う仕草もなしに呆気無く宙を飛び――それとは別に、視界外から不意に、何かが飛来した。

 衛士がそれがなんなのか、その形状すら認識するよりも早く、鋭く腕を叩いて力強く巻きつく。縛り上げるように締め付けるそれはまるで鞭のようだった。

 それは衛士が横に飛ぶのと同時に、凄まじい力が衛士を引っ張り上げた。

 アンナは路上の中心よりやや対面の酒場に近い位置に立っていて――衛士の為す術もなく、彼女の方へと釣り上げられていた。

 炎の塊がビルの中に突撃する。ソレは壁を打撃し、また獄炎の勢いで火災の勢いを増幅させるサカグチの存在は、ビルの崩壊を促した。

 ヒビが入り、また衝撃やら何やらに何とか耐えていたその廃ビルは、サカグチの特攻によって止めを刺されていた。

 まず手始めに二階の床、一階の天井が崩れ、二階部分が丸々下に落ちてくる。

 緩慢な動作だが、呆気に取られればその速度は、近くに居れば到底逃げることなど出来無いと思われる程に早かった。

 街の奥地、そのマンション街が大きく揺れる。

 そして二階部分から上、屋上までが傾くと――そのまま、巨体が揺れて倒れるように、それは路上とは反対方向に、ビルが立ち並ぶ方面、つまり隣接するソレを巻き込んで崩壊していった。

 

 ――それらが収まり再び静寂するのに要した時間は約五分。

 されどサカグチが残した傷跡は炎となって未だ残り、溶けたアスファルト、崩壊したビルによって、街の人間に、異様な戦闘が起こった、その存在が否応なしに認知され始めていった。

 衛士は戦闘が終了したのと同時に意識を深淵に落とし、彼らの活動はこの国に来てから始めての休止が執り行われた。

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